第2話
気がつくとそこは牢屋の中だった。
周りには誰もいないようだ。
「おい、誰かいないのか。おーい」
そう叫ぶと、遠くから足音が聞こえてきた。
やがて、鎧を着たスケルトンがガチャガチャとやってきた。
「気がついたのか、ではそこで大人しく待っていろ」
スケルトンはそう言うと去っていった。
それからかなりの時間待っただろうか。
また足音が聞こえてきた。
そして現れたのはさっきのスケルトンと。
「お前だな、ブラックドラゴンが連れてきた人間というのは。不思議な人間だと報告を受けているが」
それは金髪を腰くらいまで伸ばし、エルフのような尖った耳を持ち、血のように赤い瞳をした美少女だった。黒い衣装を全身にまとっている。
メイフェリアに勝るとも劣らない容姿だ。
「モンスタージェネレータを破壊しようとしていたらしいな。その服装だと冒険者のようだが。何者だ?」
こんな美少女が魔王軍にいるのかと驚き、返事を忘れていると。
「答えぬか! 死にたいのか!」
彼女の一喝は並みの迫力ではなかった。
「俺はディル。魔王を倒すべく旅をしている勇者だ」
迫力に負けてそのまま話してしまった。
それから後悔したが。
「勇者だと。ハハハ。笑わせる。お前は勇者という感じではないぞ。勇者であれば、我々魔族から見てもっとトゲトゲしいオーラのようなものを感じさせるはずだ。だが、貴様からはそんなものは感じぬ。むしろ、なんとも親近感のようなものを感じさせるな。確かに不思議な人間のようだ」
やはり、俺には勇者は向いていないのか。
まあ勇者適性Eで、魔王適性Sだったからな。
ちなみに職業適性というのは本人にしか教えられないため、俺が魔王適性Sだということは俺しか知らない。それを周囲に黙って俺はこれまで勇者を目指してきたわけだが。
「ブラックドラゴンがお前を生かして連れてきたのも分かる気がする。しかし、父上を殺そうと考えているものを牢から出すわけにはいかぬな。なぜ、魔王を倒そうと旅をしているのか?」
父上!?
ということはこの美少女は魔王の娘なのか!
「俺は一緒に旅をしているメイフェリアが好きだ。彼女が魔王を倒す勇者に憧れていたから、勇者を目指した」
こうなれば、もうどうでもいい。
本心を全部ぶちまけてやった。
すると、彼女はしばらく黙っていたが。
「ハハハハハハ!」
突然大声で笑いだした。文字通り腹を抱えて笑っている。
「ハハハ! お前は面白いやつだな。まさかここで好きな女の話をするやつがいるとは思ってもみなかったぞ。では、好きな女のために勇者になったのか?」
「そうだ」
「正義のため、苦しむ人々のためなどと言うのであれば、生かしておけぬところだったが。お前はどうも殺す気が起きないな。面白い人間だ。父上に会わせてみるか」
「よろしいのですか、パルメーナ様」
側に控えていたスケルトンが訊ねる。
彼女はパルメーナという名前なのか。
「ああ、父上がどのような反応をするのか見たくなった。どうせ引きこもっているだけでお暇だしな」
俺は牢屋から出されると、広い廊下を何度も曲がって、やがてとてつもなく大きな鉄の扉の前に連れてこられた。扉には禍々しい魔物の彫刻がなされていた。
「今から父上にお会いすることになる。覚悟は良いか、ディルとやら」
パルメーナが笑顔で言う。
「ああ」
ここまで来て何を恐れるだろうか。
俺はある意味開き直っていた。
扉が開かれた。
そこには闇が広がっていた。
そして、一歩部屋に入るとどういうわけか心地が良かった。
「なんだ! なんの用だ!」
突然轟音のような大きな声が俺の全身を震わせた。
これが魔王の声なのか。
「父上、パルメーナにございます。父上に会わせたい者がおりまして連れて参りました」
「パルメーナか。よかろう。会わせたい者とは何者だ?」
「はっ。人間です」
「人間だと? 連れてまいれ」
すると、部屋に漂っていた闇が消え去った。
そして、ひどく広く天井の高い部屋だった。無数の竜の彫刻が両脇に並び、その間を俺とパルメーナは歩いた。
やがて、部屋の最奥部には玉座があって、そこに座している人影が見えた。
こいつが魔王なのか。
魔王は娘同様金髪で、黒いローブに身を包んでいる。整った顔立ちと赤い瞳。娘が美少女なのは父親譲りらしい。両手を向かい合わせにして、その間に魔力を集中させているようだった。
「少し待て」
そう言うと魔王の両手の間に黒い宝玉が生まれる。間違いない、モンスタージェネレータだ。
「ふう、もう一つの出来だな」
魔王は出来上がったばかりのモンスタージェネレータをその辺に投げた。
よく見ると部屋のあちらこちらに同じ黒い宝玉が転がっている。
「それで、人間を連れてきたと。ただの人間ではあるまいな」
「はっ。自らを勇者と名乗っております」
「何!?」
魔王が俺を睨みつける。
「この者が勇者だと言うのか?」
魔王の指先から黒い稲光が激しくほとばしったかと思うと俺を吹き飛ばした。
一瞬で俺は数メートル後方に吹き飛んだ。
「勇者よ、剣を抜くがよい。汝が勇者である証を見せよ」
俺は立ち上がった。
まだ全身が痛む。
だが、俺も一応勇者だ。
勇者の証を見せろと言うのなら見せてやろう。
剣を抜く。
そして念じると、刀身を光が包んでいく。
この技、光の剣こそ勇者の証なのだ。
そこで再び魔王の指先から闇の稲妻が放たれる。
俺はそれを光の剣で防ぐ。だが。
光は闇にのまれるように侵食されていく。
そして、再び吹き飛ばされる俺。
「確かに勇者だ。光の剣を使いよる。だが、それにしても弱すぎる」
魔王は俺に近づいてくる。
「しかし、妙だな。お前からは特別な何かを感じるぞ。ふっ。そういうことか、パルメーナよ」
「はっ」
「この者はただの勇者ではないな」
「この者、いかがなさいますか? 父上」
「生かしておけ。使えることがあるかもしれぬ」
「ははっ」
そこで俺は立ち上がると目の前の魔王に話しかける。
「魔王さん、あんたにお願いがあるんだが」
「なんだ?」
「俺の仲間を殺してほしいんだ」