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現実逃避は膝枕の上で

 暑い。めちゃくちゃ暑い。アイスみたいに体が溶けそうだ。頭も錆びついたように動かない。


『ぽてち〜、ぽてち〜』


 ゾンビのように両手を伸ばしたイクシエルがこちらへフラフラとやってくる。


『ぽてちぃ〜』


 お前いつも食い物のコトばっかだな。タンスの中に3万くらいあるから自分で買って来いよ。


『言質はいただきましたからね?』


 ……ん? 俺、いま口に出してないよな。なんで聞こえたみたいな反応を。


『ぽってち〜、ぽってち〜』


 ゾンビのようにフラついていたのが嘘のように、スキップしながら遠ざかっていくイクシエル。


 あっ! おい待て、3万全部使って良いってことじゃないからな! おい! オイィィイイ!!



「待てコラぁぁあ!!」

「ひゃっ」

「……あれ?」

「もう、急に叫んだりして。びっくりしたよ」


 気付くと俺は褐色美女に膝枕をされていた。良かった、今のは夢か。それにすべすべでやわこい。夢みたいだ。じゃなくて。


「どうしてこんなことに?」

「君が倒れたからだよ? さっきくらいびっくりしたんだから」


 寝言と人が倒れるのが同じくらいなのか…? ここは砂漠だし、人が倒れることは珍しくないのかもしれない。


「それに助けて貰っちゃったし、お礼を兼ねて。どう? 嬉しい?」

「うむ」


 うむ。


「そ、良かった。ねえさまに言われたとおりだ」


 にぱっと笑う美女。可愛らしい。しかし、問題がある。とても目のやり場に困るのだ。


 上を向けば二つのお山と彼女の整った顔。左を向けば引き締まっている汗ばんだお腹。右を見れば吹き荒れる砂漠(げんじつ)


 俺は死んだ目でそっと寝返りを打ち、左上を向いた。


「ああ、やはり現実逃避は可愛い女の子に限る……」

「っふ、なにそれ」


 くすくすと笑われるが会社のヤツらみたいに悪意はなく、悪い気なんて全くしない。オアシスはここにあったのだ。


「助けは呼んだから、もうしばらくしたら来るよ」

「マジか、助かった。でもどうやって呼んだんだ?」

「これだよ」


 彼女は首に掛けた白っぽい笛らしきものを見せる。谷間の奥に入っていたのを引っ張り出したので揺れた。俺の視線も揺れた。


「笛?」

「うん。特別な魔術が掛かっていてね、吹くとつがいになってる笛が震えるんだ」

「救難信号を出せるのか、凄いなそれ。でも場所まではわからないんじゃ?」

「大丈夫だよ、震えた方が方向を指し示してくれるから」

「何ソレ凄い」


 凄いしか言ってない。いやでも防災・防犯グッズに最適すぎる、幼児誘拐も減るだろう。平和な日本でどれくらい起こっているのかは知らないが。


 しかし助けが来たらこのフトモモとお別れしなければならないと思うと、色々惜しく感じるから困る。少しくらいスリスリしても許されるだろうか。


「あんまりえっちなことはだめだよ」

「……はい」


 (よこしま)な考えが一瞬でバレた。顔に出ていたのかもしれない。だが待ってくれ、あんまりでなく多少なら良いのでは? と悶々していると彼女が尋ねてきた。


「ところでどうやって助けてくれたの? どこにも水とかないよね」

「よくぞ聞いてくれました。魔法で出したんだよ」

「え、魔法? 嘘でしょ」

「ホントだって。ほら」


 指先からぴゅーっと水が吹き出ると、彼女は唖然とした表情を浮かべる。どうだ凄かろう。褒めろ褒めろ、そして俺といちゃつきたまえ。


「な?」

「えっ、えっ?」

「後は火種と」

「えぇ?!」

「そよ風と、静電気」

「えっうん」


 ドヤ顔したが水と火種以外はふーんて感じだった。もうちょっと驚いてくれても良くない?


 しかし異世界人の彼女がこれだけ驚いているということは、それだけ魔法を使える人間が少ないということだろうか。


「どう? 俺凄い?」

「……うん、凄い」

「ふっ、惚れても良いんだぜ?」

「凄い魔力少ない……」

「あっうん…」


 そうだよね、そんなオイシイ話無いよね。知ってた。


「倒れるくらいだから、どれだけ魔力を使ったのかと思ったけど……」

「……」

「…あっ! でも大切なのは助けてくれたことで魔力の量じゃないよね! ありがとね!」

「…………」

「えと、ええと……ほ、ほら、ちょっとくらいならえっちなことしてもいいから元気だして! ね!」


 笑顔のフォローが尚更キツイ。悲しみに包まれた俺はお言葉に甘えてふとももすりすりする。


 すりすりしていると突然、太陽にきらめく剣先を突きつけられた。


 先ほどまで吹き荒れる砂漠(げんじつ)だった方を向くと、革の鎧を着た年若い女騎士っぽいのが立っていた。


「おい貴様。シェイラ様に何をしている」


 プツ、と触れた筋に沿って頬が切れる。え、何この人怖い。ふとももすりすりしよ。


「おい」


 声のドスがより深くなった。頬に剣がより深く刺さる。めっちゃ痛い。


「俺はここで死ぬんだ……」

「良く分かっているじゃないか」

「君、シェイラって言うの?」

「そうだよー?」


 きょとんとするシェイラ。かわいい。今更だけど名前すら知らない人に膝枕されてたんだな。


「貴様気安く呼ぶんじゃない」

「死ぬ前にシェイラで童貞卒業したかった…」

「さすがに気持ち悪いよ…?」

「ごめん」

「いいよー」

「シェイラは優しいなあ」

「殺す」


 シェイラにセクハラしてたら女騎士がブチギレた。もうあれは止まりそうにないな。生きることは諦めよう。


 だが死ぬ前にやり残したことがある。これだけは譲れない。


 ごろんと頭を軸にして転がり、ふとももの谷間に顔をうずめて気を付けの姿勢を取る。そしてあらん限りの力で叫んだ。


「オレの死に場所はァーー此処だァァァァァゥ!!!」

「そうか、死ね」


 剣を振りかぶられる気配を背に、ぼんやりと思う。


 ああ、せめて一言突っ込んで欲しかったな……


「はいはい、だめだよシアちゃん。この人には命を助けて貰ったんだから」

「む、それで膝枕をされていたのですか」


 振り上げた剣を下ろす女騎士。膝枕には特別な意味があったりするんだろうか。


「おうちまでの護衛もよろしくね?」

「ふふ、シェイラ様もお人が悪い」

「あの」

「ねえさまに言って礼宴をするから、それまでついていてあげてね」

「はい。指一本触れさせません」

「礼宴?」

「うん」


 なんでも王宮へ招いてご飯とかお酒とかくれるらしい。正直行きたい。めっちゃ行きたい。でも、ポテチと仕事があるしな……


「あのー」

「チッ、なんだ。まさか断るとは言うまいな?」

「行く、行かせて頂きます!」


 剣を下ろしてくれたのは良いんだけど、先っぽが頬にザクザク刺さってるんですが。あと当たりが強い。


「シアちゃん」

「気安く呼ぶなゴブリン」

「シアちゃんさん」

「ローレシア=エルストリネスだ。エルストリネス様と呼べ」


 ふんすと鼻を鳴らして剣を突き付けてくる。刃物を向ける習性でもあるのかこの子。


「シェイラこの子怖い」

「そうかな」

「シェイラ様を気安く呼ぶな!」

「あれ? シェイラ?」

「みんなー、いくよー?」

「お、お待ちください! またお一人で行かれては!」


 ぎゃーぎゃー話しているうちにシェイラは歩き出していたようだ。それなりに遠くへ、遠くへ……遠くね?


 気付いた時にはもう豆粒ほどになっているシェイラ。


「シェイラさまああああ! そちらは逆方向ですうううううう!! さっさといくぞおら」

「そこまで切り替え早いともう尊敬するわ」

「口より足を動かせゴミムシが!」

「ちょ、力強っ、うわああぁぁぁ……」


 ローレシアにとって俺の足は遅かったようで、国まで引き回しの刑のごとく引きずられた。

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