Session03-14 辺境伯邸での会談 〜アイル〜
俺は礼服をきっちりと着込み、髪を結い上げた姿を姿見で確認をする。
胸はさらしを強く巻き締めて抑え込んだ。正直言ってきつい。しかし、男として場に出るのであれば致し方ない。ハンナに頼み、強く巻きつけた。……正直、ドレスを着込む際のコルセットよりは楽だ。余分な肉はほとんど無いが、その代わりに筋がついているため、詰め物をした上で絞るのだ。……あれはきつかった。
今回は男の礼服のため、ズボンであるのがありがたい。革製の靴を履き、白の手袋をする。首にスカーフを巻きワンアクセントをつける。
……これは父から教えて貰ったことだ。女性と会う可能性が少しでもあるのであれば、見苦しくない程度に華やかさを添えよ。そう言ったあとに、お前自身が華と言えるだろうがと、俺自身に愛情と…そして、悲しみを湛えた瞳で口にしたのを覚えている。
髪はフィーリィに頭の後ろ上部で纏めて貰った。いつもだと、その後に三編みに編み上げているのだが、今回はそれを抜きにした。頭を振ると、旗がはためくように金色の髪がふわりと広がり、落ちる。……男らしくはないが、仕方ない。
腰にを巻き、そこにルナに渡していた剣を佩いた。会談の際は預けるとは言えども、見栄を張れる所は張る必要がある。俺はマーリエを迎える身。それだけの価値がある事を見せなければならない。辺境伯は理解を示していても、譜代を含む家臣団が相応しいと受け入れられるか。……場合によっては……。
「……決闘も考えられるか。」
「決闘とは、物騒な話ですな。……辺境伯の家臣団と、決闘に及ぶ可能性がある…ということですか?」
俺の呟いた言葉を耳にとらえたラースが、ギョッとした表情を浮かべた。そして、顎に手を当てて考えた結果、俺が考えている可能性に及んだのだろう。瞳にギラリと剣呑な光を乗せながら、俺の方を見てくる。その言葉に頷いてみせることで、応えた。
マーリエ……”マーリエ・オズワルド・フォン・レンネンカンプ”はレンネンカンプ辺境伯家の長女だ。上に兄が二人、下に妹が一人。家を継ぐ長兄、それを補佐する次兄。この二人は他家でも名が上がる程の人物であり、当代の辺境伯から代行として業務を任されているくらいだ。家臣団も二人を認めており、寄子となる貴族達も次代も頼りになるとの評価をしているとの話だ。
そうなると、二人の姉妹の役割は自ずと限られてくる。一つは他家との婚姻による結びつき。もう一つが家臣への降嫁による結びつきの強化だ。貴族は互いに助け合うために、縁故による派閥を作る。勿論、派閥ごとに利害が一致しない場合は争うこともあるが、ほとんどの場合、縁を元に内々に纏めるのがほとんどだ。そのため、上位の貴族家が嫁を迎えるか、下位の貴族家へ嫁がせるかが選択肢になるのが普通だ。
しかし、マーリエは……俺のせいで、他家へ嫁ぐという選択肢がなくなってしまった。父である辺境伯が、マーリエが嫁ぎたくないという意思を貴族家としては珍しく尊重したため、今まで婚姻関連の話題が出ることはなかったそうだ。
だが、家臣団の若手や後継者達からすれば、主筋のお嬢様が未婚であるということは、自分に目があると……マーリエの伴侶になろうと考える者もいるだろう。そう考えてもあながち間違いはない。他の貴族家へ出すことが出来ないのなら、因果を含めて降嫁させた方が良い。そして、お嬢様の我儘を受け入れるような主君であれば、お嬢様の婿として重用される可能性がある。そう考える者もいるだろう。
そんな所に、降って湧いたように急な降嫁話。そして、相手は身分も知れぬ鬼人族との半端者の冒険者。更には、お嬢様が降嫁されることで、自分達の上に立つやも知れない。そんな事が重なれば、反発するものも出てくるだろう。その予測を蒸し風呂の更衣室内の皆に聞こえるように説明した。
「確かにアイルの言う通りじゃな。……我らはパッと出の身分不詳の冒険者。それが辺境伯のお嬢様を巡って大立ち回りをして心を射止める。更にはチョトーの解放をして、叙爵と。家臣団の若手や後継どもの中には納得いかぬ……いや、自分にも出来ると言うものが出るじゃろうな。」
俺の説明に賛同するようにバーバラが言った。そして、衝立の一つが開くと共に、女性陣が出てくる。
一瞬、華が咲いたと……思った。藍色の華と黄色の華。二つの華が咲き誇っていた。
「どうじゃ?我のドレス姿もなかなかなものじゃろう。じゃが、フィーリィの姿は、我から見ても素晴らしいと思えるぞ。アイル、感想を聞かせてくれ。」
「ふふふ。バーバラのドレス姿も素敵ですよ。……アイル、おかしいところはありませんか?」
急な謁見のため、仕立て屋、古着屋を含めて急ぎ集めたドレスであるはずだが、二人の姿はあまりにも美しかった。最近の流行りは首元から鎖骨の辺りがむき出しになっているらしいが、今回用意したのは昔ながらの首元まで覆うタイプのドレスだ。
バーバラは深い藍色に染められたドレスを身につけている。栗色の髪をアップにまとめ、鉱人族の特徴としての身長の低さはあれども、ドレスによって身体の線が浮き彫りとなり、普段は鎧の下に隠されている大きめの胸に尻、引き締まった腰が、彼女が高家の子女として育てられた事を物語っている。アクセントとして白色の糸にて草花が描かれており、華美とまではいかないが、落ち着いた美しさが改めて、彼女の気品を教えてくれる。
フィーリィは、バーバラと同じ作りの色違いのドレスを身に着けていた。暗森人族の特徴と言えるココアを溶かしたような褐色の肌。彼女も普段は鎧に隠れているが、豊満と言える胸、肉付きの良い尻、くびれた腰が強調されていたが、首元までを覆う作りにより、清楚さが感じられる。そして、その肌を黄色の布で覆い隠すようになっているが、少しだけ見える手の先、顔を見ればその艶めく光沢が美しい。膝丈まで届く銀糸の様な髪は結い上げられて、鼈甲細工の髪飾りと合わせて月と月明かりの様だ。そして、着込んだドレスにも緑色の糸で草と花が描かれ、ドレスの地の色に合わせた花が月夜の下に咲き誇っていた。
俺は二人の姿を見て、言葉を発する事ができなかった。寝所にて、二人の生まれたままの姿を何度も見てきた。また下着だけであったり、普段着であったり……だが、それとは違う美しさだ。……皆にも一度着てもらおう。
「……おかしいところなど見当たらないな。改めて二人のドレス姿に見惚れていたよ。」
二人の手を取り、手の甲へ口吻をした。そして、二人に笑みを見せる。二人共、久しぶりに着る者、普段着ることがない者ということもあるのか、耳を少し赤くしているのが見て取れた。
少し照れている二人の後ろから、騎士服を着込んだハンナが出てくる。
先程、蒸し風呂の中に居た時は、大振りな胸が湯帷子の下から主張をしていたが、騎士服を着込んでいる状態では見て取れないことを考えると、彼女も俺と同じ様にさらしを強く巻きつけて抑えているのであろう。凛々しい若手騎士と言われれば十分に通る美貌だった。髪は獅子の鬣のように後ろだけが長かったため、後ろで飾り紐を使って纏めている。
そして、それに続いて騎士服を着込んだ柊が続いた。彼女は俺とハンナに比べたら、小ぶりで可愛らしい胸であったが、騎士服を着込む上では目立ってしまうため、同じようにさらしを巻いているのだろう。髪は艶めく黒髪で、下ろすと胸元まで来るため、同じく後ろで纏めていた。
「柊、ハンナ。柊はバーバラのエスコートを。ハンナはフィーリィをエスコートしてくれ。俺、バーバラと柊、ハンナとフィーリィ、カイルとラースの順番で進む。間違えないようにな。」
「うむ。柊、すまぬがエスコートを頼むぞ?」
「は、はい!バーバラ様、よろしくおねがいします!」
「はい。ハンナは、フィーリィのエスコートをいたします。」
「ハンナ、よろしくおねがいしますね。」
「では、”我が主殿”。そろそろ出発せねばならぬ時間じゃ。参ろうぞ!」
バーバラがそう言うと、柊に向かって手を差し出し、柊はそれを丁重に受け止めた。ハンナとフィーリィも同じように手を繋ぐ。カイルとラースも準備ができたことを示すように、俺に対して頷いてみせた。
それを確認した俺は、皆を引き連れて、歩き出した。更衣室を出て屋敷を出ると、屋敷の前に馬車が二台、並んでいる。
辺境伯邸へ向かうのに近いとは言えども、歩いて行くわけにはいかない。謁見という手段を取っているからだ。なので、今回は馬車を使い、辺境伯邸へ向かうのだ。
前の馬車に俺、バーバラ、フィーリィ、ハンナ、柊が乗り、後ろの馬車にカイルとラースが乗り込んだ。
「辺境伯邸へ出発せよ。」
「辺境伯邸へ出発!」
俺の言葉を元に、御者が馬に鞭を打ち、馬車を走らせた。
さて、どれだけの人数がいるのやら。
……マーリエの為にも一芝居しなければ。
◇◇◇◇◇
「一党”鬼の花嫁”、徒党”悪鬼羅刹”党首アイル殿、他党員六名!ご入室!」
大広間の入り口を守る衛兵が口上を述べる。その言葉を言い切ったタイミングで、俺が広間へ入っていく。それに続き、柊がバーバラの手を、ハンナがフィーリィの手を取って、広間へと入っていく。カイルとラースはその後ろに並んで続いた。
広間の中央正面に段があり、その上には豪奢な椅子が存在感を示し、当代の辺境伯……オズワルド・クリスチアン・フォン・レンネンカンプ辺境伯が座っていた。そのすぐ手前左側に文官の、右側には武官のトップが控えている。それに習うように左側に文官の列が、右側には武官の列が出来ていた。その顔ぶれを見る限り、レンネンカンプ辺境伯家の文武の重鎮が一同に揃っているのがわかる。
そして、辺境伯の座る椅子のすぐ後ろに、マーリエ……マーリエ・オズワルド・フォン・レンネンカンプが普段の修道服姿ではなく、ドレス姿で座っているのが見えた。その姿は真紅のバラと例えられようか。真紅のドレスを着込んでいる。
こういった機会に着るように用意していたのであろう、今の流行りと言われる仕立てで作られており、首から胸元、鎖骨辺りがむき出しになっていて、彼女の白い肌とあいまって映えて見えた。彼女との再会した日からも、節制を続けたのであろう、存在を主張する胸と、肥えていたということを伺わせない線の細さ。そして、讃える微笑みが、彼女の美しさを醸し出していた。
広間の中を一人、堂々と胸を張りながら進む。入り口に近い者ほど、視線に力が籠もっているのがわかる。多分、若手や後継なのだろう。マーリエお嬢様を射止めた俺に対して対抗心や敵意を持っているようだ。
それに対して、広間の奥に居る者たちからは視線は向けられているが、敵意は感じられなかった。強いて言うなら、好奇心であろう。どんな輩がお嬢様の心を射止めたのか。どれ程の男なのか。値踏みをしているのだろうな。
ちらりと文官の列を見ていると、ブルズアイ殿が素知らぬ顔をしながらこちらを見ていた。あくまでもこの場では知らぬ存ぜぬという立場を貫くのか。……暗部の元締めという立場であれば、あまり本来の役割を知らぬ者も多いのだろうなと思った。
そして、儀礼上の位置まで進み、跪いてみせる。俺の動きに倣い、六人が跪く。それを見た辺境伯が先に名乗りを上げる。
「オズワルド・クリスチアン・フォン・レンネンカンプである。」
その名乗りに俺を始め、皆が頭を垂れる。それを確認したのか、家老格の家臣が面を上げるよう声をあげた。それに従い、俺達を含む、この広間にいる皆が頭を上げる。
「一党”鬼の花嫁”、徒党”悪鬼羅刹”の党首、アイル。名乗られよ。」
「一党”鬼の花嫁”党首、アイルと申します。辺境伯様におきましては、ご壮健の由、祝着至極でございます。この度は、急な謁見の機会を頂き、真に恐悦至極にございます。」
「アイルよ。この度は、徒党”悪鬼羅刹”として、”迷宮”指定のチョトーにて行った”間引き”の成果を聞かせてくれるとのことだったな。早速だが、聞かせてくれまいか。我が娘、マーリエもお主の活躍を知りたくてウズウズしておるようだ。…なぁ、マーリエ?」
「お、お父様!そのようなことは!」
辺境伯が、マーリエをだしに使って話を振ってきた。マーリエも二週間振りに、話が出来るということもあってか、楽しみにしてくれていたらしい。……男として、想ってくれていた事は本当に嬉しかった。少し、自身の頬が赤くなるのがわかる。そして、その赤くなった頬の辺りに横から視線が刺さるのがわかった。ちらりと視線を向けると、バーバラが、その気持、わかるぞ。とでも言うようにニヤニヤと目だけで語っていた。
辺境伯とその長女であるマーリエとのやり取りを見ていた家臣団は、年配または序列の高い者たち程、笑い声を上げ、笑みを浮かべているのがわかる。マーリエが苦しみ、そして、辺境伯も悩んでいたことを自分のことのように思い、胸を痛めていた者たちであろうことがわかる。しかし、入り口側からは自分への敵意を感じる視線がより強まったのを感じることができた。
……であるならば、まずは成果を示すとしよう。
「承知いたしました。まずは、こちらの目録をお納めください。」
俺は懐から封書を取り出し、差し出すように捧げ持った。それを見た年配の家老が前に出て、封書を受け取った。そして、封書が蜜蝋にてキチンと封されていることを確認し、御免と辺境伯へ声をかけた後、腰に佩いている短剣を抜き、封を開ける。封を開けた後、封書をひっくり返し、中になにも仕込まれていないことを確認する。そしてもう一度中身を見ずにたたみ、辺境伯へ手渡した。
辺境伯は、封書を手に取るとすぐに開き、目を通した。視線が段をなぞるように動いているのがわかる。そして、途中から片方の眉を上げ、片方の手で顎を撫で始めた。そして、読み終わったのだろう、俺を両の目でしっかりと見つめてきた。
「アイル。ここに書かれた事に嘘偽りはないな?」
「首座神様と、戦女神様、そして交易神様に誓い、嘘偽りはございません。」
「マーリエ、読んでみると良い。これは中々の成果だぞ。」
「はい!拝見させて頂きます!……まぁ!……アイル殿、素晴らしい成果でございますね!」
「ボルガー、マーリエから受け取り、内容を読み上げよ。」
「承知致しました。お嬢様、お渡しいただきたく。」
先程、俺の封書を開けた年配の家老が、マーリエから封書を受け取り、読み上げ始めた。
一つ、チョトー砦に所属する”一群”小規模計十一、中規模計一。ゴブリン七十五、オーク二十五、トロール四の討伐。
一つ、”魔法の鞄”の取得。
一つ、チョトー近郊にて活動中の”青鮫党”の服属。
一つ、一党”勇敢なる剣闘士達”の徒党”悪鬼羅刹”への服属。
一つ、奴隷商カイルの服属。
家老のボルガー殿が、俺が書いた内容を読み上げていく。特に”一群”の討伐数……中規模を討伐したということを読み上げた時に武官たちから声が上がり、”魔法の鞄”の取得については文官たちから声が上がった。中規模ということはトロールが必ず含まれ、オークも数匹存在しているのが常だ。それを騎士団で討伐するのであれば、中隊規模の部隊を用意する必要があった。五人で一小隊、それが五個で一中隊、三個中隊で一騎士団となるのが通例だ。
一小隊で中規模一群を討伐した。それは十分に実力を推測できるものさしになり得る。
また、”魔法の鞄”を入手したということは、容量にもよるが為政者側で考えると物流に関してとてつもない力を手に入れたということになる。例えば、徴税において税として収納する金銭や穀物類を”鬼の花嫁”に輸送の依頼を出せば、最低限の人数で輸送することが出来る。また、軍事においても食料や物資を”鬼の花嫁”に輸送を依頼すれば、それだけで輸送費用が抑えられる。正直言って喉から手が出る程のものだろう。
「アイル殿。”青鮫党”について説明をお願いする。」
ボルガー殿が、礼儀に則って説明を求めてきた。
チョトー村にて店を構えていた商家”ツーシュウ”家が、二十年前の戦の後、逃げ延びた者たちで渡しを作り、勢力を維持してきた国衆であること。
そして、四十人程ではあるが、”悪鬼羅刹”、ひいてはアイルへ服属する事を約し、戦とあらば槍を持って駆けつけることを説明した。
「そうか……ツーシュウ家か。生きててくれたか……。」
俺の説明に辺境伯は一々頷いてみせた。思う所があったのであろう。
続けて、ボルガー殿が”勇敢なる剣闘士達”についての説明を求めてきた。
ラース……ヨハン・フィデリオ・ギュンターが、二十年前の戦にて奴隷とされ売られた後、剣闘奴隷から解放を勝ち取った後、作られた一党であること。
誰もが長年、剣闘士として戦い続けてきた者達で実力は折り紙付きであることを説明した。そして、当人である、ラースとハンナを紹介する。ハンナは俺の紹介で頭を下げるが目はギラリと剣呑な光を湛えていた。……多分だが、俺への敵意の視線を感じ取り、警戒をしているのであろう。その仕草を見た武官の年配者はおおっと歓心の声を上げた。主君を守るためにどんな時でも気を巡らせる。その姿に感銘を受けたのだ。そして……。
「おお……お主が、フィデリオ兄の子か!……生きて、生きておったか!!」
一人の武官が列から飛び出てきた。そして、ラースの両肩を両手で掴み、顔を覗き込んだ。目からは涙を滂沱と流している。その相手の顔を見て、ラースはふと、何かに気づいたのか片眉を上げた。
「……叔父上……ビョルン叔父上ですか!」
「そうだ!……おお、おお……苦労したんだな。」
ビョルンと呼ばれた武官は、ラースの半ば白髪となった髪を撫でながら、喜びの声を上げていた。
二十年前、死んだと思われた兄の子が、生きて戻ってきたのだ。家督などに問題がなければ良いのだが……。
「そうか、チョトーの防衛を任せていたフィデリオの子か……!良くぞ、生きて戻った!……もしや、カイル。そなた、ゴルドの子のカイルか?」
「……はっ。ゴルドの子、カイルでございます。御無沙汰しておりました。」
辺境伯が椅子から立ち上がり、カイルへ問いを投げかけた。それに対し、カイルはしっかりと辺境伯の顔を見て、改めて名乗った。それを聞いた辺境伯は顔を両手で覆いながら、力なく椅子に腰を下ろした。そして、ふと気づいたのか顔をあげてカイルへ再度問いを投げかける。
「無沙汰など……我らこそ、守れずにすまなかった。……奴隷商とのことだが、どういった経緯を経たのだ?教えてくれまいか。」
「……ご説明いたします。」
カイルの口から、経緯が説明された。ラースと同じく二十年前に奴隷となったこと。仕入れた奴隷商に自身を売り込み、下働きとして研鑽を積み、ついには自身を買い戻したこと。また、同じように奴隷として売られた者達を買い戻してきたこと。そして、父ゴルドとラースの父フィデリオの最後を……ただ、淡々と口にした。
「父ゴルドは民を守るために殿を務める中、オークと刺し違えて討死。騎士フィデリオ殿は翠葉の軍勢の追撃を止め、皆の命を守るために自身の首を捧げました。……その後の流れは皆様もご存知の通りでございます。」
カイルが口にした内容に文官、武官の年配の者共は涙を流している。それ以外の者も、翠葉の軍勢の行いに怒りを露わにした。俺も詳細を聞いてなかったこともあり、改めて話を聞くと、怒りがふつふつと湧いてくるのがわかる。翠葉の国の貴族に武人としての誇りは……ないのだろうな。
「……改めて、ゴルドとフィデリオの最後を報せてくれたこと、感謝する。そして、チョトーを治める者として、そなた達を助けることができなんだこと、すまなんだ。」
「……辺境伯様。辺境伯様が私ども以外にも、領民を買い戻そうと交渉いただいたことは存じております。……そして、慣例からすれば法外な値段を吹っ掛けられたことも。……なによりも、彼の者らはそのやり取りをする以前に私どもを売り払っておりました。返すつもりがないため、吹っ掛けたのだと思います。……そのお気持ちだけで、私どもも、死んだ者どもも、報われます。」
辺境伯がカイルとラースに向けて頭を下げる。そして、買い戻せなかったことについて謝りの言葉を述べた。……正直に言って領民を乱取りにて奴隷とするのは慣習といえるため、それ自体が悪いわけではない。問題は、取引をするつもりもなく弄ぶように交渉をしたことだ。
それがわかっているため、カイルはただそう口にした。手はぎりぎりと音を立てそうなぐらいに強く握られている。体も少しではあるが震え、怒り、または悲しみに心が動かされてるのだろうと理解できた。
「カイル、ヨハン。そなた達のこと、良くわかった。……今後については、アイルの下で励め。僅かではあるが、私からも援助をしよう。」
「「ははっ」」
「……ついてはアイル。そなたがこのような成果を上げたこと。そして、我が娘、マーリエを救ったこと。この二つと、娘のたっての望みで、そなたをマーリエの婚約者としようと思っている。……どうだ。受け入れてくれるか?」
辺境伯は俺に向かって、そう言ってきた。確かに、降嫁すると明言するよりは、あくまでも婚約という形にしておけば、俺が失態を犯したりしても、あれはあくまで婚約だった。改めてそなたの行いが相応しくないため白紙へ戻す。とでもすれば、取り繕うことはできよう。一介の冒険者風情に対してであれば、十分な提案であった。
その言葉に対して、俺が返答しようと口を開いた……その時。
「閣下、お待ちくださいませ!我ら一同は反対にございます!!」
「一介の冒険者風情に、御長女様と婚約させるなど言語道断でございます!」
「それに、その者の上げた程度の功績であれば、我らにも上げられます。何も素性の知れぬ者を選ぶ必要なぞないかと!」
「御長女様が嫁がれると言うことであれば、ただ戦うことだけではなく、治政についても詳しくなければ務まりませぬ。一介の冒険者ではそのようなこと、出来もせぬかと。御再考をお願い申し上げます。」
「一門に連なる、または家を興すのであれば、戦働きもせねばなりません。縁もゆかりもない冒険者では、その任を全うできないかと。御再考を!」
文官と武官、両方の列の入口側に立つ者たちの約半数が中央に出てきて跪いた。そして、俺に対しての不満を言上する。……正直に言おう。俺の妹を氏素性の知れない冒険者風情に降嫁させるとなったら、まず決闘を申し込むな。それくらいの問題だ。だが……辺境伯は俺の素性を知っている。そして、次代である長子、次子も知らされている。……というよりも、面識がある。文官筆頭として辺境伯の横に侍る長子は柔らかい笑みを浮かべ、武官の列の上層部にいる次子は笑い出さないように堪えることに精一杯だ。マーリエは俺をじっと見つめて、ニコリと微笑んでくれる。
……ああ、信じてくれてるのだな。……一芝居打つところはここか。
背筋を伸ばし、確りと辺境伯を見つめる。
「辺境伯様、言上をお許しいただきたい。」
「許す。」
「今回の、御長女マーリエ様の婚約の件、謹んでお断り申し上げる。」
「「「「……!!」」」」
「「「「「な、なんだと!?」」」」」
辺境伯、長子、次子、そしてマーリエが言葉を失う。そして、異議を申し立てた若手文官、武官、参列する文官、武官皆が困惑の声を上げる。
さて、まだまだ言うことはあるぞ。
「私、アイルはマーリエ様を娶るにあたり、それに釣り合う成果を上げたとは思っておりませぬ。故に、婚約のお話につきましてはお断りを申し上げました。」
そして、立ち上がり、文官の列を最前列から、最後列までしっかりと見る。
「マーリエ様を娶るということは、辺境伯家の一門に連なる、または新しく家を興し治政を行うこと。仰る通りです。」
続けて、武官の列の最後尾から最前列までをしっかりと見る。
「また、冒険者としてだけではなく、騎士として、指揮官として軍を率い、戦働きを行うこと。仰る通りです。」
そして、辺境伯にしっかりと向き直り、再度跪いた。
「治政を行って見せよと仰せであれば、行いましょう。」
長子に向かって言う。長子はそれを受けて頷いて見せた。
「戦働きを示せと仰せであれば、部隊を率い、武功を立てて見せましょう。」
次子に向かって言う。次子は遂に堪えきれずにかはっと大きな笑みを見せた。
「何よりも、誰にも比類ない功績を上げ、必ずやマーリエ様をお迎えさせていただきます。」
マーリエに向かって言う。マーリエは俺の視線を受けた後、一度目を閉じ、両手を重ねて祈るような仕草を見せた。口元が首座神の祝詞に合わせて動いたように見えた。そして、目を開いた。
「アイル様。……比類ない功績とは何でしょうか。」
マーリエの言葉に、広間の時が止まったように静かになった。文官も、武官も、比類ない功績がなにか思いつかないのだ。……気持ちはわかる。だが、それを考えて動いてる者と、考えもしない者では違ってしまうのは当たり前だ。
俺はマーリエに向かって、一度頷いて見せた。彼女も理解したのか、頷いてくれた。
改めて、辺境伯へ顔を向けて広間全体に響くように口にする。
「”迷宮”指定チョトー地方の解放。そして、チョトーにある”迷宮”の攻略!これを成し遂げたあかつきには、マーリエ様を私の嫁として娶らせていただきたい!」
俺の発言に、参列した者が騒ぎ始めた。特に若手連中はやれ大言壮語だ、やれ無知蒙昧だ、と騒いでいる。こいつはほら吹きだ!とかペテン師め!と言うような言葉も聞こえてくる。
まぁ俺自身も、そう思う。いきなりそんな大言壮語を口にしたら、こいつはペテン師じゃないかと思う。だが、俺は俺なりの手段でだが、解放のための布石は打っている。ただ、考えをこねくり回すだけの輩とは違う。だからこそ、自信を持って言い切る。
カチャリ、カチャリと剣帯と鞘がぶつかる音が聞こえる。武官の列から、初老の武官が近づいてきた。そして、俺の傍らまで近づくと、目線を合わせるためにか跪いた。ギロリ。そんな音が聞こえそうだ。
「アイル……と言ったな。チョトーを解放するとのことだが……四度。四度解放できなんだこと、知っておるか。」
「……存じております。戦の経過も存じ上げております。」
「……何度も成し得なかったチョトーの解放を、そなたが成し遂げるというのか。」
「……正確には違います。」
「言うて見よ。」
俺は気を練る時のように、丹田に力を込めて、老武官の目を見て答える。
「辺境伯の手にて、チョトーの解放!私は”迷宮”の攻略!すべきこと、できることは違います。ですが、少しでもその確率を上げるため、辺境伯様が解放を成し得るように、私が”迷宮”を攻略できるように、準備をしております!ただ、何もせず出来ないと、夢物語だと、そう仰りたいのであればやめていただきたい!」
「……それだけではあるまい。お主の本当の目的は何だ?金か?名誉か?」
俺の目的が他にあること。それを口にするべきか悩む。だが、改めて思い出した。俺は首座神様、戦女神様に対して誓ったのだ。であれば、恥じることはない。どんな罵詈雑言を浴びせられようとも、堂々とそのことを伝えるのみだ。
「……私に思いを寄せてくれている女子たちのためです!」
「……ほう?女子のためにと?」
「私は、ここにおりますバーバラ、フィーリィ、ハンナ、柊、ここにおりませぬ仲間たち、有力者の子女である幼馴染みたち、そして、マーリエ様。この者たち全員を娶り、平等に愛すと約束をいたしております。そのためには比類なき功績を上げねばなりません。その為のチョトー解放です。」
「……嘘偽りはないと誓えるか?」
「首座神、戦女神、交易神に誓います。」
俺の言葉に、若手連中は破廉恥だ!恥を知れ!と騒ぎ立てる。列を作っている文官や武官にも眉をひそめる者たちがチラホラと存在している。ただ、一部は興味を持ったのか好意的な視線を向けてくる者もいた。
「静まれぃぃ!!」
俺に問い詰めてきた老武官が立ち上がるとともに、広間を揺るがすような大音声を上げる。天井に釣っている明かりが少し揺れているのが見える。どんな大声だ。
その声に、広間の声は静まり、静けさが一度支配する。
そんな中、老武官がくるりと向きを変えて、辺境伯の座る方へ一歩前に出る。そして、跪いた。
「閣下に申し上げます。この者、本来の目的は下卑たものを持っていることがわかり申した。」
そう言うと、跪いたまま、俺の方へ顔を向けてくる。そこで見えた表情は……笑みであった。
「しかしながら、その目的を果たすため、若いながらも何ができるかを考え動いているところ、並ならぬ決意ではござらぬ。この者の言、一考の価値ありとそれがしは言上いたしますぞ。それにではございますが、この者の立ち居振る舞いなどから見ますに、やんごとなき理由があると見ました。この老骨の最後の奉公として、この者を推挙させていただきます。どうか、ご検討を。」
「ハーゲンの言や良し。アイルよ、そなたの解放へ向けての策を聞きたい。まだ時間はあるか?」
「問題ございません。」
「ディータ、スヴェン、マーリエ、お前たちは残りなさい。ボルガー、ヨハンネス、フランツ、ハーゲン、ビョルン、ブルズアイ。お主たちも残るように。他は解散せよ。」
「「「「「ははっ!」」」」」
辺境伯のその言葉で、文官、武官たちが広間を出て行く。残ったのは、長子であるディータ殿、次子であるスヴェン殿、マーリエの辺境伯の子たちと、家老のボルガー殿、筆頭武官のヨハンネス殿、筆頭文官のフランツ殿、俺を推挙してくれたハーゲン殿、ラースの叔父であるビョルン殿、そして暗部を纏める頭であるブルズアイ殿だった。
「ここからは、他言無用だ。お前たち、いいな?」
辺境伯は自身の子らと、家臣たちに念を押すように言った。その言葉に、皆が頷いて見せる。それを確認した辺境伯は、俺たちに言った。
「アイル、そしてアイルの仲間たちよ。ここからはそこまで堅苦しくせんで良い。まずは、立ってくれ。場所を移そう。」
その言葉に俺たち全員が立ち上がった。流石に長時間跪いていると痺れてくる。特に、こういったことに慣れてない柊は辛そうだ。手助けするようにバーバラが手を掴んでやっているのが見える。
誰しもが、一段落したと安堵しているのがわかる。
しかし、本当の目的はここからだ。俺はこの後のために、改めて丹田に力を入れるのであった。




