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懐かしのナポリタン

――


「いらっしゃいませ」


扉を引いて、レトロな雰囲気の店内に入ると、すぐにマスターの声が聞こえてくる。私が小さい頃から変わらない、親しみの溢れる洋食店だ。


一昨日の件もあって、この店にとって最後の日となる今日、正直、私はナポリタンを頼んでも良いものだろうかと、迷っていた。最後のはなむけとして、長年の看板メニューたるビーフシチューを注文するべきではないか、と。


「どうぞ、お客さん」


いつもは席着くなり『いつもので』と言い放つ私に、マスターはメニュー表を渡す。


一緒に置かれたお冷を一口飲んで、それを開く。


『看板メニュー、ナポリタン』


いつも看板メニューの影に埋もれていた名前が、その中心には大きく書かれていた。


「私が店を継いでから、この店に一番足を運んで下さったのは、お客さんですから」


唖然とした表情で固まる私に、マスターは微笑みかけてそう言う。その言葉に私も頬を緩ませると、マスターに一言。


「では、この看板メニューのナポリタンを一つ」


「かしこまりました」


マスターはいつもの様にそう言うと、調理場へと歩いて行った。


――


「ご馳走様でした」


「お粗末さまでした」


恐らく、最後になるであろう大好きなナポリタンを平らげると、手を合わせてそう言う。


「そうだ、マスター」


「なんでしょうか? 」


「今日の夜、まだやっているなら予約をしたいんですけど。二人で夜の七時に」


「承りました。二名様、夜の七時ですね」


マスターの気遣いもあって、私はナポリタンをこの店の最後に選んだが、それで終わらせてしまっては、三代に渡るマスターの一家が終わるに終われないだろう。そんな事も思い、予約を入れる。


「それでは私はそろそろ行きますよ。あ、それともう一つ――」


「はい、なんでしょう? 」


「――私はこの店のナポリタンに惚れ込んで五十年間通い続けました。でも、長年この店を切り盛りしてきたマスターが本当に看板メニューだと思う品こそが、この店で一番の料理なんだと思います。二人には、看板メニューを勧めてやって下さい。それじゃあ、ご馳走様でした」


私はそう言い切ると店の扉を静かに押して、外へ出た。


「ありがとうございました」


マスターはいつまでも、深々と頭を下げて、そう言っていた。

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