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Session03-12 懐かしき者達

 Session03-12 懐かしき者達


 アイルとハンナの決闘はアイルの勝利に終わった。そして、その決闘を目にした者達……皆が、”もしかしたら”と同じ思いを抱いた。

 なにせ、目の前で、首座神(しゅざしん)の印を得る瞬間を目撃したのだ。誰も彼もが、加護を持つことを疑うわけではないが、それでも、信じ切ることはできないでいた。

 しかし、目の前で奇跡を見た者達は、想いを新たにした。

 ”彼女に出来なければ、誰にできようか”

 その想いを胸に、皆に希望と言うなの火が宿った。

 そうとなれば、どうすればいいか。すべきことは明確であった。カイルは自分が買い戻した奴隷達を馬車に乗るよう指示を出し、ラースは”勇敢なる剣闘士達”のメンバーへ馬に乗って護衛の指示を出す。ハンナには改めてアイルの指示に従うように伝えた。ケーマ率いる”青鮫党(あおさめとう)”は、改めて川を渡った翠葉(すいよう)の国を警戒を強めるよう指示を出しつつ、訓練に更に力を入れるようにする。

 アイル達、”鬼の花嫁”のメンバーは四頭の軍馬を”青鮫党”に下賜(かし)し、残りの軍馬を交代で乗って行くことに決めた。特に馬に乗った事がないメンバーが殆どの為、騎乗経験のあるアイルとバーバラとハンナが補助しながら教えることにしたのだ。

 今回は戦うことができない者も多い為、渡しを出立後、”迷宮”指定範囲のふちを通るように迂回する行程を取った。二つの一党がいるとしても、戦いとなれば不慮の事故は起こり得る。ならば、出来る限り避けて事故を減らそうと考えた。

 その考えが功を奏したのか、”緑肌(グリーンスキン)”の一群や盗賊共にも出会うことなくハルベルトまで到着することができた。

 チョトーを治める立場にあったレンネンカンプ辺境伯の伯都である、ハルベルト。

 チョトーに住んでいた者達も、大きい祭の季節となれば、交代でハルベルトで行われていた祭に参加するのが恒例の行事であった。

 そのため、今、一緒に来ている者達で、二十五歳以上の者達の誰もが……記憶の彼方にあった城門の姿が近づいてくると目から涙した。なんと言えば良いのかわからない。ただ嗚咽(おえつ)となって、誰も彼もがただ涙するのだ。

 そんな、馬車三台に騎乗した者が十数名の大所帯が近づいてくることで、ハルベルトの城門前は大わらわとなっていた。理由としては、こう大所帯の商隊の到着の話が来ていなかったからだ。

 殆どの国では、大規模な商隊は商家に所属している物なため、商品の補充などで定期的に訪れるようになっている。その際は、素早い対応を行うためにその街にある支店から先触れが訪れて、守衛達がスムーズに対応できるように手を打っておくのである。

 そう言った店舗を構えている商家とは別に、構えていない商家が商隊を組んで訪れることもある。その際には、先触れとして伝令を二人出して、到着の予定と宿の確保を行うのが通例であった。

 だが、今回は敢えてそれを行わずにハルベルトまで戻ってきた。急な大規模対応のために急な人員の動員が行われたのであろう。一部の守衛以外は、誰も彼もが汗だくとなっていた。しかし、汗だくにはなっているが服装に大きな乱れが確認できないため、練度は高いと評価できよう。

 そんな守衛達を前にして、アイルとバーバラが馬を駆って前に出る。そして、スパッと足を(あぶみ)から外して馬を降りると、守衛に向かって告げた。


「守衛の皆々様方、ご苦労様じゃ。我は徒党(クラン)”悪鬼羅刹”傘下の一党(パーティ)”鬼の花嫁”の副党首(サブマスター)、バーバラじゃ。こちらは党首(マスター)のアイル。あちらにおるのは”悪鬼羅刹”傘下の一党”勇敢なる剣闘士達”の党首のラース殿と、商人のカイル殿じゃ。馬車に乗るは、カイル殿の商品と、我ら”鬼の花嫁”の戦利品である。詳細については、直接辺境伯様へ言上仕(ごんじょうつかまつ)る。大変申し訳無いが、荷の確認と、入門の手続きを行って欲しい。」


「真に申し訳ないが、辺境伯様へ『一刻半後、一党”鬼の花嫁”のアイルとその一味が御報告に参仕る』とお伝え願いたい。」


 バーバラの口上とアイルの願いを聞き、守衛隊長は中で一番早いであろう隊員に指示を出し、辺境伯邸へ伝令を送る。それを横目に、他の隊員に指示を出し、馬車の中の荷物、”鬼の花嫁”、”勇敢なる剣闘士達”のメンバーの荷物を確認し、禁制品が無いことを確認させた。

 禁制品を所持している者はおらず、馬車の中にいる商品の数も数え、入門料を算出し、それをアイル達へ伝えた。銅板四枚。その料金を聞いたバーバラはニカリと笑みを浮かべた上で、腰に下げた硬貨を入れた袋から、鈍色に光を反射する硬貨を一枚取り出した。そして、隊長……そして、隊員の皆が見えるように隊長の手のひらの上に置いた。


「では、銀貨一枚を受け取って欲しい。入門料以外の金額は、守衛隊の皆で酒でも振る舞ってやってくれ。そなたらが居るからこそ、皆が安心して生活ができるのじゃ。今後も頑張って欲しい。」


 銀貨一枚は銅板十枚と等価である。そのため、通常であれば釣りとして銅板六枚を返さねばならないが、その分を皆に振る舞うようにと言うのだ。

 バーバラの振る舞いに守衛隊全員が見事な敬礼をしてみせる。

 彼らは辺境伯より、職務に忠誠を捧げるだけの俸給を授かっており、まず、こういった類の金を受け取ることはなかった。しかし、彼女達からは”別”であった。辺境伯の長女であるマーリエが”鬼の花嫁”の党首であるアイルの元へ嫁ぐという話は副隊長格まで知らされていた。言ってしまえば主筋となる者達なのだ。偉ぶらず、彼らの職務に理解を示し、評価してくれる。好意を抱くことはあれども、悪意を抱くことはない。彼らとしては、良き人物が姫様の伴侶となったことが喜ばしいのであるから。

 さて、守衛隊に見送られながら、彼らは街へと入っていく。先頭をアイル達が進み、馬車三台が続き、それを守る様にラース達が取り囲みながら進む。アイルは教会での大立ち回りをした事も格好の話題としてハルベルトに知れ渡っており、その凛とした佇まいと涼し気な美貌は、通りを歩む人や店の人々の視線を惹きつける。あれが”鬼の花嫁”の党首、この伯都唯一の徒党”悪鬼羅刹”の党首かと。

 その視線を受け止めつつ、颯爽と馬を駆って騎士団曲輪へと歩みを進める。再度、人と荷物のチェックを受け、騎士団曲輪に入り、本拠へ遂に到着した。彼女達が馬を降りるのに合わせて、屋敷からサーコートを羽織った男女が近寄ってくる。


「党首、お帰りなさいませ。……これはまた、賑々(にぎにぎ)しい事で。」


「今戻った。……ダール、この者達は俺の配下だ。あちらの商人がカイル、あちらの傭兵がラースだ。二人は立場的にお前と同僚と言える。宜しくやってくれ。また、奴隷となっている者達は疲弊している。風呂と飯を用意してやって欲しい。」


「承知致しました。……その前にですが、党首宛に数名来客がありまして……この後の事も含めて、お会いなさるのをお薦め致します。」


 自分自身を底辺傭兵と評していたダールが、自身の身嗜みを整えるようになったのであろう。さっぱりとした姿は、当初迎え入れた時とは比べ物にならず、戦場を生き抜いてきた古強者が持つ渋さが深みを与えていた。

 そして、”立場が人を作る”という言葉があるように、二週間とは言え、部下であるルー、ターニャ、ケイの三人から騎士、奉公人としての知識を学ぶことで佇まいまでもが変わっていた。取ってつけた感は強いが、それでも傍から見れば一端の騎士と言える風格であった。

 そんなダールが、アイルへと進言をする。前回の進言も含めて、彼の言を是として彼女は頷いて見せた。それを確認したダールは、屋敷の前で姿勢を正して立っている二人を手招きする。

 ダールの手招きを受けて近づいてきたのは、執事服を着込んだ初老の男性と、メイド服を着込んだ女性であった。

 その姿を見たアイルは、呆けた様に一瞬言葉を失ってしまう。そして、一呼吸置いた後、本来であればここに居るはずのない二人の名前を口にした。


「……セバスティアンに、カーヤ……なのか?」


「アイル様、お久しぶりでございます。……また、一段とお美しくなられて。」


「アイル!なんでお姉ちゃんを置いていったの!そんな不義理な子に育てたつもりはないよ!」


 セバスティアンと呼ばれた初老の執事は、目頭を抑えながら顔を背ける。その抑えた手の間から、きらりと流れ出るものが見えた。カーヤと呼ばれたメイドは、両の手に力を込めながら、更には両の目の端を吊り上げてアイルへ詰め寄ってくる。その勢いは”触らぬ神に祟りなし”という言葉が合いそうな勢いであった。

 だが、二人との付き合いはアイルも長い。それ故に、二人の見せたこの態度の本当の意図というものがわかってしまう。その為、威厳を出すように、こほんと咳払いをした。


「セバス。お前がそうやってる時は笑いを噛み殺そうとしているってのはわかっているぞ。それに、俺は美しくよりは(たくま)しくありたいと常々言ってただろう。……それと、カーヤ……姉さん、あなたはあくまでも、家に仕えてた。それに、今後について目処が立ってない以上、連れて行くわけには行かなかった。理解して欲しい。」


 セバスは看破された事を楽しみながら、ええ、理解しておりますともと優しい笑みを浮かべながら口にした。カーヤはアイルの言葉を聞いて、吊り上げた目を下ろし、うん、わかっているよ。風の噂にアイルが徒党を組んで、屋敷を持ったって聞いたから飛んで来たんだよと、ニッコリと言うべき笑顔を浮かべて口にした。

 二人はアイルが生まれ、物心つく頃から傍付きとして、教育係として一緒にいた。実家の家族よりも過ごした期間は長いのではないかと思う。そんな二人がここにいると言うことは……。


「……二人は、暇乞(いとまご)いしてきたのか。」


「はい。私とカーヤ、そして三男坊に心酔したメイド五人と衛兵四人の十一名。先日、ベルンシュタイン辺境伯家を退職して参りました。是非とも、執事一名、メイド六名、衛兵四名、雇用いただけませんでしょうか。」


 セバスの言葉を聞いて、アイルは屋敷の方へ視線を向ける。そこには、カーヤと同じメイド服を着込んだ女性が五人と、退職の際に餞別として古い装備品を下賜されたのであろう、年季の入った鎧に槍を持った年配の衛兵と、自分と同じくらいの歳であろう若い三人の衛兵が背筋を正し、こちらの方を見ていた。

 誰もが、押し掛けて来た自分達を雇ってくれるか不安を抱きつつも、アイルの元で働きたいという希望を瞳に宿していた。ここまで慕われる理由はアイルには思いつかなかった。

 しかし、辺境伯家に仕えることよりも、アイルという人に仕えることを選んだ者達だ。それを無碍(むげ)にするつもりはないのと、何よりも……。


「今は、人手が足りない状態だ。十一名、全員を雇用する。早速だが、セバス、家宰(かさい)を任せる。まずは、現在の状況を把握し、カイルの買ってきた奴隷達や、ラースの配下の者達をもてなすように。カーヤ、お前はメイド長として、一緒に来たメイド、すでに屋敷にいるメイド全員を掌握し、セバスの手伝いをせよ。」


「承知いたしました。御屋形様、この後のご予定はございますか?」


「今回の遠征の成果を、辺境伯へ報告に参る。その為、差し当たっては風呂を頼む。俺、バーバラ、フィーリィ、ピッピ、ルナ、イーネ、ハンナ、柊……そして、カイルとラース、ダール、ルー、ターニャ、ケイの湯帷子を用意してくれ。軽く摘める食事も頼む。酒はなしだ。後、急ぎ服屋へ行って今の人数分の差し障りのない衣類を見繕って貰ってくれ。費用は……カイル!」


 急に名を呼ばれたカイルは、アイルとセバス達の近くまで駆け寄ってくる。そして、目線でアイルにどうかしたのかと問いかける。


「早速ですまないが、金が必要だ。用立てて欲しい。どれくらいまでならいけるか?」


「ハハッ!……暫くの間、貸しのままであれば金貨十枚。充分に補填できる物があるのであれば金貨三十枚までであれば即金で出せます。」


 金貨十枚。

 そうパッと言ったがどれくらいのものか。

 金貨一枚=銀貨十枚、銀貨一枚=銅板十枚、銅板一枚=銅貨一貫(百枚を紐で纏める)=銅貨百枚である。一番安い宿で食事つきで銅貨二十枚が相場だ。串焼きなどと言った簡単な食事であれば、“何を素材にしているか“を問わなければ銅貨ニ〜三枚程で食事はできる。

 そんな中、騎士と言った、戦士階級の者が戦場に着ていく甲冑一式を購入する場合、最低で銀貨十枚……金貨一枚が必要になる。

 素材に金属が潤沢に使われているということもあるが、鎧を作る手間もあり、高くつくのだ。しかし、ただの部位鎧であれば、同じ素材の甲冑一式よりは安くなる。その代わり、揃えて買うことができない貧乏騎士であると看板を掲げているのと同じ状態になるが。

 アイルの発言に、早速自身の資金と資産を元に計算をして見せるカイル。死に物狂いの下積み期間が長かったこともあり、計算は驚くほどに早い。


「チョトーの一群共が持っていた武器、防具。それに各種素材が何十匹分とある。トロールも四匹丸ごとある。更には、賊共の武具類もある。それでどうだ?」


 それだけの資産があるのであれば、三十枚を今使っても大丈夫ですと、カイルは腰に下げている貨幣を入れた袋を外し、カーヤへ手渡した。それを恭しく受け取ったカーヤは早速、部下となるメイドに指示を出して、蒸し風呂と湯帷子の準備をさせ、更に服の買い出しへと向かわせた。


「さて、カイル。ラースと共に来てくれ。ダール、ルー、ターニャ、ケイ!君達も、着いてきてくれ。”鬼の花嫁”のメンバーも全員着いてきてくれ。」


「……どちらにです?」


 カイルはアイルが何処に連れて行こうとしているのかが気になり、問いを投げかけた。これから、辺境伯の元へ伺う。それはわかっているが、何故、これだけの人数を?


「今後の打ち合わせだ。」


 アイルはそう言って、皆を率いるように屋敷へ入っていった。

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