Session03-15 辺境伯邸での密談 〜フィーリィ〜
「この部屋の周囲は、ブルズアイの手の者で警戒をしている。余人に知られることはない。で、だ……。」
その部屋は先ほどまで謁見を行っていた大広間の半分ほどの広さでした。中には大きい円卓があり、周囲には地図などが用意されていることから、軍議などを行う部屋なのだろうと類推できます。
部屋に入ると、そう、栗色に半ば白が混ざった髪を持つ辺境伯様が笑みを湛えてアイルの方を見て言いました。
「バーバラ殿とフィーリィ殿は存じておるが、また増えたみたいだな?……今回は二人か……合わせて七人か?」
「ここには来ておりませんが、一人おります。今のところは合わせて八人となります。」
「その方も、今度、ご紹介くださりますよね?”愛しの君”?」
マーリエが”我が君”に向かってにこりと微笑んで見せました。彼女は一緒に冒険へ出られぬ身。気遣ってあげる必要が一番ある人です。その言葉に”我が君”は真剣な眼差しで頷きます。そのやりとりを見た、辺境伯様は苦笑いを浮かべてらっしゃるようです。
「……父から聞いているが、アイル……お前は、真にベルンシュタイン家のアイルなのだな?」
辺境伯様と同じ色の髪と同じ色の髭を蓄えた男性……長子のディータ様が確認するように呟きました。その質問に応えるように、”我が君”は何も言わずに頷いてみせます。それを確認した、火のように赤い髪と同じ色の髭を蓄えた次子、スヴェン様が”我が君”の両肩を掴まれました。その両目から滂沱と涙を流しており、家族ぐるみで付き合いがあったのだなと改めて思いました。
「アイル、五年振りだな。……子細は聞いたぞ。大きく……いや、凜々しくなったな。……お前だったら、義弟と呼んで肩を並べたいと常々、思っていた!……抱きしめてやりたいが、お前の身体のこともある。ここまでだな!」
がははっと涙を拭うこともしないで、スヴェン様はそう口にして離れます。代わりにディータ様が前に出て、”我が君”の手を取り、堅く両手で握りしめました。
「アイル。スヴェンも言っていたが、お前を義弟と呼びたかった。……マーリエがお前を思ってることは知っている。……幸せにしてやってくれ。そして、お前が他の女性も娶るということも聞いた。……その者たちも幸せにしろ。義兄としてのお前への忠告だ。バーバラ殿、フィーリィ殿、ハンナ殿、柊殿……マーリエとアイル、二人のことをよろしく頼む。」
ディータ様は私たち一人一人に視線を合わせ、そう口にされました。正直に言いまして、この辺境伯家は珍しいと感じました。なにせ、どこの馬の骨とも知れない女……バーバラは出自は判明しているので除きますが……素性の知れぬ闇森人族や獣人族に妹を頼むと言う貴族がどれほどいることか。
特に、辺境伯という高位貴族ともなれば、相当限られることでしょう。
多分、それは”我が君”のおかげ。”我が君”が実家にて誠実に貴族として勉強していたから。
貴族は血縁で繋がりを作る。ほとんどは恋愛感情というものは介さない。だから、高位貴族から妻を娶る場合は、相手を立てすぎて尻に敷かれるという話は良く聞きます。また、下位貴族から娶った場合、実家との関係を悪化させないように万事に気を配るという話をどこかで聞いたことがありました。
「ディータ殿……マーリエは共に”我が主殿”を愛する同志。そこに差などありわせん。逆に申せば、我を含む一党がいないときにこそ、マーリエが留守を預かる。それ故に我らは安心して戦える。……マーリエは十分に活躍しておりますのでご安心あれ!」
”我が君”の妻の代表としてバーバラが答えました。マーリエの方を見つめて、ハキハキと彼女の重要性を説き、そしてディータ様、スヴェン様、辺境伯様へ信頼しているとニッカリと言ってみせるのです。バーバラの人となりと言えますね。では、私も続けて言いましょう。
「もしも、マーリエが一緒に冒険をしたいと言うのであれば、私たちで特訓いたしましょう。ハンナとヨハン殿は、剣闘士として実戦に即した戦い方を知っています。私たちも二人から学ぶ予定ですので、一緒に学びましょう。」
ただのお嬢様であれば必要ないけれども、前回のことも考えると、もしもの時に自身と子供たちを守れる力はあって損はない。それに……彼女もそれを望んでいるはず。
そう、マーリエに向かって言ってあげると、彼女も真剣な眼差しでこちらを見て、頷いてくれました。
「はい!ハンナ、ヨハン殿。宜しくお願いいたします。」
その返事に二人は礼をすることで応えました。
したいというなら断る理由はありませんからね。
「”我が君”、本題に入りましょう。」
私は”我が君”へ話を振る。それを受けて、”我が君”は胸元からもう一通の封書を取り出し、辺境伯へ差し出しました。
そう、本来の実績を記載した封書を。
それを受け取った辺境伯様は封を切り、開いて読み始めます。真剣な表情を浮かべて読んでいたと思ったら、眉を寄せ、笑いを堪えるような表情になりました。……笑い話と言われかねない内容ですからね。
「アイル。……ここに記載があることは事実なんだな?」
「首座神、戦女神、交易神に誓います。」
「皆、これを一度読め。本当にこいつは凄い奴だぞ。」
辺境伯様がディータ様に封書を渡し、スヴェン様、マーリエ、ボルガー殿、ヨハンネス殿、フランツ殿、ブルズアイ殿、ハーゲン殿、ビョルン殿と順番に渡っていく。ディータ様は呆れたように、スヴェン様は笑いをかみ殺すように、マーリエはニコニコとしている。
家臣団であるボルガー殿は片方の眉を上げ、ヨハンネス殿はおおっと驚嘆の声を上げ、フランツ殿はふむと考える仕草を見せ、ブルズアイ殿は額に手を当てて目を閉じ、ハーゲン殿はうむっと頷いて見せ、ビョルン殿はなんとっと絶句していました。
……正直、一介の一党が上げる成果ではないですしね。しかも、本来であれば辺境伯家が担うべき内容も含まれてます。なので、これを見て、どうするかが今後の私たちと辺境伯家との付き合い方に影響するでしょう。
一つ、チョトー砦に所属する”一群”小規模計十一、中規模計一。ゴブリン七十五、オーク二十五、トロール十の討伐。トロール十内六は”青鮫党”へ提供。
一つ、”魔法の鞄”の取得。背負い袋型、時間経過なし、最大容量は不明。
一つ、”青鮫党”の服属。党首ケーマの孫娘、イーネの”鬼の花嫁”への参加。
一つ、翠葉の国のザコス子爵麾下の兵士百、騎兵二十と交戦し、これを撃破。歩兵三十、捕虜として捕縛。歩兵百人分の武具、騎兵二十名分の武具、軍馬二十。
一つ、薄森の国との密約。チョトー地方解放戦の際の援軍。柊の”鬼の花嫁”への参加。
一つ、薄森の国との密約。チョトー地方解放後、翠葉の国を攻め盗る際の援軍。
一つ、一党”勇敢なる剣闘士達”の徒党”悪鬼羅刹”への服属。ハンナの”鬼の花嫁”への参加。
一つ、奴隷商カイルの服属。
この内容を見て、何も言わないのは色々な意味で問題があります。特に翠葉の国関連の内容が問題です。
何せ、外交問題ですから。……しかし、今のところ敵対状態のため、その後のやり方次第では十分に乗るはずです。
「……チョトー解放後、翠葉の国を攻める……ということで間違っていないか?」
ディータ様が内容を再確認するように質問をされました。……ちょっと認識が足りてません。”我が君”も理解したのでしょう。ディータ様に首を横に振って応えます。
「義兄上、違います。翠葉の国を攻め、盗るのです。一国を手に入れるのです。」
「そんなことが出来ると思うのか!チョトーの解放さえ出来ていないのに、一国を落とすなどできようか!」
ディータ様は、拳を強く握り円卓に振り下ろしました。ドカンと大きな音が部屋に響き渡ります。”我が君”の発言を出来るはずがないと言うように否定しますが……その口の端には笑みが浮かんでおりました。
「チョトーの解放は成して見せます。翠葉の国については……今はまだわかりません。……しかしながら。」
ディータ様の発言を受けて、”我が君”ははっきりと解放をすると口にしました。
こう言った時に言い切ることができるのが”我が君”の素晴らしいところです。そして、さらに先の未来については未定であるため、わからないと言い切る。これも出来る人は少ない。
「今も国交を修復しない国であるならば、いつかは戦うでしょう。今であれば、領土欲の少ない心強い味方がおり、援軍を約束してくれる。いつまでにと相手方は指定せず、任せてくれる。こんな機会がございますでしょうか。」
「……わかっている。アイルの言うとおりだ。父上、アイルの纏めてきた話は好機かと思います。チョトーの解放と含めて、王家、他の辺境伯家、宰相に話を打診して増援を求める必要があるかと。」
くるりと身を翻して辺境伯様へディータ様は進言をなされました。その言葉に辺境伯様は地図を広げ、顎に手を当てて考えているようですね。その地図上にスヴェン様が駒を並べていきます。
「うちが練度も含めて自信を持って出せる兵は二千。がっつり動員して六千だ。せめてもう四千は持ってきたいな。親父?」
スヴェン様の発言に、フランツ殿が頷いて見せました。
「合わせて一万。兵糧や秣、補給物資のことを考えるとそこが限度でしょう。」
「六千を動員するのであれば、交代で訓練をせねば。動員しただけでは”緑肌”ども相手では厳しいでしょう。」
筆頭文官のフランツ殿の言葉に、筆頭武官のヨハンネス殿が続いて口にします。文官と武官はいがみ合い易いと聞きますけれども、ここでは違うようですね。……もしかしたら、筆頭のこの二人だけかも知れませんが。
「そうなると、王家と宰相、各辺境伯家へ話を通さねばなりませぬな。閣下、折良く定例の会議の時期でございます。その時の議題にされては?」
「各々方、まず、先に諮らねばならぬことがございます。」
家老であるボーゲン殿が、援軍についての話を辺境伯様へ伝えると、それを遮るようにハーゲン殿が声を上げました。それを聞いた辺境伯様は、続けるようにと言うように頷いて見せます。
「……今回、話を纏めたのが無位無冠であるアイル殿であることが問題です。紅葉の国の行く末に関わる大事。それを貴族ではない、ただの冒険者であるアイル殿が纏められたこと。……良き内容と言えども、看過すべきことではございませぬ。」
そう言うと、ギロリと”我が君”を睨み付けてきました。……ただ、ハーゲン殿が仰ることは間違ってはいません。一介の冒険者が国の行く末に関わる大事を纏めることは、本来であれば無礼打ちされても仕方ないでしょう。
その言葉を聞いた辺境伯様はもう一度頷いて見せました。そこまで言うからには考えがあるのだろうとでも言うように。
「我、ハーゲン・ズィークムント・フォン・グロースの孫の婿養子として迎え入れ、アイルをグロース男爵家の当主と致したいと思います。我が息子は皆死に、娘は家から出ております。十の孫娘がおりますため、その孫娘の婿としたいと。男爵家当主となれば、閣下の深謀の下、密約を交わしたとすることも可能でしょう。また、男爵と言えども、貴族となり、辺境伯家の寄子となれば婚約と言わず、降嫁することも可能かと。」
……なるほど、婿養子という手を考えてましたか。
貴族になるには大きく分けて方法が二つあります。
一つが多大なる功績を上げて、叙爵を受け貴族に成ること。
これが、本来私たちが狙っていたことです。
チョトーの解放と”迷宮”の攻略ができれば、男爵位は堅いと考えてましたから。
もう一つが、ハーゲン殿が口にした婿や嫁となって貴族に成ることです。
こちらは存在している貴族家の一員になるのですが……単純に考えて、一介の冒険者を婿に迎えることはまずありません。嫁はあり得ます。正室はまず無理ですが、側室や妾、愛人として囲われたりすることは十分にあり得ます。
ですが、ここで婿養子という方法を提案されるとは予測していませんでした。
さて、”我が君”はどう応えますか?
「……ハーゲン、よくぞ言った。お主の忠誠、しかと覚えたぞ。……アイルよ、そこに跪くが良い。」
「ははっ。」
”我が君”が応えるかと思っていたら、それよりも先に辺境伯様が声を出されるとは。そして、その言葉に従い、跪く”我が君”。何をしようとしてるのでしょうか?
辺境伯様が”我が君”へ近づき、腰に佩いた剣を抜いて、肩に剣の平を載せました。…これはもしや?
「我、オズワルド・クリスチアン・フォン・レンネンカンプの名において、汝、アイルに男爵位を授けるものとする。」
「……! 我が剣、我が命は、民の安寧のために!」
「そなたの家名はアインホーンとする。アイル・コンラート・フォン・アインホーンと今後は名乗るように。ハーゲン、そなたの孫はアインホーン家当主、アイルへ嫁がせよ。孫との間に生まれた初の男子はグロース家の次期当主とするように。……チョトーの解放、”迷宮”の攻略が成った時に陛下へ取り成す予定だ。そうなれば、陞爵も十分にあり得よう。ハーゲンは以後、アイルの後見、寄子となるように。ビョルン、お主もアインホーン男爵の寄子となるように。」
「はっ。以後はアインホーン男爵の下にて忠節を尽くします。」
「ははっ!有り難きお言葉!不肖、このビョルン。戦死した兄に代わり、兄の子であるヨハン、そしてアインホーン男爵の力になってみせます!」
「アインホーン男爵。……今しばらくはそなたに領地を与えることはできぬ。だが、本来の目的は叶えられるであろう?そして、爵位を持つことで様々に利点があるはずだ。特に、そなたの嫁は全員見目麗しい。……いないとは思いたいが、爵位を持って妾や愛人にしようとするやも知れん。男爵の妻となれば、手を出そうと考える奴はまずおらんだろう。しかし、その様な輩がいた際は、寄親である我がレンネンカンプ辺境伯の名を使え。……ディータ、お前の短剣をアイルへ授けよ。」
「……!アイル、これはレンネンカンプ家の家紋を彫ってある短剣だ。我が家の御用商人以外、この家紋を扱うことはできない。そのため、見せるだけで役立つだろう。しかし、それですまない場合……ここに一筆したためた。この二つがあれば、まともな貴族であればお前たちに害をなそうとは考えないだろう。もしも、害をなす者がおれば、次期当主である私の名において、戦うことを許す。」
なるほど。叙任したのは父である辺境伯であれども、今後については次期当主のディータ様が寄親になるということと、ディータ様自身の実績を作るために、話を振ったのですね。家紋入り短剣に、直筆の書状。この二つがそろっていれば、まずほとんどのことは切り抜けられます。そして……”我が君”への影響力を残すため……ですね。
ハーゲン殿とビョルン殿が寄子となるのはありがたいことです。辺境伯軍の軍制、慣習などを熟知してる人材は喉から手が出るほどですから。……しかも、辺境伯からのお声掛かりですからね。下手な人材ではないことがわかります。
そうなりますと、ダールの後見にハーゲン殿、ラース……ヨハンの後見にビョルン殿ですね。……もう一つ、確認しないといけないことが!
「ディータ様、ご質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「かまいません、フィーリィ夫人。」
フィーリィ夫人……柄にもなく照れてしまいますね。今後は、貴族家としての付き合いで表にでることが多くなれば、そう呼ばれることも増えるのでしょうね……。バーバラ、笑いをかみ殺してますが、あなたもですよ?……まぁ私よりは慣れてる方でしょうが。
っと、質問をしなければ。
「まず、我らが夫でありますアイルへの叙爵、感謝しております。改めて、アインホーン男爵家一同、辺境伯様の御恩に報いること、お約束いたします。お伺いさせていただきたいことは、騎士爵の任命権についてでございます。これにつきましては、夫が許容できる範囲の禄であれば、上限はなしでよろしいでしょうか。」
「ハーゲンは同じ男爵ですが、我が家に仕えて長いため、男爵位と共に封土される地よりも多くなっております。そのため、慣例として上げるのであれば、男爵の一年の収入が金貨で百枚相当となります。そのため、金貨百枚を扶持いたします。それ以上に使う必要がある場合につきましては、個々の才で扱う以上、特に私たちから言うことはありません。ただし、借金による破産などで、男爵の責務を果たせない場合は封土の召し上げ、御家の取り潰し、場合によっては自裁や打ち首などになることがあります。……もっとも、破産などしてても男爵の責務を果たせる限りは罪に問いません。……このようなところでよろしいですか?」
「ディータ様、ご丁寧にお応えいただきありがとうございます。私からお聞きしたいことは以上でございます。」
騎士に任命することは可能……となれば、ヨハン、ダール、ルー、ターニャ、ケイを騎士にして……”我が君”の小者役はピッピに頼むが良いでしょうね。他にも従士も集めねば……降嫁となれば、マーリエも屋敷へ来るはずですからハーゲン殿の補佐があれば問題は生じ難いでしょう。
「アイル、これからどうする予定だ。お前たちのことだ。これからも色々準備があるのだろう?」
ブルズアイ殿が”我が君”へ声をかけました。この中では一番付き合いのある人ですから話を切り出したのでしょうね。
「傭兵ギルドを介してハンスの推挙する傭兵団を雇おうと思っております。また、私の幼馴染みたちの一族に話をしようとおもっております。」
「……ああ、ベルンシュタイン辺境伯家虎の子の鬼人族騎兵か。……確かにあいつらは強い。引き込む算段はあるのか?」
「……幼馴染み二人を娶るのに合わせて、人数を募ろうと思っております。」
……早くも叙爵できたわけですから、急ぐべきでしょうね。部族長の娘ですから、有力な騎士……いえ、たしか彼らでは戦士でしたね……戦士に降嫁されることもあるでしょう。
「……それだと少し弱いか……閣下、ボルガー殿の進言でもありましたが、会議にてこの件を議題にあげましょう。そして、各辺境伯家と王家に一枚噛ませた上で、ベルンシュタイン辺境伯にはアインホーン男爵の後押しをする書状もご用意いただくのはいかがでしょうか。西部方面に自身の血が流れる貴族家が出来るのです。更に爵位の上昇もあり得るとならば、協力するでしょう。」
「……わかった。必ずや議題にしよう。」
「ありがとうございます。……しかしながら、もう一件程、懸念材料がございます。」
そう言うと、ブルズアイ殿はマーリエに顔を向けて言いづらそうな表情を見せました。
あの方がそういう顔をするということは余程のこと……。なんでしょうか。
「……王家には末姫様、アルブレヒト辺境伯家には次女様、ヴァルツァー侯爵家には四女様。ベルンシュタイン辺境伯家は、アインホーン男爵の実家ですから出しはしないと思いますが……。」
ああ……。私は彼の言いたいことが腑に落ちました。新進気鋭の若い貴族。名が上がった家はたしか、紅葉の国の首脳陣。北を守るベルンシュタイン、西を守るレンネンカンプ、南を守るアルブレヒト。そして、王家の血族にして懐刀…宰相を歴任するヴァルツァー。
東は険しい山脈が連なり、直接攻められることがあり得ないため、辺境伯は置かれていません。
”我が君”がチョトーを解放し領地を得て、更には翠葉の国を攻め盗るとなれば、縁を繋ぐべきと考えるでしょう。
なによりも……レンネンカンプ家だけと結び付きがあるとなると、”我が君”が翠葉の国を攻め盗った後、独立を考えているのではないかと、歴代の当主が忠誠心の強い辺境伯家だとしても……疑われてしまうでしょう。
それを防ぐには?
……その恩恵を分ければ良いわけです。
例えば各家から嫁を迎え、家族や陪臣の子らを譜代家臣として迎え入れる。彼らも肝いりの貴族家へ下手な人材を送るわけにはいきませんから……二番目、三番目に優秀な人材を送ってくれるでしょう。
そして、上がったのが主要な名家の子女。……多分、”我が君”と歳が近いか少し下なのでしょう。
マーリエが何を思っているか。
私はつい気になって、彼女の顔をチラリと見てしまいました。
「リーン様に、ヘレン、それにローラとまた会えて、一緒に暮らせるなら嬉しいわ。」
天真爛漫といった笑顔。マーリエの浮かべた笑みはただただ、友達に会える喜びのみが溢れていました。
ああ、この子は本当に心の底から喜んでいる。……そんな心根を持つ少女だからこそ、首座神は”我が君”との想いを繋ぐために試練を課したのでしょうね。
「”我が君”。辺境伯様がお帰りになられるまでは、男爵叙任に関わる手続きや、冒険者ギルドにて鉄……そして銅への昇進を相談しましょう。……ディータ様、厚かましくて申し訳ございませんが、”鬼の花嫁”の身元保証をお願いできますでしょうか。また、”悪鬼羅刹”につきましてもお願いいたしたく。」
「……なるほど、銀への昇進に向けての後援者ということですね。……こちらも一筆したためましょう。」
私の追加のお願いの内容を把握されたディータ様はすらすらと一筆したためてくださいました。その書状を押し頂き、頭を下げます。
冒険者は、ギルドにて等級でどれくらいの実力を持つのかを切り分けています。石は駆け出し、鉄は殻付き、銅は一端、銀は成り上がり、金は英雄、ミスリルは伝説……そう、冒険者たちは嘯いています。
私たちは成り立てで、一度の依頼をこなしただけ。間引きの報告はまだしてませんから、石のままです。今回の報告をすれば、鉄は確実……銅までいけるかも知れません。銅から銀へ上がるには貴族家の後ろ盾が必須です。その為の書状です。
これで、私たちの冒険者としての後ろ盾も改めて出来ました。今回の会談としては相当に得るものが多く、しばらくは忙しくなるのは明白です。
その後、私たちは歓談をし、辺境伯様の許可を得て、マーリエを伴って辺境伯邸を辞しました。
嫁がせるのは確定なので、少しでも一緒の時間を作った方が良いだろうとのお言葉もいただき、連れて帰ったのです。
屋敷へ戻り、叙爵した旨を伝えると誰もが驚きの声を上げました。
そうでしょう。いきなり無名の冒険者が騎士爵や準男爵を飛び越えて、男爵に成ったのですから。
これだけでも立身出世という物語では突飛な話です。
さてさて、明日からが忙しくなりますね。




