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マリアンヌの結婚式

短編として書きたかったんですが、長くなったので連載にします。短い間ですが、よろしくお願いします(`・ω・´)ゞ




建国1390年、春の旬。この日、ランディア王国で王太子と爵令嬢マリアンヌ・ウェルトンの婚儀が盛大に執り行われていた。王都にある大聖堂には国中の貴族たちが一堂に会し、長く赤いヴァージンロードを彩る。



「汝を妻とし、今日よりいかなる時も共にあることを誓います」


「幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓います」


「では、誓いのキスを」



総レースで作られたウエディングドレスは花嫁の陶磁のような肌に吸い付くようで、華奢な体形を目立たせていた。

ゆっくりと両手でヴェールを上げていくと、隠された顔があらわになる。


長い睫毛がふるりと、揺れ、いささか緊張な面持ちで王子を見上げるのは、幼い頃からの婚約者。

小さな顔、聡明さを含んだ黒曜石の瞳、長く美しい蜂蜜色の髪は綺麗に結い上げられ、装飾品がちりばめられている。

幼き日に会った少女は美しくに成長していた。令嬢には珍しく青色が好きで、夜会がある度に色々なドレスを送ったのは懐かしい。

人見知りの妹とも仲良くしてくれて、彼女もこれから義姉になる相手にすこぶる懐いていた。

二歳年下の妹のリリーシュは病弱でよく夜会を休んでいた。たまに参加する慣れない夜会ではなるべく一緒にいるようにしていたが、それでも王子にも付き合いがあるため、心細い時はよくマリアンヌが世話をしていてくれた。礼儀作法等をリリーシュが大人ぶって教えた時も嫌がる訳でもなく付き合ってくれ、親しい二人が仲良くしている様子は微笑ましく、こちらの立場としても嬉しかった。

いつも後ろにくっついてきた可愛らしいリリーシュもいつの間にか成長し、兄様と呼んでくれなくなったのは少し寂しい。

それでも、愛しいマリアンヌが今度から王宮にいてくれると思えば、笑みが零れた。

幼き日に結ばれたマリアンヌとの婚約は、王家の地盤を固めるための政略だった。けれど一目会った瞬間から二人とも相手と出会う為に生まれてきたのだと思うほど、なくてはならない存在になったのだ。



「君を生涯、愛し続けることを誓おう」



こそり、と彼女の耳にだけ届くよう告げた言葉は、少し悪戯心を含んでいたが、本心でもあった。



「…どうか、どんなこともあろうとも、その言葉を取り消すことのないように、願いますわ」






緊張しているからか、固い表情は消えなかったが、縋るような眼差しに力強く頷き、前に屈む。



閉じられる瞼。



重なり合う、唇。



あぁ、これが幸せなのか。



心の奥底からにじみ出る温かい感情に、名前をつけるなら何が良いだろうか。







「神の前で宣言された二人に祝福を」




牧師の言葉に、割れんばかりの拍手が沸き起こる。麗しき花嫁と花婿に、皆見とれていた。

見知った顔に目線であいさつし、その中で彼女の兄であり、自分の友を見つけ、自然と上がる口角、対照的に彼は忌々しそうに顔を顰めた。

ウェルトン公爵の長男、ロバートは長身の美丈夫だ。流れる漆黒の髪に翡翠の瞳、ウェルトン家には娘しかないため、分家からの養子を取ったのが彼だ。

どことなく自分の妹と良い仲だと思っているが、当人達はあくまでも恋情はないと言う。

気難しい表情をしているのは、自分の妹と友のキスシーンは直視するには少し気恥ずかしいのかもしれない。








「さぁ、殿下」



神父の催促に、王子はマリアンヌの顔を見て、傍に腕を差し出し、二人で歩き出す。

練習通りだ。




けれど、王子の心臓は先ほどとは違った意味で心臓が騒いでいた。


「…マリアンヌ?」


小さく問いかければ、掴まれた腕に力が込められる。








強く唇を閉じ、じっと前だけを見つめた少女は、顔立ちも色彩もマリアンヌによく似ていた。




けれど。




王子が愛したその人ではない。





「君は、…誰だ?」






小さく呟いた王子の疑問に答えてくれる者はいない。






婚儀は滞りなく行われた。






















「殿下!お待ちください…!」


大聖堂の扉から出た瞬間に、少女の細い腕を乱暴につかみ、足早に歩き出す。

その様子に侍女達は制止の声をあげたが、王子はその声に応えなかった。

しばらく歩いたところで、誰もいない個室へ少女を連れ込む。部屋に入ると、彼女の腕は離したが、扉の前に立ち、逃げ道は防ぐ。


「さぁ、これで二人きりだ。マリアンヌによく似た君は誰だ?こんなことをしてどうなるのかわかっているのか!」


怒鳴り声に、目を丸くした花嫁は、其れでも頑なに首を振った。



「…おっしゃっている意味がわかりません」

「わからないというのか?!君はマリアンヌではないだろう?」

「いいえ。私はマリアンヌですわ。先日もディーン公爵家の夜会に一緒に行ったではありませんか。殿下がくれた瑠璃色のドレスを着て、家に馬車で迎えに来てくれましたでしょう?」



胡桃色の髪の女は、今日初めて笑みを浮かべていた。自嘲にも似た其れは、マリアンヌには似合わない。

ねっとりとした声音と、得体のしれない相手に自然と背筋が震える。



「そんなことは、調べればすぐにわかることだ」

「ふふ、納得できないのでしたら、公爵家に確認していただいて構いません」

「よかろう。そんなに自信があるというのなら、すぐに調べてやる」


何の自信か、余裕さえ伺える態度に王子は先ほどの場所にいた、実の兄であり我が友を連れて来ようと思い立つ。

勢いよく部屋の扉を開けると、其処には。



「確かめなくても良いよ。僕が保証しよう、彼女は正真正銘、マリアンヌだ」



何故か、嬉しそうに微笑んでいるロバートが立っていた。


「ロバート…何の冗談を」

「冗談?それを言っているとしたら君の方だ。花嫁を疑うなんて酷い話だ」


大丈夫かい、マリアンヌ。と少女を労わるように抱き上げ、髪にキスを送られた彼女はうっとりと頷く。二人の様子は仲睦まじい兄妹そのものだ。


でも、違うのだ。


何が、と聞かれて明確に言うことは出来ないのだが。


でも確かに。


拭いきれない違和感を、例え本人が、友が、肯定しようとも、消し去ることは出来ない。


彼女はもっと自由で、朗らかに、笑っていた。


無垢な瞳にうつるだけで、心が浮き立ち、逆らえない重力のように、彼女の魅力に惹かれていた。


自分も紛れようもない熱を帯びた眼差しで見つめ、二人で居れば何の不安も生まれなかった。


なのに、目の前の彼女は、18歳にもなると言うのに、その身体は全体的に細く、どこかあどけなさを残しながらも、油断ならない雰囲気を纏っている。


まるで、夫になるべき人が信用ならぬと告げるような、剣呑さを含ませた視線。艶めいて濡れた瞳と言うよりは、空虚を載せた漆黒が王子を追いつめる。




「殿下がどんなに否定しようとも私は、ウェルトン家の娘マリアンヌですわ。国の為に生き、いずれ王妃となり、王となった貴方を支えましょう」



何かご不満でも?年下の少女の迫力に、王子は思わずロバートを見やる。けれど、彼も笑みを浮かべるだけで、何の手助けもする気はないようだ。

王に呼ばれたから仕方なく、この場はお開きにすることとして、不本意ながら花嫁と義兄と共に披露宴へと戻ることになった。









何が可笑しいのか、この兄妹は一日中笑っていた。



不気味さを感じて、花嫁を視界に入れないように努めた王子は気が付かなかった。



花嫁の兄のささやきに。








「まさかこのタイミングで正気になるとは、な」




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