遭遇-1
久しぶりに訪れた客なので、私は丁重に入店を断ることにした。
私には本を読むという大変高尚な使命が残っているのである。
ひとまず居留守を使うことにする。
呼びかけの後暫らくすると、痺れを切らしたのかドアノブがガチャガチャと乱暴に回された。
しかし、鍵を閉めているわけではないのだが一向に開く気配は見えない。
自慢じゃないが、私の店は至るところがボロいのである、自慢じゃないが。
特に扉の立付けに関しては抜群に悪く、数十分格闘しなければ開くことはできないのである。
だから客が来ないのかもしれないと私は気付いた。
「すいませーん、誰かいませんかー? いなければ返事してくださーい」
なんか無茶なこと言ってるが無視だ無視。
「いないのかな? 鍵かかってるみたいだし」
「いや、この扉暫く開いた気配が無いよ、絶対中にいる。タックルでもして開けようか?」
どうやら訪問者は二人組のようで、何やら不穏な相談をしている。ちょっとヤバい奴らなのかもしれない。
尚更接客をする気が失せた。
「いや、あれって内開きならともかく外開きなら意味無くない? 玄関扉は大抵外開きでしょうに」
「やってみなくちゃわからないよ。この扉というか、この店ボロそうだし案外行けるかも」
このまま傍観していると今にも扉にタックルを仕掛けられそうだったので、私は仕方なく応対をすることにした。
私はとりあえず挨拶をしようとして口を開いたが、不思議なことに声が出ない。
人間長い間誰とも話さないと、声の出し方を忘れるらしい。
一つ二つ咳き込んだ後、私は声を発することに成功した。
「あー、お客様ですか」
「あらこんにちは」
「ちは」
扉の向こうから聞こえる声は、若い女のものであった。
少し接客する気が湧いた。
「誠に申し訳ありませんが、ただ今店主は留守にしておりますので、一昨日に出直してくださいませんでしょうか」
「だって」
「どうする?」
「留守だったら押し入っちゃえばいいんじゃない?」
「その通りだね」
やはり危ない人たちなのかもしれない。接客する気はほぼ0となった。
しかし、このまま居留守を押し通していればタックルは避けられないだろう。
やり過ごすことはできないと判断し、私は仕方なく客を迎え入れることにした。
「あー、すいません。店主いました。めっちゃいます」
「店主めっちゃいるんだって」
「四天王的な?」
私は背後に展開されている惨状を振り返った。流石にこんな状況の店内に曲がりなりにもお客様である人物を招くのは憚られる。
「ですが、あの、店内がすごく健康を害すると言いますか、直ちに人体に影響は無いと言いますか、とにかくそんな感じなんで暫く待っていただけないでしょうか」
「わかりました」
「さっさとよろしく」
私はできる限り急いで店内の掃除をすることにした。埃が舞い、床が軋み、天井の梁から塵が落ちる様子を見るとモチベーションは嫌でも下がるが。
とりあえず完全に掃除をすることは不可能と思われるので、埃は部屋の隅に集め、本は適当に机に積むことにする。
この作業がかなりしんどい。
まず本やら鉛筆やらその手の小物が床に散乱しているため、まずそれらを片付けなければならない。
それが終われば床に適当に掃除機をかける。
問題は部屋に漂う埃だ。
本来ならば換気をするところなのだが、外には例の風鈴があるため下手なことはできない。
しかしこの店には空気清浄機なんて便利なものはない。
私は気休め程度に掃除機で埃を吸ってみた。
……幽霊退治をしてる気分である。
十分ほどゴーストバスターをすると、何となく空気が綺麗になった気がしたので、お客を招き入れることにした。
「お待たせしました。お掃除が終わりましたのでどうぞお入り下さい」
「あら、除染作業の割には早く終わったんですね」
「放射能ダダ漏れなんだと思ったのに」
自分の店を避難指示区域扱いされたのにも関わらず、不思議と私の心に怒りはなかった。
掃除をやり遂げたという達成感が私の心を埋め尽くしていたからである。
「じゃあ鍵開けてくれます?」
「鍵なんてかかってませんけど?」
「え?」
ガチャガチャとドアノブが回る。
「開きませんけど?」
この扉は非常に立付けが悪いので、普通に開けようとするとかなりの格闘を強いられるのである。
「開け方にコツがあってですね……若干上に持ち上げながらドアノブを捻って押すのです」
「若干上に持ち上げて……」
ガコッと何かが外れる音がした。
「捻って……」
ドアノブが回る。
「押す……!」
ドンッ!
「……開きませんけど?」
数十分の格闘の末、結局扉はタックルによってこじ開けられた。