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第20話

 暗闇からその人物の姿が明らかになった。

 簡素な黒っぽい服に、ブラックダイヤのような瞳にポニーテールにまとめた黒髪の全身黒ずくめ。

 美しい顔立ちながら険しい表情。

 そこからは憎悪と殺気が満ち満ちていた。

 鋭い眼光が俺を貫こうとしていた。


「さあ、死ね」


 逆手に持ったナイフを容赦なく振り下ろしてくる。

 俺は両手で抵抗するが押し倒されてしまう。

 背中を刺され、力がまるで入らない。

 こんなところで終わってしまうのか。

 何もできず、ガルートにコンプレックスを感じたまま、惨めなまま死んでいくのか。

 こんな急に出てきたわけのわからないやつに殺されるのか。

 そんな考えが湧いてくる。

 死にたくないという恐怖が、なぜこんな理不尽な死を迎えないといけないのかという怒りへと転化したとき、俺の両手に闇が溜まりだす。


「な、なんだ!?」


 暗殺者も異変に気がついたようだ。

 彼女のナイフを握った腕に、俺の手に集まった闇から伸びた蛇が巻きついていた。

 そのまま強く強く締めつけていく。

 

「くそっ! 離れろ!」


 蛇を振りほどこうとするが、離れるどころかますます食い込んでいく。そして。

 ぐぎっ!

 鈍い音が聞こえたかと思うと暗殺者が苦悶の表情を浮かべる。


「ううっ!」


 どうやら腕の骨が折れたらしい。

 痛みに耐えかねてナイフを落とす。

 俺はそのナイフを拾うとその人物に差し向けた。


「お前はなにものだ? 俺を殺しにきた理由を言え!」

 

 俺の問いに彼女は無言だ。

 闇の蛇が暗殺者の腕をさらに絞め上げる。


「ううっ! うわあああっ!」


 さっさと口を割れ!

 頭の中でもう一人の俺の声が強くなってきた。パルメーナの首を絞めていたときと同じような声。その声に負けて、目の前の女を苦しめたいという嗜虐心がどんどん強くなっていくのを感じる。


「お前はこの世界に生きていてはいけない人間だ! それはお前がよく知っているはず!」


 女の言葉で俺はふと我に帰る。


「それはどういう意味だ?」


「お前は自分で知っているはずだ。お前の魔王適性はSなんだろ」


「なぜそれを知っている!?」


 俺は彼女の言葉に頬を打たれた。

 適性は導きの剣を握ることで告げられる。    

 それは導きの剣が直接握った本人にだけ知らせるものだ。魔王適性がSであることは、俺しか知らないはず。それをどうしてこの女が知っているのか。


「お前は導きの剣による適性のお告げが本人にしか分からないと思っているだろうが、そうではない。そんな大切なこと、他の人間が把握できないと思っているのか?」


「なんだと!? じゃあそれを他の人間がどうやって知り得るんだ!?」


 俺が疑問をそのまま叫ぶと、暗殺者は冷たく言い放つ。


「大司祭様は導きの剣と会話ができる。それで適性について全てのことをご存知なのだ」


 大司祭様? それはおそらく聖光教団の大司祭のことを言っているのだろう。導きの剣や各職業の試練の洞窟は聖光教団の支配下にあるからだ。


「なら、お前は聖光教団の命令で、俺の命を狙ったということか?」


 彼女はそこで口をつぐんだ。

 肯定とみていいだろう。

 なら、俺は世界規模の巨大宗教組織に命を狙われていることになる。

 すると、当然浮かんでくる疑問がある。これまでどうして俺は無事だったのだろうか。

 導きの剣の適性を告げられたのはずっと昔。子供の頃だ。 

 魔王の適性が高いというのが理由で俺の命を狙うというのなら、小さいときに殺してしまえばいいではないか。


「どうして俺は今まで殺されなかったんだ?」 


「それは今の魔王は新たな魔王に討ち滅ぼされるという預言があるからだ。お前は今の魔王を倒す新たな魔王になるのだろうと思われている。だから、放置されてきた。だが、教団内部では今の魔王をも倒せてしまえる存在をそのまま置いてはおけないという考えもある。それで私はお前を殺しにきた」


 そんな預言があるのか……。

 魔王適性Sの俺は現在君臨する魔王を倒すと考えられているから見過ごされてきたのか。なら。


「お前は教団の正式な命令で動いたわけではないんだな」


「そうだ。さあ、話すことは話した。私を殺せ。私を殺したところでまた新たな暗殺者が送り込まれてくるだろう」


 どうする?

 この女を殺すか。

 それとも生かすか。

 こいつの言う通り、殺したところで次の暗殺者がやってくるだけだ。

 だとすれば、殺す意味はあまりない。

 

 それにあまり必要以上に人間を殺したくはない。

 なんとか彼女をこちら側に寝返らせたいと思った。



 その後、エスリーが気づいて、俺の傷の手当てをしてくれた。

 さらに暗殺者を縛り上げて別室に閉じ込めた。


「エスリー、なんとかあの暗殺者を味方につけたいんだが、良い方法ないか?」


「心配ありません、ご主人様の人徳を持ってすれば、簡単に寝返らせることができます!」


 ん? 何を言ってるんだこの子。

 一瞬、耳を疑ったぞ。

 エスリーの戯言はほっておいて、俺は暗殺者のもとに向かった。

 こうなったら、あの手しかないか。


「なんだ? ようやく殺しにきたのか」


 覚悟を決める彼女に俺は魔力を込めた手を差し出した。



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