第四十五話 湖上の楽園
「本当は色々と話したいが、今日は服を買わないといけないからな」
「ほう、お客様に合う服となると……少し店を選びますな。
どのような服を?」
「クイーンズサイドで食事ができるくらいだな」
「なるほど、それでしたら3軒先にあるお店をおすすめします。
よろしかったらこちらを見せて私の紹介だとお伝え下さい……
もしよろしかったら、食事の後でもクイーンズサイドのバーで少し話せませんか?」
「……良いだろう。時間は約束できないが、顔は出す。
その時に会えなかったら、縁がなかったってことで」
「ありがとうございます。
またのご来店を楽しみにしております」
俺は武具屋の店主であるパリザンの紹介で、スムーズに服を作ることが出来た。
紹介がなければどんなに金を積んでもこのあたりの店では相手をしてくれないらしく、俺はパリザンに恩を受けてしまったことになった。
「まぁ、少し興味があるから……いいか」
あとは約束の時間まで街を散策して過ごすのであった。
5つ鐘が街に響く、俺は注文してサイズを合わせた服を着せてもらっている。
値段もすごいが、さすがは超高級店、この短時間でまるで体の一部のように仕立て上げた。
鏡に映る自分が10割増しぐらいには見えるんだから、プロの仕事は凄い。
「大変お似合いです」
「いや、正直自分でも驚いている」
「お客様は服を着ないほうが魅力的に見えるかも知れないので、プレッシャーが掛かりました」
「ははは、ありがとう」
店を出て街を歩くと、人々が自分に注目しているような錯覚をしてしまう。
本当に良い服というものは、ここまで心を明るくするのか……
こうして俺は、服の沼に片足を突っ込むのであった……
「おお……」
ロカとジルバの姿を見て、間抜けな声が出た。
美しく着飾った二人の姿に、うまく声が出なかった。
「師匠かっこいいのだ!」
「ゲイツ師匠、素敵ですね」
「あ、ああ……い、いや、二人の変わりように驚いた……綺麗だな」
「えへへへへ……」
「……嬉しいです」
ロカとジルバはそれぞれの魅力を引き出す計算された作りのドレス。
ロカは「動」、明るい暖色系のカラー、女性らしいスタイルの良さを武器にして、男の視線を引きつける。
ジルバは「静」、落ち着きとシャープさの際立つ寒色系カラー、引き締まった線を芸術的な魅力に魅せるデザイン。
「お二人も結局セントラルロードの店のものでしか美しさが表現できませんでした」
振り返るとマーチとポポ、ジーンが歩いてきた。
全員バッチリと決めてきている。
「アンツが他の従業員をまとめてくれていますので、我々も入りましょう」
目の前に立つ建物も、また凄い。
湖面に美しくうつる純白の建物、城を除けば最も大きな建物だ。
威圧感はなく、まるで建物すべてが一つの芸術作品のように見える。
周囲の植物、照明、その全てが湖に映されることで最大限に魅力を引き出す、全て計算された作りになっている。ため息が出る。
メインエントランスを抜け、レストランへと入る。
マーチはジーンに仕事を見せることで覚えさせながら滞りなく進んでいく。
階段を上り、一段と豪華な扉を開くと、夢のような光景が広がっていた。
「ふわー……星空みたいなのだ……」
「素敵……」
一面に広がるバルコニー、街の光が湖に揺れ、その正面には女王がいる城が輝いている。
「もう少し日が落ちると、さらに美しくなるそうですよ」
この広大なエリアがすべてうちの商会で貸し切り。
そして、俺達はバルコニーに作られたテーブルに着く。
周囲は植物と花々、それに淡い証明によって彩られている。
視覚だけでなく、心地よい香りにも包まれる。
なんどか王族や貴族とも食事をしたことはあるが、これほど見事な場所はなかった。
「これは、凄いな……」
「気に入っていただけるとスタッフの苦労も報われます。
ゲスな話ですが、結構苦労しました」
マーチがいたずらな笑顔を見せる。
本人も喜んでいるようだし、商会のスタッフもこの夢のような環境を存分に楽しんでくれている。
今、トレーラーで留守番をしてくれているスタッフも交代で後日この光景を楽しめるようにしてくれている。
この街での取引はすでに莫大な利益をあげているし、これからも頑張ってもらうためにも、一度ここで言い方は悪いが、わかりやすいご褒美があったほうが良い。という思惑もある……が、そんなことは関係なく、この素晴らしい時間を楽しむことにする。
「いつも俺のワガママに突き合わせちまって申し訳ないけど、できればこの先もこうやって楽しい時間も皆で楽しめることを祈っている。乾杯!」
「「「「「「「かんぱーい」」」」」」
見たこともないような景色、料理、酒……
日が沈み、暗闇に浮かび上がる城や建物、きらめく照明……
すべてが本当に夢のような光景だ。
笑顔でない者はいない。
皆が心から今この場の幸せを感じている。
「師匠、今日は大人しいのだ!」
「ロカか、流石にこんな格好で大騒ぎする気にはならないぞ」
バルコニーの先に作られた庭園の東屋で静かに飲んでいるとロカがやってきた。
立っているだけで、周囲に華が咲いたような、美しいドレス姿。
本人は自覚はないが、ロカを見るスタッフの目に熱いものが混じっている。
「こんなに美味しいものを食べたことは無いのだ!」
「もう満足か?」
「全然! ちょっと休憩に来たのだ……」
ストンと隣に座る。
普段見ない以外な姿に、すこし戸惑ってしまう。
「しかし、本当に見違えたな。街往く男たちも放っておかないだろ?」
「動きにくくて好きじゃないけど、師匠がそう言ってくれるなら嬉しいのだ」
コロコロと明るく変わる表情。
そうだ、この素直な表情に、俺は救われてきているんだな……
ついつい、ロカをじっと見つめてしまった。
「し、師匠……そんなに見つめられると……照れるのだ……」
「あ、ああ、すまん……ロカの素直なところに、俺は救われてきたんだなって思ってさ」
「そんな事言われるともっと照れるのだ!
ロカは師匠にもっともっと救ってもらっているから、何でもするのだ!」
「何でも?」
自分でも驚くほど自然にロカに囁いていた……
少しづつロカの顔が近づいて、ロカは瞳を閉じる……
「はいそこまで!!」
いつの間にかジルバが反対側にどんっと腰掛けた。
……気がつかんかった。
「先輩? 抜け駆けは禁止ですよ?」
「ち、違うのだ! ぬ、抜け駆けとかそういう感じじゃ……」
「じ、ジルバ、た、楽しんでるか!」
「……師匠も酷いです……私の気持ちに答えてくれないのに……
他の女に……」
すがりつくようにしなだれてくるジルバ、その魅力はドレスによって超絶強化されてしまっている。
「ち、ちがっ!? いや、その、これはあれだ……」
「違うのか?」
「いや、違うってのはそういう違いじゃなくてだな……」
「じゃあやっぱりそうなんですね。私は遊びのキープで……」
「そ、そういうことじゃ!」
俺が遊ばれている姿を見て、独身スタッフたちは「リア充爆発しろ」と愚痴をつまみにしていた。
 




