第二十七話 商団
「……ゲイツ師匠、おはようございますなのだ」
「……ゲイツ師匠、おはようございます」
俺が自室から出るとロカとジルバが廊下で待っていた。
「おお、動けるようになったのか。師匠はやめろくすぐったい」
「い、いの、命を救ってもらったのだ! この生命をゲイツ師匠に捧げるのだ!」
「先輩には負けません、すぐに私が一番弟子になってみせます!」
ロカもジルバも顔を真赤にしながらもまっすぐと俺を見据えてくる。
二人の決意を感じる。
明らかにいままでの二人と違う。
なにかしたっけ……?
まぁ、キスされたり人工呼吸的なことはしたけど、いや、その色恋沙汰で火がつくとかって奴なのかな、え、愛されるってこういうことなんかな……?
「気という未知の力、自分に秘められている可能性、ロカは見たくなったのだ!
自分がどこまで行けるのか、そのためには、師匠からたくさんのことを学びたいのだ!」
「果の見えないゲイツ様、ゲイツ師匠の謎に指がかかった……
絶対に、せめてゲイツ師匠の影を踏むためにも、これからもご指導ご鞭撻の程を……」
……至ってまともな武人の思考だった!
自分の浅ましい考えが、恥ずかしい……
「わかった。俺も人を指導する立場としては未熟者、お互いに高めていけるように努力する」
「はいなのだ師匠!」
「ありがとうございますゲイツ師匠!」
気恥ずかしさから偉そうなことを言ってしまって、余計に恥ずかしくなる。
俺は逃げるように食堂へと向かう。
遠い昔の記憶、学生だった頃、クラスの友人が騒いでいた会話がなぜか思い出される。
「だっせー、ちょっと優しくされたら惚れてるって勘違いして彼氏面したらしーぜー!」
「うっわ、うけるー!」
「別にあれくらい挨拶だろ挨拶! 誰にでもやってるっての!」
……止めてくれ……
食事の味が、よくわからなかった……
「ゲイツ様、前方で魔物と商団の戦闘が起きています先頭車両までお願いします」
館内放送が流れて、俺は、それにすがりつくように先頭車両に向かって走り出した。
ロカとジルバも後ろに続くが、とてもそちらは見ていられない。
「どんな状況だ?」
馬車は高台に止められ、眼下には雪がチラホラと積もる荒野と草原が広がっている。
そして、前方で戦闘が繰り広げられている。
「毛長牛の群れを狩るつもりで、いくつかの群れが合流してしまった。といったところですかね」
大量のまるでモップのような塊が、あっちへこっちへと走り回っている。
中央には破壊された馬車の残骸と、それを盾に抵抗している人影が見える。
「強いのかあのモップは?」
「突進力はかなり強いですが、遠距離からしっかりと戦えば普通は問題ないですね。
たぶん、集中している間に横か後ろから一気に崩されたのだと……」
散り散りに逃げ惑う人影も、モップの突撃で宙を舞っている。
「やられるなこのままだと……」
「ええ、無視しても良いですが……」
動いているものも、まぁ10は超える。
倒れているものも手当すれば助かるものもいるだろう……
「ロカ、ジルバ、ポポ動けるか?」
「今まで以上に!」「お任せください」「いつでも」
「よし、馬車だけ単独で救助に向かう。
トレーラーはそのまま姿を消してくれ。
ポポはあの中央に馬車を付けて、カンタとタンタと馬車を守ってくれ。
俺とロカとジルバで周囲のモップを片付ける」
「わかったのだ」「了解しました」
「そうだマーチ大事なこと聞き忘れてた」
「結構おいしいですし、あの毛は良い防寒具になります」
「よっしゃ、燃えてきた! 今日は焼き肉だ!」
「やるのだー!!」
馬車を急いで戦いの場へと向かわせる。
「助太刀するぞー!! 倒した獲物はもらうぞ!!」
「すまない! 助かる! 好きに持ってってくれ! できれば仲間を……」
見ていて指揮を取っている人間に当たりをつけたが、正解だ。
犬っぽいフォクシ族のおっさんに許可を得る。
「ロカ! ジルバ! 人集めは俺がやるからモップ倒しに集中しろ!
ポポは治療も、後で請求するぜー?」
「ああ、わかってる!」
「ロカ、ジルバ、余裕があれば俺を視ておけ、もう視えるはずだ! 【縮地】」
俺は気を利用した基本的な移動法である【縮地】を発動する。
気によって高まった力を地に固定し、最大効率で移動に用いることで、普通では考えられない速度で移動が可能になる。
大きな距離を移動しようと思うと直線的になり的になるので、出来る限り地面スレスレを移動していつでも行動修正が効くようにするのが熟練者なので、目で捉えられる人間には滑っているように視える。
縮地を利用して、まずは倒れている人間を集めていく。
抱えて、担いで中央の防衛地に並べていく。
今の所、死者はいないが……
「重傷者だ、さっき心停止か……」
まだ、残っている。
俺は拳で胸を叩く。
人工呼吸に移ろうとしたが……
「がっはっ!」
どうやら気がついた。
「ポポ、最優先で頼む10分以内に死ぬぞ」
ポポが医療キットで治療していく。
この世界が前の世界と異なるのは回復魔法が無いことだ。
正確にはあるが、小さな傷を治す程度、その代わりがこの医療キット。
落下した宇宙船にあるものを手に入れたり、製造プラントが生きていれば素材を入れれば製造される。死んでいなければ、ある程度なんとでもなる。回復魔法よりもある面では優れている。
高いし、消耗品なんだよな……
全ての負傷者を回収してポポに任せる。
重症度順に並べて必要なものには直ぐに医療キットを使う。
最上級、上級、中級、下級、基本と別れている。
一番危険なやつに上級を使ったが、他の奴らは下級キットで間に合った。
「あんたら何物だ? この量のキットを持っているって、大商人かなんかか?」
「いずれは、そうなるかもな……ポポ、任せたぞ」
「はい! と言っても、もう終わったようなものですね」
そうだな、あれだけ大量にいたモップも、ロカとジルバが見事に仕留めている。
一応気配を探っていたが、気を発動しなくてもかなり動きが良くなっている。
「……やばいぞ!! ティラノが来たぞ!!」
「くっ……まずい」
周囲が騒がしくなる。
逃げ出すものもでてきた。
「ああ、あのでっかいのはやばいのか?」
「そうですね……ゲイツ様がいなければ、私も荷物をまとめて逃げてます」
「なんであんたらは落ち着いてるんだ!! あのティラノだぞ!」
こちらに小さな山が向かってくる。
ティラノザウルスとかいう古代の生物からとったのか、確かに巨大な恐竜のようだ。
「ドラゴンなんて、前の世界で飽きるほど倒してきたからな……
ロカ、ジルバ、そいつを倒したらよく視ておけ、レッスン1だ」
俺はそのでかいドラゴン、ティラノの前に立ちふさがった。
「レッサーよりはデカイか、こっちに来て初めてのドラゴン狩りだ……
弟子も視てるんでな、一方的にやらせてもらうぞ!」
俺は剣を構え、巨大な竜に向かって飛び出した。




