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雑記  作者: ウボ山
3/4

遭遇-2

「粗茶ですが」

「粗茶ってなに? 粗暴なお茶?」

「粗品じゃない?」

「粗末な茶だよ」

 私は当てつけのようにドンと湯のみを置いた。今のでまた梁から塵が落ちただろう。


 苛付きを抑えるために、私は粗末な茶を一息に呷った。

 少し渋い味がした。

 このお茶大丈夫だろうか。ここ数年は飲んだ覚えがない。

 もしかしたら発酵してよくわからない何かになってしまっているかもしれないが、まあ死にはしないだろう。


「それが客に対する態度ですか? 粗暴ですよ?」

「お客様は神様なんだよ?」

「君らは貧乏神だろうが」

 扉の修繕費用のことを考えると頭が痛くなる。久しぶりにDIYでもやろうかと思ったが、めんどくさそうなのでやめた。

 数少ない私のDIY作品である愛用の椅子に腰掛けると、ギシギシと嫌な音が鳴った。

 もうこの店には嫌な音が鳴らない場所は無いのだろうか。


「で、君らは何の用でここまで来たんだ、人の店の扉にタックルまでして。まさか扉の業者の回し者じゃないだろうな」

 私はそう言って、目の前に座る客共を見据えた。

 二人の客は両者ともに少女であり、人形のように整った顔をしている。

 少なくともこんな胡散臭い店が似つかわしい人間ではない。


「クラブ活動だよ」

 背の小さい方の客がそう言った。


 はて? こんな汚い店に来ないといけないような部活がこの世に存在するのだろうか?


「オカルト研究部」


 ……なるほど。


 オカルト研究部。


 occult【形容詞】

 1神秘的な,不思議な;超自然的な,魔術的な,オカルトの.

 2[the occult;名詞的に;単数扱い]神秘的なもの,オカルト.


 オカルト研究部とはオカルトを研究する部活である。つまりオカルト研究部とはオカルト研究部に他ならない。オカルト研究部はオカルトを研究の対象とし、オカルト研究部がオカルト以外の事象を研究対象とすることは無い。要するにオカルト研究部の対象となったものはオカルト以外に有り得ないと言える。

 つまり――――


「つまり私の店はオカルトであると?」

「うん」

「この辺で変な所ないですか? って人に聞いたらほとんどの人がここを迷うことなく答えてましたよ」


 確かにこの店の外観はそれはもうものすごくアヤシい雰囲気を醸し出しているのかもしれないが、実際は大したことのない雑貨屋で――――


 ――――なかった。


 言われてみればバリバリ怪しく妖しいオカルトだった。


「確かに言われてみればこの店はオカルトの宝庫だ。宝と言うほどのものでもないが」


 私がそう言うと、二人の客は途端に目を輝かせ食いついてくる。


「じゃあなにか見せてくださいよ! なんかこう呪術的なアレとか!」

「ソレとか!」

 彼女らは身を迫り出して私に迫った。

 若い女子に迫られて悪い気はしないが、ツバが飛んできているので幸福よりも不快感が勝った。


「あー、だが君らの言う『オカルト』とは若干食い違うかもしれない。しかしオカルトを『超自然的なもの』と捉えるならば、ここは間違いなくオカルトだらけだ」

 私がそう言うと、二人の客は少し考えるようにしてお茶を一口飲んだ。

 すぐに顔を顰めたあたりやはり渋いらしい。

 茶を飲み込むと、一人が思い付いたように言い放った。


「そう言えば粗末なお茶菓子は無いんですか?」

「あっ、私は饅頭が怖いなー」

「渋いお茶は怖くない」

 最近の子供は食い意地が張っている。

 私はため息をつき、戸棚の方へと向かった。


 しかしこれはチャンスとも言える。

 一人では消費しきれない「アイテム」を彼女らに食べてもらえばいい。

 確かこの辺にあったはずだ。


 ゴソゴソとやっていると目的の物が見つかった。

 私は戸棚から高級そうな箱――「アイテム」を取り出し、机に置いた。


「全然粗末に見えないけど」

「だが間違いなく君らの望んでいるものだよ」


 私は箱を開けて、中身を取り出した。

 その中身はいかにも高級そうなお菓子であり、断面には樹木の年輪のような模様が浮かんでいた。


「これって……」

「バームクーヘンですよね」


 そう、確かにこれはバームクーヘンだ。ある一点を除いて。


 その中心には穴が無いのである。


「『穴の無いバームクーヘン』、オカルトだろ? どうやって作られたのか全く想像がつかん」

「確かにこれは……」

「すごく不自然だよね……」


 そのバームクーヘンの様相は異様としか言いようがなく、年輪のような模様の中心はどうなっているのかわからない。


「しかし、このバームクーヘンのもっと恐るべき特徴というのは他にある」


 私はバームクーヘンをナイフで放射線状に切り分け、皿に載せた。


「どうぞ、召し上がれ」

「……何か味に異常があるんですか?」

「いや、大丈夫だ。ただよく見てくれ」

 私がそう言うと、彼女らはしげしげとこのバームクーヘンを見始めたが、特に何も感じないようで頭に疑問符を浮かべていた。


「気付かないのか?」

「何も」

「ただの穴の無いバームクーヘンだよね」

「その認識が異常なんだ」


 私は切り分けられたバームクーヘンを手に取る。


「まず、そっちの君」

「はい」

「私が箱からこれを取り出した時、すぐにバームクーヘンだと言ったよな? 何故だ?」

「何故って……それがバームクーヘンだから?」

「だが、この形状からこれをバームクーヘンと捉えるのは難しくないか?」


 そのバームクーヘンの形は平ぺったい円柱に過ぎず、バームクーヘンの代名詞とも言える穴はないのだ。

 これを一目見てバームクーヘンとは普通は思わない。


「こう切り分けてみるとどう見てもバームクーヘンには見えないだろ? なのに私たちにはこれがバームクーヘンだとわかる」

「言われてみれば……」

「確かに……」


 切り分けられたそのバームクーヘンはもはやバームクーヘンの様相を保っておらず、普通ならこれを見てバームクーヘンだと判断できる人間はほぼいないと見ていいだろう。


「恐らく人間の認識能力に何らかの作用を及ぼしていると見える。そこでちょっと試したいことがあるんだが……」


 私はそのバームクーヘンの端を少しだけちぎり、彼女らに持たせた。


「これをその辺に歩いている人に見せて、これが何に見えますか? と聞いてみてくれないか。多分面白いことになるだろう」

「わかった」


 そう言うと彼女らは急ぎ足で扉を開き外へと出て行った。

 私は一息ついた気分で天井を見上げた。相変わらずボロい。


 恐らく彼女らのもらう答えは「バームクーヘンの欠片」だろう。

 切れ端で効果が出るのだから欠片で出ない道理はない。

 恐らくあのバームクーヘンは自らをバームクーヘンだと他者に認識させる力があるのだ。


 私は渋い茶を啜り、顔を顰めながら飲み込んだ。

 やはり古い茶は駄目だ。今度新茶を買ってくるとしよう。


 もちろんあんな妙なバームクーヘンが市井で売っているわけがない。


 生えてきたのだ。


 私は徐に立ち上がり、大きく伸びをした。

 全身からバキバキと嫌な音がした。


 この店は妙なものを引きつける。

 どこからともなく「商品」が生えてくるのである。

 そしてその商品は必ず何か妙な性質を持っている。


 私は扉の方へと歩みを進めた。


 そう、この店は変なものを引きつける。


 私は扉の鍵を閉めた。


 この店に引き寄せられるものは、総じて禄なものではないのだから。


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