道路沿いの砂漠、徒歩15分
しばらく放心した後、イクシエルに魔法の師事をお願いした。報酬はスーパーの国産牛肉と国産マグロである。この2日間で出費が痛い。
まずは魔力の動かし方を教えるとか言って体に魔力を流し込まれた。再度めちゃくちゃな暑さに悶絶したが、結果的にちゃんと滑らかに動かせるようになったから文句を言えない。なんだか納得いかないな。
次に基本属性の魔法を教えて貰って練習する。血流というか、何か暖かいものを集中させるような感覚だ。休みを入れつつ約5時間。ようやく火種・水滴・静電気・そよ風を起こせるようになった。
「うっわ、マジかー……マジかこれ……」
「いつまでそうしていますの。まだまだ初歩中の初歩な魔法しかできておりませんわよ」
呆れた目を向けられるが、こればっかりは仕方ないだろう。子供の頃に誰しもが憧れるであろう力を扱うことができるのだ。思わずニヤニヤしてしまう。
「ほら、気色悪い顔してないで練習ですよ練習」
「えー? そうだな、練習あるのみだよな。うへへ」
「あーこれはもう駄目かもしれませんね」
しかもイクシエル曰くやればやるほど成長できる。それが本当かどうかは知らないが、ゆくゆくは極大魔法を扱えるようになりたい。最近すっかり下火だったオタク魂に火が付いてしまったのだ。
「うーん、難しいな。魔力から物質への変換が上手くいかない……」
「練習あるのみですわよー。ぼりぼり」
「というか物質への変換ってなんだ? 何が起こってこうなってるんだ」
「ぼりぼり。あ、『ぽてち』がなくなってしまいましたわ。ちょっと『こんびに』で買ってきてくださいます?」
「太るぞ」
「あ゛?」
何か今奈落の底みたいな声がしたな。気のせいってことにしとこう。気のせいだけど念のためご機嫌取りしておくか。
「何味が良い?」
「こんそめとうすしおとのり塩」
「塩ばっかじゃねーか」
「神聖だからいいんですのよ」
確かに塩って魔とか悪いものを払うのに使われるよな。あれって本当だったんだ。てっきり迷信かと思ってた。元から宗教信じてるわけじゃないけどな!
「じゃあ行って来るわ」
「10秒でお願いしますわ」
「無理」
「帰り際にゴブリンでも狩ってみるとよろしいですわよ」
「無理」
まだ魔法の扱いに不安があるのに、いきなり特攻する馬鹿がいるか。人間は武器を持たなければ中型犬にすら勝てないんだぞ。
「じゃあ行って来るけど、荷物とかの予定はないから誰か来ても出るなよ」
「居留守なら得意ですわー」
なら安心だな。念のため玄関に鍵を掛ける。さて、コンビニまでは約10分。しかし15分のところにスーパーがあるのだ。イクシエルには悪いが待っていて貰おう。なんせコンビニのポテチは高いからな。
――そして15分後。俺は砂漠にいた。
「どうしてこんなことに……」
俺は確かにスーパーに向かって歩いていた。しばらくして道が途中から砂漠になっていたから、諦めてコンビニまで戻った。戻ったはずなのだ。しかし実際に俺は砂漠の真っ只中にいる。
「訳が分からんぞ異世界」
しかもめちゃくちゃ暑い。もう10月で秋だというのに、ここでは季節が適用されないらしい。バグかよ。喉がもうカラカラだ。げんなりしていると今の自分には魔法があることを思い出した。
「水滴水滴、ええいもっと水! おっ、できた!」
汗くらいの水滴を必死に舐めている最中、飲まないと死ぬ思いでやったらできた。蛇口を半分捻ったくらいの水が指先から零れる。人は極限状態において成長するのだ。ちなみに俺はそこまでして成長したくない。
「あーうめぇ、生き返る……ん?」
がぶがぶと水を飲んでいたところ、煌々と輝く太陽に照らされて何かがキラリと光る。何かなと思って向かうと、そこには指輪とチェーンが落ちていた。
「なんで指輪…?」
しかも超高そう。凄く細かい意匠としか言えないような豪華な装飾に、一つ透き通ったマリンブルーの宝石が嵌められている。
指輪を拾ったときだ。チェーンがくい、と引っ張られる感覚があった。
「ん? おわっ!!」
砂に埋もれて全く気付かなかったが、人がチェーンを握ったまま倒れていたのだ。死体かと思い思わず飛びのく。
「う、うぅ……」
「息があるのか!」
持ち上げられた腕が落とされた拍子からか、うめき声を上げた。すっかり死んでいると思っていた俺は慌てて駆け寄る。
「水!」
指先から魔法を使いながら、覆いかぶさった砂を落としていく。するとてんこもりな砂山の中から長い黒髪が顔を出した。
そのまま水で頭から洗っていくと、健康的な褐色の肌をした女性の背中が姿をあらわにしていく。砂漠だからだろうか、かなり薄着だ。
地球では紫外線とかがヤバいから、砂漠ほど厚着をしていたはずだがさすが異世界。目の保養になるぜ。
と、そんなことを言っている場合ではない。ほぼ全体像が見えたうつぶせの彼女をひっくり返す。直後俺は動きが止まった。
彼女は彫りが深いながらも可愛らしさを残す、ヤバいくらいの美女だったのである。うつぶせになっていて見えなかったが、程よく大きい。何がとは言わないが。イクシエルとは比べるべくも無い。
ただ、彼女の場合はそれよりも引き締まった腹筋やお御足へ視線が奪われる。こんなに細くて引き締まっているのに柔らかそうとか反則一歩手前だろ。
ごくり。
出会うはずも無い美人を見たせいか、相手が要救護人だというのに生唾を飲み込んでしまうほどに緊張している。
「う、み、水ぅ……」
そんなアホなことをやっていると再び女性が呻いた。その声にハッと我を取り戻して肩を叩く。聞こえているか分からないが、話しかけながら水を与える。
「水! 水! ほら水だぞ、飲め!」
「うぐ、こく、こく……」
「いくらでもあるからな、ゆっくり飲み込むんだぞ!」
「あむ、ごきゅ、ごきゅ……」
軽く頭を持ち上げ、飲み込みやすいようにする。安心させるためにいくらでもあると言ったが、実を言うと魔力が厳しい。というかかなりキツい。
こんなことなら練習で消費するんじゃなかったと一瞬考えるが、きっとしなかったらこんな量の水は出せなかったと思うともどかしい。
「ごくごく……え、水? うぷぁ」
意味のないことに思考を裂いていると、女性は意識が鮮明になったようだ。彼女が身じろぎをしたために狙いがずれ、魔法の水が顔面に直撃してしまった。
「おお悪い。良かった、目が覚めたか。水はまだ要る?」
「もうお腹たぷんたぷんだよぅ」
「ならもう大丈夫だな。家まで帰れるか?」
「そこまで子供じゃないよ?」
いやミイラ一歩手前でしたよね? 何はともあれ後遺症もなさそうで、ほっとため息をつく。
それはそうとやっぱりとびきりの美女だ。いざ面と向かうと色々なトコロをガン見してしまう。ちなみにチラ見するという選択肢は無い。ガン見orノールックだ。
しかしこんなことをしていてはセクハラで投獄されてしまうだろうから、さっさと退散しよう。
「じゃあ、俺はこれで」
「え、あ、うん。じゃなくて、まだお礼が」
「大丈夫大丈夫。気にしな、あ、れ――?」
ぐらり。視界が歪む。ピントが外れたように何もかもが霞んで見え、て、――
「え、ちょっ――」
足から力が抜ける。全身に衝撃が走ると同時、意識を失った。