第三話 アクワン
天日でカリカリに乾いた肉を噛み、唾液で少しづつ戻す。
土臭くて美味くはないが、まぁ、腹に入ればそれなりに満たされる。
さらに土臭い粘液を少量口に入れて水分補給、どうやらロカもそれに慣れているらしく、ためらうこと無くミミズの粘液を口に入れた。
「水は砂漠の民にとって宝だ、血だろうが植物の汁だろうが全てが宝だ」
「村も砂漠にあるのか?」
「ああ、我がミシカ村は小さいが生命の樹がある」
「生命の樹? なんだそれは?」
「生命の樹は生命の樹だ、小型なので少量だが水を生み出し、作物を育てられる土を生み出す。
生命の源だ」
「魔法……みたいなものか?」
「魔法ではない、我らガルアは魔法は使えない。
あれはピープやフォクシの民の技だ。
ガルラの剣は魔法にだって負けない!」
「なんだか色々出てきたが、ま、今はとにかくここだな」
ようやく森にたどり着いた。
見たこともない植物が、突然砂漠のど真ん中に群生しているのは、かなり異常に感じる。
「アクワン……だっけか? どんな輩なんだ?」
「アクワンは、巨大な獣、森に入れば帰るものはいない、手を失い逃げたガルアの卑怯者は白い獣が血で赤く染まったと言っていた、その後恐怖で気が触れてしまった……」
「ふむ、要領を得ないな、とにかくやってみるか。
ロカはどうする? 残るか?」
「私の生命は勇者ゲイツの物だ。ゲイツが行くなら着いていく」
少しは怖いんだが、決意は固そうだな。
まぁ、無理なら逃げればいい。
「じゃ、決まりだな行くぞ……」
森へと足を踏み入れる。
数歩森の中へと入っただけで、外とは空気が変わる。
強烈な太陽の光は木々によって遮られ、植物の持つ水分が砂漠の熱風を涼し気な風へと変える。
「いやいや、こりゃいいね。寝床にするなら断然にこっちだ」
「……森の中はこんなにも快適なのか……ガルラの戦士たちが幾度も挑む理由がわかった……」
そして、直ぐに森に入った恩恵を見つける。
木々に鮮やかな果実が実っていた。
剣で切り落とし、軽く口に入れる。
うっすらとした甘みと、強めの酸味、そして、豊かな水分。
気がつけばかぶりついて食べ終えてしまった。
「ぷはぁ……最高だな!」
「もぐもぐもぐもぐ!」
飲み込んでから喋れ。
「おっと!」
満面の笑顔で果実にかぶりついていたロカに石が飛んできた。
とりあえず何もついていないのは視えたから、キャッチする。
「歓迎してくれるみたいだな」
「あ……、あ……」
さっきまでこの世の天国みたいな笑顔をしていたのに、今度はこの世の地獄のような表情を浮かべるロカ。しっかりと果実を味わっているのが面白い。
「返すぜ!」
もらったものはきちんと返さないとな、石を投げてきた場所へ投げ返してやる。
「ギャン!」
悲鳴とともにドサリと何かが木から落ちる。
注意をしながら近づいていくと、胸を撃ち抜かれた猿が横たわっていた。
「白くないからアクワンではないか……」
全身毛むくじゃらで茶色、猿に似ているが、よく見ると腕が妙に太くて、ゴリラみたいにも見える。
「これはアクワンではない、ずる賢い森の獣」
「さて、離れるなよ、どうやら敵も気がついたみたいだ」
手早く紐で結んで荷台に死体を回収して剣を抜く。
木々の上を数体の生物が飛び回っている。
ナイフも一本ロカに渡しておく。
「いざとなったらそれを使え、出来ればそうならないように離れるなよ?」
うんうんうんと何度も頷く。
勇敢なガルラも勇者には守られるらしい。
動きを読んで、飛び移ろうとする枝に石を拾い投げつける。
「ギャン!」
捕まった枝が何の抵抗もなく落下して、猿が木から落ちる。
猿が木から落ちる……
「せいっ!」
剣で首を刎ねる。大きさとしては人間より二回りほど小さいが、なかなか恰幅もいい。
あの樹の実などを好きなだけ食べられるなら、植えるどころか豊かに暮らせるだろう。
木の上で暮らすせいか筋肉も発達しており、一太刀で首を落とすのはコツが居る。
恨みはないが……ミミズよりは旨そうだからな……
「ギャーーー! ギャーーーー!!」
木の上の他の猿が、その様子を見て激しく鳴き始めた。
「仕方がないが、ちょっとまずいかもな」
十中八九仲間を呼んでいるな。
あまりに多すぎると相手が面倒だ、ロカもいるしな。
そんな事を考えていると、地面が振動していることに気がつく、巨大な何かが走ってくる気配がする。
「どうやら、アクワン様が来たみたいだぜ」
ロカはヒシっと俺の背中にくっついている。
思ったよりも、あるな……
近くへ来ると猿たちはその巨大な主の背後へと移動してギャッギャ! と声を上げて王の登場を祝っているようだ。
現れたのは、異形の猿……ゴリラ……?
とにかく目立つのは巨大な前腕、後脚もマルタのように太いが、前腕がその倍は有るだろう。
白、というか薄汚れた灰色だが、明らかに他の猿とは異なる。
大きさも俺が2mだから……5・6mくらいはありそうだ……
あの腕が、相手の血で真っ赤に染まるから、赤腕なかなかいいセンスだ。
「ガアアアアアアャャアアアァァァ!!」
ああ、ダメだな、意思疎通できるタイプじゃねぇ!
ニヤリといやらしい顔つきで俺とロカを見ている。
あいつにとっては俺たちは飛び込んできた肉って感覚だろう……
「ロカ、後ろの木の陰に隠れていろ、俺があいつの相手をする」
ロカは恐怖でふらつきながら、背後の木の陰に座り込むように移動した。
俺はアクワン睨みつけ、剣を向ける。
「良いねぇ、強そうじゃねぇかよ旦那!
いっちょ相手してもらおうか!!」
周囲の猿は全てこのアクワンに任せるのか、方位を外している。
俺がアクワンの相手をすればロカは一時的には大丈夫だ。
アクワンの口元が、さらに歪んだ、こいつは威勢のいい獲物をいたぶるのが好きなタイプだと直感的にわかる。
せいぜい楽しませてやることにする。
「思い通りにはさせねぇけどなぁ!」