八話
前半ミリアム視点です
後半主人公に戻ります
「パパ、ついに見たわ!わかったの!ノートよ、ノート!」
私は今見たことをパパに教えるために、急いで離れに戻った。この間からずっとお屋敷の様子を窺っていた甲斐があったわ!
「ノート?」
「そうよ、ノート!さっき新しい使用人が二人お屋敷に来たんだけど、執事がその二人にノートに名前を書かせたの。そしたら、二人はお屋敷に入れたの!」
「それは本当か?!」
「もちろん!それに私、お姉様が学園にそのノートを持って行ってるのを見たわ!」
そう、一度だけ学園に行った時、お姉様が座っていたテーブルに確かに置いてあった。魔道書の様な独特の模様が書いてあったので、間違いない。
「ふむ、屋敷には入れないが、学園なら入り込むのは可能だな。よし、さっそく斡旋所に行くぞ」
「斡旋所?」
「そうだ。学園の従業員になって、そのノートを奪うんだ!」
なるほど!従業員になれば学園に入りたい放題ね。さすがパパだわ。
斡旋所に行くと、食堂の調理人と、校舎の清掃人の求人があった。ある程度自由に動けるよう、パパと私は清掃人になることにした。
求人票に名前を書いて(腹が立つけど、ミリアム・ボジェと書いた)、渡された紙を持って学園に行く。門の横にある従業員用の小さなドアから中に入ると、守衛らしきおじさんが睨んできたけど、渡された紙を見せたら通してくれた。
「パパ、うまくいったね!」
「ああ、だが油断はするな」
さっそくお姉様を探しに行こうと思ったのに、
「「「おい、新人二人、こっちだよ!」」」
偉そうなおばさん三人組に連れて行かれ、ゴワゴワしたエプロンに三角巾という掃除人スタイルにされた。なによ、これ?!
「じゃあ、行くよ。こっちだ」
偉そうなおばさんのうちの一人がそう言って、私とパパの腕を掴んで引っ張って行く。その力の強さに、されるがままに連れて行かれた場所で、一緒に掃除をするように言われた。
「えっと、自分たちだけで大丈夫なので…」
「そんなこと、新人相手にできるわけないだろ!今日は私、スーが、明日はシーさんが、明後日はセーさんがあんたらと一緒に回るからね」
「あの、ちなみに休憩とかは…」
「昼休みに決まってるだろ。誰だって、昼ご飯を食べないといけないんだ」
昼休みって…それまでずっと掃除ってこと?勘弁してほしいと思ったけど、結局スーさんから逃げることはできず、お昼休みまで働かされた。
「ねぇ、パパ、お姉様の教室ってどこか判る?」
売店で買ったパンをかじりながら聞く。
「任せろ。なんせわしはこの学園の卒業生だからな。あれは今二年のはずだから、おそらくこっちだ」
さすがパパ、頼りになるぅ。二人で校舎の中を歩いて行くが、誰も私達を気にしない。本当、良い方法を思いついたわ。
「二年の教室は、ここからあそこ迄だ」
とりあえず1ヶ所ずつ、こっそり覗いていく。でも、どの教室にもほとんど生徒がいない。これじゃぁ、どれがお姉さまの机かわからないじゃない。
「昼食時だからな。仕方ない、食堂に行くぞ」
食堂は学生たちで混み合っていた。本来なら、私も学生だったのにと思うと腹が立つが、今はそれどころじゃない。こそこそと人影に隠れるようにしながら、お姉さまを探す。
いた!ノートも持ってる!しかも、この間の顔は良いけど態度最悪の二人組に、まるでお姫様にするみたいにエスコートされてる。やっぱりお姉様はずるい!!私は掃除をさせられてるのに、自分はお姫様扱いだなんて!!
「見つけたが、どうする?どこかで待つか?」
「だったら、出てきたところにわざとぶつかって、その隙にとっちゃえば?」
「そうだな、それでいこう」
三十分ほど外で待っていると、ようやくお姉様達が出て来た。(今だ!)そう思ったのに、
「ほら新人、もうじき午後の仕事だよ、さっさと来な」
スーさんに見つかり、腕を掴まれ連れて行かれたため、結局ノートは盗れなかった。
次の日は朝から仕事だと言うと、ママが学園まで馬車で送ってくれた。ニコニコした顔で、頑張ってと言われたけど、ママってば、私たちが何を頑張ってるのか判ってるのかしら?
中に入ると、シーさんが私達を待ち構えていて、結局昼休みまで掃除をし続けなければならなかった。掃除の合間にパパと相談して、今回はお姉様が食堂に行く前を狙うことに決めた。
売店で買ったパンをかじりながら物陰で待つ。
やはりあの顔のいい二人組がエスコートしている。お姉様の手元を見ると…あった、あのノートだ!何とかして近づこうと様子を窺うが、二人組が邪魔でしょうがない。もたもたしている間に食堂に入られてしまった。
その後、出てくるのを待っていると、またしてもシーさんに見つかったので、昼休みはあきらめて放課後にもう一度狙うことにした。
なのに放課後、お姉さまは早々に帰ったようで、どこにも見当たらなかった。なんでよ!!
そんなことを数日繰り返していたが、ついにチャンスはやってきた!
その日の放課後、ようやく掃除が終わって自由になった私達は、前にお姉様がいたカフェに行ってみた。いた!今日はなんだか小柄で地味な女の子と一緒だ。
ノートは……テーブルの上だ!何とかならないかと植え込みに隠れてイライラしながら見ていると、あの二人組がやって来て、お姉様に声をかけた。あっ、立ち上がって、こちらに背を向けた!
今だ!パパと二人、走る。ノートを掴み、そのまま走り抜ける!
「「やった!」」
これでもう、全部私達のものよ!お屋敷にさえ入ってしまえば、あの婚姻契約書だってなんとでも出来るわ!見てなさい、お姉様!
掃除人スタイルをさっさと脱ぎ捨て、辻馬車を使って急いで伯爵邸の離れに戻る。ノートを開くと、最初のページの一番上にお姉様の名前が書いてあるから、それをグリグリと塗りつぶし、その下にパパとママと私の名前を書く。
これでもうお姉様はお屋敷に入れないわ!ザマアミロ!
パパと二人、意気揚々とお屋敷の玄関に向かう。
「おい、扉を開けろ!」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
「くそぅ、あいつら絶対全員くびにしてやる!」
言いながらパパは扉を開こうとするが、びくともしない。仕方ないので使用人用の出入り口に向かう。
「は、入るのは、別にどこでも良いさ。要は入れば良いんだから」
「そ、そうよ、パパ」
前回はダメだったけど、今回は何の問題も無い。ドアを開け、頷き合い、二人一緒に勢いよく一歩踏み出す。
「「ぶべぃっ!べびぃびびびっびびっ」」
なんでよぉ!!
****
学園に、何故か清掃人の恰好をしているお父様と連れ子さんがいましたので、何がしたいのかしらと観察しておりましたが、どうやらわたくしのノートを狙っているようですわね。なんだかその様子が面白いので、ここ数日ノートをわざと持ち歩いたりと、ついつい遊んでおりましたが、そろそろ飽きたので終わりにしましょう。
放課後のカフェでセレスティンと一緒にいるところに、ガストンとマルクに頼んで声をかけてもらい、そのスキに盗られるよう仕組みます。
まぁ!見事にかかりましたわ。ふふっ、では、帰りましょうか。あまり遅いと見逃してしまいますからね。
予想通り、お父様と連れ子さんは使用人用の出入り口で、痺れて倒れておりました。制服盗難騒ぎの後、雷魔法の量を増やしたのは正解でしたわね。それにしても、セレスティンの魔法がそんなに単純ではないと、どうして判らないのでしょう?ほんとに不思議ですわ。
わたくしは、まだ痺れたまま動けないお父様の手からノートを取り上げ、ニッコリ笑って使用人用の出入り口から屋敷の中に入ります。
「お、おまえ、なんで名前を消したのに、入れるんだ?」
そんな事、教えて差し上げるわけありませんでしょ?振り向いて、答えます。
「これはただの使用人名簿ですわ、お父様。では、ごきげんよう」
自室に戻ったわたくしは、ノートに簡単なクリーンをかけます。途端にノートは元に戻りました。
ふふっ、このノートは専用のペンとインクとの三点セットで使用しなければ効力はありません。しかも、これは嘘偽りなく従業員名簿です。あと似た物で来客用もありますが、これは机の引き出しにしまってありますし、わたくしは最初から魔法の対象外となっていますからね、名前を書く必要などありません。
さて、このノートですが、ちょっとした新たな改良をしようとセレスティンと二人で研究中だったため、最近は学園に度々持って行っておりましたが、改良も済みましたし、もう引き出しにしまって置くことにいたしましょう。何かあったら大変ですからね。
あぁ、今日は結構面白くはありましたが、静かとは程遠い一日でしたので、疲れましたわ。
明日は静かに過ごせることを期待いたしましょう。