第十六話 禁止酒
「帰ったぞー」
村に戻るとすでに日が沈みそうになっていた。
洞窟の中で戦っていたので結構時間が立っていることに気が付きにくかった。
外に出たら真夜中って事にならなくて済んでよかった。
「……やはり無理でしたか……」
「いや、殲滅してきたぞ、ほら、この通り」
引っ張ってきた甲羅を引き上げて広げると、その場に集った人々がしんっと静かになる。
「……どれだけの規模だったのですか……?」
「いや、そこまで深くないぞ」
「はぁ……村長どの、規模としては大型、羽化しておれば村を始め周囲を食い尽くしていたところだ」
ジルバが代わりに応える。
村人たちが安堵に身を寄せ合い静かに喜び合っている。
「全く、ゲイツは自分のスケールで何でも測らないでほしいのだ……」
「し、しかしそうなればお礼も……」
「村長、砂這いの卵酒を作れるか? ご老人なら知っておろう?」
「は、はい。存じておりますが……まさか……」
「ここに入っている」
俺は水筒を村長に見せる。
「おお……回りを覆っていた殻は残っておりませんか? 少しでいいのですが?」
「ああ、緩衝材に良いかと思って持って帰っている」
「ならば簡単です。ほんの少しその殻を粉にして入れて、とにかく振ってください。
とにかく振るんです。あるところを超えると、突然粘度が強くなって、それはもう最高の酒になってきます」
「そんな簡単でいいのか?」
「ええ、素材さえ集まれば、しかし、それだけの量の卵……確かに恐ろしいことですな」
俺は殻を砕いて水筒に入れて、じゃぼじゃぼと振り始める。
「……ロカ、ジルバ、振ってろ」
そんな俺をどうして良いかわからない目で村長が見ているので水筒を二人に渡す」
「ゲイツ殿、おかげで我らと村が助かりました。
自慢の砂跳び料理をどうぞお楽しみください。それと、こちらが契約の金です」
書類に記入してもらい、規定の金額を頂く。
それから村をあげての宴会となる。
砂漠の旅の料理は街で食べたものよりも癖があるが、悪くない。
「あまりうまくは無いのですが、コレも一応は酒ですじゃ」
村長から薦められたのは砂漠に生える植物、内部に水分を貯める働きがあるのだが、それを発酵させた酒。生臭く、非常に酒精が強いので、香辛料を入れて飲む変わり種だ。
「ぐはっ、いやいや、始めはきついが、なんだか、癖になるし、飯と合うな!」
「おお、この味がわかりますか!
青臭い貧民の味と馬鹿にされることもあるのですが、いやはや、ゲイツ殿は面白い」
「いや、食えるだけでありがたいだろ。
いろんな飯があって、それぞれ上手くて楽しい、それでいい!」
「私は果実を入れねば飲めんが、ゲイツはでかいな……」
「ロカは……じっさまの口臭を思い出すから苦手なのだ……」
「ロカ、そういう事は言わねーんだよ、ほら、さっさと振ってくれ!」
「わかってるのだ、ただ、一向にとろみなんてつかないのだ……」
「ちょっと貸してみろ、うおおおおおおおおおおお、【激震掌】!!」
両手を固定してその間を水筒が凄まじい勢いで往復して混和される。
もちろん本来はこんな使い方をするものではない。
「ははは、ゲイツ殿、それは3日3晩振り続けるなどしなければ無理じゃよ……」
「嫌だァァァァ俺はすぐに飲みたいんだあああぁァァァ!」
「……凄まじい技だな、アレを使われたら挟まれた人間はただではすまぬぞ……」
「ジルバは酔っているのか変なとこに突っ込んでるのだ!」
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ……お?」
技を止めると、たぽん、と言う不思議な音がした。
「ちょっと感覚が変わって、おおお、すごい滑らかになってる!」
「まさか、こんな短時間に? 開ければ香りが凄いので直ぐにわかりますじゃ!」
「どれどれ……」
蓋を外す。
それは、香りの爆発であった。
村全体を包み込むんじゃないかと錯覚してしまうほどの濃厚で強烈な香り……
「な、なんという芳醇で複雑な香り……」
「ゲイツ、一滴水に混ぜるだけでも良い酒だから、ぐいっと飲むなよ!」
「あ、ああ……この蓋についたのを一滴……」
蓋についた酒がトローリと一滴、手の甲に落とす。
凄まじい香りだ……香りだけで気分が良くなってしまう。
さっきまで香辛料で刺激された口の中が唾液で溢れている。
この反応、本当に酒か……恐る恐る口をつける。
「……甘い……いや、深い、複雑な……うおっ!
香りが鼻に、な、何だこの旨味は! 舌が、舌が情報量で爆発する!
熱い、喉を通る熱さ! 心地よい! ああ、わかる、身体に流れ込んで広がっていく、熱と旨味が!! いつまでも口の中に深くコクのある旨さ!!」
「ゲ、ゲイツ殿!!」
「ああ、皆、一滴で充分だ。さぁ、この世界に浸かってみてくれ!!」
「おおおお、なんだこれは……酒、酒とはこのような存在なのか!
今まで私が飲んでいたものは一体!?」
「す、すごいのだ! 水に入れても存在感が、むしろ増して!
ああ、包み込まれるのだ!!」
「果実を入れると別の顔を見せる……
酸味だけの果実が、まるで熟成された高級果実のように……ああ……旨すぎる……」
「うお! これは同じ肉なのか……全てを変えてしまう味わい!
コレが幻の酒……!!」
「……貴族や王族が殺し合いをする禁忌の酒としている国があるのも頷ける……
まさか、こんな地で貧しく生きているだけと思っていたのじゃが……
人生わからんもんじゃな……」
俺たち、そして村人たちも、この酒に夢中になった。
ほんとうにわずかにしか出来ない酒、しかし、一滴有れば全てを変えてしまう魔法の酒。
さすがの俺も、無駄に飲み干すことは出来なかった。
「これは……危険だな……」
「そうじゃの、もう戻れなくなる……」
砂這いの卵を専門に狩る人間も居るのがわかる。
危険を乗り越えた先にこんなご褒美があるのであれば、あの深い闇に挑む勇気も湧いてくる。
わずかに残った酒は瓶に移して村長に渡した。
「上手いことやって、もう少しマシな柵にでもするんだな……」
「何から何まですまない……ゲイツ殿……」
たぶん、あの小さな瓶の酒でも大金になるだろう。
俺はこの場と味に出会わせてくれた村長と村人に恩返しのつもりでそれを渡した。
なお、これから半年ぐらい、酒を作った水筒は、水を入れると最高の酒になるとんでもない代物に変わっていたことを、しばらくして気がつく。
俺にとって、最高の村の土産になるのだった。
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