女の人が倒れている
「今日も散々だったな」
売り上げが悪い、態度が悪いと上司に怒鳴られ、全く無意味な反省文を2桁枚数書かされた。
「全部ブーメランなんだよなあ…」
売り上げが一番悪いのはその上司で、客先から一番評判が悪いのも上司。
そんなでもウチのお上には太鼓持ちしているためか気に入られている。いや、社長の友人の息子だったかな。どっちでもいいや、この会社マジで辞めたい。
「はあ……ん?」
コンビニ弁当片手に自宅の前へ。すると、なんだか人が倒れている。
近寄ってみたら、驚きも引っ込むような美少女だった。一周回って冷静になった俺は、とりあえず意識の確認を行う。
「おーい、大丈夫ですかー?」
ほっぺたをぺちぺち。肩をとんとん。反応がない。
「うん。どうやらご臨終のようで」
「生きてますわ……」
「お? なんだ大丈夫そうだな。それじゃ」
「お、お待ちくださいな!」
スラックスの端をガシッと掴まれた。危うくコケそうになる。
「危ないじゃないか。顔色も悪くなさそうだし、体調が悪いってことはなさそうだけど」
「う。え、えっと……」
ぐ〜。きゅるるるる。
「……腹が減って行き倒れてるのか?」
「お恥ずかしながら」
てへへと後頭部をぽりぽりする。その最中も爆音で腹の虫が鳴り続けているせいで、可愛らしいしぐさが台無しだった。
綺麗な銀髪がどう見ても地毛だったり、日本人どころか人間離れした端正な顔立ちと言い、面倒事の臭いがする。
だけどまあ、俺は困ってる奴が要るなら少しくらいは助けたい。ただでさえ最近は他人に冷たい人が多いしな。
「わかったわかった。少し行ったとこにファミレスがあるから、そこで良いか?」
「ふぁみれす?」
「比較的安くて量が多い、大衆向けの食事処だよ」
「そんな素晴らしいものが! 」
ぱぁっと笑う美少女。ファミレスすら知らない事と言い、良いとこのお嬢様な印象を受ける。本当、なんでこんなのが行き倒れてるんだか。
誰も声を掛けないのも現代社会の闇だな、とファミレスへ向かおうとする。
「あ。少々お待ちください」
「ん? どうかした?」
「いえ、その場に座られた方がよろしいかと」
危ないですから。その言葉に疑問符を浮かべる前に答えは訪れた。
「うわ、地震?!」
凄まじい揺れが起こり、気を抜いていたため前のめりに倒れる。その先には当然、会話していた美少女が座り込んで居る訳で。
「ですから申し上げましたのに」
「いや、無理だろ…」
彼女に顔から突っ込んだ俺は、ふわりと優しく抱き止められていた。一般人にそんな咄嗟の対応を求められても困る。
それにしてもぶつかった衝撃とか全く無かったぞ、どうなってるんだ。しばらくされるがままになっているうちに、揺れは収まっていった。
「さ、もう大丈夫でしょう。ご飯です」
「ブレないな」
「行き倒れるくらいでしてよ。正直に申し上げますと、こうして話しているのがやっとなのですわ」
「知ってる」
さっき抱き止められていた時もずっときゅるきゅる鳴ってたし。それさえなければ嬉しい体験だったのに。色々残念だ。
「ほれ、とりあえずこれ食え」
「よろしいのですか?」
「歩けないのも困るから」
「では、遠慮なく」
そう言ってぶら下げたコンビニ弁当を差し出す。シェイクされていないか不安だったが、幸い中身は無事のようだ。
「もっくもっく…」
えらく上品に食べるものだからギャップが凄まじい。400円の物が高く見えるんだ、美人は得だよな。
嘘ついた。やっぱ誰が食べても弁当は弁当だわ。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「よし、じゃあ行くか」
「はい!」
最近のコンビニ弁当はお嬢様のお口にも合うんだな、なんて考えながら歩く。そして行き慣れた通りへ出る、はずだった。
「……なんじゃこりゃ」
「いかがなさいまして?」
「いや、いかがも何も」
人でそれなりに賑わっていた通りは、アマゾンの様にに鬱蒼としたジャングルになっていたのだ。
後ろを見る。背の高いビル郡と、晴れやかな照明の群れ。
前を見る。文明どころか知性のカケラも見えないような森。
「なんじゃあこりゃあ」
「あの、ふぁみれすはまだですの?」
「いやこの先にあったはずなんだけど、森になってる」
というかどう考えてもおかしいだろこれ。補装された道路がいきなり消失してんだぞ。気付いてくれ箱入り娘。
「ああ、割り込まれてしまったのですね。でしたら、えーっと……あちらですわ!」
「割り込み…? 一体何の、って待て待て!」
意気揚々と森へ突っ込もうとしたおバカを引き留める。襟首を掴むと不満そうにこちらを向いた。
「いかがなさいまして? お手洗いでしょうか?」
「違うわ! 準備も無しに森へ入れる訳ないだろ」
「わたくしと一緒であれば問題ありませんわ。ささ、行きますわよ」
「だから待てって……力強っ?!」
しなやかな細腕からは想像もできない膂力で引き摺られ、木々の群れを掻き分けていくのだった。