表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

受け継がれしビーフシチュー

――


「おぉ、来た来た。やはり、この店の看板メニューはナポリタンだと、私はそう思いますよ」


注文した皿がアンティーク調の机の上に置かれると、私はマスターにそう言った。


太くて柔らかめのもっちりした麺に自家製の継ぎ足しソースがしっかりと絡んで、これがまた絶妙に美味い。


小さい頃に父にこの店へ連れてこられてから、私はこのナポリタンの虜になってしまった。十六歳になり、働き始めてから五十年間、週に少なくとも二度は、欠かさずこのナポリタンを食べに来ている。


「いつも言っている通り、うちの看板メニューはビーフシチューですよ、お客さん。創業以来八十年間、変わっていません」


「そうは言っても、私ももう歳ですから。二つもいっぺんには食べられませんよ。若い頃ならともかくとして、今、此処へ来て何を頼むかと聞かれれば、私は迷わず『ナポリタン』と、そう答えますね」


ナポリタンも創業当初からあった、人気メニューらしい。ただいつも、看板メニューとして真ん中に大きく名を連ねているのは、どうしてかビーフシチューだった。


「何かビーフシチューに、思い入れががあるんですか? 」


今まで疑問に思っていたが、口には出さなかった事を言葉にする。


「はぁ、なんと言いますか……私が父から教わった、初めての料理なんですよ、ビーフシチューは。同じく父にとっても、祖父に初めて教わった料理だったそうで。祖父が切り盛りしていた間は、前の月に一番人気のあった品を看板メニューとして出していたらしいのですが、そんなこともあって、父の代からはビーフシチューに固定しているんです。三代で築いた証と言いますか、なんと言うかこう……そんなものです。もちろんナポリタンも、看板メニューに匹敵する、自慢の品ですよ」


「なるほど。そうだったんですか―― 」


ナポリタンが看板メニューになれない理由を聞いて、今まで何処かにつっかえていたものが取れたような、そんな気分になる。


ふぅ、と大きく一呼吸する。


「――本当に、畳んでしまうのですか? 」


「はい。後継ぎの宛も有りませんし、私ももう歳です。それに最近はお客の入りもめっきりでしてね……。明後日で丁度創業八十年になりますから、きりの良い所でおしまいにしようと思います。是非お暇がありましたら、足を運んでやってください」


「そうですか…… 」


長年通い詰めた、母よりもおふくろの味。


親に先立たれた時の様な、そんな喪失感を私は感じていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ