第15話
俺は炎の塔に帰った。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
エスリーが出迎えてくれる。
「どうなさったんですか? なにかあったんですか?」
俺が黙っていると察しがいいのか俺の様子がおかしいことに気づいたらしい。
「エスリー」
「はい、なんでしょう?」
「俺は決めた。魔王になる」
「え?」
「聞こえなかったのか? 俺が魔王になるって言ったんだ。エスリー、お前は俺についてきてくれるか?」
「本気なのですか?」
「ああ」
俺は彼女のエメラルドの瞳をじっと見つめる。
「分かりました、ご主人様についていきます」
エスリーは意を決したように頷いた。
「でも、どうして急に魔王様になろうと思われたのですか?」
「俺の真の敵を倒すためだ」
「真の敵?」
「ガルートだ、俺にとってはあいつこそ真の敵なんだ」
「そうなのですか、分かりました」
が、そのあと疑問を抱えた顔になって。
「で、どうすればご主人様は魔王様になれるのですか? ご主人様はどうやって勇者になられたのですか?」
そう訊ねてきた。
「たとえば勇者なら、試練の洞窟の勇者の間で、勇者の証である技、光の剣を身につけたら勇者になれる。他の職業も試練の洞窟のそれぞれに対応する間で試練を乗り越えたらなることができる。ただ」
「ただ?」
「その試練の洞窟に当然魔王の間なんてない」
そもそも試練の洞窟は魔王と敵対する神が守護する聖地のような場所。そこで魔王になれるはずもない。
「では、どうされるのですか?」
「魔王の最低条件は俺が思うに光の剣でないととどめをさせないこと。つまりダークシールドを身につけているということだ」
そう。魔王はダークシールドを身につけているがゆえに光の剣以外では致命的な傷を与えられないのだ。そのために魔王討伐には勇者が必須となる。
「確かにそれは魔王様の特権ですね。歴代の魔王様から受け継がれています」
「なら、ダークシールドは生まれつきのものではなく、一子相伝の秘技ということか。なら、パルメーナもすでにダークシールドを身につけているのか?」
「パルメーナ様に長くお仕えしていますが、今のところダークシールドは魔王様だけのもののようです」
生まれつきのものならどうしようもないが、秘技であるなら身に付けることができる可能性がある。あとはそれを盗み出せばよい。
「魔王からダークシールドの秘技を何としても盗み出す」
「そんなことが可能なのでしょうか?」
「魔王の信頼の厚い部下を味方につけるというのはどうだ?」
言ってて矛盾に気づく。信頼の厚い部下をどうやって裏切らせるのか。
「パルメーナ様は魔王様の娘ですから当然信頼されています。ですが、魔王様のことをあまりお好きではないようです」
「なら、パルメーナを味方につけることができると?」
「不可能ではないかもしれません」
「しかし、どうやって味方につける? 魔王を裏切らせる?」
「今はまだ時期ではないかもしれません。魔王様とパルメーナ様の関係に明らかな傷が入ったときを狙うのがいいのではないでしょうか」
なるほど、もっともな意見だ。
確かに今すぐどうこうできることではないかもしれない。
「とにかく今できることから始めよう」
「今できることと言いますと?」
「俺自身のレベルを上げることだ」
「どうやって?」
「このモンスタージェネレータのモンスターを狩る」
そう言って俺が取り出したのはガルートの戦いの際に進化させたジェネレータだ。
黒く妖しい輝きを放っている。
「それはデルビア火山で手に入れたファイアーリザードのジェネレータですね。ん? でも少しサイズが大きくなっていますね。ひょっとして?」
「ああ、俺が進化させた。今このジェネレータからはレッドドラゴンが呼び出せる」
「レッドドラゴン! すごいです!」
俺はレッドドラゴンを1匹呼び出す。
塔の高い天井ですら頭をつかえそうな巨大さはミニレッドドラゴンとは明らかに違う。
「こいつは俺の命令に従うようだから、動くなと命じる。その上でこいつを殺す」
「ご主人様、それは……」
エスリーは明らかに不快感を示した。
無抵抗で従順なモンスターを一方的に殺すことを快く思っていないのだろう。
だが。
「強くなるために手段は選べない」
そう。こうでもしなければガルートのレベルに追いつくことはどうあがいても不可能なのだ。レッドドラゴンは俺よりレベルが高いはず。それを殺しまくれば大量の経験値が入ることになるのだ。背に腹は変えられない。
「動くなよ」
俺はドラゴンにそう命じると斬りかかった。痛みに耐える悲しげな鳴き声が聞こえる。
俺はレッドドラゴンよりずっとレベルも低いので、防御の姿勢をとっていないレッドドラゴンにすら大きな傷を負わせられない。皮膚を浅くナイフで切るようなことしかできないわけだ。それで倒すのは大変だし、何よりドラゴンは死ぬまでに苦しむ。
俺は情けない話だが、目を瞑りながら攻撃した。少しずつ傷ついていくドラゴンを直視できなかったのだ。
それから1時間ほど経った。
俺は自分の不甲斐なさに絶望していた。
殺せない。
無抵抗なモンスターを殺すことができない。
強くなるために心を鬼にしたはずがダメだった。
俺に一方的に攻撃され、傷だらけになったドラゴンの姿はなんとも哀れだった。
「すまないことをしたな」
俺はそのドラゴンに謝った。
弱々しい声で鳴くドラゴン。
相当な回数、剣で切りつけて、俺の手も血が滲んでいた。
「ご主人様。それでこそご主人様です。わたくしはご主人様のそういうところ、とても好きです。強くなる方法はきっと他にもあります。この方法はご主人様には似合いません」
優しい微笑みを浮かべるエスリー。
俺は自分の血のついた手でレッドドラゴンの頭を撫でてやった。
すると、レッドドラゴンの傷がみるみる癒えていく。
「これはどうなってるんだ!?」
「ひょっとしたら、ご主人様の血にモンスターの傷を癒す力があるのかもしれません」
そんなバカな。
俺の体は一体どうなってるんだろうか。
魔王適性もSだし、モンスタージェネレータとは共鳴するし、血はモンスターの傷をたちどころに癒してしまう。
「まあいい。血でモンスターの傷が癒せるのは何かの役に立つだろうし」
俺とエスリーは数日間、炎の塔に引きこもって何か今できることはないかと思案していたが、あまり良い考えは浮かばなかった。
そんなとき、パルメーナがやってきた。
「ディル、待たせたな。例のガルートを倒しに行く」
「前回はレベル150相当のスカーレットドラゴンでも倒せませんでしたが、今回はどうされるのですか?」
「これ以上、貴重な戦力を無駄にはできない。私が直接相手をする」
「パルメーナ様が!?」
俺とエスリーは驚愕した。




