精霊とは説明回~ザッハトルテは美味しいよ~
精霊界。
そこは全ての精霊が産まれた場所とされ、全ての精霊にとって故郷であるこの“世界”と折り重なるようにして在る世界。その総称。
地上に生える【世界樹】。
──それを中心に森精族は住み、実体を持たない小妖精や小精霊は世界樹の下、楽しげに舞う…と言うのが、人間の国である魔女姫は本で読み説いた見解を述べる。
「へぇ~~……そんな所あるのね…?ファンタジーだわ~…。」
「千早…私からすれば“迷い人”こそが謎で未知よ?なんで急に現れるの?なんでお茶会の中心に現れるの…幸い城(会場)は広いから良かったものの…もし、これが四畳半一間しかない地下牢の独房だったらどうするの?当時子供だったからいいものの大人だったら悲惨よ…!?」
ジトッ、とした目を暢気な千早に向ける。
ザッハトルテを美味しく頬張っている頬が栗鼠みたいにパンパンだ。
「「そこじゃない」」
「あと食べながらしゃべるのどうかと思う。」
「「そこでもない!」」
──あ、あら…?違った……??
「迷い人が“落ちてくる”現象は永らくこの世界の謎でした…ええ、私もよくは知らないのですが──」
ふらり…現れたのは。
「ルドルフさん…?いらっしゃい。…急ね……??」
赤髪長髪の米神から二本の漆黒の山羊のような角、凛々しくも細長いアイボリー色の瞳、整った顔立ちは人間で言うなら30代前半。非常に整った美丈夫は──【魔族】だ。
その背丈は2mと*小柄(※あくまでも魔族の中では)な部類の褐色肌、がっしりとした体躯、手も足もミスティアと比べると巨人と小人。
「はい。お邪魔します。それと…これ」
スッと空間を裂いて取り出したのは……高級茶葉の紅茶、ポテトチップスの有名な…カルビ──ゲフンゴフンッ!!…をBigサイズで5袋を取り出してきた…いや、食べて行く気なのね……。
…………いいけど。
「…それで?なんで“迷い人”が降ってくるのか──ルドルフさんは何か掴んだの?」
ソファに腰掛けると頷き紅茶を乃愛に淹れられ「ありがとう」と礼を言って優雅な手付きで一口運ぶ。
「ふぅ。…ここは落ち着きますね。乃愛さんのお茶は美味しいですし、ティアさんはかわいいですし、孫に欲しいですね。どうです?嫁いできませんか?」
「え?うーん~…。……ルドルフさん魔族の国…【魔導王国】の王様でしょ?そこに嫁ぐ……つまり、私「ベルフェゴール王族」の人間になる、ってこと?……ウーン~…、保留で。私ラジエルの塔を出たくないので。……向こうが此方に来るなら──…、構わなくもないのだけど。」
「成る程。結婚を忌避はしていない…と。それは朗報ですね。早速孫に連絡をしてみますね」
【魔導王国】国王、ルドルフ=ベルフェゴール。彼と知り合ったのも──冒険者活動の途中立ち寄った迷いの森中復で大いに迷っていた彼をミスティアが助けた(※道案内しただけ。ついでに森精族との仲立ちもしたが)のが交流のきっかけ。
以来突然転移で目の前に現れる彼と交流(結構強制的に)してまだ2年ほどだ。たったの2年で孫息子を結婚相手にどうか?と言われているほどルドルフはミスティアを信頼、信用している模様…。
良いのだろうか。こんなにちょろくて。
「…結婚後もこの塔にレイは通うそうです。王宮での公務はどうしてもティアさんと二人出ることになりますが……あ、はい。“影武者”でいいそうです……その、嫉妬しませんか…?」
「ドッペルゲンガーの子達を使うのでしょ?あれは厳密には“女”ではないわ。──男でもないけれど。」
どっちでもあってどちらでもある──不思議生物。それがドッペルゲンガー。
部類としては“魔物”であるが、無害な生き物。魔力をくれた人間(魔族や他の種族でも可)と瓜二つの姿になり口調を真似、仕草を真似、声質を真似、受け答えする──人畜無害な【魔物】。
与えられた魔力が気に入らなければ──忽ちに“真似た”本人に成り代わり周囲に不和を齎し、いさかいを起こす──…まるで腹いせのように。
彼等が気に入る魔力──それは時に「聖女」だとか「聖人」だとかされるような純粋無垢で清らかな──所謂“神聖力”の強い人間の「魔力」を好む。
…そうして形を取るまでは意志疎通が難しい不定形……なんと言うか──ぶよぶよのピンク色のゴム人形…?のような目も鼻も口もない……不思議生物。ユーマ…未確認生物?な、彼等。
護衛にとても向く──訳ではないが、“影武者として”なら十分代役を務めれる。なんせ必要なのは与える人間の“魔力”。
形を取って声色を真似て、仕草を真似て、意志疎通出来るようになれば。
──脳内に“ティムしますか?”のアナウンスが流れるのだから。
「レイ──レイザックは随分と貴女との婚約、結婚を乗り気のようで…」
「そう?……なにか気に入る要素あったかな…。うーん…??」
首を捻るミスティアと、突然に始まった幼馴染み(王女)の婚約話に唖然とする3人──真人と千早と乃愛だ──が驚きのあまり無言となる中でも淡々と二人の会話は進む。
「あの時はティアさんのお陰様で森精族との会談も無事良好に終われました。──改めて。ありがとうございました。」
「大したことじゃないわ。…まあ、人間じゃないならこの塔にも弾かれないだろうし、いつでも好きな時に来て──ああ、でも寝ているときとお風呂の時とトイレの時は遠慮してもらいたいかな。」
「それは魔族でも“恥”ですよ。ティアさん」
パリ、パリパリ。
ポテチを齧る音と空間が裂け、艶やかな銀髪に捻れた山羊の角、ルドルフから継いだ褐色の肌に、中性的な整った顔立ちの好青年──レイザック・ベルフェゴール。
身長は180㎝とやや低く(魔族の中では)細身な体躯…所謂細マッチョ。人間で言うなら20歳前半、ルドルフが“孫”と呼ぶことからも分かるように感覚的には人間の16歳とそうは変わらない精神年齢。…実際は400年と若輩なのだとか。(充分高齢と言えるのだけど)
「ティア!結婚ッ…婚約…っ!してくれるって!?」
「レイ…はぁ、これは・・・“まだ”再教育が必要なようですね?ルルドも存外甘い。もう400歳の成人ですよ?こんな言葉遣いと落ち着きの無さでは…」
ルドルフが溜め息混じりに眉間に皺を寄せここにはいないレイザックの父親を脳裏に浮かべ頭が痛いと唸るが、祖父の心知らず。レイザックは相変わらずミスティアの前では上手く言葉が喋れないようだ。肩までの銀髪はあちこち跳ね、顔を真っ赤にし涙めで見詰めてくるその瞳の暖かさは出会った頃と変わらない。
「ふふ…ええ。構わないわよ、レイ様。──良いの?“通い夫”になるわよ、それでも、」
「ぉ、ぼ…ッ!俺は大好きなティアと一緒に慣れるならなんだって構わない!!す、しゅ…しゅきだぁあ~~っ!!
「わ…っ!?と、とと……っ。」
座ったままのミスティアを抱き上げ強引に腕の中に抱き込む大型のわんこのような美青年に一瞬びっくりしつつも、変わらないレイの様子に目を細め柔らかく微笑んだ。
「変わりなかった?久しぶり」
「ティア……ッ!?お、俺の告白ぅ~~!!(泣)」
抱き締めたまま、ガックリ肩を落とす男にふふ、と忍び笑いを漏らすとポンポンとその広い背中を叩いて少し離れてもらった。
「…お受けする…と、言ったじゃない?」
「そ、そうだけど──!」
「ふふふ…可愛い人。──こうしているとあの頃を思い出すわね」
「ティア…っ!?…な、なんで…い、今」
相変わらず感情の起伏が激しい。…それは初めて出会ったあの頃と少しも変わらない。それがーーどれだけミスティアの心を温かくさせているのか、また恋情を穏やかな春の陽だまりのように仄かな“熱”を齎しているのか──レイザックはきっと知らないのだ。
「だからーー私はそんなあなたが好きなのよ。ね、レイ」
「──ッ?!?……?レイ……ぇ、ぁ」
“様”付けがなくなった事に気づくまでに暫し時間が掛かったのは──まあ、存外蕩けた想い人の甘い言葉に脳が緊急停止したからだろう。
復旧するまでに暫し固まっている間にミスティアは唖然としている幼馴染み達に向かってニヤリと笑った。
「…という訳で魔導王国の王孫、レイザック・ベルフェゴールよ。私の“婚約者”となったから。改めて宜しくね?」
「は!?」「へっ?」「ええ~~っ?!?」
「くふ、くふふ、あはははーーっ!!♪♪」
鳩が豆鉄砲食らったようなポカン顔が存外ミスティアの想像よりも面白──反応が良かった為に大きな声で笑った。実に愉快愉快と顔には書かれていた。