三話
今日は秋の1月第1日。魔術学園の新学期が始まる日で、わたくしも今日から2年生になります。
学園には制服はありませんが、実習や実技が多くありますから、基本動きやすい服装で通うことになっています。なので、今日はシンプルな水色のワンピースにしましょう。
まぁ、中には華美なドレスなどをお召しになられる方もおられますが、学舎に何しに来られてるのかしらね。
さて、初日の今日は入学式兼進級式が行われ、成績に合わせたクラス分けと、その担任が発表されるぐらいですので、荷物はそうありません。小さなカバンを持ち、わたくしが伯爵家の馬車に乗り込もうとしていると、
「お姉さま、お姉さまだけ綺麗な馬車に乗って、どこに行くの?その馬車で出かけるなら、私も乗せて行って!」
今日も朝から賑やかですわね、この連れ子さんは。
「魔術学園ですわ。今日から新学年ですので」
「学園?なにそれ!なんでお姉さまはその学園に行けて、私は行けないの?そんなの、ずるいわ!」
また、ずるいですか。朝からくたびれてしまいそうだったので、わたくしは早々に会話を打ち切ることにします。
「貴族であれば11歳で無条件に入れます。あと、平民は試験を受けて、それに合格すれば入れますよ」
そう告げて馬車に乗り込み、御者に合図を送ります。
「あ、ちょっと待って、11歳なら私も!!…… ぎぁびっ!」
この馬車にも<侵入者撃退システム>を採用していて正解でしたね。ようやく静かになりましたわ。
久しぶりの学園に到着したわたくしを待っていたのは、婚約者と従兄でした。
「おはよう、エルヴィー」
「おはよう、エル」
金髪に青い目のガストン・ロックベールと、黒髪に緑の目のマルク・ベルクール。どちらも白シャツに黒のズボンというシンプルな服装ですが、それぞれが光と影をまとったような二人ですから、こうして並んでいると、見た目の良さもあって、目立ちますわね。
二人ともわたくしより2学年上で、今学期から4年生になります。
「2人とも、おはようございます」
「クラス分け、見に行くだろ?一緒に行こう」
「ええ、ご一緒しますわ」
クラス分けは、講堂前の掲示板に張り出されますので、わたくし達が講堂に向かって歩いていると、ピンクで過剰なまでにフリルが付いたドレスの令嬢が前に立ちはだかってきました。動き難そうですわね。あれって重たくないのかしら?
ところで確かこの方、わたくしの1学年上のアルマン伯爵令嬢であるコリーヌ様でしたわね。
「待ちなさいよ、何であなたがまだ学園に来ているのよ!だって、もう伯爵令嬢では無いはずでしょ!」
確かにわたくし、もう伯爵令嬢ではありませんわね。だって、伯爵ですから。それにしても、どんな情報の得方をしたら、このような勘違いができるのか、不思議でなりません。
「何とか言いなさいよ!もう、貴族で無くなったんなら、学園には来れないはずでしょ!」
最近、なんだか似たようなことばかり起きる気がしますわね。頭が痛くなりそうです。
「なぁ、何勘違いしているのか知らないけれど、これ以上従妹を侮辱したら、ただじゃ済まないよ?」
マルク、腹が立っているのは判るけど、令嬢を脅さないで頂戴。
「あぁ、エルヴィーに文句があるなら俺が相手してやる」
ガストン、お願いだから令嬢相手にケンカを売らないで下さる?本当に、この二人ときたら過保護なんだから。わたくしを守るように前に出る二人を諫め、後ろに下がってもらう。
「ふふ、アルマンさんったら、どこでそんな与太話を聞かれたのかは知りませんが、わたくしは今もれっきとした貴族ですわよ?お疑いでしたら、それなりの機関にでも問い合わせになられては?」
「えっ…そんな…だって…」
「行きましょう、マルク、ガストン」
「「……ああ」」
彼女が密かにガストンに想いを寄せているらしいということは情報として知っていましたが、まさか新学期早々に絡んでこられるとは思いませんでしたわ。
それにしても、どんな情報が流れて、あのような勘違いが起きたのでしょう?ちょっと調べてみなければなりませんね。
その後は何の問題もなく講堂に着いたので、無事クラス分けを見ることが出来ました。
クラスは成績の良い順にAからDに分けられ、それとは別に特別クラスのSクラスがあります。特別クラスとは特に優秀な者か、特別な魔法が使える者のクラスで、去年は8人しかおりませんでした。
わたくしは去年に引き続きSクラスで、セレスティンも同じです。良かった。どうせなら仲のいい友人と楽しく勉強したいですからね。
ガストンとマルクは共にAクラスだったようです。二人とも、優秀ですわね。
講堂での入学式兼進級式もつつがなく終わり、担任の先生と明日からの教室も確認出来ましたので、今日はもう帰ることにしましょう。
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「お姉さま、婚約者よ!婚約者をちょうだい!」
屋敷に戻り馬車を降りた途端、大声が聞こえてきました。この声は連れ子さんですね。今度はいったい何なのでしょうか。
「私、調べたのよ!貴族の婚約者がいれば、試験を受けなくても魔術学園に入れるの!知らなかったでしょう!だから、私に婚約者をちょうだい!」
そういえば、そんな特例がありましたわね。確か貴族の婚約者を<準貴族>として、入学を認めるというものでしたっけ。でもなぜそれで、わたくしの婚約者なのでしょう?
「ねぇ、お姉さま、婚約者いるんでしょ?だったらそれを私にちょうだい!」
「どうして?」
「だって、お姉さまは貴族で、魔術学園に通っているうえに、婚約者もいるなんてずるいでしょ!だから、婚約者ぐらいは私にくれても良いと思うの!」
はぁ、また、ずるいですか。わたくしには、彼女の言う<ずるい>の意味が、本当に分かりかねます。
「貴族の婚約は家と家との契約ですから、あげる訳にはいきませんよ。婚約者が欲しければ、お父様にお願いして探してもらってください。では、これで」
「ちょっと、待ってよ、そんなのずるいわ!こん……」
これ以上の会話に耐えられそうになかったので、従僕に合図を送ります。やはり我が家の使用人は優秀ですね。あっという間に連れ子さんを簀巻きにして、離れに押し込んでくれましたわ。
あぁ、今日も本当に賑やかでしたわね。明日はもう少し、静かに過ごしたいものです。