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王子との出会い




マリアンヌと三歳しか違わない兄は、マリアンヌからしたら何でも知っていて、頼めば何でもしてくれて、何よりも優しかった。生まれて、物心つく前に妹が生まれてしまって、母と父の愛が少ない気がした。そのせいか、マリアンヌは突然できた兄のロバートに甘えるようになってしまっていた。

勉強をする兄についていっては同じ部屋で一人遊んでいた。ただ傍にいるだけで安心できた。どんなことを言っても嫌な顔をせず、マリアンヌの我儘を聞いてくれる唯一の存在。






其れに変化があったのは、7歳の時、3歳年上の婚約者が出来た時だった。

童話のお姫様になったような、魔王から救い出してくれる迎え方ではなかったが、金髪碧眼の王子そのものの顔立ち、綺麗な男の子が優しくエスコートをしてくれるだけでマリアンヌは舞い上がって喜んだ。自分とは初対面でも、兄とは何度か会っているらしく、話題は尽きなかった。

王子には自分と1歳しか違わない妹がいるせいか、マリアンヌを邪険にすることもなく、たわいもない話を最後まで聞いてくれた。

王宮に会いに行ったこともあったし、家に来てくれることもあって、定期的な逢瀬は着実にマリアンヌに恋の果実を実らせた。公務や休暇でどこかへ行ってしまう時は手紙を書いてくれて、その返事に悩んで兄に相談したのは良い思い出だ。いつも笑顔の兄が王子の話をすると、ほんの少しだけ嫌そうな顔をするのが、面白かった。兄以外に初めて夢中になった人だ。









そんな関係に転機があったのは10歳の時、嵐の日、王家の馬車が崖に落ちたことがきっかけだった。王と王妃は別の馬車だったので無傷だったのだが、王子と王女が乗っていた馬車が転落し、王子は助かった。妹の王女は打ちどころが悪くて亡くなってしまった。まだ8歳だった。国葬に参加した際、外傷が目立たず、ただ寝ているだけと錯覚してしまうほど綺麗な寝顔だったのを覚えている。




あぁ、其れからだ。王子がおかしくなってしまったのは。




喪に服している間は一切の接触をしなかった。王子自身が落ち着いて連絡が来るのを待っていた。けれど3か月が経ち、半年が経っても何も音沙汰がなく、不安になって、ただ体調を心配する手紙を送った。其れでも返事が来ず。

落ち込む妹の為に、王子の友でもあるロバートが特別に王宮まで連れ出してくれた。











王宮の庭園のテラスで、お行儀よく座って待っていた。自ら会いに行くなど王子の迷惑だっただろうか、手入れされた色とりどりの花たちは王子の心を和ませてくれただろうか、と庭師の作品たちを眺めた。

そこで護衛に連れられて、随分久方ぶりに会った王子と目線が合った瞬間、ぽろりと頬を涙が伝った。色々心配して、感情が爆発したのだ。


はしたないと怒られても仕方なかったが、王子は自ら歩み寄ってくれ、思いのほか強い力で抱きしめてくれた。


あぁ、王子も同じ気持ちだったのか、嬉しくて顔を見上げた瞬間。





「リリーシュ!こんなところにいたのか!」




感極まって震える声と喜色を浮かべた笑みに、喉まで出かかった言葉は止まった。

リリーシュは王女の名。

亡くなった、王子の妹。



「あれほど一人で出歩くなと言っておいたのに、どうして言うことを聞かないんだ!」



真剣な顔つきに、何をどう言えば良いのか、戸惑っている内に再び抱き寄せられ、胸にうずめられた。今までにない距離感に、頬が赤くなるのがわかる。けれどそんな場合ではないと、恐る恐る声を掛けた。


「あの、殿下…?」

「殿下?リリーシュ、そんな他人行儀な呼び方はしないでくれ。いつものように兄様で良いぞ」


にっこりと微笑んだ王子はすこぶる上機嫌で、マリアンヌの手を優しく取って、その感触を確かめるように何度も撫でる。

今までになく、王子の顔が近い、思わず顔を伏せた。


「そうだ、外は寒いから俺の部屋に行こう。リリーシュはすぐ風邪をひいてしまうからな」


腕を肩に回され、有無を言わさず歩き出そうとする。初めてと言って良いほどの接触に、困惑は続いていたが、自分の意志で足に力を込めた。


「どうした?」

「あ、あの殿下…!私はマリアンヌです」

「マリアンヌ…?」


目を丸くして、首を傾げる王子に、存在すら忘れられたのかと悲しくなる。


「マリアンヌは私の婚約者だぞ?」

「そうです!その婚約者のマリアンヌ・ウェルトンです!」


王子の答えに、喜びを隠せない。

必死すぎて、王子の腕を掴んでしまい、慌てて手を離す。そんなマリアンヌの様子に破顔をした王子に、わかってもらえたのかと期待を込めて見つめると。


「はは、いくら兄に結婚して欲しくないからと言って、冗談もほどほどにしないとエレン先生にも怒られるぞ」


淑女とは何たるかを何時間も説法されたくはないだろう?

ぽんぽん、と幼子を落ち着かせるように頭に手が置かれる。

違うと言っているのに、否定されれば、どうしたら良いのか、マリアンヌは途方に暮れた。それこそ王子の対応こそが壮大な冗談ではないのか。

そう思ったが、さすがに口に出すのは躊躇う。

マリアンヌの心情など知らない王子は、今度こそ私室へ向かい始める。婚約者の身で王家のプライベート空間に行くなど、あってはならないことだ。あぁ、でも王子は私を何故か、妹と思っていて、それなら良いのか?いや、駄目だろう。傍目から見たらどう考えたってマリアンヌ・ウィルトンのままだ。


「あぁ!先を越されたか!」

「ロバート?どうしたんだ、そんなに急いで」


悶々と悩みながら、王子のエスコートにされるがままのマリアンヌの前に、ロバートが駆け寄って来てくれた。

今度こそ、救世主の登場だ。


「兄様!」

「おぉ、マリアンヌ。色々混乱したと思うが、とりあえず落ち着てくれ」

「一体どうなっているの?先ほどから王子の様子がおかしいんです」

「兄様?リリーシュ、何を言っているんだ?ロバートもリリーシュに向かってマリアンヌと親しげに呼ぶのはどうかと思うぞ」

「あぁ…想像以上にどうしもない展開だ。」


髪をかき上げる兄は頭痛をこらえるように、額に指先をつけた。緩やかに頭を振った後、意を決したように微笑んだ。


「殿下、王妃様がお呼びですので、妹姫のエスコートは私にお任せください。…これでどうだ?」

「なに、母上が?…わかった。すぐに行く。リリーシュ、すまいないが、ロバートと待っていてくれ」



臣下の礼を取ったロバートに、悠然と頷いた王子は、残していく非礼を詫びた。

反応に困ったマリアンヌだったが、実の兄に無言で頷かれ、仕方なく了承の意を返す。



去っていく後ろ姿に、思わず引き止めたくなるのは、久方ぶりの逢瀬が短い時間で終わったせいだ。なんでこんなことになったのか、沈痛な面持ちのマリアンヌとは反対に、ロバートは肩の力を抜き、間延びした声で笑った。




「やれやれ、さぁ、マリアンヌ。家に帰ろうか」

「え?!お兄様?王子のことは」

「その件も家に帰ってから話そう。ここはいつ誰が来てもおかしくないからね。大丈夫、王妃様が上手く取り成してくれることになっているから」


悪戯っぽく片目を瞑ったロバートは、お茶目に笑った。大人に対しては、優等生の顔を標準装備しているが、マリアンヌの前だけで年相応の少年の顔になる。


「では、姫。僭越ながら私がエスコート致しましょう」

「…よろしくお願いしますわ」


だからマリアンヌもふざけて片手を差し出した。

その手の甲にキスを落とす兄を泣きそうな顔で見つめながら。



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