第二十三話 弟子を取る
さっき言ったことをある程度再現できるようになったので、食前の軽い運動は終わりにした。
二人はキラーングと戦った後よりも満足したのか、終わりを告げる言葉と同時に、糸の切れた人形のようにその場に倒れ込んだ。
「……先輩……生きてますか……」
「ジルバ……ロカは、勇敢に戦ったとガルラの民に伝えて欲しいのだ……」
「……私も、フォクシの名を汚すことはなかったと……」
俺が席につくとポポが手早く食事を並べてくれる。
すでに他のスタッフたちは絶品料理に舌鼓を打っている。
「お前らふざけてると卵無くなっちまうぞ?
めちゃくちゃ旨いのに……」
いや、本当に旨い。
なんといっても濃い。
卵の旨味が甘みとなって口に広がり、そしてふわっと消える。
あっというまに卵のエネルギーが身体に吸収されるかのようだ。
ふわっふわに仕上げたポポの腕と、余計な味を使わないこだわりによって、間違いなく逸品に仕上がっている。
「よこすのだ! 卵を! 肉を! ロカは、食べるのだ……!」
動かない手足を根性で奮い立たせて食卓へとゾンビのように近づいてくる。
「先輩……凄い……! 私だって……」
「はいはい、お疲れさまでした先輩方、ここなら食べやすいですから、どうぞ」
ポポがささっと個別の椅子とテーブルを用意する。
「おお、ポポ。流石、気が利くのだ」
「ポポ、この恩は一生忘れません……」
ようやく倒れ込むように椅子に腰掛けると、震える手で食事を食べ始める。
二人は素晴らしく成長している。
スパルタで鍛えているのもあるが、しっかりと付いてきている。
この世界の住人に、技を教えるか迷っていたが、すでに基礎となる土台は出来ている……
「楽しみだな……」
前の世界では、人に教えるということを出来ないまま終わってしまったが、この世界ではとりあえず二人ほど弟子的な存在が出来た。
人に教えることで自分の理解も深まっている気がする。
少なくとも、殺されかけながら覚えていた頃よりも、死にたくないから技をふるっていた頃よりも深く一つ一つの技を理解している。
「ジジイとババアがさらに強くなったのは、これを俺を使ってやったからだな……」
あの二人は化け物だったが、俺がいくら成長してもいつまでも化け物だった。
俺の力とか体力は確実に成長していたが、決して勝てない世界、つまり技の精度やキレ、使用するタイミングなどなどで老齢な戦術その他、二人の強さは伸び続けている感じだったが、その理由の一端を以前の世界とはるか遠いこの地で知ることになるとは……。
「苦労して倒したかいがあるな……あれだけ叩きつけて肉も柔らかく旨い」
「そうだな! ロカもジルバも頑張ったのだ!」
「ちょっとこっち食べてみろ」
「うん? 同じ肉ではないのか……んぐんぐ……!?」
「こ、これは、噛みしめるほどに深い味わいが広がって、程よい硬さを噛み切った瞬間に旨味が溢れ出る……ま、まさかこの肉は……」
「そうだ、同じキラーングの肉。叩き続けてボロボロにしたお前らの肉と、一刀のもとに倒して直ぐに処理をした肉。どうだ、違うだろ?」
ふふん、どうだと言わんばかりのドヤ顔をしてやる。
「くっ……この味を知ってしまえば、我らの肉など……いや、まぁ旨いが……」
「もっと旨い方法を知ってしまったのだ、それを目指さねば食材ハンターの名がすたるのだジルバ!」
いつから食材ハンターになったのかは知らんが、やる気になってくれたのなら良かった。
「二人の基礎的な力はそろそろいいだろ。
明日からは本格的に指導しやろう」
「!? な、何を言っているのだ?」
「ま、まるで今までは本格的ではなかったように聞こえたのですが……?」
「そりゃそうだ、ただの地の力で相手してたし指導してたのを、極伝へ至る道の扉を開けてやるって言っているんだ、今までと同じだと思っていると、死ぬぞ?」
「……ふふふ、ジルバ。最後の晩餐を心ゆくまで楽しむのだ……」
「先輩、私、この卵の味、死ぬときまで忘れません……」
涙を流して喜んでくれて俺は嬉しい。
「とにかく、今日は前祝いだな、マーチ! 酒だ、酒を出せー!」
「先輩方、ゲイツ殿は根拠なく物事を言う方ではありませんから……
それと、これは関係ないですが、キラーング一頭からごくわずかしか取れない希少部位……
どうぞ……味わってください……」
「ま、まつのだポポ、なぜ目を見ないのだ? それはさておき、これは旨そうなのだいただきまーす! ぬおーーーーーーーー!! 旨いのだーーーーーー!!!」
「ポポ、ありがたく頂くよ……!? こ、これは……口に入れた瞬間に消える……下で押すだけで崩れて消えていくが、殴られるような旨味の激流……肉自体が消えてもなお旨味の往復ビンタが続いている……舌が、鼻が、喜んでいる!!」
「おおお、それうめーよなー、ちゃんとそれを取り出せる腕にしてやるからなー!
ほら二人も泣いてないでのめのめー!」
「ゲイツ様、うちのスタッフを潰さんでくださいよー?」
始めて弟子的なものをしっかりと持とうと決めた夜。
酒が美味かった。




