二話
ミリアム視点です。後半はすこしだけマリエットさん視点。
なんで、なんでなのよ!パパとママが結婚して、私は伯爵令嬢になるのよ!だって、パパがそう言ってたんだから!!
綺麗なドレスを着て、大きなお屋敷に住むの!なのに、なんでよ!お屋敷に入れないってどういうことよ!
おまけにお姉さまが伯爵で、パパが平民だなんて、そんな話聞いてない!
仕方がないから昨日は離れで寝たけど、変な置物なんかがゴロゴロしてるし、ベッドもすっごく狭かった。
お屋敷の大きなベッドで寝るはずだったのに、こんなの絶対おかしいわ!パパもこの状態は何とかするって言ってくれてるから、きっと大丈夫よね!
お姉さまは今まで12年も贅沢な暮らしをしてきたんだから、これからは私達が贅沢する番よ。
それにしても、お姉さまのあの眼ときたら!パパから聞いていたけど、実際に見たら本当に気味が悪いわ。左右で色が違うなんて。私はママに似たハニーブラウンの瞳でよかった!
ところでさっきから、なんだかいい匂いがするわね。でも、朝食はもうとっくに済んだし…そういえば昼食って出るのかしら??昨日の晩ごはんは美味しかったけど、小さなテーブルしか使えないせいで、パン皿なんて膝に乗せなきゃならなかった。やっぱり食事は広いダイニングの大きなテーブルで優雅に食べたいわ。
「もしかすると、今日はあの娘の誕生日パーティかもしれん」
ママに言われて、変な壷を離れの外に運んでいたパパが戻ってきて言う。
「誕生日パーティ?」
「そうだ、誕生日は一昨日だが、昨日も一昨日も開いていない。だとしたら、おそらく今日だろう」
パーティ?綺麗なドレスを着て、ご馳走を食べるあれの事よね!素敵な男の子なんかもいて、ときめく出会いとかあったりして!!これって、何としても参加しないといけないやつよね!
急いでパパと二人でお屋敷の玄関へと向かい、ドンドンと扉を叩く。大きいわね、これ。少々叩いてもびくともしないじゃない。
「ねぇ、今日パーティなんでしょ!なんで私たちが招待されていないのよ!今すぐ入れなさいよ!」
「そうだぞ、せっかく娘を祝ってやろうと思っているのに、なんだこの扱いは!さっさと中に入れろ!」
しばらく叩いていると、扉が開いてお姉さまの姿が見えた。白い綺麗なドレスを着て、髪も結ってる!自分だけずるい!!
「あっ、お姉さま!お姉さまだけ綺麗なドレスを着てるなんて、ずるいわ!ねぇ私のドレスはどこ!」
聞いているのに、お姉さまはそれに答えようともしない。それどころか
「お父様、それと再婚相手の連れ子さん、ごきげんよう。そんなところで騒がれたら、お客様方の迷惑になりますので、離れに戻ってくださいます?」
なんてこと言うのよ!!
「連れ子って何よ!私はあんたの妹よ!パパの娘なんだから!」
「そうだぞ、そしてわしはお前の父だ。今すぐ屋敷に入れろ!」
パパと二人で抗議してたら後ろから声がかかった。
「よお、平民!!」
「…おやじ…なんで…?」
「何でって、かわいい孫娘の誕生日を祝いに来たに決まっているだろうが。それで、お前は無事平民になったんだろ?なんでこんな所にいるんだ?」
「…何で知ってる?」
「だって、あの最後の一文入れるの提案したの、わしだからだ。あっ、エルちゃん、誕生日おめでとう!!そうだ、じいさまの事、褒めて、褒めて!ナイスだったろう、あれ!」
「おやじのせいかぁ!!」
「はん!きちんと読まずにサインするからじゃ」
「……ぐぅ……」
おやじ?ってことはパパのパパ?それって私のおじいさまよね?!そう言えばちょっとパパと似てるかも。しかも着てる服からして、お金持ちそう!私はパパの前に出て、皆に可愛いと評判の仕草で言う。
「初めまして、あなた、おじいさまよね?私、パパの娘で、あなたの孫のミリアムです!こないだ11歳になったのよ。だからプレゼントちょうだい?」
<両手を左胸の前で重ね、身体くねくね>は最強なのよ!ほら、おじいさま、可愛い孫よ!今なら特別に抱きしめさせて上げるわよ!!嬉しいでしょ!だからプレゼント!
おじいさまの目が私に釘付けになったから、あと少しでプレゼントが貰えると思ったのに、突然何者かに囲まれて、気が付けば変な物でグルグルに巻かれて運ばれていた。
「放しなさいよ!私はおじいさまに……」
「こら!わしはこの家の……」
そのまま、あっという間にパパと二人、離れの玄関に押し入れられてしまった。
なんでよ!!こんなのおかしいわ!ドレスは!?ご馳走は!?プレゼントは!?私はパーティに出るのよぉ!!
※※※※
夕日に照らされたお屋敷の門を、パーティの客たちの馬車が出ていく。もう終わったのだろう。最後の客を見送っていた彼女に声をかけた。
「ねぇ、聞いていい?なんで、あのお客達はお屋敷に入れたの?」
「…それは、わたくしが招き入れたからですわ」
「……そう……(教える気はないってことね)……ねぇ、悪いけど明日、馬車を貸してくれない?ちょっと物を売りに行きたいのと、前の家から取ってきたい物があるの」
「昨日の馬車でしたら、ご自由に。ただし御者は貸せませんが」
「それは大丈夫。田舎の貧乏男爵家の出だから、馬車も操れるわ。ああ、あと、畑を作りたいけど、いい?」
「……庭師に耕して大丈夫な場所を、判るようにさせておきますわ」
「ありがとう……ふぅん、本当に迫害する気なんて無いんだ……」
夫の先妻の娘は、終始令嬢として申し分のない立ち振る舞いで、私の娘とは大違いだった。
白を基調に、所々に黄色と青の差し色のあるドレスを着て、銀に近い金髪を結い上げている姿は、その独特の瞳と相まって、今日の彼女を一層大人びて見せていた。
金と緑のオッドアイ。夫や娘はこの瞳を気味悪がっているが、私は純粋に綺麗だと思う。
それと同時に、絶対的な格の違いのようなものを感じていた。あれは幼い頃から、爵位を継ぐ為の教育を受けてきた賜物なのか、元々持っている資質なのか……
きっと私や娘がどんなに頑張っても、彼女のようにはなれないだろう。もし仮に、夫の言う通り伯爵夫人になれたとしても、己の不甲斐なさをごまかすために必要以上に威張り散らし、派手に着飾るしかなかったと思う。だから、これで良かったのかもしれない。
つい昨日夫となったあの人は、もともと夢見がちで、浅慮な人だった。ただ、私には優しい人。
娘のミリアムもよく似ているわね。夢と希望と欲望がやたらと多い子。きっとどんなに頑張っても、夫も娘も彼女には敵わないだろう。だって、すでに勝敗はついている。
でもまぁ、もうしばらくは、このままでもいいかもしれない。彼女が私達をほうっておいてくれるなら、私は私の準備をしよう……
(まずは畑だ……)