Session03-13 打ち合わせ in 蒸し風呂 〜カイル〜
Session03-13 打ち合わせ in 蒸し風呂 〜カイル〜
徒党”悪鬼羅刹”の武家屋敷。
この屋敷には、檜をふんだんに使った蒸し風呂が存在する。
蒸し風呂だけではなく、石材でしっかりと組まれた大浴場も存在している。
水などは魔道具を介して潤沢な量を使用することができるようになっていた。
譜代の騎士や家臣、自身に仕える者達の屋敷ではないのに、何故、ここまで風呂などの設備に力が入っているのか。
それは先代の辺境伯が、このハルベルトに徒党が誕生、または居を構えることに成った際に優遇する為に自己の屋敷よりも力を入れたとのことだった。
それ故に、この屋敷には珍しく風呂場が二つも存在していた。
そして今……私、カイル・ゴルド・チョトーは湯帷子を着込んで、その素晴らしい作りの蒸し風呂の中で、蒸気に包まれて座っていた。主君と、その奥様方、そしてラースとダール殿達を始めとした同僚らと共に。
どうしてこうなった。
私の心境を一言で表すなら、この言葉だろう。
多分、私を挟んで隣に座っているラースに、ダール殿も同じ心境だろう。
そして、ダール殿の部下となっている、ルー殿たちも。
何で、私達は”全員”で蒸し風呂の中で向き合っているのだろうか。
「アイル様……なんと申しますか……蒸し風呂に奥様方と一緒に入る必要があるのでしょうか。」
私は、意を決して御屋形様へ声をかけた。
私の目線の先には、いつもは編んで纏めている髪を下ろし、そのメリハリのついた肢体に湯帷子を着込んだ御屋形様が、白樺の葉が付いた枝で自身の身体を叩いている。蒸気で濡れた湯帷子が張り付き、常は白い肌が熱っぽく赤く染まってるのが何とも艷めかしい。
と、御屋形様の評価をするのもどうかと思うが、何よりも……。
ルー殿たちもと言ったように、まず妙齢の……少女が三人。それが湯帷子を着て、蒸し風呂に一緒に入っている。下手な公衆浴場並に広いため、流石に私達男の真横に座る事はないが、それでも、この密閉された空間に男達と一緒に入るのは、主命でなければ避けたいだろう。
なにせ、どう見てもそこそこの良いところ出のお嬢様だ。そこら辺の村娘とは思えない。三人とも、頬を熱気に依るものとは違う赤で染め上がっているのがわかる。
その三人に対して、対象的なのが御屋形様の奥様方だろう。
バーバラ様、フィーリィ様、ピッピ様、ルナ様。この方々は私達男どもがいるのを意に介さず、雑談を交わしながら白樺の枝で身体を叩いたりしている。主筋の奥様という事もあり、視線の置き場所に困ってしまう……。
ハンナは付き合いも長い為知ってはいたが、そう言った恥じらいを表に出さず、自身は出入口の方へ意識を向け、もしも賊が押し入って来ようものなら、自身が真っ先に立ち向かおうと身構えているのがわかる。
イーネ……ソーヤの娘とはいえ、御屋形様に嫁ぐのであれば立場はしっかりとせねばならんな。イーネ様はしっかりとケーマの親父とソーヤに仕込まれているのだろう。夫となる者以外と一緒に入ることに抵抗があるのだろう。頬を赤らめて縮こまっているのがわかる。
イーネ様の仕草に対して、柊様は蒸し風呂自体が初めてなのか、目を爛々と輝かせて皆や、周囲を見ている。時には焼き石に水瓶から汲んだ水をかけて、ジュワァという音と共に蒸気が生じることに驚いたり、皆が白樺の枝で身体を叩いているのを見様見真似で同じことをしようとしていることがわかる。
勿論、彼女達も湯帷子を着込んでおり、蒸気に濡れて張り付いている姿は、普段の姿と違って、より艶めかしい。そうなると、目線をどこに逃したら良いかと考えると、上か下しかない。
そうやって、出来る限り奥様方の方を見ないようにして口にした、私の言いたいことを理解されたのであろう、御屋形様が一度大きく頷くと、皆の顔を一度見回してから、口を開かれた。
「ここにいる者は、俺が今後の事を話すべきと考えている者……言うなれば幹部だ。そして、内々で伝えたいこと、打ち合わせを先にしておきたい時に、今後も、皆で蒸し風呂に入る形で打ち合わせをする形を取る。……盗み聞きの懸念を防ぐためだ。俺達が、こうやって皆で入っている時は更衣室内にカーヤ、風呂場への入り口にセバスを待機させる。例えば、雇ったメイドや奉公人が他者の手のものだとしても、ここで話した事は伝わることはない。」
御屋形様の仰ることに納得できる点はあった。二つの加護持ち。そして、私とラース、そしてフィーリィ殿しか知らぬ国盗りの話。これだけでも、幹部以外に知られる事は避けたい内容と言える。
何せ、国盗りだけならまだしも、それを他国との共同で行うことが問題と言える。翠葉の国に対する、軍事同盟と言えよう。それを一介の冒険者風情が他国の王族と大臣と協力して一国を打倒すると約束したのだ。
それを話すのは信頼できる者のみ。そして、そう言った他人に聞かれたら困る内容を話す場所をどうしたらいいか。外に繋がる箇所が増えるほど、技能を持つ者であれば盗み聞きができる可能性が増える。そうであれば、確かに、屋内にあり、限りなく密閉された空間であり、信頼できる数名の者で押さえれば密室とできる蒸し風呂というのは選択肢として確かにあり得る。
しかし……。
私はそこまで考えて、チラリと御屋形様へと視線を向けた。
背筋を正し、優雅と言える仕草で自身の身体を白樺の枝で叩いている。自身の肢体を誇らず、そして、理解しているが、私達を信頼しているのであろう……余りにも仕草が自然だった。
「ルー、ターニャ、ケイ。君達の貞操を疑われる様な事を指示して、申し訳ない。マーリエには、改めて俺から説明をする。」
そう言って、御屋形様は三人に向かって頭を下げた。それを受けた三人は、頭を下げられる事自体が想像の埒外だったのか、傍から見ても慌てているのがよく分かる。……それはそうだろう。自分達の雇用主が頭を下げているのだ。奉公人の立場としたら、あり得ないであろう。
「……アイル様が必要とされるのであれば、私達に否はありません。それに……。」
「もしも、アイル様が僕たちを望まれるのであれば……。」
「俺達の受けた恩と捧げる忠誠を元に、アイル様の元へ参ります。」
ああ、彼女達三人も御屋形様に傾倒していたか。ルー殿、ターニャ殿、ケイ殿は順番にそう口にして、主君へ捧げる騎士の拝跪礼を捧げてみせる。私は後から知った事だが、彼女達が参加することになった経緯を聞いて、さもありなんと納得したのだ。同世代の暴君に仕えていて、連座の危機にある中助けられる。そして暴君と同じ歳の新しい主君。……英雄譚と言えるだろう。
「んん!……アイル、着替えたり等、時間がかかることが押しておる。我ら”悪鬼羅刹”の今後について、話をするのじゃろ?時間は有限じゃ。さぁ、進めようぞ!……三人共、もしも希望があるならば、マーリエ殿と我が居る時に話を聞くからな。遠慮せずに言うのじゃぞ。」
バーバラ様がニッカリと言うべき笑顔を浮かべて話を進めるように言ってくれた。それを聞いた私もだが、隣にいたラースとダール殿も、十分に緊張していたのであろう。ホッと息を吐いたのがわかった。
「では、フィーリィ。すまないが、今回の”間引き”の成果を報告してくれ。」
「承知いたしました。……改めて、僭越ながら私から報告いたします。改めて、後程、辺境伯様と、家臣団の皆様の前で報告をいたしますが、そこで伝える物と内容は違うことを覚えておいてください。勿論、辺境伯様とその最側近の方々には、これから申し上げることを全て申し上げます。これから申し上げる内容が市井に流布する場合、ここに居るものと、辺境伯の傍にいる者達のみに限られます。」
そう、この場にいる皆に釘を刺すように注意の言葉を告げた後、フィーリィ殿は今回の”間引き”の成果を順番に報告していった。
一つ、チョトー砦に所属する”一群”小規模計十一、中規模計一。ゴブリン七十五、オーク二十五、トロール十…内六は交換に利用。
一つ、”魔法の鞄”の取得。背負い袋型、時間経過なし、最大容量は不明。
一つ、”青鮫党”の服属。イーネの”鬼の花嫁”への参加。
一つ、翠葉の国のザコス子爵麾下の兵士三十、捕虜として捕縛。歩兵百人分の武具、騎兵二十名分の武具、軍馬二十。
一つ、薄森の国との密約。チョトー地方解放戦の際の援軍。柊の”鬼の花嫁”への参加。
一つ、薄森の国との密約。チョトー地方解放後、翠葉の国の攻め盗る際の援軍。
一つ、一党”勇敢なる剣闘士達”の徒党”悪鬼羅刹”への服属。ハンナの”鬼の花嫁”への参加。
一つ、奴隷商カイルの服属。
フィーリィ殿が、以上です。と言って区切った時、皆が一様に唾を呑み込んだのがわかった。それは奥様方も同様で、バーバラ様は額をパシッと音を鳴らして叩き、頭を横に振っていた。他の方々も様々な反応をしているが、ハンナだけは変わらずだった。それだけは評価できる。……いや、自分には関係ないと考えてるのかもしれない。
私は、特に”魔法の鞄”の事に心動かされた。商人として、こんな高性能な鞄を入手していることだけでも羨ましく思ってしまう。……だが、それを自分自身で入手したとしたら……多分、どこかの機会に献上することになっていただろう。それでなければ、幾度も鞄を狙って命を狙われることになるだろう。
ぶるりと首を振って、その最悪な想像を散らした。自分の手には来なかった……ということは、自分には扱うだけの器量や、困難を切り抜ける力がないということだろう。神の加護がある御屋形様であれば、何とかできることなのだろう。
私はそう思った。
「この内、翠葉の国の捕虜と、密約については公の場では報告をしない。辺境伯様と、その側近のみにお伝えする。捕虜となった兵士については、奴隷契約を行った上で俺の麾下で戦うことを選んだ者は兵士として採用する。選ばなかった者は、カイル。貴方に処分方法は任せる。また、周辺の村落で子供を売らねばならぬ所があれば優先して購入せよ。育て上げて、信頼できる家臣とする。犯罪奴隷で命懸けでやり直したいという者がおれば、買い取りを申し出よ。死兵として使う。」
御屋形様からの指示に私は、上体ごと頭を下げてみせる。奴隷契約を行えば、命令に逆らえなくなるので無理矢理に戦わせることも出来る。しかし、服従していない場合、全体的な能率は落ちてしまう。そのため、選択肢を与え、選んだ者だけを使おうということだろう。少しでも経験者がいると訓練を含め、軍隊を作る手間はかなり減る。ラースとダール殿が中心になるだろうが、それでも居ないよりは絶対にマシなはずだ。
子供の買い取りは、手元で育てるということだろう。叙爵し、封土を得れば家臣団を作らねばならない。そして、封土の運営には人手が必ず必要となる。その際に、きちんと教育をした子飼いの家臣がどれくらいいるかが大事な点となる。
それに、もしも、家族が買い直しを希望し、お金を用意ができれば技能を習熟した分だけ金を取れば良い。それに、子供達も自分自身を買い直す事は将来としてあり得る。その頃には分別も出来るようになり、将来を選ぶこともできるだろう。
犯罪奴隷の扱いは、どこも難しい。見せしめとして殺さねばならない程ではなく、強制労働として労役をさせるくらいしかないが、効率は著しく落ちる。そのため、買おうという奇特な者がいるならば、解放をしないことを条件に格安で販売されるのだ。何よりも、御屋形様の買う理由が納得できるものだった。チョトー解放となれば、チョトー砦に籠もる”緑肌”共との激戦となる。その際に、一番の矢面に立たせるということだろう。そこで、生き延びれば、奴隷から解放はしないが、一般の兵士並の待遇を与える。死ねばそこまでだ。
私が頭を上げ、一度頷いて見せると、把握したことを理解したのであろう。御屋形様は一度頷いて、私の隣に座る二人に向かって声をかけた。
「ラース、貴方は麾下となった兵士、そして、俺達”鬼の花嫁”、”悪鬼羅刹”に所属する者達の訓練を任せる。貴方が生き残ってきた術を叩き込んでやってくれ。ダール、貴方は麾下となった兵士を指揮し兵団を組織せよ。麾下となった兵士達の中で見込みのある者は、貴方の判断で抜擢する事を許可する。」
続く指示に、ラースとダール殿が私と同じ様に上体を倒し、頭を下げる。
「ルー、ターニャ、ケイ。貴方達はマーリエに協力し、孤児達とカイルが買い上げた奴隷達に勉強を教えてやってほしい。そこで、秘術魔法等に興味を示す者がいれば俺に推挙するように。また一定の歳で技術が身についた者で、冒険者として働きたい者がいた場合も推挙せよ。冒険者を希望した者は”悪鬼羅刹”全体で、教えていく。」
三人娘も頭を下げる。頭を上げた後の彼女達の表情はやる気で満ちているのが見て取れた。彼女達も自身の実力というのを把握しているのだろう。それを踏まえて、自身が力を振るう先を指示されたことがやる気につながったのだろう。
この指示から、御屋形様は今だけを見るのではなく、未来も見据えているのだとわかる。聞いた話では、体格は優れていれども、歳は成人したばかりとのこと。末恐ろしいと思ってしまった。
「……今回の打ち合わせは以上だ。この後、辺境伯邸へ向かうが、同行する者は、バーバラ、フィーリィ、ハンナ、柊、カイル、ラースの六名。呼ばれなかった者はセバスの指示に従い、チョトーの者達の手伝いをしててくれ。では、でようか!」
そう言って、御屋形様は立ち上がって蒸し風呂から出ていった。それに奥様方、三人娘も続き、女性陣が出た後、私、ラース、ダール殿は立ち上がり、蒸し風呂を出る。
すると、どこからか持ってきたのか大きめの衝立がいくつも並び、奥側と手前側で区切られていた。着替えを見ないようにするために用意したのだろう。
「カイル様、ラース様。お二人の着替えはこちらになります。ダール様はこちらです。あの衝立より向こうは奥様方やお嬢様方が着替えてらっしゃいますので、お覗きにならないようご注意ください。」
そう、カーヤと名乗っていたメイドは、私達の着替えが入った籠を指で指し示した。ああ、謁見用に恥ずかしくない上下が入っていた。ラースもそれを見て唸り声をあげている。何故なら、いつも彼が身につけている品とは趣が全然違うからだ。それを見た私は、彼の脇を肘でつつく。それを受けたラースは、大きく溜息を吐くと、覚悟を決めたのだろう。バッと湯帷子を脱ぐとさっさと着込んでいった。
勿論、私も続く。湯帷子を脱ぎ、下着を身につけ、下衣を穿いた。その後、上着を着込む。……ちょっと腹回りが苦しい。腹が出てきてたのはわかっていたが、ここで引っかかるとは。
腹を凹まして、何とか止める。ラースの方はそう言ったことはなかったようだ。顔の傷が良いアクセントとなって、武闘派貴族と言えそうな外見であった。私はどう見ても、裕福な貴族という感じか。
ダール殿は、普段の騎士用の服装で、着慣れたのであろう、その姿は一丁前であった。
「ああ、そちらも着替え終わったか。」
そう声がすると共に、衝立の端から御屋形様が姿を表した。私とラークと同じ仕立ての服を着込んでいるが、やはり貴族家の一員だけあり、スラッとその姿は美しく纏まっていた。金色の髪は馬の尾のように纏められ、編んで纏めてるのとはまた違った美しさだった。胸はさらしなどを使って抑えてるのであろう、よく見ると盛り上がっているのがわかるが、男性と言われて遜色はない姿だった。
しかし、敢えてこれだけは言わせて欲しい。
こんな美しい男がいるか!!……と。




