六話
後半別人〈ユリス・アルマン〉視点です
「お嬢様、司法省の役人がパシェット伯に面会を求めております。しかも騎士を二人伴って」
休日ということで、ゆったりと過ごしておりましたのに、執事の報告で台無しです。
さて、ついに来ましたわね。どうしようかしら。
「わかりましたわ」
執事を伴い玄関に向かいます。既に開かれた扉の向こうに訪問者達が見えますわね。マルソーの話では、いずれもアルマン子爵家の息がかかった者のようです。あそこは武門ですが、諜報も得意とする家ですし、側妃様の御実家であるバシェロ伯爵家の分家筋でもあります。
あら、訪問者の中の一人が従僕にまくし立てていますわ。
「我々はこの屋敷内で令嬢の虐待が行われていないかどうかを確認しに来ただけだ。すぐに中に入れたまえ」
何を言っているのでしょうか?とりあえずは、誤解を解いてあげなくてはね。
「この屋敷に<虐待されている令嬢>などおりませんわ。何か勘違いされているのではなくて?」
「そんなはずはありません!我々は確かな筋からの情報と、その令嬢からの陳情書があるのですから……あなたは?」
あらあら、わたくしに面会を求めておきながら、わたくしの名を尋ねるとは、アルマン家の諜報力もたかが知れていますね。第一、名乗りもしない者にわたくしが名乗る必要はありません。質問には答えず、軽く片方の眉を上げて見せます。
「……失礼しました。わたしはユリス・アルマンという者です」
「わたくしはエルヴィール・パシェットですわ。本日はどのようなご用件でしょう?もし、先ほどおっしゃっていたことが要件でしたら、無駄足でしたわね」
「あなたがエルヴィール嬢?あぁ、確かにその瞳は……えっ、でも、だったらこの陳情書は?……これには、〔パシェット伯のご令嬢が、貴族としての身分を失った上に屋敷での生活も奪われ、狭い場所で日々虐待されている〕と書かれています。これはあなたが書いたのではないのですか?」
「もちろん違いますわ。ふふっ、そもそも今のパシェット家に伯爵令嬢などという者は存在しないのですよ。なぜならわたくし自身がパシェット伯爵ですから」
我が国バルザック王国では、爵位の継承も新たな叙爵もその都度公表されるわけではなく、年末に一度にまとめて公表されます。もちろん、知るべき立場の人間には逐一知らされますが、その他の者たちは発表があるまでは知らないのが普通です。もちろん側妃様も含めて。ですから、この方たちが知らないのも、当然といえば当然ですわ。
そして、おそらく陳情書とやらは、連れ子さんか、お父様が連れ子さんを装って書いたかのどちらかでしょう。悪あがきも良いところですわね。
「そんな…ご令嬢が伯爵に?…ではこれは…」
「もしかすると、我が家の離れに住んでいる平民一家のどなたかが書かれたものかもしれませんわね。ほら、あそこに見える離れですわ」
「離れに平民一家が?」
「ええ、先日再婚したため平民となったわたくしの父とその奥方、そして連れ子さんが」
「えっと、申し訳ありませんが、詳しくお聞きしたいので、我々を中に入れてもらえませんか?」
側妃様の子飼いをですか?そのような者を簡単に屋敷内に入れると思っているのかしら?わたくしも、無礼られたものですわね。
「……そうですわね、お一人だけでよければ、かまいませんわ」
「いや、それでは……」
「では、お引き取りを。もしお聞きになりたいことがおありなら、書面にてその旨ご連絡くださいと上司の方にはお伝え下さい」
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親父の命令で、虐待されているパシェット伯爵家のエルヴィール嬢を保護するために、わざわざ顔見知りの騎士を二人も連れて来たのに、訳が分からなかった。保護するはずの令嬢は屋敷の中で優雅に生活しており、しかも自身が伯爵だという。聞いていた話と全然違う。
元々は、パシェット伯爵が再婚を機に、前妻の娘を屋敷から追い出す算段をしているという情報が入ったことから、側妃様のご意向で我々が動き始めたのだ。その後しばらくして、エルヴィール嬢が伯爵令嬢ではなくなったという話が流れてきた上に、今回届いた陳情書が決め手となった。
そこには本来ならば伯爵令嬢である自分が、平民扱いされて屋敷で生活させてもらえないばかりか、狭い部屋に押し込まれ、学園にも通わせてもらえないことが切々と書かれていた。しかも日々、雷魔法の恐怖に晒されてもいると。だから、おそらく屋根裏部屋あたりに押し込められているだろう令嬢を、力ずくで保護することになると考えていた。なのに……目の前で優雅に微笑んでいるのは、紛れもなくエルヴィール嬢だ。会ったことは無かったが、その独特なオッドアイの瞳は、成りすましなど不可能だ。
「やっと来たわね!今すぐ、その女を捕まえて!」
突然聞こえて来た声に振り向くと、黒髪の少女がこちらを指差して睨んでいた。
「お姉様、観念するのね!さぁ、あなた達、その女は伯爵令嬢の私をお屋敷に入れずに離れに押し込め、学園も退学にした張本人よ!早く捕まえなさい!」
何を言ってるんだ、この少女は。
「彼女は?」
「父の再婚相手の連れ子さんですわ」
「連れ子って言わないで!私はパパの娘よ!」
再婚相手の連れ子?もしや陳情書はこの少女が書いたのか?だったらとんだ無駄足だ。側妃様が欲しいのは、エルヴィール嬢であって、こんな礼儀も知らない小娘ではない。
「あら、<虐待されてるご令嬢>とは、どうやら彼女の事のようですわね。彼女でよければどうぞ、保護してさしあげて。では、わたくしはこれで」
そうエルヴィール嬢が言うのと同時に、伯爵家の扉は閉められてしまった。
……すべてが無駄足だった。とりあえず今回の原因となった陳情書について聞くために、あの少女を同行することにして、騎士達に合図した。
「えっ、ちょっと待ちなさいよ!捕まえるのは私じゃなくて、あの女よ!ねぇ、放してよ!こんなのおかしいわ!!ねぇ、ちょっとぉー!」
ほぅ………せっかくの休日でしたのに、結局騒がしくなりましたわね。いったい、いつになったらわたくしは静かに過ごせるようになるのかしら?