第二十九話 ティラノの心臓
「おお、想像してた味と違う!
柔らかいし、繊細な味だな!」
ティラノの肉は赤身で引き締まってありながら、旨味を多く含んで絶妙な歯ごたえと歯切れがたまらない、間違いなく旨い肉だった。
「あの巨体になるまでの時間熟成されているんですかね……これ、寝かせたらもっともっとうまくなりますね!」
ポポや料理人たちは初めて触る食材に興奮が隠せない。
問題点は、とにかく量が多すぎる。
「ベイジンさん、ティラノの肉、お分けしますからそれで商会を立て直してください」
「マーチ殿、よろしいのですか?」
「私達が抜けたエリアで力を持って頂くのも業務提携のうちですから」
「粉骨砕身、頑張らせていただきます」
ベイジンは大陸北を中心に活動する商隊で、まだまだ小規模だが、勢いがある商会だった。
今回もその勢いに任せて挑んで不運が訪れたが、マーチが話を聞くと嗅覚もあるし、判断も申し分もないとのことで、今後の北部の情報や悪徳な商会への牽制をお願いする条件で業務提携を結んだ。
ま、中身は子会社化に近い。
何もかも失っている状態だから、この肉の販売だけでも莫大な利益は間違いない。
肉のベイジンとして名を売ってもらおう。
「偶然谷底で絶命したティラノを見つけた、ということでお願いしますね」
「わかっております。ゲイツ様やマーチ様には迷惑はかけません!」
「師匠ー! 魔石が出たのだー、来てほしいのだ!」
ロカが呼びに来た。見に行くと心臓と連なった巨大な魔石が輝いていた。
「肋骨が堅くて、ようやく開けました……」
ジルバは肩で息をしている。たしかにあの巨体を支える骨格は頑丈だろう。
もちろん後で喰わせるつもりだが……
「ロカ、ジルバ……二人に魔装具を与えよう」
気に目覚めたのなら、早いうちから馴染ませたほうが良い。
ただなぁ……ちょっと問題が……
仕方がないか……
「マーチ、明日はここでキャンプ継続で出立は明後日以降で」
「わかりました」
「ポポ、明日は研究室借りるぞ」
「丁度いいです、我々もこの肉をなんとかしないといけないので」
総重量は10トンを超えそうな肉や内蔵の解体、寒冷地で良かった。
「それ以外の素材を考えると……3・4日はかかるかも知れませんね」
マーチのつぶやきに周りの人達が、あれを4日で……また徹夜コースか……と嘆き声が聞こえる。
「マーチ、急がなくてもいいからな、ロカとジルバは明日は朝から研究室に来るように」
プラントを利用して、俺の装具とこの巨大な魔石と素材が有れば、株分けができる。
そのため、明日一日はロカとジルバに付き合ってもらわなければいけない……
また、変な勘違いをしないように。そう心に刻み込んで、とりあえず焼き肉パーティーを楽しんだ。
モップ牛もかなり上物だったが、なんと言っても主役になったのはティラノの心臓の肉だった。
「……泣ける旨さだな……」
「ロカは、ロカは今死んでも悔いは無いのだ……」
「ティラノの力が身体に染み込んでいくようです」
「いやー、これは王や貴族が黙っていませんね……困りましたね……」
硬い筋や血管、神経を取り除いても4~500キロの超お宝肉。
希少価値を考えれば、1キロ1金貨でもおかしくないとマーチは考えているみたいだ。
「……マーチ、任せる。
たまーに食べられればいいやこんなうまい肉は……
馴れたら嫌だ」
「わかりました。一部は保存して……
ベイジンの顔を売るのに……大臣とのつてを使いますか……」
餅は餅屋に任せればいい。
俺は……
「ティラノって数多くいるのか?」
「いえ、数は多くありません。
全てのティラノの親と言われるグランドティラノは所在地がわかっていますが……
流石にゲイツ様でも倒さないほうがいいかと……」
「一応理由は?」
「標高3キロ、直径は5キロ以上の山なんですけど、周囲に被害を与えずに倒せますか?」
「……無理だな……」
やれないことはないが、その後を考えれば、後始末が大変過ぎる。
「血液で大陸の一部に津波が起きますね」
「倒せないとは思ってないのか」
「ゲイツ様ですから」
暗黒大陸で戦った邪竜は全長2キロぐらいだった……
環境破壊は凄まじかったからなぁ、オレ一人だったら大変だ……
「今回も血液に魔物が寄ってきて、焼くのも大変でしたよ」
大量の血液の香りを風が運んで、さらに雑魚魔物を呼び寄せたので、急いでポポ達が血液を焼いてくれた。その後雨が降ってきて無事に大地に吸われていった。
「それにこの膨大な量の肉やら骨やら牙やら爪やら……
無制限に入るマジックボックスとか無いんだよね?」
「無限の容量……夢のようですね……」
「勇者のギフトで存在はしていたけど、あれは神の加護ってレベルだからなぁ……」
「神……ですか……」
「この世界にもいるのか?」
「いる? 本当にいるみたいな言い方ですね」
なぜかマーチの言葉に棘を感じる。
「まさか、ゲイツ様のいた世界は神がいて、ちゃんと存在している証拠があったんですか?」
「ああ、珍しいが、人前にも出ることがある」
「なんと……この世界の神は、人が人を操るための道具でしかありません。
それに、神を信じる人間に、碌な人間がいません」
「神がいても、くそったれな宗教はあるが、ろくな目にあってないってことか……」
「私の愛する者、敬愛する主は狂信者たちに奪われました……」
「……すまねぇな、土足であがっちまったみたいだな」
「いえ、ゲイツ様は何も悪くありません。
敷いて言えば、この世界に神がいるなら、恨み言の一つでも言いたくなったくらいです」
「……神ってのは空の上にいるってのが相場だ。
一緒に、神様ぶん殴りに行こうぜマーチ」
俺は酒で満たされたコップをマーチに向ける。
つらそうな表情を見せたマーチは、見たことがないような笑顔になってコップを交えてくる。
「ゲイツ様といれば、ほんとうにぶん殴れそうですね!」
「ああ、やってやろう!」
その日、マーチは珍しく飲みすぎた。




