三人でホラーゲームをした
――そう、そこは古びた館。
そこに住み着いたものは、一週間以内に死んでしまうという噂があった。そんな館の調査を依頼されたものがまた一人、館の中に入っていく。
「――的なナレーションがあって入ってきたものの……」
ピタッと足を止めると、後ろからついてきていた足音もピタリと止まる。
「なっっんにも起きなくない!?」
バッと振り返りそう言うと、二人の女は怪訝な目でこちらを見てきた。
「いやまあ、そりゃそうだろう。入ってきたばっかなんだから」
「しかもこのクエスト、探索系だし。多分ボス戦とかねーっすよ」
俺たちが今プレイしているVRMMORPGは『ワールドロード 〜伝説への軌跡〜』というゲームだ。
VRMMO系統のゲームが主流となってきた昨今にしては珍しい、王道RPGゲー厶。
評判は、『手軽に出来る難易度』、『一人でやるにはちょうどいい』、『昔のRPGの世界に入っている気がして面白い』といった、良い印象のレビューが多い。まあ、『物語がテンプレでつまんない』、『今時、ただのRPGじゃなぁ(笑)』といったレビューもあるが、有名になるとアンチも増えるということで無視。
「というか、なんでお前らいんの?」
「お前が館に入ってくのを見たからだよ」
「俺らも暇でさー、このクエストは報酬はあんま美味しくないけど手伝おうかなって思ったんす」
全然嬉しくない……。
そう言う二人の姿は、騎士といった鎧を身に纏った金髪美女と、盗賊といった軽装の短髪美少女だった。ただし、口調と声は男である。
VRMMOは、一部を除き自身の性別とは違うキャラを作成できないようになっている。だが一部、例えば出会いが目的とかのゲームだったり、ギャルゲー乙女ゲー、一人用ゲームはその限りではない。
結果、一部のゲームでは体は女、声はおっさんといったギャップが楽しめるようになっている。
「ってか、なんでアバター女なんだよ」
「だってむさ苦しいおっさんよりも、美女の方がいいだろうが、常識的に」
「そうそう。ノボルさんもアバター女に変えたらわかるっすよ」
いやまあ、分からないことも無い、が。だがしかし、人前で女アバターをつかうのはハードルが高いのである。
「……興味無いし、そんなくだらんことしてないで、さっさと進むぞ」
「こんなこと言うやつって、一人になったら隠れてするんだぜ」
「やだ、ノボルさんったら、あたしたちの体をそんなに見つめてきて……」
「おいやめろ、今なんかゾワッときた」
訳知り顔でなんか言ってる騎士姿の金髪美女ことあああと、くねくねと気持ち悪い動きをする盗賊姿の女ことKEN。
「しっかし、全然なんにも起きねぇなー」
「おいやめろよ。そういうこと言うと怪奇現象が起き――」
突然、バタンっと遠くから扉が閉まる音が聞こえてきた。それを聞くと、じーっとこちらを何か言いたげな目で見てくる見てくれ女ども。
「……なんだよ」
「いやさ、お前がそんなこと言うから恐怖が和らいじゃったなーって」
「ネタバレはダメっすよ、ネタバレは」
「知らねーよ! だいたいフラグ立てるからだろ」
そう言い合っているうちにも、ヒタヒタとこちらに向かってくる足音が聞こえてきて、さらに不協和音で構成されたBGMが流れてくる。
「この場合、どうすればいいの? ホラゲーとかあんまやってないから、このまま進めばいいのか逃げればいいのか分かんないんだけど」
足音が聞こえてくる方を指さしながら聞いてみる。
「ほんとにお前さぁ、雰囲気ぶち壊すなって! メタ発言はダメだろ、常識的に!」
「そうっすよ!」
めちゃくちゃ怒ってくる二名。ただ、言ってることは割と正論なので言い返せない。
「ええ……そりゃ悪かったよ。それじゃあ、逃げるか」
一言謝り、くるりと踵を返す。すると、ガシッと両肩を掴まれた。
「お前バカか!? なんで逃げることになんだよ!」
「そうっすよ! これ、鬼ごっこ系統のホラゲーじゃないっすから! 進まないとストーリー進まな……ボガハァ!」
「メタ発言すんじゃねぇ!!」
ええー……なんなの、こいつら。その格好と声で喧嘩されると、ギャップが凄くてもうギャグにしか見えない。
そう考えていると、またしても遠くから扉が閉まる音と、こちらに向かってくるヒタヒタとした足音が聞こえてきた。
俺たちは互いに互いの顔を見る。
「どうすんだよ! また怪奇現象起きちまったよ!」
「オレのせいでは無いだろうが! お前らがメタ発言するから……!」
「はあー? 俺の責任なんすか? だいたい、あああがツッコミを入れなきゃ良かった話なんじゃないんですか?」
「あんだとこら!」
掴み合いの喧嘩になりかけたその時、扉が閉まる音が鳴り響いた。それも、イラついたように勢いよく閉める音だった。そして、ドスンドスンと踏み鳴らす足音で近づいてくる。
「……怪奇現象が何度もリピートさせられてキレてっぞ」
「怪奇現象のリピートというパワーワード」
「とにかく、そろそろ先に進むっすか」
「そうだな」
「だな」
さらに奥へと進んでいく。その道中、鏡を見かけた。何かあるのかと思い、覗き込んでみるが何も起こらない。
「何してんだ、行くぞ」
「ああ」
呼ばれたので、先に進もうと前を向いたその瞬間、鏡の中に血塗れの女の姿が視界の端に映った。
すぐに振り向き、鏡を見てみるがそこには自分のアバターの姿しか映っていない。
「いや、今なんか鏡に女の人が……」
「気の所為だろ。いいから先に進むぞ」
「おおー、それっぽいっす」
「うるさい」
気持ちを切り替え、あの二人の後を追う。そうして歩いていると、突然台の上にあった壺が落ちてきた。
「これ、掃除した方がいいのか?」
「……いや、別にしなくてもいいんじゃね」
「そうか」
気持ちを切り替え、あの二人の後を追う。
そうしてしばらく歩いていると、壁に女の肖像画が立てかけられていた。長身な女性の絵を少しばかり眺めていると、絵の中の女性がニィっと笑った。
「あ、どうも」
軽く会釈をすると、さっさと前へと進んでいく。すると、横から何やら視線を感じた。
「……なんだよ」
「……いや」
あああはそう言うと、無言で前を向いた。俺は彼の意図が分からず首を捻る。
奥に進むにつれ、なんだか寒気を感じるようになってくる。
「なんかここ、冷房聞きすぎじゃない?」
そう言うと、あああはプルプルと震え出した。
「……おい、どうし――」
「だあああ! お前、体験型ホラーゲーム向いて無さすぎるだろ!!」
唐突に叫び出したあああを見て、俺は軽く体を引く。
「さっきから怪奇現象に対する反応がおかしすぎるだろ! 最初の反応はどうした、あの鏡の時の反応は!!」
「いや、ああでもしないと怖いし」
「その怖さを体験するのがホラゲーなんだよぉぉぉ!!」
うおおおおぉ! と喚くあああ。
正直、ホラゲーでこういう叫び方するのって結構な場違い感がある気がする。
「次からわざと着眼点ずらした反応するの禁止な!」
「ほほう。つまり、わざとでなければいいと?」
「そういうこと言ってる時点で、これから起こす行動がわざとらしく感じるんだが」
こうは言ったが、これからは真面目にホラゲーを体験しようと思う、怖いけど。
そう決意したのと同時に、BGMが消える。
「な、なあ、なんか雰囲気変わったくないか?」
「そうっすね。BGMが消えたんで、ここらでぐふっ!」
「念の為警戒して進もう」
悶えるKENを無視して、先へと進む。
しばらく進むが、何も起こらない。この、何も起こらない時間が、恐怖を煽る。無意識に、歩く速度が上がっていく。
「……別に、何も起こら」
横を振り向くと、そこには血塗れの女の顔が近くにあった。
「ぎゃああああ!!」
少しずつ女が近づいてくる。
いや無理無理無理! 離れて! 怖い!!
逃げ出したいが、足がすくんで動けない。精一杯体をのけぞらせて、なんとか女との距離をとろうとする。だがそんな抵抗も虚しく、徐々に近づいてくる血塗れの顔。闇とも言えるほどに黒い瞳が、俺の視界一杯に広がる。その時、あああの声が聞こえてきた。
「おいっ! 大丈夫か!?」
その瞬間、女はふっと姿を消した。
「急ぐもんだから、見失っちまったじゃ……どうした?」
「ひ、ひや、なんれも」
気遣うような目で見てくるあああに、なんでもないと首を振る。……ここまで本気でビビってるの知られたら、半年は弄ってくるだろうからな。
「わっ!」
突然肩を掴まれ、一瞬息が止まる。
「びっくりしたっすか?」
「…………」
「な、なんで無言で近づいてくんすか……」
KENに近づき、羽交い締めにする。
「ちょっ、待っ、ぐ、ぐるじい……! ストップストップ!!」
KENの苦しそうな声を聞くと、心が穏やかになってきたので解放する。
「というか、これ入れる部屋ないのな」
後ろを振り返り、そう呟く。館と言う割には、部屋の中でのホラー要素どころか、部屋自体がない。
「最後以外全部廊下だぞ」
「……それもう恐怖の館じゃないじゃん。恐怖の廊下だよ、完全に」
「まあ、ワールドロードっすから、こういうのも基本廊下なんじゃないっすかね」
「うるせぇ黙ってろ」
全然上手くねぇよ、あとドヤ顔がウザイ。
歩き出すと、BGMが復活した。BGMがなくなったのは、さっきのホラー要素の前振りだったのだろう。
奥に進むにつれ、自分たちの足音がいやに大きく聞こえる。一歩踏み出すごとにミシミシと床が鳴り、どこからともなく時計の針の音が響く。
「あ、光だ」
薄暗い廊下の奥から、扉から漏れ出る光が視界に入った。
「結構終盤?」
「多分な」
となると、あの扉にたどり着くまでに何かが起こる可能性があるわけだ。
俺たちは、そろりそろりとゆっくり前へ進んでいく。BGMの音は控えめになり、それが薄気味悪い雰囲気を醸し出していた。
一歩、二歩と進んで行く。何も起こらない。
三歩、四歩と進んで行く。何も起こらない。
「ふぅ……」
何事もなく、扉の前まで来てしまった。
何も無かったことへの安堵からほっと息を漏らすと、ドアノブへと手をかける。そして、ゆっくりと引くと、キィっと軋むような音を立てて開いた。
「真っ暗だな……」
扉の先には、小さな机と電気スタンドが一つ。そして、机の上に古ぼけたノートが一冊あった。
「ん?」
部屋に一歩踏み入れると、冷たい感触とビチャっという音が聞こえてきた。恐る恐る下を見てみると、暗くてよく分からないが膝くらいまで、部屋の中に水が溜まっていた。
顔を上げて、机の方を見てみる。それは何の変哲もない机で、まるで水の上に置かれているかのようだった。
「……どうする?」
「どうするって、読むしかないだろ。ここまで来たら」
「だよな……」
じゃぶじゃぶと音をたてながら机に近づくと、上に置いてあるノートを開く。
○月✕日
きょうからにっきをかくことにしました。
おかあさんがいなくなってから、きゅうにちたちました。わたしはげんきです
〇月×□日
今日は、女の人が二人来ました。
むずかしいことはなしてて、わからないけど、あそんでくれる人がここに来るって言ってた。
×月×日
今日は男の人が遊びに来てくれました。
お迎えしようとしたら、少し遅れちゃって慌てて部屋から出たの。お迎えしようとしたら、少し遅れちゃって慌てて部屋から出たの。お迎えしようとしたら、少し遅れちゃって慌てて部屋から出たの。
絵に隠れようと思って向かっていると、壺を落としちゃった。掃除はしなくていいからね。
絵の女性に成りすまし、ニコッと笑うと男は挨拶を返してきてくれた。そこはもう少し、驚いて欲しかったなぁ。
血を被って、男の隣に姿を現すと、思った以上にいい反応を見してくれた。
よ う い し た か い が あ っ た
「うわっ!?」
机が消滅し、電気スタンドが下へ落ちる。そのまま水没し、床に溜まっている液体を照らしだした。
――それは、真っ赤に染まっていた。
腐りかけの、人間の死体がこちらを見てくる。それらは、人間かどうか分からないほどぐちゃぐちゃにされた肉塊で、辛うじて所々に付着している衣類や指から人間だと分かる。その事がなによりも不気味だった。
「は、早く逃げよう!」
「あ、ああ」
「おうっ!」
団子状態になりながらも、部屋から飛び出る。部屋から出る瞬間、足を掴まれた気がした。
ばっと後ろを振り向いても、そこには真っ赤な血溜まりと、床一面に広がる肉塊しかなかった。
「……」
不気味に思いつつも、部屋から出る。
「よしっ! これで終わりだな!」
「……おい、さっさとここから離れようぜ」
「俺もそうした方がいいと思うっす……」
達成感からか、声高々にそう宣言するあああ。
だが、嫌な予感はまだ消えない。なぜなら、クエスト達成した際の効果音が聞こえてこないからだ。
「ビビりすぎだろ。どんだけさっきの部屋が怖かったんだよ」
はははっと快活に笑うあああ。だが、次の瞬間、あああは唐突に後ろから現れた女に頭を握りつぶされた。
ぐしゃ、ぐしゃと音を立て、握りしめる度に赤い液体が女のその大きな手から溢れ出る。そして、一通り握ると、腕を抉りとった。そして次に足、腹を引き裂き、内蔵を取り出す。
「……」
「……フラグ回収……」
呆然と見る俺の隣で、KENがぼそりと呟いた。
その声で、はっとする。こうしている場合ではないと。これはゲームであるため、あああの解体シーンは若干モザイクがかかっているので、ショックは少ない。
「おい、早く逃げるぞ!」
「……わ、分かったっす」
俺たちが慌てて来た道を引き返そうとする。
「なんで」「なんで」「遊ぼ」「遊ぼ」 「行かないで」「ここにいて」「楽しいことしよう?」
さっきまでいた部屋から、あああを引き裂いている女にそっくりな子供や女性がたくさん出てきた。そして、そいつらは俺たちの方へ視線を向けると、足音も立てず追いかけてきた。
「やばいやばいやばいやばいやばい!」
「これ! 逃げる系のホラゲーじゃないんじゃないんですか!!」
「俺が知るか! そういうのはあああに言え!!」
もっとも、今のあああは喋ることは出来ない屍となっているのだが。
「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」「遊ぼ」
制限なく増えてくるが、幸い彼女達のスピードはそこまで早くない。このまま行けば、なんとか逃げ切れるかもしれない……!
こんなフラグみたいなことを考えていたからだろうか、そこで異変は起こった。
「うわっ!?」
後ろからKENの短い悲鳴が聞こえてきた。
「KEN、だいじょうぶ……か……?」
しかし、そこにKENの姿はなかった。増え続ける女たちに捕まったわけでもなく、唐突に消えたのだ。この辺りには怪奇現象が起こった絵しかなく、その絵は真っ黒に塗り潰されていた。
「……早く逃げよう」
意識を切りかえ、走り始める。
もうすぐ後ろに、無限に増殖していく女たちの大群が迫ってきていた。
「あああ……KEN……お前らのことは、忘れない……!」
しみじみと呟き、涙を拭うフリをする。もう二人はいない。俺だけでも、逃げきらないと……!
薄暗い廊下を、全速力で駆け抜ける。
「は……?」
しかし外へと向かう道中、なにかに腕を掴まれて、盛大に転けてしまった。
「……」
恐る恐る腕を掴んでくるなにかへと振り返る。それは、鏡の中から伸びてきた。
――土に汚れた小さな手だった。
「離せ……離せよ……!」
腕から、その小さな手を引き剥がそうとする。だが、引き剥がそうと力を入れれば入れるほど、掴む力が強くなり、腕にその手の指が突き刺さり、ポタポタと床に垂れた。
「ぐ……うわああああああぁぁ!!」
そして、そのまま鏡の中に引きずり込まれた。
そうして視界が暗転し、GAME OVERの文字が映し出される。その後、エンドロールが流れ始めると、俺はメニューを開いてログアウトボタンを押した。
「……バッドエンドかぁ」
VR機器を取り外しながら、そう呟く。どうせなら、ちゃんとクリアしておきたかったがもう一度やる気にはなれない。
「あー、結構な時間やってたな」
んっと伸びをして体をほぐす。そして、近くに置いておいたペットボトルに手を伸ばし、水を一気に飲み干した。
「……GAME OVERになったって連絡でも入れるか」
暇つぶし感覚に、あああの中の人である飯島に電話する。四コールほどすると、電話に出る音が聞こえてきた。
「あー、どうしたよ」
「ん、いや。さっきのゲームの結果についてなんだが」
そう言うと、電話の向こう側から困惑した声が聞こえてきた。
「さっきのゲームってなんだよ、オレさっきまで寝てたんだが」
「は? いや、ワールドロードの……」
「ワールドロード? それなら一緒になんて無理だろ」
そう言うと、一瞬の間を置いて彼はこう口にした。
「あれ、一人用のゲームだから協力も対戦機能もないだろ」
「そういえば……そうだったな」
パッケージを見てみると、確かに一人用と書かれてある。ならば、そうであるならば、あの時のあああとKENは誰だったのだろうか。
増殖する女に殺された彼と、突然姿を消した彼は、一体――。