第二話
俺との短いやり取りの後、アレン達はあっさりと去っていった。
予定通り中央軍の拠点を目指すのだろう。
俺は森の中で一人取り残されることになった。
静かだ。
こんなにも静かだったのか。
いや、よくよく考えてみればみればいろいろな音はしている。
風にゆれる葉のさざめき、遠くに聞こえる動物の鳴き声。
別に何も聞こえてこないわけではない。
しかし俺は静かだと感じている。
周りに人がいないからだろう。
人間がたてる音というのは存在感がある。
一緒にいる時は意識していなかったが、一人になると急に実感する。
要するに俺は一人になって心細くなっているのだろう。
寂しさを自覚をしてしまうと、他にもいろいろと悪いことを考えてしまいそうになった。
振り払うように、俺はさきほど固めた決意を思い出す。
これから一人でどうやって魔王を倒すか。
頭の中に目標を掲げることによって、俺は少し冷静さを取り戻した。
まず現在の状況を整理してみよう。
俺が今いるところは魔族の領地。
ここから北へ進むと魔族の中央軍が布陣している。
さきほど勇者たちが向かった方向だ。
更に北へ進むと島の端に行き着く。
そこに魔王の居城がある。
……
このまま魔王の元へ行くか。
一瞬、そんな考えが頭に浮かぶ。
目的への最短ルート。
しかしすぐにそれは現実的でないことに気づく。
なにせ俺はまともな装備も道具も持っていない。
何より一人で魔王と戦って倒せるとも思えない。
考え方が短絡的になっている。
やはりまだ動揺しているのだろうか。
無理もない。
突然訪れたパーティの追放だ。
多少の混乱は仕方がないだろう。
俺は深く息を吸い込む。
少し間を置き、肺に溜め込んだ空気を長く吐き出す。
冷静になれ。
焦るな。
自分に言い聞かせ、もう一度思考に戻る。
もう少し広く状況を整理してみようと考えた。
自身を俯瞰してみる。大局的に考える。
それから行動を決めるべきだろう。
まず俺が今いるのは島の中心地点から少し北へ進んだ所だ。
島の北半分は魔族の領地。
人間からは恐怖を込めて、魔界と言われている土地になる。
南半分は人間の領地。
俺の生まれ育った場所でもあるウィングフィールド王国だ。
その間には万年雪をいただくリリム山脈が走っている。
今いるのは魔界に少しだけ入り込んだところだ。
このまま魔界にいてもどうにもならない。
一度、装備や仲間を手に入れるために王国へ戻る必要があるだろう。
魔族の領地でも防具や道具は手に入る。
魔物が落としたり、宝箱に入っていたりするからだ。
ただ何を入手できるかは完全に運任せになる。
欲しいものが手に入るとは限らない。
何よりここで仲間を探すのはほとんど不可能だ。
今のところ魔界に入っている人間はほとんどいない。
いるのは勇者のパーティくらいだろう。
大まかな方針は定まった。
まずは王国へ戻る。
そして装備を整え、仲間を集める。
よしよし少し落ち着いてきたな。
多少の平静さを取り戻した俺はふいに意識を視線へ移してみた。
その場で頭上を見上げてみる。
森が広がっている。
魔界に広がる樹海の中。
今、俺はそこに一人で立っている。
王国と違って魔界の森はどこか寒々しい。
北に位置するので確かに気温は低い。
しかし物理的な温度以上に寒さを感じる。
子供の頃に遊んだ王国の森が懐かしい。
少しだけ故郷のことを思い出した俺は、理屈ではなく王国へ戻りたくなった。
さて、どうやって戻るか?
このまままっすぐ南へ進めばすぐにリリム山脈にぶつかる。
一番早いのはこのルートだろう。
しかし不安がある。
中央軍の侵攻ルートと重なってしまうからだ。
中央軍は今一番勢いのある軍団だ。
位置関係からこのまま南へ進むと背後を襲われる可能性がある。
山脈を越えている最中に出くわしてしまってはひとたまりもない。
アレン達が拠点を落としてくれればいいんだが……
そうすれば中央軍の侵攻は止まり、安全に山脈を越えられるだろう。
つい先程まで仲間だった4人を思い出す。
今頃どのあたりを進んでいるだろうか?
魔物の不意打ちをくらっていないだろうか?
ケガはしていないだろうか?
意外にも俺はかつての仲間達を心配していた。
この深い森の中で一番怖いのは不意打ちだ。
立ち並ぶ木が死角をいたるところに作っている。
索敵は絶対に必要だろう。
常に先頭に立ち、魔物の気配がないかどうか探っていたのは俺だ。
盗賊以外には難しい役割なんじゃないか。
……
俺はまた無駄なことを考えている。
パーティからは先ほど追放されたのだ。
それに俺がいなくてもアイツらならきっとうまくやるだろう。
なにせアレンは国民の期待を一身に受ける勇者だ。
東軍の軍団長を粉砕した一撃も記憶に新しい。
俺の心配など無用だ。
思考を戻す。
そう、アレン達が中央軍をいつ頃落とすのか。
地図を頭に広げてみる。
アレン達はスムーズに行けば3日後には拠点に到着し、軍団長を倒してしまうだろう。
そうなると中央軍はしばらく沈黙することになる。
しかしこの想定は限りなく順調に進んだ場合だ。
東軍の拠点を落とした時も不測の事態はいくつもあった。
予期せぬ伏兵、至る所にしかけられた罠、砦の中の迷路。
嫌な思い出がいくつか浮かぶ。
アレン達ならいつかは乗り越えてゆくだろう。
ただそれがいつ頃になるかなんてハッキリと予想はできない。
やはりこのまま南へ進むと中央軍に襲われる可能性がある。
別のルートを探す必要がある。
俺はもう一度この島の全体像を思い浮かべてみた。
現在、魔族は魔界にある3つの拠点からウィングフィールド王国を攻めている。
それぞれの位置から西軍、中央軍、東軍と名付けられている軍団だ。
このうち東軍は30日ほど前にアレン達と拠点に攻め入り、落とすことに成功している。
軍団長を倒した結果、軍団はチリヂリとなったのだ。
その後俺たちは拠点となっていた砦に火をはなった。
再び前線基地として利用されることのないよう、できるかぎり破壊をしたのだ。
まだ再編は済んでいないだろう。
軍団としての機能は回復していないはずだ。
これは現場を自分の目で見ているので確信が持てる。
それに対して西軍の情報はあまり耳に入ってこない。
少ない噂を聞くかぎり、王国への侵攻にはそれほど積極的ではないらしい。
かつての東軍、または中央軍に比べればほとんどいないようなものだ。
しかし存在しているのは間違いない。
沈黙を破り、いつ本格的に動き出すかは分からない。
楽観視するのは危険だろう。
3つの魔王軍の状況を比較してみる。
中央軍:危険
東軍:比較的安全
西軍:不明
今俺がいるのは中央軍の拠点近く。
考えてみるとここに一人でいること自体が危ないのではないか。
いつ中央軍と出くわすか分からない。
まずは危険の少ない東に進むのが得策だろう。
それから南下して山脈を超えよう。
かつての東軍侵攻ルートの近くになるが、他の道よりは安全なはずだ。
方針は定まった。
俺はひとまず考えるのをやめ、東へ向かうことにした。