第11話
「ディル、お前に渡したモンスタージェネレータはファイアーリザードを生み出すもののはず。だが、この塔にいるのはミニレッドドラゴンばかりだ。これはどういうことだ?」
どう説明する!?
どう言い逃れする!?
ここは!
「いえ、パルメーナ様から渡されたモンスタージェネレータからミニレッドドラゴンが出現したんです」
「なに!? そんなはずは……。確かにファイアーリザードのジェネレータを持ってきたはずなんだが」
「それ以外にどうやってこういう事態になるでしょうか?」
ここは強気で行くしかない。
しらを切り通すのみ。
「そうか……。私の勘違いか」
まさか、俺がモンスタージェネレータを進化させることができたなんて考えの及ばないところのはず。だからこれで丸め込める。
「まあいい。ここにミニレッドドラゴンを置くのは少々やり過ぎな気もするが、これでこの塔が冒険者たちに奪われる心配はまずないだろうな」
どうやら納得してくれたようだ。心の中でほっと一息つく。
「ところで、エスリーとはうまくやっているか?」
「問題なくやっております」
「そうか」
問題があるどころか、パルメーナより俺を主人にしたいとまで言わしめるくらい仲はよくなった。
「ところで、パルメーナ様、少しお訊きしたいことが」
「なんだ?」
「傷痕もきれいに消すような薬というのはありませんか?」
「どうしてそんなものを欲しがる?」
「実はメイフェリアのところに行ってきましたが、顔にひどい火傷をしてしまって……」
「お前、持ち場をぬけて、好きな女のところに行っていたのか。ハハハ! お前の行動、誉められたものではないが私は嫌いじゃない。うーん、それなら、アリアスの泉に行くのがいいかもしれないな」
「アリアスの泉?」
「あそこの泉の水は魔族やモンスターには毒だが、人間や動物の傷にはすこぶる良いと聞く」
魔族やモンスターはあまり近づかない場所、ということか。
「どこにあるのですか?」
「ここからずっと南だ。この塔はミニレッドドラゴンが守っているから少しくらい離れても平気だろう。私が特別に連れていってやってもよい」
「エスリーを連れていってよろしいですか?」
「無論構わない。ずいぶんエスリーのことを気に入ったんだな」
「彼女は俺の知らないことをいろいろ知っていて役に立ちます」
「それは良かった」
アリアスの泉は深い森の奥にあるらしい。
俺とエスリーはドラゴンの背に乗り、パルメーナに森の入り口まで連れられた。森の中および上空は魔法が使えないため、泉まで飛んでいくことは不可能とのことだ。
「ではな。泉の水を手に入れたら寄り道せず帰れよ」
パルメーナは上空に去っていった。
ホントにいいやつすぎないか。
何を考えているのか分からないところもあるが。
静かな森の中。霧がかかっている。
視界が悪いし、迷いそうだな。
先ほどから、木にナイフで印をつけながら歩いている。ただ、俺は不思議な感覚を覚えていた。その正体ははっきりしないが。
「ご主人様」
「なんだ?」
「わたくし、すごく驚いています」
「ん? どういうことだ?」
「パルメーナ様です。ご主人様はとても優遇されています。こんなパルメーナ様、見たことがありません」
「そうだろうな、俺も優遇されすぎじゃないかと思ってる」
「よっぽど気に入られてるんですね」
「どうしてここまで気に入られてるのか自分でもよく分からない」
勘だが、炎の塔の隠された宝、あの巻物を俺に探させたかった可能性はある。だが、それにしてもこの待遇は異例なものだろう。
「ところで、パルメーナとは長いのか?」
「はい、かれこれ20年ほどの付き合いになります」
「20年!? 今、お前何歳だよ?」
「32になりますね」
やっぱり俺よりだいぶ年上だったな。
「どうやって知り合ったんだ」
「親に売られたんです」
「売られた?」
「はい。親は税など払えないほど貧乏だったので、わたくしをその代わり魔王軍に売ったのです」
「嫌なことを訊いてしまったね」
「いえ、お気になさらず。それでパルメーナ様に仕えるようになりました。パルメーナ様はご主人様にはお優しいですが、普段はとても厳しい方です。正直なところ、わたくしはご主人様と一緒にいたほうが居心地がいいです。これはパルメーナ様には内緒にしてくださいね」
「当然。内緒にするよ。俺もお前がいてくれて助かってるし、ずっと一緒にいれたらいいな」
「ずっと……」
そこでエスリーは顔を赤らめる。
なかなかかわいい。
こいつになら話してもいいか。
「俺、メイに好かれたくて勇者になったけど、本当は勇者適性Eなんだ。すっげえ努力して勇者である証の技、光の剣を覚えたけど、やっぱり適性がないからか弱っちくてよ」
「勇者適性? それはどうやって量るんですんか?」
「導きの剣って剣があって、それを握るんだ。すると、頭の中で声がして、適性を教えてくれる。他の誰にも知られない仕組みになってる。ちなみに俺、魔王適性はSなんだぜ。笑っちまうよな」
「魔王適性S!」
エスリーは驚きの声をあげる。
「そんなびっくりしなくても」
すると、エスリーは俺に近寄ってくる。
「ご主人様ならきっといい魔王様になられます! ご主人様が魔王様になられるんでしたら、わたくし全力で応援します! そして、一生お仕えいたします!」
エメラルドのような瞳を期待に輝かせている。
しかし、いい魔王ってなんだよいい魔王って。
「それと言い忘れてたが、俺が旅をしてたのには実はもう1つ目的がある」
「もう1つ?」
「これは誰にも話してないんだが、父親を探してる」
「ご主人様のお父様?」
「そうだ、俺が小さい頃いなくなっちまった。あいつがいなくなったせいで母さんはすげえ苦労したんだ。会って一度でいいから思いっきりぶん殴ってやりてえ」
そう、俺の父親はある日、突然いなくなった。父親に関する記憶は本当に少ない。
だが、いつも目を閉じていたのだけが印象的だった。目を開けたところを見たことがない。
まだ森は続いている。どこまで行っても似たような景色で、どこに泉があるんだろうか。ただ、さっきからなんとなく、なんとなくではあるが。俺は立ち止まって辺りを見渡す。不思議な感覚の正体が分かった。
「どうなされたんですか?」
「俺、ここは初めて来たはずなんだが、間違いない。俺はここに来たことがある!」
一体どうなってるんだ!?
来たことがないはずなのに、来たことがある。
分かれ道に差し掛かったが、俺はどちらが泉に通じる道か分かってしまった。
「こっちだ」
その後、いくつも分かれ道があったが、全く迷わなかった。
やがて、俺たちは開けたところに出た。
そこには大きな池があった。
そして、池の中央には巨大な氷の塊が小高い山のようになっていた。
池の水は見たことがないほどに澄んでいる。
「ここがアリアスの泉?」
「そうだ」
「ここの水を持って帰るんですよね?」
「ああ。この水はお前には毒らしいから気をつけて。しかし、あの氷の塊はなんだ?」
「大きいですね」
その巨大な氷塊がどうしても気になった俺は池を泳いで、近寄った。
すると、氷の中に何かいることに気づいた。
「これは……! 巨大な竜の頭だ!」
巨大な竜の頭が氷付けになっていた。
体は池の底に沈んでいるのだろう。
そして、竜の左目だけが氷で覆われていないことに気づいた。
目は閉ざされていたが、そこから黒い液体が流れていた。
それは池に注いでいたが、周囲の水によって中和されているように黒さを失っていた。
「ひょっとして、神の涙というのはこれのことか?」
俺は例の巻物を広げてその黒い液体に曝した。
すると、巻物が光り始めた!