第五話 生命の樹
「な、なんて巨大な生命の樹だ……」
「生命の樹? 前に話していた生命の樹ってコレのことなのか?」
目の前には明らかに星間飛行用の宇宙船が大地に半分ほど埋まった形で墜落している。
緊急自体周囲の土壌を改善して水を生み出しているあたりから、プラントを搭載したフロンティアタイプだと考えられる……
「俺も詳しくはないが……たぶん、似た技術系統だろうな……」
俺の、この世界でのゲイツという存在は転生者だ。
そして、元の世界で、俺は宇宙船で星々を渡り歩いて商売をやっている小さな商船乗りだった。
小型船しか持っていなかったが、それなりに楽しく宇宙の旅をしていた。
ある日妙な空間の歪みに巻き込まれ、ゲイツって赤子になっていた……
「まさか、また宇宙船を見るとは……」
「ゲイツは生命の樹が何なのか知っているのか!?」
「逆にロカ達はこれを何だと思っているんだ?」
「生命の樹は不毛な砂漠に水をもたらし、土を与えてくれるものだ……
違うのか?」
「……違うんだけど、そういう働きもある……健気にも開拓用に働き続けているんだろう……」
俺は入り口を探し、緊急用の開放装置を起動する。
ボンっという小さな爆発音とともに、扉を含めた一角が傾き、倒れる……
これで船内に入ることが出来る。
「電源は……当然死んでるか……仕方がない」
一度外に戻り、松明を作りもう一度船内に戻る。
自動修復装置も完全に死んでいるんだろう、船内はボロボロだ……
通路もすべて使えるわけでは無く、いくつも回り道をして貨物室へと到達する。
巨大なプラントが静かに稼働している。
省エネルギーモードで周囲の環境改善をゆっくりと行っている。
プラントはとにかく命綱だから頑丈な作りをしている。
たとえ宇宙船自体が墜落しても、今回のように緊急起動して救難信号を放ちながら稼働する。
操作盤に触れるとユーザーエラーと表示される。
「ううん……言語は異なってるなぁ……意味はわかるけど……」
俺の世界ではないのか?
とにかく緊急時モードは存在しているので情報収集したい……
結局、上手く行かなかった。
とりあえず人間として認識されて、周囲の環境改善をセーフモードではなく通常稼働に持ち込めただけでも御の字だろう。
これで水と土壌の問題は今までとは比べ物にならない速度で加速するはずだ……
「すごい! すごいぞ! 水が、水がこんなに!」
とりあえずプラント自身を船外に出してみた。
船内も見回ったりしたが、使えるようなものは大してなかった。
船首は潰れてぐちゃぐちゃだし……貨物室の中もめちゃくちゃだ。
プラントは割り切って土壌改善と水の産生だけで運用できれば充分だろう。
たぶん、積荷の植物は勝手に自生したんだろう、どうりで食用になる植物が多いと思った……
味も自然に生えたにしては旨すぎる。
もしかしたら、生体も一部この船と関係しているかも知れないな……
あの鳥も、大量に繁殖してくれていると助かる。なんといっても旨いからな。
「さて、俺がもっと知識があれば、この船の部品で何かを作ったりも出来るんだろうが……
知識もなければ道具もない。とりあえず水と森を手に入れたわけだから、生きていくのは問題ないな」
「すごいぞゲイツは! 万の知恵者にも勝る知恵と、千の戦士に勝る力!
本当の勇者だな!」
ロカが水浴びに満足して戻ってきた……
「あー、そのなんだ……先に服を乾かせ、目のやり場に困る……」
簡単な布がピタリと身体に張り付いて、ロカの体の線をはっきりと表現する。
想像より、良かった。いや、失敬……
「す、すまない……こんな痩せた身体を見せて……
ロカは……勇敢な父には似ず、肉に乏しい……ゲイツのようなたくましい腕や脚が欲しかった……」
「いや、あまりこんなだとゴツくないか?」
「ガルラにとって身体が硬く太いことは誉れだ!
ゲイツは……すごい……ロカは……見窄らしい、枯れたガルラだ……」
いや、なんというか、出るとこは結構出ているし、女性らしいスタイルとしては良いと思うんだが、まぁ、美意識というものはいろいろ有るからな……
全然隠す気がないので布をかぶせる。
俺だって男だ、ちょっと満たされてそういう欲求も……な。
「まぁ、俺は嫌いじゃないが、あまり人に見せるもんじゃねぇ」
「すまない……」
「おれはガルラじゃねぇから、ロカの体がみずぼらしいだなんて思わねぇ。
そういうやつも居る。それでいいじゃねーか」
「……ああ、勇者にそう言ってもらえてロカは嬉しい!」
心から嬉しそうに微笑むロカ、ちょっとこっちが照れてしまう。
それに、砂漠での走りを見るに、持久力やでかい筋肉とは異なる優位性ってもんがありそうだしな。
「とにかく、しばらくはここを拠点に、少し周囲を探るぞ」
「ああ、ロカはゲイツと過ごすぞ!」
そういいながら急に腕に抱きついてきた。
なんだか急に距離感が近くなったな……
周囲の木々を利用して、プラントのそばに簡単なテントを作る。
宇宙船の墜落現場の周囲は鬱蒼とした森が広がっているが、この場だけは空が見える。
ようやく落ち着ける場所が作ることが出来た。
「そういえばロカは戦えるのか?」
ロカが渡していたナイフを返してきた時に聞いてみた。
「一応剣を使う……ただ、ガルラが使う大きな剣は……苦手だ……」
「そうか、そのナイフはどうだ?」
「ああ、コレは使えるが、コレは道具だろ? ガルラが戦いに使うものじゃない」
「大剣を持つことがガルラの誇りだったな」
「そうだ、巨大な大剣で敵を切り裂く! それこそがガルラの戦いだ!」
「……ロカは、死にたいのか?」
「死は恐れない! 勇敢なガルラは死を恐れたりはしない!」
「ロカ、俺はお前に聞いている。死にたいのか? 死にたくないのか?」
「……死にたくは無い……」
「わかった……明日から少し指導してやる。
せっかく助けたやつに野垂れ死なれても、気分がわりい……女が死ぬのは嫌いだ……」
「すまないゲイツ、最後が聞こえなかった」
「気にすんな、明日は早いぞ、早く寝ておけ」
「そうだな、おやすみゲイツ」
「ああ、おやすみロカ……」
草を重ねて布をかぶせただけの寝床だったが、この世界で一番の寝心地だった。