処刑された令嬢ですが、毎日墓参りに来る人がいます ~そこに私はいますが、眠ってはいません~
《アグレシア帝国》歴二百二十四年――クーデターを企てたとして、第三皇女のフィルナ・ルクレンドは処刑された。
民に慕われていた彼女であったが、それはあくまで表向きの顔。
裏では帝国を支配しようとして影で暗躍をしていた――そんな話はあっと言う間に広がり、フィルナ・ルクレンドは帝国史では忌み嫌われる存在として名を刻む。
まあ、それって私のことなんですけど。
「ふぅ、何だか死ぬとどうでもよくなるものね」
私は自分の墓の前で、ゴロゴロと横になりながらそんなことを呟いた。
処刑されたはずの私は、何故か幽霊となって自分の墓にいた。
……墓に私の死体が埋まっているからなのか、あるいは幽霊という存在が当たり前のようにいるのか、それは分からない。
何せ、私以外の幽霊にはまだ出会ったことがないのだから。
一応、お墓を作ってはもらえたけれど、反逆罪で死んだ身の私は、皇族であっても帝都から外れた場所に置かれている。
都会の喧騒から外れた場所で幽霊になるのは寂しい――かと思いきや、思った以上に快適であった。
まず、何も心配事がない。
いずれはこの霊体も消えるかもしれないけれど、すでに死んだ身だからか。
消えることに対しての恐怖は何もない。
基本的に私を誰も見ることができないので、時折魔物がやってきても怯える必要はない。
むしろ、ちょっと『魂』を拝借して食事としている。
幽霊になると、相手の魂を食べることができるみたいだ。
この力を使えば――私を処刑した者達を呪い殺すこともできるかもしれない……そんなことも考えられるかもしれないが、ここで重要なのは私が誰にも見られない保障はないということだ。
時々、私のことを物凄く見てくる鳥なんかもいる。見える者には見えるのかもしれない。
特に、聖剣だの魔剣だのが存在するこの世界では――幽霊になったからと言って、誰にも負けない力を手に入れたなんて思えなかった。
故に、私は何もしない。
いつか消えるその日が来るまで、幽霊ライフを楽しむことにしたのだ。
まあ、墓の周りですることがあるわけでもないのだけれど。
けれど、何もイベントが起こらないわけではなかった。
「! また来たのね」
墓の前で寝そべる私に気付くこともなく、一人の青年が私の墓の前で膝を突く。
――騎士の装いに身を包んだ青年は、かつて私の護衛だった者だ。
どうやら、彼にはクーデターの嫌疑はかからなかったらしい。
あるいは、公爵家の息子ということで見逃されたのか。
ライネル・カーティス――若くして優れた剣術を身につけた、将来有望な騎士であった。
「フィルナ様。貴女がお亡くなりになってから、早一年が過ぎました」
「え、もうそんなに経ったんだ……じゃあ、今日は一周忌ね」
「はい、よく分かります。貴女の無念は……」
「いやいや、無念とかないわよ。まあもうちょっと生きていたかった気もしないでもないけれど、どうせ私なんか誰も味方をして――」
「俺は、あなたを救いたかった」
このように、会話が噛み合うようで噛み合わない。
まあ、私には声が聞こえていて、彼には聞こえていないのだから当然なのだけれど。
一年――毎日、欠かさずにこうして墓参りに彼はやってきていた。
それだけで私との関係を疑われてもおかしくはないのだけれど、一人の騎士が墓参りをしたところで、国の脅威にはならないということだろうか。
「俺はこの一年……ずっと考えてきました」
「おお、今日はやけに真剣な表情……。ようやく、私の墓参りをやめる決心がついたのかしら?」
死んだ私のところに毎日やってきても仕方ない。
多くても月一くらいでいいだろう……そうでもなければ、彼のためにはならないのだから。
「……貴女様は安らかに眠っておられるでしょうか」
「起きているわよ、残念ながらね!」
「そうですよね……眠れるわけがない」
「! ふふっ、意外と話が合う時もあるわよね」
「俺は、貴女を陥れた者を……この国を許さない。クーデターを決行することに決めました」
「うんうん、早く私のことは忘れて――は?」
この男は何を言っているのだろう。
聞き間違いでなければ、ライネルはとんでもないことを口走っている。
「この剣に誓い、必ずや貴女の仇を討ちます。見守ってくれますか?」
「いやいやいやいや! 余計なことしなくていいわよ!? それで負けたら……というか絶対負けるでしょ! クーデターなんか起こすつもりもなかったのに、本当に起こしてどうするのよっ。私の墓も完全に取り壊しになっちゃうかもしれないでしょ!」
「……ありがとうございます。貴女の声が聞こえた気がしました。必ずや、成し遂げて見せます」
「聞こえてねえわよ! ふざけんな!」
ぶんっ、と頭に突っ込みを入れようと殴るが、空振りしてしまう。
「くっ、直接魂ぶん殴ってやろうかしら……。でも、それはやりすぎてしまうかもしれないし……」
魂に直で攻撃を仕掛けたことなどない。
しかし、何としてもライネルは止めなければならない。
ここから話しかけたとしても声は届かないし……!
「フィルナ様……必ず、その無念を晴らして見せます……!」
「余計なことをするんじゃないって言っているのに! ええい、私の墓に剣を突き立てるなっての! この――」
無駄とは分かっていても、私はライネルが突き刺した剣の柄を握り、引き抜こうとする。
「決意だか何だか知らないけど、勝手なことするなって! 私はそんなこと望んでないわっ」
無我夢中で叫ぶ。
しかし、やはり剣を抜き去ることはできず、
「……今の、声は?」
「はあ? 私のに決まってるでしょ。勝手に一人で盛り上がって戦おうとしないで――へ?」
私はライネルの方を見る。
驚きに満ちた表情で、ライネルが剣を見ていた。
――どうやら、私が見えているわけではないが、声は届いたようだ。
「お、おお! フィルナ様っ。フィルナ様のお声が聞こえます!」
「な、何だか知らないけれど……結果的には良かったわ。久しぶりね、ライネル」
「お久しゅうございます、フィルナ様」
頭を下げて、礼をするライネル。
反逆罪で処刑された身である私に忠義を尽くすのは、この男くらいだろう。……まあ、悪い気はしないけれど。
「さて、声が届いたのなら話が早いわ、ライネル。私の言葉、聞き入れたわね」
「はい――まさか、このようにまた貴女様の声が聞ける日がこようとは。感無量でございます」
「そ、そう? 聞きたいならいくらでも聞かせてあげるから、一先ず私の言う通りになさい」
「ええ、これもきっと、天に俺の願いが届いたのですね。俺の剣にフィルナ様の魂が宿った――これで俺は、フィルナ様に仇をなした者達を討つことができます」
「そうね。これで仇を――って、人の話を聞けって言ったでしょうがっ!」
私は叫びと共に、剣を抜き去った。
勢いに任せたからなのか――霊体なのに剣まで握ることができてしまったのだ。
「おお! 剣が浮かび上がって! これぞまさに天の――」
「ええい、うるさい! まずは私の話を聞けーっ!」
それから、ライネルを説得するのにかなりの時間を要することになり、私の静かな幽霊ライフが終わりを告げた瞬間でもあった。
慕ってくれていた人が勝手に暴走しそうなのを止めるところから始まる令嬢ならぬ霊嬢を書きたくなったので短編にしてみました。