第五十八話 皇帝
「フッコのみならず鬼に獣に虫!! 皇帝陛下の御わす内庭まで踏み入るとは……
なんという不敬! なんという不遜!!」
見事な白金の鎧に身を包んだ男が俺たちの到着を歓迎してくれた。
「先に手を出してきてくれたのはそっちなんでな、これはお礼に伺わねばと馳せ参じた次第でございます」
俺が適当な礼を取ると鎧男はたいそう憤慨する。
「辺境の薄汚い寄せ集めの金の亡者共が、選ばれし民しか踏み入れぬこの地を怪我した罪……
万死に値する!! 問答は無用! 排除する!! 打てー!!」
「帝国の人間はせっかちだな……散開!
後続が続けるように動け!!」
開けた場所にすでに横型陣で身構えていた帝国に対して、こちらは深入りしている俺たち3人の背後に長い陣形を引いている。
門を壊したが、その一箇所に集中砲火、クロスポイントになっているために後続部隊は壁の内部に侵入が出来ない。
最も、入り込んだ3匹のネズミはなかなか生きが良く、帝国の大群を食いちぎりかねない。
「食らうのだ! 中伝 地壊震!」
ロカの振るう一撃が大地を壊し揺らす。広範囲の部隊が、破壊された足場から逃れようと陣形が崩れる。
「風の刃よ降り注げ……中伝 鎌鼬」
あんな恥ずかしい詠唱は教えてないが、無数の風の刃が踊るように人々の間をすり抜け鮮血が舞い散る。数も威力も十二分だ。合流し、混乱し、密度の高くなった場所にぶち込んだので被害は大きい。
「土龍返し!!」
敵の足場を崩し、こちらに遮蔽物を作成する。
門への射線を切り、同時に相手の行動も妨害する。
射撃が止んだ門部分から味方が侵入して、作り上げた塹壕へと配置する。
こうなれば平地に布陣した敵はこちらにとってのいい的になる。
「おのれ!! 一旦引くぞ!!」
その様子を見て即座に撤退を指示する敵将、想像よりはきちんと戦闘を理解しているようだ。
「深追いするな、まずは陣形を整えろ!!」
門の撤去も迅速に行い、退却時に退路を塞がれることを出来る限り防ぐ。
残された敵兵のけが人も死なない程度には治療して捕らえていく。
犠牲者も丁重に扱う。
「城内に籠もられると面倒じゃな」
「もう数はいないと思うけど、ゲリラ戦はいらない犠牲が出る」
「ならば、少数精鋭で皇帝を抑えることじゃな」
「だな……」
「ゲイツ師匠行くのか?」
「ああ、ペイジン、巖に現場指揮を任せて、朧は連絡係、他は俺達と突入しよう」
「そうじゃな、それがよかろう」
「敵の準備が整う前に侵入する」
すぐに動き出す。
ペイジンらが先導して城門を守る兵を尻目に安々と城内へと侵入する。
「玉座の間か、中央の最上階が怪しいじゃろうな」
ペイジンは城の内部の詳細な地図を見せながら説明する。
恐ろしい、城の内部はかなり限られた人間しか入れないはずだ。
現に残った兵士たちは城にはほぼ入らずに城門前に殆どが展開していた。
「ゲイツ達と儂らの二手に分かれる。
儂らが警備が厳しいであろう玉座を探る。
皇帝を見つけたら連絡を入れよう」
「ああ、そうしよう。ロカ、ジルバ頼んだぞ」
「わかったのだ」「わかりました」
「では、武運を……」
ふわっとペイザンたちの気配が揺らいで消える。
本当になんというか、頼もしい。
「行くぞ」
俺たちも城内を進む、現在王城の左手の建物に城壁から侵入している。
詳細な地図のおかげで中央塔までは直ぐに到着する。
「警備が多いな、こちらが正解かな?」
塔へと至る通路の前には衛兵が詰めている。
ジルバの投げる短剣で一瞬反対の廊下へと意識を向けさせて、俺とロカで意識を刈り取る。
そのまま直立して警備を続けているように見えるようにして、塔へと侵入する。
塔は円形の廊下に2つの部屋、互い違いの階段になっており、一回ごとの反対側の階段に半周廊下を歩いて向かわなければならない、部屋に伏兵がいれば挟み撃ちにされる。
なかなかに厄介で、守る方からすれば守りやすい作りになっている。
あまり派手に戦うと、塔を破壊するので、こういった場合は無手で戦うほうが気が楽だ。
ジルバは短剣を構え、俺とロカは無手で戦う。
ジルバが敵の意識を引いて俺とロカが静かに眠らせる。
そして、とうとう最上階、巨大な扉の前に立つ衛兵を眠らせるとペイザンから通信が入る。
『はずれじゃったわい、しかし、大事そうに守られた地下への入口があった。
例の装置がある気がするので、このまま儂らはこちらを制圧にかかる。
皇帝陛下への謁見はおまかせするわい』
『では、皇帝陛下にご拝謁する名誉はありがたく』
通信を切ると同時に扉を開ける。
扉が開くと同時に左右から衛兵が槍を突き立て、正面の銃兵が一斉に銃を撃つ。
ロカジルバは左右に開き槍兵を畳む、俺は飛び上がり銃弾を避け、天井を蹴り銃兵達を眠らせる。
「盛大なお出迎え、恐縮であります」
「無礼者! 皇帝陛下の御前なるぞ!」
「申し訳ございません、田舎の商人ですので礼儀をわきまえておりません」
「ぐぬ……」
「もうよい、ガジン……ゲイツ商会だったな……
余が皇帝たるブラインワーシング12世だ。
何用だ?」
白金の騎士に守られるように座っていた男が立ち上がる。
透き通るような白い肌、端正な顔つきはしているが、なんというか生気はない。
皇帝にふさわしく豪華絢爛な服に身を包んでいるが……まるで絵のような印象を受ける。
「こちらとしては売られた喧嘩を買ったわけですが、それと、帝国のやり方に少々納得がいかなかったもので」
「ふむ……なら余は喧嘩に負けたのだな。
確かに余を害すれば、帝国を帝国たらしめるものが止まり、帝国は終わりを告げる……」
「陛下! 何をおっしゃいますか! このガジンが必ず陛下をお守りします!」
「良いのだガジン……余は疲れた……
ただの道具として存在を許され、あの醜い貴族共のためにただ生きている。
そんな生に何の後悔も持たぬ……
ゲイツと言ったな。余を殺せ、それで帝国は終わる」
まさかの提案に、俺は頭をかくしかなかった……




