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Session03-11 新しい仲間たち

「バーバラ、ピッピ、ルナ、イーネ。……遅くなった。待っててくれてありがとう。」


 アイルは、四人と合流すると共に、そう言って頭を下げた。そして、一人一人を一度強く抱きしめる。バーバラは合わせるように”我が主殿(アイル)”の背を叩き、ピッピは”ご主人様(アイル)”に抱きしめられて顔を真赤に染め上げてアタフタする姿を晒す。ルナは”ボクの勇者様(アイル)”に抱きしめられた事に満面の笑みと尻尾をブンブンと振ることで応え、イーネは”あなた様(アイル)”に抱きしめられながら、その胸に顔を埋めた。

 フィーリィは四者四様の反応を微笑みながら見守っていたが、四人を抱きしめ終わった後、”我が君(アイル)”が彼女の前に向かって歩いてくる事に首を傾げた。そんな彼女を”我が君”はお前もだと言わんばかりに、強く抱きしめた。自分が抱きしめられるとは思っていなかったのか、彼女の種族である暗森人族(ダークエルフ)の特徴とも言える笹穂の様な耳が赤く染まる。


「フィーリィ。あなたが来てくれて助かった。ありがとう。」


「……”我が君”。それが私の役割です。お気になさらず。」


「えー……ゴホン。……お熱い中申し訳ないが、ここで長い間、刻を潰すのは避けるべきだと思う。渡しまで移動しないかね?」


 美しい女性に甘く(ささや)く。男なら、気のある相手にしてみたいと思うだろう。

 しかし、他人の囁く姿を見せつけられるのは辛い。”鬼の花嫁”達の関係を知っているとは言え、目の前で甘い雰囲気を作ってイチャイチャされるのは精神的に辛い。

 六人のやり取りを遮るようにわざとらしい咳払いをしながらも、両の眉尻を下げて見せることで心底すまなそうにカイルが言った。ラースも苦笑いを浮かべながら、カイルの意見に賛同するように幾度か頷く。

 カイルとラースが居る事を感じさせずに、極自然(ごくしぜん)な雰囲気で彼女達へ愛を示すのだ。自然過ぎて、五人はそのまま受け入れてしまったのだ。

 そんな彼女らを見ていた一人が顔を真っ赤にしながら慌てふためいていた。


「えっ…えっ!?…あ、あんなに熱く抱きしめちゃうんですか。ぼ、僕も皆さんに混ざった方が良いんでしょうか。……”天使”としては加護持ちに仕えるのは栄誉なので…ゴニョゴニョ。」


「……”ボクの勇者様”?その子は誰なのかな?また、”鬼の花嫁”のメンバーが増えるのかな?」


「……聞き捨てならない言葉を聞いた気がするんだけどよ……。」


「……私も同感です。……”天使”という風に聞こえましたが……。」


「……我も聞いたぞ!……いやぁ、”我が主殿”と一緒に居ると驚くばかりで本当に楽しいな!」


 ルナは、文面だけで言えば問い詰める様な口調だが、その目を爛々と輝かせて、尻尾をブンブンと振っていることから、興味津々なのが見て分かる。ピッピが天を仰ぐように項垂(うなだ)れながらボヤくように言うと、それに追随してイーネも額に手を当てて溜息を()いた。いつもと変わらずにバーバラは快活(かいかつ)な笑い声を上げる。これぞ物語、これぞ英雄譚。その中の一員であることがわかる。ああ、素晴らしきかな!その思いを込めた笑いを響かせた後、ニッカリと笑顔を浮かべた。


「渡しに戻って、酒でも呑もうぞ。今回の話し合いの結果を我らにも教えてくれ。……そして、何よりも新しき仲間の歓迎をせねばな?」



 ◇◇◇


「アイル様!聞いてはおりましたが、無事のお帰りを”青鮫党(あおさめとう)”一同、心より安堵(あんど)致しましたぞ!」


 ”青鮫党”の渡しへ到着すると、党首のケーマを筆頭に”青鮫党”の皆が、アイルを始めとした”鬼の花嫁”達、そしてカイルとラースを歓迎するように待ち構えていた。そして、カイルが買い集めたであろう奴隷たちのうち、女性達がアイル達の着ている鎧を脱ぐのを手伝う。胴、小手、佩楯(はいだて)、脛当てと外していく。その都度、彼女らは感謝の言葉を口にしていく。

 助けてくれてありがとう。生命を救ってくれてありがとう。子どもを守ってくれてありがとう。

 誰もが感謝していた。ケーマが先を歩き、母屋(おもや)へ案内する。母屋には起きて手伝ってくれた女性達以外が既に寝入っており、誰しもが安堵したのか安心し切った寝息が聞こえてくる。その一部にアイル達のために空けておいたのであろう、布団が敷かれており、そこで眠るよう促される。その好意を受けて、アイル達は布団にくるまると、立て続けの戦いと緊張のせいか、睡魔が直ぐに襲いかかり、六人は眠りの世界へ誘われるのであった。


 翌日。


 空は綺麗に晴れ渡って雲ひとつない晴れ模様であった。

 疲れの為か、ぐっすりと眠りこけた皆が起き出したのは、中天に日が上り切る少し前で、昼食の準備を始めたことによる、飯を作る香りに釣られてであった。

 昨夜のうちにアイルはケーマに、”魔法の鞄(マジックバック)”からオークの死体をいくつか引っ張り出しており、カイル達やラース達、それに”青鮫党”の皆が腹一杯に肉が食えるように使うよう指示をだしていたのだ。

 奴隷の身では、肉を満足に食うこともできなかったであろう、子どもに親、大人までもが(むさぼ)るように焼かれた肉を取っては食べている。何よりも、皆が生き延びた事を喜び、感謝を捧げながら口にする。しかも、自分たちを追いかけてきた兵士達にも、自由にはさせないが肉を食べさせているのだから、寛大と言えよう。

 そんな最中、一人の男が立ち上がった。埃に塗れていた衣装から着替えたカイルであった。恰幅の良い身体で背筋を伸ばして立つと、アイルへ向かって向き直り、優雅に(ひざまず)いた。


「アイル殿……いえ、アイル様!会見の時と、ケーマ殿よりお伺い致しました事……チョトーの解放。それを成すために、是非とも私を麾下(きか)にお加えいただけませんでしょうか。私は商人として経験を積んでまいりました。奴隷商につきましては、独り立ちする前より学んでおります。他の商品につきましても、すぐに学び、必ずや資金面で力になってみせます。また、叙爵(じょしゃく)を受けるのであれば、御家の御用商人が必要でしょう。その選定や、宜しければ私自身が御用商人として、あなた様の力と成ってみせます。どうか、このカイル・ゴルド・チョトーをアイル様の麾下に!」


 その姿に、触発されたのか、もう一人が立ち上がって、アイルへ近づいていく。赤髪の半ば以上が白に染まっている男、ラースであった。彼もまた、背筋を正した上で跪く。そのいくつもの傷がついた厳つい顔は、晴れ晴れとしていて、吹っ切れたようであった。


「アイル……いや、アイル様。俺の本当の名は、ヨハン・フィデリオ・ギュンター。父はチョトー村の騎士をしていた。二十年前のあの時より、いつかチョトーを取り戻すことを、翠葉(すいよう)の国の奴らに復讐をすることを(かて)にここまで、生き延びてきた。……”憤怒(ラース)”と名乗っているのも、その恨みを忘れぬためだった。しかし…その先や、俺自身の願いなんてものはなかった。だが、貴方は違う。」


 ラースが切々と口にする。その言葉を聞いた奴隷達、”青鮫党”の人達も涙目になっていた。二十年。二十年という年月は短いものではない。そこから取り戻したとして、どの様に生きるのか。元の様に戻れるのか。誰しもが抱く不安であった。それを…その先をラースは思い描くことができなかった。


「自身の欲であろうとも、貴方は夢を、未来を描いて見せた。それを聞いて、俺は貴方になら剣を捧げる事が出来ると思った。俺の願いも欲望も、貴方の描く未来の半ばにある。であれば、貴方の未来を描く力になりたい。俺が出来ることは戦いに関することだけだ。そこについては自信を持って言える。俺の率いる一党(パーティ)”勇敢なる剣闘士達”も、貴方の徒党(クラン)”悪鬼羅刹”に参加しよう。どうか、麾下に入れてくれないだろうか!」


 ラースはアイルに向かって跪いたまま、首筋を見せるように頭を下げた。もし、気に食わなければ首を落とされても構わないという意志表示である。

 その姿を見た”勇敢なる剣闘士達”のメンバーも、ラースの後ろに移動をして、跪いて首筋を見せるように頭を下げた。剣闘奴隷だった頃から、ラースは彼らに目をかけ、技術を教え、率いてきた。そんな彼は、雇用主も期待し、手放したくなかった。

 しかし、二十年戦い抜いた時に栄誉と共に恩赦(おんしゃ)が下される仕組みが、雇用主のいた国にはあった。それを狙って成し遂げ、自分自身が戦うことで稼いだ金と、同じく自分自身を買い戻したカイルと共に、冒険者と奴隷商人となって、この国まで戻ってきたのだ。そんなある意味、伝説とも言える男であった。しかし……。


「ハンナは、アイルの力をまだ認めていない。認めていない者には従えない。」


 一人、”勇敢なる剣闘士達”に所属する少女が立ち上がって言った。ハンナは獣人族だった。耳と尻尾の形から猫系の氏族だろうと予測できる。背丈はルナよりも少し背が高く165cmくらいだろうか。女性としては比較的背の高い方になる。

 後ろ髪をまとめているが、獅子の鬣のように自己主張しており、燻んだ金色の髪が日の光を鈍色に照らし返していた。


「ハンナは金獅子族(ゴールドロアー)。従うは己より強き者のみ。ハンナはアイルに決闘を申し込む!」


「……やっぱり、こうなるかぁ。」

 

 ピッピが、あちゃーと言いながら額に手を当てて溜息を吐く。

 自分が誇る人が、急に誰かに従うなんて言い出したら、反発はあり得るとは思っていた。しかし、それは男だろうと予測していた。矜持や面子と言った、対外的なもので反発するのは腕を頼りに生きている者ならあり得ることだからだ。特に男は。


「…“鬼の花嫁”のメンバーが増えますね。」


「……まぁそうじゃろうな。特に、ああ言った(やから)はそのまま(めと)って欲しいとなるじゃろう。」


「……ボクもそう思います。金獅子族は武闘派な氏族だったと思うよ。冒険者としても、アイルの護衛としても、ハンナは役に立つんじゃないかな。」


「……私も、あんな感じだったのですね。今、思い返すと“汗顔の至り”です。」


「え、えっと、皆さん達観してる様な言い方ですが良いんですか!?」


「ああ、柊。あれはいいんじゃよ。アイルは負けん。お主が仕える主を信じるのじゃ。」


 フィーリィ、バーバラ、ルナ、イーネは前回の試合を思い出して苦笑いを浮かべた。イーネに至っては元当事者であり、同じ様な事を他者がするところを見て、自分が行った事に対して恐縮するばかりであった。

 その遣り取りをまだ経験していない柊は、皆が苦笑いは浮かべているが止めたりしないことに驚いていた。バーバラの信じよと言う言葉に含まれる、相手を想う気持ちの強さに彼女は心を打たれる。自身が仕えよと言われていたが、心から仕えていない事に気づき、赤面の至りであった。


「…決闘を受けよう。ハンナ、何で決着をつける?」


「ハンナの得意とするのは長柄だ。短槍またはそれに準じる長さの得物を使う。どうだ?」


「承知した。俺はこの棍を使う。」


「ハンナはこの槍だ。何処か良い場所はないか?」


「ケーマ、ソーヤ、この前の広場を使わせてもらって構わないか?」


「「ハハッ!どうぞ、御随意に!」」


 ケーマとソーヤの許可を得たアイルは、ハンナ、そしてその場に居た皆を引き連れて、広場へ向かう。日課として、きちんと清掃をしているのであろう。広場は整えられており、すぐに使う事ができる状態であった。

 その広場の中央に、アイルとハンナ、二人が各々の得物を手にして対峙する。広場の周りには今回の昼食に参加していた皆が思い思いに座り、二人の試合の開始を今か今かと待っていた。

 ”鬼の花嫁”と”青鮫党”はアイルの名を叫び、”勇敢なる剣闘士達”と奴隷達は少しでも付き合いのあったハンナの名を叫んでいる。中央にラースが立ち、二人を見る。互いに自身が持つ得物を柄を(しご)き、いつでも戦える様に相手の動きを見極めようとしていた。


「始め!!」


 ラースが一際(ひときわ)大きい声で宣言をする。

 その言葉と共に、ハンナが一歩、二歩と踏み込み、槍を突き出す。アイルの身体の中心を狙った、気合の入った一撃だ。そのまま喰らえば、流石のアイルでさえも鎧を着込んでいない以上、その肉を貫き通すであろうと思われた。

 アイルはその一撃を、棍を上段から振り下ろして槍を叩き、そのまま横へ受け流す。そして、ぐるりと身体を回すと共に、横薙ぎの一撃を繰り出す。

 その動きを見ていたハンナは、首筋に痒みを覚えた。剣闘奴隷の時にも幾度となく感じ、それに従った事で生き延びてることができたという事を幾度も経験してきた。その首筋にちりりと生じた痒みに従い、受け流すのではなく、避けるのではなく、両の足で後ろに向かって跳ね飛んだ。跳ね飛んだ瞬間、ハンナが居た辺りを薙ぐように棍が空気を切り裂く。避けられたのを理解したアイルは、最後まで薙がずに、棍を扱くように手元に引き戻した。

 彼女も、元剣闘奴隷であった。そのため、命懸けの死合いを何度も乗り越えてきており、自身の窮地や生命に関わる際の勘、嗅覚というものが獣人族の身体能力と合わさってずば抜けて優れていた。アイルの繰り出す一撃が改めて、ほぼ致命傷に近い一撃だという事を理解し直した。

 で、あれば。

 先程の気合の入った強力な一撃ではなく、細かい突きを素早く繰り出していく。喉元、鳩尾、脇腹、鼠径部、腕、脚と様々な部位を無作為に狙って、突きを繰り出す。アイルはそれを牽制する様に槍を繰り出し、抑え込んでいく。

 丁々発止。

 その言葉を体現するかのように、攻撃を繰り出すと相手が受け、流す。そして、受け流すと共に代わる様に攻撃を繰り出す。腕を狙った一撃を受け流せば、脚への一撃を。脚を狙った一撃を凌げば、喉元を。槍を突き出す、引き戻す……それだけの動きにしても、ここまで違いが出るのかと観客は皆思った。更には、槍を振るい横に薙いだり、縦に叩きつけるように振り下ろしたりと。

 そして、決着の時が来る。

 互いに渾身の突きを繰り出すと、槍と棍が交差した。相手の得物を御する様に互いに抑え込もうとぐるりと回す。ぐるりぐるりと相手の得物を制しようと力と技術の全てを注ぎ込む。このままでは埒が明かない。そう考えたハンナは、拮抗しているこの状態を打破すべく、一瞬の虚実を混ぜた。その、少しばかり見せた隙。そこをアイルは見逃さず、ピタリと動きを止めた。見せた隙は、付け入る所を狙った撒き餌であり、それに喰らいついてくれば、受け流すと共に、くるりと回ってそのまま石突きの突きが襲いかかるところであった。

 だが、アイルはそれに乗らず、ハンナが狙いを逃した所に手に持つ得物自体に強打を入れる。その威力や強く、しっかりと握っていなければ取り落とすぐらいはしていたであろう。手が痺れるのがハンナにはわかった。しかし、そのまま終わるのではなく、先程までのやり取りと打って変わって、再度得物を絡めさせるも、より強く、そして早く得物を動かし、遂にはハンナの槍を絡め取って跳ね上げた。

 その一瞬で、ハンナは負けた事を悟った。ああ、アイルはハンナよりも強いのだなと。

 跳ね上げられた槍が地面に落ちるまでの間に、ハンナはアイルに対して跪いていた。そして、彼女の顔を見上げるように顔を上げる。


「……ハンナの負けです。ハンナの生命、”主様(アイル)”に捧げます。どうか、お受け取りを。」


 その姿と口上に、アイルは顔を巡らせてラースへ向けた。ラースは、アイルの真剣な眼差しを受けて、一度だけ確りと頷いてみせた。それを確認したアイルは、跪いたハンナの手を取り、彼女の瞳をしっかりと見つめて告げた。


「“アイル・コンラート・フォン・ベルンシュタイン”の名において、ハンナ……あなたの忠誠を受け取ろう。これからは、俺の傍でその武を奮って欲しい。」


「……は、はい!ハンナは“主様”のお傍におります!!ンッ!?」


 その遣り取りを見ていた”鬼の花嫁“の面々は、ハンナの首筋に視線を向けて、ああ、さもありなんと瞑目(めいもく)しながら頷いていた。

 彼女達のその仕草と、見ていた先を確認していた柊は、口を塞ぐように手で覆いながら、面々が頷いていた理由を把握した。

 そう、ハンナの首筋に首座神の印が焼印の如く現れていたのだ。


「まぁ予測していた通りじゃな。……ハンナは武闘派じゃろうが、アイルの決定には従うじゃろうから、手綱は握りやすそうじゃな。なぁ、フィーリィ?」


「そうですね。バーバラの言う様に、裏表がなさそうな子ですから、キチンと筋の通る話をすれば理解してくれるでしょう。」


 バーバラから話を振られたフィーリィは、その意見に賛同の声を上げた。自分の中でしっかりと線を引くタイプなのではないかと予測している。

 それであれば、話は簡単だ。誠心誠意を持って当たれば良い。操ろうなどと考えずに、ただ、誠意を持って伝える。それが一番であろう。

 そう話してる二人の隣では、ピッピが顎に手を当てて、戦い振りを振り返っていた。派手な戦いではなかったと言えよう。しかし、それ故に、二人の技術が素晴らしいと言うことが、少しは武術などを齧った者ならば肌から感じ取れていた。


「……元剣闘士だったよな。…ちーっとアタシも戦い方教わろうかなぁ。暗部の戦い方でどうにもならない時に、生き抜く為の戦い方は参考になりそうだし。」


「ピッピ、良いねそれ。ボク達みんなで、戦い方とかを学ぼうよ。連携とかも含めて、動きを見て貰ってより良くしないとね。」


 ピッピの呟きにルナが良いねと声を上げる。そう、”鬼の花嫁“に所属する面々は、一角の技術を持っている。しかし、あくまでも個人技術が殆どだ。バーバラやアイル、イーネが学んだ事があれども、積み重ねた期間は短い。

 そうなると、剣闘士として戦い続けて来たハンナの経験は如何程の価値があるか。経験者から学ぶ機会は、得難いからこそ、貴重である。そんな宝石よりも貴重な経験を持つハンナから学べれば、より良いものになるだろう。

 その二人の会話を聞いていたイーネが、はい!と手を小さく上げて、意思表明をする。そして、考えていた案を提案した。


「教わるのと一緒に、ハンナさんの知識も確認致しましょう。例えばですが、アイルが叙爵したとして、近衛をするなら他の者に手本となる必要があります。彼女の技術を私達に。私達の知識を彼女に。互いに教え合う形が良いと思います。」


「うむ!確かにそうじゃな。近衛とならば、取次ぐ事もあり得る。その時に礼儀がなく、文字が読めぬとなると、恥を晒す事になるからの。そこらは我から話そう。……まぁまずはハルベルトへ戻ることじゃな。カイルとラースを初めとして、ここにおる者皆に、住処と仕事を用意せねばな。」


 イーネの提案を聞いたバーバラはうんうんと強く頷くと共に、賛同の声をあげた。他の皆も、二人の言っていることは理解できるので、一度強く頷いて見せた。

 アイルとハンナの決闘、そして”鬼の花嫁“の面々の話し合いなどを見ていた柊は、思い詰めた様に顔を伏せ、じっと動かないでいた。

 自分の手を、何かを抱き寄せ、抱き止める様に互いの腕を掴み、動かないでいる。

 ……いや、動いていないわけではなかった。その手は、ギリギリという音が聞こえそうな程に、強く自身の腕を掴み、小刻みに震えていた。


「……僕は、覚悟が足りていませんでした。只の御役目だと……監視するだけだと思っていました。」


 そう、押し出す様に言葉を紡ぐ。それを”鬼の花嫁“の面々はしっかりと聞き取っていた。そして、柊を見守る様に皆が顔を向ける。


「自分の欲望の為に生きる人に、何故、首座神(しゅざしん)様、戦女神(いくさめがみ)様、楓様が興味を示すのか、理解できませんでした。ですが……。」


 言葉を区切ると共に、彼女は顔を上げた。その両の瞳からは涙が溢れ、頬を伝い、地面に滲みを作っていた。


「……“御屋形様(アイル)”は己の欲、そして、過程とはいえ皆の想いを背負う事をお決めになられている。……改めて誠心誠意、お仕えしようと思いました。ッツ!?」


 柊の言葉が一瞬詰まった。まさか。五人は互いに顔を見合わせる。そして、ギギギギッと油の切れた歯車細工の様に首を向けると、彼女の首筋に同じ印が生じているのが見て取れた。


「……まぁ、じゃろうなとは思っておったが。」


「……まっ、改めて柊もよろしくってところだな!」


 バーバラが苦笑を浮かべながら頭を振り、ピッピがニカリと笑みを浮かべて、柊の肩を叩いた。

 アイル達の方も決着がついたことで、ハンナの仲間たちが祝福の声をあげている。


 ”鬼の花嫁”、そして”悪鬼羅刹”に心強い仲間が増え、そして改めて結束を強めるのであった。

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