プロローグ
青い青い塔の上に住まう魔女姫がいる。
彼女は、国の内外に“引きこもり姫”と言われ、慕われていた。
彼女を縛るものは何もない──強いて言うなら“自由”に縛られている、というべきか。
「ふん、ふん、ふーん~っ♪」
鼻唄混じりに茶色の錬金釜を銀色の匙で掻き混ぜる。
ボコ、ボコ…ボコッと紫色の気泡を立てた液体は…おどろおどろしい。
オレンジ色の髪に紫色の瞳の少女は…140㎝と小柄ながらも、容姿は優れていた。
…とは言え年中を通してこの黒ローブ姿なのであまり変わり映えはしないのだが。
「私はひっとり~♪ひっきこもる~♪塔の中で栽培、栽培~♪♪」
…酷い歌詞である。
だが──誰も突っ込まない。
彼女以外「人間は」居ないからだ。
塔の上が彼女──塔の魔女姫・ラプンツェルこと、ミスティア・ハークレンはこの国、ハークレン王国の第四王女である。
…因みに“ラプンツェル”とは童話の中の塔の上に幽閉されたお姫様の物語にちなんで人々が呼び始めたのが定着したからだ──
王女だし、4番目だが…本人にその自覚はない。
16歳の人生に於いて王女らしさなど皆無である。
ずっとここ──ラジエルの塔と呼ばれる聖遺産である、この塔は…有名な迷宮にもなっている、この場所…訪れる者はいな──
ビービービーッ!!
けたたましい警報音が轟く。
チッ。
ご機嫌だったミスティアの眉間がみるみる内に皺が寄り、表情筋が忌々しい親の敵を見るような視線を壁にある一点──ミスティアが魔法で出した“水鏡”は塔の1階を写していた。
『ミスティア~出て来ておくれよ~~っ!』
ミスティアの端正な顔立ちのこめかみに青筋が浮かぶ。
「…忌々しい…っ!敵めッ!!」
即座に壁の赤い丸いボタンを押す。
すると…水鏡の“男”が悲鳴を上げながら苦痛に歪んだ声をあげた。
『!?うわぁぁあ~~っつ!!?ミスティちゃんっ、ちょ…やめ…っ!?』
毒矢がヒュンヒュンッと死角からにっくきを刺殺しようと飛び出る飛び出る飛び出る…。
「…ふっ!ふははっ!!無様だな、アレイオス・ハークレン…!!己が罪をその身で購え、罪人め!」
掠めた矢が端正な男の頬を掠め──くしゃみが止まらなくなっている。
『くしゅんくしゅんっ…なん…くしゅっ、止ま…くしゅんっ!!』
トリモチに足を捕らわれ尻餅を突いた御敵に頭上から容赦ない金盥の落下─…
ガインッ!
実に良い音である!
「はーはっはっはっ!!ざまあみろっ!」
『─ッッ!!~~~ッ!!?』
くぐもった悲鳴が心地よい。
臨場感たっぷりだ。
それを高笑いして見遣るミスティアは…どこの魔王かと言うくらいに悪い顔をしていた。
「うむ、あの金盥はアダマンタイト製なんだよ。“アレイオス・ハークレン”にはこのくらいでないと効かないだろう?」
アダマンタイト──それは鉄より硬い魔鉱石の名。キロ単位で10万スフィアはする希少価値も硬質性にも優れた魔鉱石。
その魔鉱石は黒く鋭利。
この魔鉱石で造られた武具は硬く頑丈…冒険者のランクで言うならAランク以上の冒険者でやっと買えるほど高価な代物だ。
『…ぅぅ~~っ!!くしゅっ、くしゅんっ…ミスティ~出て来ておくれよぉ~くしゅんっ!!』
トリモチに手も足も取られ無様な着飾った男が泣き言を漏らしている。
「絶対に会うものか!御敵のクセに…っ!!」
ギロリ、と水鏡を睨んだまま吐き捨てると青いボタンを押して男を塔から強制排除した。