第七話
二人の娘が馬車から降りた。
「ついに着きましたわね」
小柄な少女が長い髪をゆっくりとかきあげる。
手入れの行き届いた金色の髪がサラサラとゆれた。
身につけているものはそれほど高価ではない。
しかしその柔らかそうな髪は見るものに育ちの良さを感じさせた。
「長旅お疲れ様でした」
長身の女性がそれに答える。
少女とは対象的にムチのように引き締まった身体つき。
切れ長の目で油断なくあたりを見回していた。
柔らかさと鋭さが印象的な二人組みだった。
ここはウィングフィールド王国の北東部に位置する城塞都市ゲルト。
二人は城門の前に立っていた。
「さぁセレス。ここから私達の冒険の始まりですわ。
わくわくしてきますね」
「姫様。くれぐれも危険なことはお控えなさいますように」
「ここでは姫はやめなさいと言ったでしょう。シアとお呼びなさい」
「わ、わかりました。シ、シア」
「よろしいですわ」
セレスに念をおしながら、門に近づいていく。
城塞都市だけあって石造りの無骨な入り口。
とても頑丈そうだ。
飾り気のない大きな門が私には輝いて見えた。
門の両脇には衛兵が暇そうに立っている。
「こんにちは」
私は昂ぶった気持ちを抑えきれずにウキウキと挨拶をした。
衛兵は面倒臭そうに会釈を返してきた。
「フフン♪」
自然な反応が逆に嬉しい。
これが冒険者ですわ。
「さぁ。まずは冒険者ギルドにいきましょう!」
私は足早に町へと入っていった。
城塞都市ゲルト。
300年ほど前にこの地方を治めていた国によって築かれた都市。
町をグルリと囲む高い壁と四方にある頑丈な門が特徴の、まさに城塞都市だ。
当時作られた町は戦争を前提にしたものが多い。
まだ王国は統一されておらず、この辺りもいくつもの小さい国に分かれて争っていたからだ。
現在はこの辺り一帯はウィングフィールド王国の一部となっている。
そして城塞都市ゲルトは防衛拠点の一つとして利用されている。
魔王軍の侵攻を抑えるために王国が設置した3つの拠点。
そのうちの一つがこの町だ。
門をくぐりぬけた私達はそのまま町の中央通りを歩く。
浮かれた感じを隠そうともせず、あたりをキョロキョロと見回す。
道の両脇にはいろいろな店が並んでいた。
武器屋、道具屋、宿屋……
私は立ち止まって息を思いっきり吸い込んでみた。
他の町とは異質な空気。
冒険者の町の臭い。
ついに私はここに来れたのだ。
「さぁセレス。急ぎますわよ」
「お、お待ち下さい。」
同じくあたりを見回しているセレスを急かす。
どうせ脱出経路でも確認しているのでしょう。
そんなものは後回しです。
ーーー
町の中心に冒険者ギルドにあった。
「セレス。新人の冒険者がここに入るとベテランに冷やかされるらしいですわ」
「ハ。そんな奴はすぐに私が黙らせてやります」
「いけません。新人の冒険者たるもの大人しくからかわれるべきなのです。
お約束というのは大事ですわ」
「?」
不思議そうな顔をしているセレスを置いて、私は扉をあけた。
期待に反して冒険者ギルドの中にほとんど人はいなかった。
みなさん狩りに出かけているのでしょうか?
「あまり活気がありませんね。想像とちょっと違いますわ」
「ハ。そのようですね」
期待していた冷やかしなどは全く無かった。
というより誰も私たちが入ったことに気づいていないようだ。
仕方なく受付で暇そうにしている男に話しかけてみる。
「ここは冒険者ギルドで間違いありませんか?
あまり人がいらっしゃらないようですが…」
男は頬杖をついたまま答えた。
「間違いないよ。お嬢ちゃん達、この町は初めてかい?」
「はい。魔王軍から国を守るためにここへ来ました。」
男は頬杖をやめて、こちらに体を向けた。
どうやら仕事だと思ってくれたようだ。
「そいつは残念だったな。今はこのあたりに魔王軍はあまりいないんだよ。
なんせ東にいた魔王軍は勇者様が乗り込んで壊滅させてしまった」
その情報はここに向かう途中でも耳に入っていた。
いたるところで勇者の活躍が話題になっていたのだ。
魔物がいなければ意味がない。
行き先を変更しようかと迷ったが……セレスに反対をされた。
勇者の話はあくまで噂です。
まずは行ってみましょう、と。
確かに魔界の情報なんて手に入るのかしら?とその時は納得をした。
しかし…
ちらりとセレスの方を見る。
プイッと目をそらされた。
さては知っていましたね。
不穏な空気を察したのか受付の男が言葉を続ける。
「た、ただ魔王軍の残党はまだ残っているからな。
以前に比べれば少なくなってしまったが、やることはまだあるんだよ」
セレスの横顔を睨みながらその言葉を聞く。
……
……
まぁいいですわ。
今日は記念すべき冒険者デビューの日です。
完全な無駄足でもないようですし、多めに見てあげましょう。
受付の男に向き直る。
「それで私たちはこれからどうすればいいんですの?」
セレスに向けていた非難の色が少しだけ残ってしまったようだ。
男は少したじろいだ様子で答えた。
「あ、ああ。まずは登録をしてくれ、それから基本的なルールを説明するよ」
少し出鼻をくじかれたが、こうして私達は冒険者となることができた。