第三十二話 巨大な存在
大陸の北西部、極寒の地。
大陸の端に巨大な山脈があり、その麓には起伏に飛んだ大地が広がっている。
とにかく極寒で非常に厳しい環境だ。
そんな場所でも移動式のテントで暮らすフッコ族を中心とした人間たちがまばらに住んでいる。
魔物は少ないし、目的があってこの地に入る人間も少ないので、訳アリの人間の最終終着点になっているという。
「水耕栽培で作った野菜、川で取れる小魚、海に流れ着く海藻……
少しさみしい食卓になりそうだな……」
「それでも、過酷な奴隷生活よりはマシなんでしょうね」
「それに、実は支援している集団がいるんです。
その支援物資もあります」
「へー、粋なやつもいるんだな」
「帝国に強い恨みを持つレジスタンスですね。
この地に住む人間は生涯奴隷と言われる、産まれたときから死ぬまで奴隷として生きる人間だった者たちですから」
「帝国は、聞けば聞くほどすごいな……」
「巡回する舞台に不幸にも発見された多種族や、因縁をつけられた物が帝国に連れ去られ……
その子供は産まれながらに……」
「同胞もたくさん囚われていると聞く……」
「ロカもそう聞いているのだ……」
「ピープの民は隣の湿地帯を中心として生活しています。
ただ、あまり労働には向かないのと、魔法による抵抗が激しいので、こそこそと湿地帯の周囲を巡回しているんですよアイツラは」
「なら湿地帯を抜けていけば少し安全なのか?」
「いえ、湿地帯はこの大陸有数の危険地帯です。
巨大生物から猛毒を持つ小型の魔物まで、もっとも種類も豊富で数も多いですよ」
「魔法を扱うピープ族だからこそ暮らせるってことか」
「その通りです」
「独特の穀物や果実なんかはいい交易品となっています」
「まぁ、今はここを抜けることに集中……なんだこの気配……」
「どうしました?」
「なんだか、とんでもない気配が北の方に……」
「でかいんですか?」
「いや、なんというか……壁?」
「ああ、少し寄せましょうか。この地の主がいるんだと思います」
それからしばらく馬車を走らせ、異常な気配の正体を目視する。
「……山だよな……」
「今見えているこの壁全てが、ユグドラシルの身体です。
模様的に左手に……数百キロ行けば頭部が見えるかもですね」
目の前に真っ白な壁がある。
そして、それがゆっくりと動いている。
壁と地面に砂煙が起きていることで動いていることに気がつける。
「あの側に行くと風がないのと、摩擦熱で温かいんですよ。
一部の動物はユグドラシルと並走して生活をしていたりします」
「蛇なのか?」
「そうですね、あまりに巨大な蛇、現存する記録によると、すでにこの状態で存在しており、寒冷地を気ままに移動しているんです。
どうですかゲイツ様、倒せそうですか?」
「いや、無理だろ。これは無理だ……」
壁の高さは何キロ有るんだ?
もしいたずらに手を出して、軽く身体をくねらせただけで……避けようもない。
可能性があるとすれば、頭部を確認して、一刀で切り落とす……無理だな……。
俺の刃では半分も落とせないだろう……
たとえ完全な支援を受けて、武具も最盛期と同じでも、無理だ。
「それに、俺みたいな新参者が手を出していい存在ではない気がする」
「凄いのだ……外にはこんな凄い生物がいるのだ……」
「私も初めてみました……」
こんなに巨大な存在なのに、見つからない時は見つからないらしく、まぁまぁ運がいいとマーチは教えてくれた。
この世界、想像よりもスケールが大きい。
遥かな存在の脇を走っていると自分たちがちっぽけな存在であることを痛感する。
しかし、この桁外れのスケールの出来事に、胸は高鳴っていた。
「キカイがいます。寒冷地仕様なので貴重なオイルが取れます」
「本音は?」
「狩ってきてください! できればパイプ類を傷つけないように!」
「さて、ロカ、ジルバ行こうか……二人はポポに寒さ対策してもらえ」
「ゲイツ殿はよろしいのですか?」
「気で出来る」
【気衣】、気を全身に巡らせて体表を覆い、外部からの影響を遮断する。
ドアを開けて吹き込んでくる風の冷たさも感じない。
並走しているキカイ達は5体、6本の足で凍った大地にをしっかりと掴みながら走っている。
俺は気を使って大地を掴むので普通のブーツで戦えるが、ロカとジルバは特殊な装備を履いているので少し動きづらそうにしている。
「自分の動ける範囲を把握するまでは無理するなよ!」
「わかったのだ!」
二人はポポがかけた魔法によって寒さの影響を押さえている。
薙刀と槍でキカイと対峙している。
俺はすでに一体の機能を停止させてトレーラーに積み上げた。
馴れた手付きでポポの部下たちがキカイを解体していく。
「スノーライダーか、機動性も高いけど、攻撃は単調だし……
負けそうにないが……」
「慎重に戦えといったが……」
俺が3体を運び込んでもまだ戦闘を終えていなかった。
一番の理由は新しい装備に慣れていないこと、そして足場が固めてないことだ。
「二人共! 少しだけ気を使え! もう出来るだろ?」
「特訓の成果を見せるのだ!」
「先輩には負けませんから!」
二人の持つ武器がほのかに輝く、相手の6本の足に攻め手を見つけられなかった二人だったが、輝く武器が勢いを増し、敵の防御を打ち破るのに時間はかからなかった。
結局、あまり綺麗とは言えない状態で、ようやくスノーライダー達は動くのを止めた。
「あーあ、ボロボロじゃないか……ちゃんと基盤接合部だけ破壊しろよ……」
「はぁはぁ、師匠……そうは言っても……難しいのだ……」
「ぜぇぜぇ……まだまだです……」
二人は肩で息をしている。
初めて気を利用した戦闘で最期まで意識を残したことは褒めてやりたいが、気を使う前が駄目過ぎる。
「この状態で気に頼るとお前たちの伸びしろはない。
気を扱う修行に加えて、基礎錬追加だな!」
弟子たちが喜びのあまりぶっ倒れたが、心のなかでは二人の成長を喜んでいた。




