七話
ミリアム視点で、後半は別人<ユリス・アルマン>視点となります
せっかくお姉様を捕まえさせようと思って、パパと一緒に陳情書を書いたのに、なんで私がこんな目に合うの?なんか怖い顔したおじさんが睨んでくるし!
騎士二人に腕を掴まれて押し込まれた馬車の中で、私はこれからどうなるのかを考えていた。
「あんた達、こんな事してただじゃすまないから!パパが黙ってないわよ!」
「うるさい、黙れ!」
「だって、私のパパは」
「黙れと言ってるだろうが!!」
怒鳴りつけられ、さすがにこれ以上何か言うのはヤバイと感じた。
連れて行かれたのは、貴族街の外れにある兵士の詰所だった。馬車から降ろされた後、騎士達に両腕を掴まれたまま小さな部屋に入れられ、椅子に座らせられる。おじさんは机に私とパパが書いた陳情書を広げ、聞いてきた。
「これを書いたのは、お前だな。なぜ、こんな虚偽の陳情をしたんだ?」
「虚偽ってなによ?そうよ、私とパパが書いたの。だって、全部ほんとのことだわ!」
そう、何一つ嘘なんか書いてない。お屋敷に入れてもらえないことも、狭い離れに押し込められてることも、学園を退学になったのだって、お姉様とあの態度の悪い二人組のせいだ。おまけにお屋敷に入ろうとする度に、雷魔法に襲われるんだから!
「何が本当だ。お前のどこが伯爵令嬢なんだ?礼儀も作法もてんでなってない小娘のくせに」
「私はパパの、パシェット伯爵の娘よ!伯爵令嬢に決まってるでしょ!」
「知らないようだから教えてやるが、伯爵籍に入っていない者は、たとえその血を引いてても、伯爵家を名乗れないんだよ」
「でも、パパとママは正式に結婚したわ!」
「どこで」
「中央教会よ!」
あそこでは平民だけでなく、貴族だって結婚式を挙げることで知られている。
あの日、パパが用意したドレスを着て、パパとママは式を挙げた。神父様の前で誓いの言葉を言い、署名するという簡素なものだが、正式なものだ。落ち着いたら、身分に相応しい盛大な式をやり直そうと約束してたのに……あぁ、思い出したら、また腹が立ってきた!
怖い顔のおじさんが隣の騎士に何か言ったようで、騎士は急いで出ていった。それからは、誰も何も言わないまま時間が過ぎていく。木の椅子は固くてお尻が痛くなってきた。
うんざりするほど時間が経ってから、さっき出ていった騎士が一枚の紙を持って戻って来た。それを見たおじさんは、私にそれを突きつける。
「ほら、見ろ。お前はどこからどう見ても平民だ」
それはパパとママの婚姻証書だった。そして、そこに書かれていたはずのパパの名の後のパシェットが消えていた。もちろんママも、私の所も。そして教会の印が押してあり、再婚によって平民になったことと、私たちの姓はママの旧姓ボジェとすると書かれていた。なに、これ。
「身分詐称や成りすましなどを防ぐために、教会の書類はすべて神前契約書でな、勝手に貴族を名乗っても、このように修正がかかるんだよ。これで判ったろ」
神前契約書。初めてお屋敷に行った時にお姉さまが持っていた書類を思い出す。これって全部あれのせいね!すべての元凶はあれなんだわ!
こうなったらなんとしてもお屋敷に入って、あの書類を何とかしなくっちゃ!
黙り込んだ私を、おじさん達は事実を突きつけられて、何も言えなくなったと思ったんだろう。詰所から解放された私は、歩きながら考え続けた。
あぁ、もう、なんでこんなに遠いのよ!あいつら、馬車で連れて行ったくせに、馬車で送らないってどういうことよ!
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黒髪の少女は確かに元パシェット伯の娘だった。しかし、貴族籍には属さない平民だ。あの娘の書いた陳情書で無駄足を踏まされたのは確かだが、このまま何も報告しないわけにはいかない。
陳情書に関しては、頭のおかしい平民が書いたため、今回に限り不問にすると報告書を書いて提出した後、気が重いが親父に報告するために、アルマン子爵家へと向かった。
自宅でエルヴィール嬢保護の知らせを待っていた親父は今回の結果に怒り心頭で、俺は能無しの役立たずとなじられたが、それはあまりにも理不尽だろう。こっちは間違った情報を与えられた挙句、命じられた通りに行動した結果なんだから。
なのに、側妃様への謝罪も何故か俺がすることになった。
勘弁してくれ!今回のことで伯爵家から苦情が来るのは確実だというのに。ただでさえ出世の見込みが薄い部署にいるのに、このままでは下手すると首になっちまう。
いっそ家から金目のものを持って逃げるか?俺は顔をゆがめて俺を罵っている親父を見ないようにしながら、これからの算段を考えていた。