正しいハッピーエンドの作り方
「僕は君を殺すことにしたよ」
とかなんとか言えば、逃げてくれるかと思ったんだ。なのに彼はしばらく黙って、それから手を広げて、まるで諦めたみたいに全部受け入れたみたいに慈愛に満ちた顔なんかしてる。そんな偽善、迷惑だ。自分のために生きられない人間なんか嫌いだ。自己犠牲でどうにかなると思っている人間なんか、最低だ。
だけれど彼は僕の考えていることなんて何もわかっていない。違う。そんな顔させたいわけじゃないんだ。「逃げなくていいのか」とか、挑発したいわけでもなくて。
「いいんだよ。それで彼女は助かるんでしょ?」
「そうだな。君の犠牲で一人が救える」
彼は両手を広げたままで、自分に向けられた小銃をまっすぐに見ている。意思でも固まったというのか。死ぬ意思が?誰かのために犠牲になる意思が?
「言っておくが、君が死んでも僕は追わないよ」
こんな言葉ただの悪あがきだ。せめて彼が少しでも悲しんで、自分の行いを馬鹿げたものだと感じてくれたらいいと思った。だというのに彼は元から僕がそういうのをわかっていたかのように、
「わかってるよ」
と言って顎をしゃくるのだ。
お願いだから逃げてくれよ。逃げろなんて言えないことくらい知っているじゃないか。逃げてよ。僕が君を殺す前に早く。
監視カメラの向こうにはきっとクソみたいな上司がいて、趣味の悪い椅子に彼女とかいうやつを座らせているんだろう。それでその女に向かって「お前のせいで奴は死ぬんだ」とかなんとか言い聞かせているんだ。悪趣味だ。きっと女は泣いているのだろう。いや、彼が選んだ人ならば、毅然とした態度で上司を睨みつけているかもしれない。
目の前で彼は表情を崩さない。辛い顔も悲しい顔も、助けを求める顔もしない。監視カメラのこともわかっているだろうに、そちらを見ようとさえしない。きっと大事な人を助けたいんだ。そのためならどんなことでもする気でいる。
それなら、僕が同じことをしたっていいはずだ。
「そう。いい覚悟だ」
僕は銃を三発撃った。銃口を監視カメラに向けて。
三発の銃声。目を瞑った彼はやがてゆっくりと目を開いて、痛みがないことに気づいたらしい。壊れた監視カメラを目にして、怒りを表情に表す。初めて表情が崩れた。僕はこの顔が見たかった。
「どういうことだ。これでは彼女が」
「知らないな。君の一番嫌がることをしたまでだ」
「ふざけるな、約束が違うじゃないか」
「約束?そんなもの結んだっけな」
しらばっくれる僕の態度に埒が開かないとでも思ったか、彼は監視カメラに駆け寄る。が、その前に監視カメラに繋がったコードを僕の撃った弾丸が断ち切った。これでボスの元にいる彼女の命はないだろう。だが、それでいい。
「何を」
「もう忘れたのか?僕は君の思い通りに行動するのが一番嫌いなんだ。彼女を助けられなくて残念だったね」
「お前!」
激昂して掴みかかる彼を、今度は僕が笑ってやった。もちろん嘲りの笑みだ。だって僕は彼の悪役なのだから。
「残念だったね。君はこれからも生き続ける」
善人のためのハッピーエンドなんてクソ食らえだ。