第八話
城塞都市ゲルトから北へ歩いて半日ほど。
現在の国境はこのあたりになるらしい。
国境と言っても厳密に引かれているわけではない。
冒険者ギルドが「今はこのあたりまでが王国側」と勝手に決めているだけだ。
「魔物も人も見あたりませんね」
「ハ。そのようですね」
セレスと二人であたりをうろつく。
今は北東部に魔王軍はあまりいない。
ギルドの男が言っていたことは本当のようだ。
一面に草原が広がっており、時折柔らかい風が草を揺らしている。
遠くには雪化粧をほどこしたリリム山脈がそびえたっていた。
牧歌的な風景だ。
羊でもいれば絵になるだろう。
しかしこの場所で起こったことを考えると、とてものどかな気分にはなれない。
この土地はかなりの血を吸っているはずなのだ。
魔王軍の侵攻が始まったのは10年ほど前。
北東部を攻めてきた軍団はシミを広げるように勢力圏を拡大していった。
あたりの村や町を一つ一つ丁寧に潰していったのだ。
非常に統制のとれた動きだったらしい。
魔王軍の組織だった侵攻に対して、当初王国側はまともな抵抗をできなかった。
ウィングフィールド王国は長い平和の中で「戦争」ということを想像できなくなっていたのだ。
当然、防衛のための軍隊などは存在しなかった。
かろうじて戦う力を持っていたのは治安維持を担当していた「警備隊」と、要人警護のための「親衛隊」だった。
他に戦える者はいない。自然な流れで彼らが防衛にあたることが決まった。
彼らはよく戦った。
数では圧倒的に負けながらも、なんとか戦線を支えることに成功した。
しかし作戦は意外なところから破綻する。
国の内部に混乱が起きるようになってしまったのだ。
まず犯罪が多発するようになった。
取り締まるべき警備隊がいないのでやりたい放題になってしまったのだ。
その後、親衛隊がいない弊害も出始める。
護衛のいなくなった貴族や王族の中に、暗殺を恐れてとじこもる者が出始めた。
結果、国の機能が一部動かなくなってしまった。
このままでは魔王軍の侵攻を待たずに内部から崩壊してしまう可能性がある。
国内を落ち着かせるために警備隊と親衛隊は内地に戻す必要があった。
ーーー
「あちらに村が見えますわね。行ってみましょう」
「承知しました。」
村と言ったが、正しくは「村のあと」だろう。
遠目からでも生活感が無いことが分かる。
国境近くにはこのような場所がいくつもあるらしい。
情報としては知っていたが、やはり現場に来ないと分からないことがある。
私はこのあたりを目に焼き付ける責任がある。
誰に言われたわけでもないがそう思っていた。
冒険者になった目的の一つでもあった。
冒険者。そして冒険者ギルド。
警備隊と親衛隊の代わりの防衛戦力として作られたシステムだ。
それは簡単に言うと「国民の中から冒険者を募って、魔王軍と戦ってもらう。」というものだった。
苦肉の策だった。
「戦ってもらう。」なんて軽く言うが、戦闘なんてしたことのない人がほとんどだ。
はたして人が集まるのか不安が大きかった。
しかし結果としてかなりの人が冒険者ギルドに集まった。
王国の危機に多くの国民が立ち上がってくれたのだ。
突然現れた敵に対して国は一丸となることができた。
私は感動した。
この国の民はただ守られているだけではない。
自分の意志で剣を握って、危険な戦いに身を投じてくれる。
いてもたってもいられなくなった。
いつか私も冒険者として一緒に戦おうと心に決めた。
そして今、憧れの場所にいる。
多くの国民が戦い、血を流した国境地帯に来ているのだ。
草原の広がるのどかな風景。
ここには冒険者たちの軽くない歴史が刻まれている。
冒険者が戦闘の中心になってから、ジリジリと国境は押し込まれるようになった。
当たり前だ。
戦闘を得意とする職業についている者などほとんどいなかったからだ。
農民や商人が慣れない武器をとって戦っていたのだ。
しかも集まった人間は魔王軍のように組織だった動きができるわけでもない。
せいぜい4,5人のパーティを組んでゲリラ的に戦うしかなかった。
一時、国境は城塞都市ゲルトの目と鼻の先まで来ていたらしい。
ゲルトは北東部防衛の要だ。
ここが抜かれると一気に内部まで侵攻される恐れがある。
王国は恐怖に震えた。
そんな中。
魔王軍の侵攻はピタリと止まった。
ついこの間の話しだ。
その後、勇者が東軍の拠点を壊滅させたという噂が広まった。
旅立ちからの日数を計算してもあながち間違いではないかもしれない。
戦況は一変した。
司令部を失った魔物たちはほとんど姿を消してしまった。
残っている魔物も組織的な動きはしないで、散らばっているだけらしい。
今このあたりは残党刈りといった様相を呈しているようだ。
しばらく草原を歩いて村の入口にたどり着く。
ここまで人も魔物も一切見かけなかった。
その時。
村の中から悲鳴が聞こえた。