第19話 秘話
「この日本庭園は、ほんとに素晴らしいわ。色んな四季の木々で彩られ、その足元には、清らかな小川が流れている。そのせせらぎは、心を落ち着かせてくれるわ。そして、そんな風景は、遠い古里を写し出すように、やさしく包んでくれる……もう、何も言うことは、ありませんわね。」
…ミカ 心のつぶやき。
ミカとフォウは、久しぶりの「あずま屋」で女子会である。
香りたつ紅茶を慣れた手つきで、ミカが入れてくれる。
今日の紅茶は、「ダージリンティー」。
その爽やかな香りが、やさしくフォウを包み込む。
この日本庭園…特にこの茶室は、ミカが心血を注いだ作品だった。
それは、ミカ自身の欲もあったが、きっかけは、先代の王妃の意向が大きかった。
先代の王妃は、日本文化にかなり興味があったのだ。
それは、彼女自身が、日本という国に、少なからず縁があったからだった。
(そのことについては、後ほど語ろう。)
ミカを王家に向かい入れて、先代の王妃は、ある指令を出したのだった。
それは、「日本文化をこのティフブルー王国で、再現すること。」だった。
ミカにとっても、願ってもないほどの指令だった。
そして、まずは、はじめにこの「日本庭園」を創造…創作したのだった。
もちろん、この日本庭園を造るにいたっては、かなりの苦労があった。
それは、日本庭園には、欠かせない「松」や「楓」、「柳」に「ツツジ」といった植物の探索からだった。
それこそ、この世界中を探しまわったミカだった。
そして、その甲斐もあり、10年という月日が、かかったが、この「日本庭園」を完成させたのだった。
特に、この茶室…「あずま屋」は、ミカの生家にあった物の再現だった。
ミカは、ひとつひとつ丁寧に記憶をたどり、「あずま屋」を完成させた。
この「あずま屋」も、完成には2年ほどの月日がかかった。
そのようにして、完成した「日本庭園」なのだ。
ミカの思い入れは、ここに詰まっていた。
「ありがとうございます。ミカおばあ様。とてもおいしいです。」
フォウは、ミカがいれてくれたダージリンティーを、ひとくち飲んで、そう言った。
「ふふふ。よかった…フォウちゃんに喜んでもらって。」
ミカは、満足そうに微笑んだ。
フォウは、ミカが大好きだった。
今日でも、そうだけど、この「ジャポネ庭園」(フォウたち…この世界の住人たちは、日本庭園のことを「ジャポネ庭園」と、呼びます。)は、本当は、緑茶が似合うことをフォウは、知っていた。
でも、ミカは、フォウが紅茶を大好きなことを知っているから、この「ダージリンティー」を出してくれたことを。
そんなミカのやさしい思いやりが、フォウには、すごくうれしく思えるのだった。
それは、ミカも同じだった。
フォウは、ミカにとっても、3人の孫のウチで、いちばん気の合う孫だった。
フォウは、外見的には、ミカの要素があまり現れていなかったが、内面的には、ミカの要素が、いちばん顕著に現れていた。
ミカにとってフォウは、目に入れても痛くない孫。
それを体現するほど、フォウを可愛がっていた。
フォウにとっても、絶大な安心と信頼のおける…おばあ様。
そう。ふたりは、おばあちゃんと孫との関係を超えて、気の合う女同士…みたいな関係だった。
だから…
「とてもいい感じの青年じゃない?フォウちゃんにお似合いだと思うわ。」
と、ド直球なセリフが、ミカからきた!
一瞬、戸惑ったフォウだが…
「おばあ様。まだ酔っているのですか?もうお昼ですよ!」
と、サラリとかわす。
「ふふふ~。その通りだよ~フォウちゃん。」
おどけるミカ。
「……おばあ様。本題をどうぞ。」
そう…フォウは、ミカのそういう遊び心をよく知っていたのだ。
「ふぅ~。仕方ないねぇ~。私は、けっこういけると、思うんだけどねぇ~。」
まだ、イジリたいミカだったが、話しを進めるとしよう。
「じつはね…。あの者たちの動きが、最近怪しくなってきている…との、報告だよ。」
「…あの者?……デモンズのことですか?」
「そう…。あの者たちの目的が、まだはっきりと、わかっていないけれど、おそらくは……。」
ミカは、言葉を濁らせる。
…が、フォウは、ミカの言わんとすることを悟るかのように…
「それは、ホークさんですか?」
「おそらく……。」
ミカは、うなずいて、護衛部隊よりもたらされた情報を伝えた。
まず、あの者たちの活動が活発化した時期が、ホークの出現時期に重なること。
そして、ここ最近では、幹部クラス率いる精鋭部隊が、この地域(王都)に、侵入して来たらしい…と。
不穏な情報が入ってきたのだった。
実際に、ティフブルー王国の王都近辺には、敵対者に対する侵入防止の結界が、張り巡らせてある。
その結界を突破して、侵入して来た…ということは、それなりのウデを持つ者…と、認識できる。
そして、その目的は、ホークの懐柔…いわゆるスカウトと、思われることだ。
そして、ホークを実際に、その目で確認したミカは、確信したらしい。
ホークの持つ並外れた身体能力…(昨日。康介との模擬戦を見て、私も驚いたわ!)…そして、未知数の特殊能力…(私の力でも、その底が見えないほどの…)…。
ホークの力は、是が非でも味方にしたい。
決して敵に、渡してはならない!…と。
ホークの力があれ程ならば、あの者たちが危険を冒してまで、このティフブルー王国に侵入して来たことも、納得いく話しだった。
そう語る、真剣なミカの言葉を、深く理解したフォウだった。
「ああ……そうなのね。ドレンから、ホークさんをガーディアンズに所属させる案を、お父様がアッサリ認めたのは、おばあ様が根回ししたおかげなのね~。」
「まぁ、そういうことよ。でも、それだけでは、ないんだけどねぇ~。」
またも、意味深な含みを持たせて、イタズラっぽく微笑むミカに、フォウは言った。
「だから…まだ、そんな関係では、ありません!」
頬を膨らませるフォウ。
その可愛らしい仕草に、ミカは、さらに便乗するかのように…
「まだ…ってことは、そうなる可能性があるってことだねぇ~。フォウちゃん。」
ミカの暴走気味な妄想に、少しあきれるフォウは、白旗をあげる。
「…もう!おばあ様には、負けたわ!でも、その話しは、これで終わりにしてください。こればっかりは、私だけの問題じゃないので…!」
そう言って、話題を戻すフォウだった。
「でも、おばあ様。少し気になることがあるの。たぶんホークさんは、私たちに協力してくれると、思うのですが…。少し不安なことが…。」
それは、時折ホークが見せる、「心の闇」…というか、「心の傷?」「後悔?」みたいな感情のことだ。
誰しも、心に傷はある。
それは、フォウにしてもミカにしても同じことだ。
ただ…ホークの心の傷は、普通の人たちのそれとは、格段に大きなものだった。
「どうして、そこまで思い詰めるのか?」
と、言いたくなるほどに、大きな傷を持っている。
他人である私たちが、その心の傷をわかってあげられるはずは、ないのだが…せめて、少しでも、力になってあげたい…と、フォウは、思っていた。
そして、そういう負の感情は、あの者たち…デモンズの付け入るスキに、なりかねないことだ。
事実、デモンズの思想は、この世界を混沌の悪意で満たすことなのだから…。
人は、そういう負の感情に流されやすい。
まるで水が低きに流れるように…。
そうなって欲しくない!…と、フォウは、思う。
少なからず、ホークという男に、そういう感情を抱いているフォウだった。
それだけが、フォウの唯一の心配だった。
ミカは、大きくうなずく。
たしかにホークは、傷を抱えている。
それは、本人からも聞いた話しだった。
それは、「妹の死」についてだった。
実際は、本当に災害だったのだろうけど、ホークは、妹が死んだのは、自分の責任だと、思っている。思い込んでしまっている。
そんな自分が、幸せになっては、いけない!…と。それは、妹に対して許されないことだ!…と。
そんな思いもあって、特殊部隊という過酷な世界に、身を置いていたのだろう…と。
それは、ミカの能力「千里眼」でも、見抜いていることだった。
だからこそ、ミカは、フォウにやさしく言う。
「そこから救えるのは、もしかしたら…フォウちゃん。あなたかもしれないよ?」
少しずつではあるが、たしかにホークの心の氷は、溶けはじめているように感じるからだ。
そして、フォウは、深くうなずいて、紅茶をひとくちいただくのだった。
ミカとフォウの密談。
ホークをかくまう理由は、そんなことにあったんですねぇ~。
フォウは、ただ…それだけではないみたいですけどねぇ~。
たしかに人の心の傷は、他人にはわからない。わからないからこそ、話し合う知恵を人は、持っているのだけどねぇ~。
やっぱり、人って難しいね…。
さてさて、次回は、ホークのオマヌケが炸裂します。
やっぱり鈍感なホークですね。
では、お楽しみに。




