第3話
一瞬の沈黙の後、再び魔王が問う。
「今、仲間を殺してほしいと言ったか?」
「ああ、俺の仲間、格闘家のガルートを殺してほしい」
俺は自分で何を言ってるんだろうと思いながらも、あえて取り消そうとは思わなかった。
「フハハハハハ! 仲間を殺してほしいと魔王に頼む勇者がいるとは! しかし、どうして仲間を殺してほしいと思うのだ?」
「そいつは俺より強い。そのせいで俺は勇者として活躍できない。それに俺の好きな女の人がそいつに惚れているんだ。だが、俺にはどうにもできない」
「フハハハハハハハハ! これは愉快だな。自らの欲望のために仲間が邪魔だから死んでほしいと願うとは。だが、これが罠である可能性もあろう。また、そのような冒険者の一人をわざわざ殺して我に何の得があるのか?
何を企んでおる?」
魔王の指先が煌めいたと思うと俺は部屋の壁に叩きつけられていた。
さすがに仲間を殺してくれという勇者の言うことをそのまま信用してくれるほど、魔王はお人好しではないか。
その時、俺の目に、床に転がるモンスタージェネレータが見えた。
「魔王さん……」
「ん? まだ無駄口を叩くか?」
「あんた、モンスタージェネレータ、最近破壊されて困ってないか?」
それを聞くと、魔王は顔色を変えた。
「どうしてそれを知っている!?」
「最近、モンスタージェネレータはカルナド王国からレゲナ村にかけての地域で破壊されているはず」
「よく知っているな。それを知っているということは?」
「そのあたりは俺たちが最近旅をしたところだ。ガルートはモンスタージェネレータを破壊できるんだ。やつがそのあたりのモンスタージェネレータを破壊した」
「なに!? モンスタージェネレータを破壊できるだと」
やはり食いついてきたか。
「あんたにとってもモンスタージェネレータを破壊して回るやつがいるのは厄介なはずだ」
「よかろう。汝の言葉を信じてやろう。だが、我に願い事をするのならば、それ相応のものを捧げなくてはならぬな」
「何を捧げればいいんだ?」
「汝の命を捧げよ」
命……!
そんなものを捧げたら何のためにガルートを殺すのか、その意味がなくなってしまう。
「断る」
すると、魔王はほくそ笑んだ。
「勘違いしておるようだが、ここで汝の命を取ろうというのではない。汝の人生を我に捧げよというのだ。つまり、我が配下になるがよい」
「配下?」
勇者の俺が魔王の配下になってよいのだろうか。しばし考えていると横にいたパルメーナが口を開いた。
「この上なく光栄な話だ。人間の身で魔王から直々に配下になれと命じられることは」
確かにそうなのかもしれない。
勇者であるにも関わらず、魔王に従属することに抵抗はあるが、しかし、背に腹は代えられない。
「承知した。ガルートを倒してくれるならあなたに従おう、魔王様」
そう言って俺は膝まずいた。我ながらなんて勇者だ。
「フハハハハハ! よかろう。お前が殺してほしいと言った仲間の殺害はパルメーナに任せる。よいな、パルメーナよ」
「はっ」
「ところで、勇者よ。名はなんという?」
「ディルです」
「そうか、相分かった。では我はモンスタージェネレータの作成に戻ることとする。二人とも下がってよいぞ」
「「はっ」」
そして、俺とパルメーナは魔王の部屋を後にした。
「ディル」
「なんですか、姫様」
「なんだその呼び方は!?」
「だって魔王の娘様ですから」
「なめているのか貴様!」
いきなり首根っこを掴まれ、壁に押し付けられる。
「パルメーナ様と呼べ!」
赤い瞳が鋭い眼光を放っていた。やはりすごい迫力だ。
「申し訳ありません」
ようやく解放される。
「父上にいきなり願い事を申し出るなど、普通なら首がとんでいるところだぞ!」
なんだ、心配してくれているのか。
案外いい人なんじゃないか。
「まあいい。ところでその仲間のガルートというやつはレベルはいくつくらいだ? どれくらいの強さのモンスターを差し向けるかの参考にしたい」
「レベルは120を越えています」
「120だと!? お前は見たところ50も無さそうだが、仲間は2倍以上もあるのか!?」
さすがのパルメーナも驚いたようだ。
「まあよい、それなら相応のものを戦わせよう」
「他にはスキルが3つあって……」
「もうよい、分かった」
スキル聞かなくて大丈夫なのか?
だが、しつこく言って怒られるのも嫌なので俺は黙った。
「ついてこい。お前の寝床に案内してやろう」
俺が連れていかれたのは石造りの小さな部屋だった。モンスターと一緒に寝させられるのかと思った。
「まだお前のことを完全に信用したわけではないが、お前はやはり不思議なやつだな。まあ、父上もお前のことを気に入られたようだし、この程度の待遇をしてもいいだろう」
「ありがとうございます」
「さて、では早速行くか」
「どこに?」
「お前の仲間のところにだ。レベル120を越えているような冒険者は要注意人物と言ってよい。ただちに始末する必要がある」
パルメーナの赤い瞳が怪しく光っていた。
すでに夜が明けていた。
俺とパルメーナは巨竜の背に乗って空を飛んでいた。
それはブラックドラゴンよりもさらに大きい。
竜の全身は真っ赤で、岩のような鱗に覆われていた。
「このスカーレットドラゴンならば、ガルートとやらも討ち果たせるだろう。レベル150相当のモンスターだ」
確かにレベル的には申し分ない。こいつなら間違いなくガルートを始末できるだろう。
俺はメイフェリアを戦いに巻き込まず、ガルートだけを戦わせる必要がある。
「パルメーナ様、一緒にいる賢者の女、メイフェリアは救いたいのですが」
「そのもののレベルは?」
「俺と同じくらいです」
「そうか。お前が殺したくないのなら、せいぜい守ってやることだ。お前にとってガルートを殺したいと思うのはその女の存在が大きいようだしな」
パルメーナが見かけ以上に物分かりのいいやつでありがたい。
やがて、俺たちはレゲナ村近くに到着した。
「では、俺はメイフェリアを探してきます」
俺はパルメーナを残し、ドラゴンの背から降りると大急ぎでメイフェリアを探しに村に向かった。村から少し離れたところだったので誰にも見られている心配はない。
村に着いてみると、スカーレットドラゴンが近くに降り立ったことで、村人たちはパニックになっているようだ。
泊まっていた宿屋の方に向かうと、見慣れた二人の仲間の姿が目に飛び込んできた。
「メイ! ガルート!」
俺の呼び掛けに二人とも気づいたらしい。
メイことメイフェリアは紫の瞳に紫の髪を肩まで伸ばした知的な美女で白いローブに身を包んでいた。
やはりいつ見ても美しい。
ガルートは短い黒髪に黒い瞳をしていて、無駄な肉はいっさいない引き締まった体をしており、黒い胴着を身に付けていた。
「ディル、どこに行っていたの?」
「心配したぞ、ディル」
「いや、ちょっとな。それより今はあいつをなんとかしないと」
そう言って俺はスカーレットドラゴンを指差した。
「そうね、でもあのドラゴン強そう」
「あんなドラゴン見たことないぞ」
ドラゴンがのしのしと歩きながら、赤い炎の玉を吐き出すと、家々は燃え上がった。
「ここで戦ったら村が大変なことになる。ここは俺が囮になって村から引き離す」
さすがガルート。囮をかって出てくれた。
「いくらなんでも、あなた一人だけでは危ないわ」
「大丈夫だ。先回りしてディルとメイフェリアは後ろからドラゴンを攻撃してほしい」
そう言うとガルートは竜の方へと向かっていった。
「じゃあ、俺たちも行こう」
「そうね」
メイは心配そうにガルートの背中を見送った。
俺はメイの手を握ると走り出した。
「こっちだ」
どんどんドラゴンから遠退いていく方向にひたすら俺たちは走り続けた。
「ちょっと、ディル。待って。私たちはドラゴンの後ろに回り込むんでしょ!?」
「いや、こっちだ! 俺に考えがある」
そう言ってメイフェリアの手を引き続けた。
村を出口に差しかかって、彼女は俺の手を振り払った。
「ちゃんと説明して! まさか私たちだけ逃げる気なの!?」
「違う。君だけ安全なところにいてほしいんだ。あのドラゴンはヤバい。ガルートと俺の二人でなんとかする」
「そんな! 私もできることはあるはずよ」
やはりガルートのことが心配らしい。
「ダメだ。君はここからさらに離れるんだ。俺たちに任せて。俺も腐っても勇者だ。ガルートと二人で勝ってみせるから。俺のことを信用してほしい」
「分かったわ」
どうやら説得できたらしい。
俺はメイを置いてドラゴンの方に走りよった。
俺が駆けつけたときには、ガルートとドラゴンは激しい戦いを繰り広げていた。
物陰に隠れて両者の戦いを見ていたが、ガルートが劣勢だった。
ガルートの一撃を竜はまともに受けることなくうまく避けていた。あの巨体で非常に素早いのだ。
あれではガルートも実力が発揮できない。
ガルートも竜の攻撃をかわし続けていたが、ほんの一瞬、ガルートの回避が遅れた。
その瞬間をドラゴンが見逃すはずはなく、炎がガルートを完全に捉える……!
だが。
「危ない!」
ガルートを突き飛ばしたメイは炎にのまれた。