オーク絶対殺すマン
その男の姿は地獄から這い出てきた悪鬼に見えた。
使い古された鎧は返り血で真っ赤に汚れている。
片手でも両手でも使える長さの剣は切れ味よりも頑丈さを重視しているようだ。
その男は崩れ落ちた巨躯を蹂躙するかのようにその剣を突きさす。
何度も、何度も、何度も。
醜悪な人型をした巨躯の化物が肉塊になるまでその行為は続けられる。
死体を冒涜するかのような行為はおぞましい何かを感じさせる。
助けてもらったというのに、まるで生きた心地がしない。
脳漿と血と汚物に塗れた男はこちらを無視するようにして歩きだす。
「ま、待ってください!」
こちらが声をかけると、足がとまる。
ゆらり、と振り向く姿はまるで幽鬼のようだ。
思わず恐怖で喉が絞まる。
言葉を何とか捻り出す。声が震えているのが自分でも分かった。
「あ、あなたは……?」
革袋の穴の向こうに隠れた瞳は見えない。
短い沈黙の時間が永遠にも感じられる。
その静寂を破った声は意外にも若いものだったが、感情のこめられていない言葉にはただただ恐怖心しか湧かない。
「……オーク絶対殺すマン。本名は捨てた」
「オーク絶対殺すマン……」
どれほどの覚悟があれば自らをそう呼ぶのだろうか。
与えられた名を捨てて、それだけの覚悟を秘められるのだろうか。
オーク絶対殺すマンと名乗った男は確かな足取りで洞窟の奥へと消えた。
オーク。
ゴブリンやコボルトと並んで駆けだし冒険者が相手取る魔物だ。
体長2メートルほどの巨躯をもち、豚の様に潰れた鼻と牙を持つ。
肌の色は灰色で、瞳は赤く、性格は粗野で凶暴だ。
集落を築き、近くの村の家畜や畑、時には人間すら襲う。
その被害のほとんどは村などの小さな集落であり、大きな街での被害はほとんどない。
オークは森や洞窟の中に集落を築くからである。
だからこそ、熟練した冒険者たちは彼らを狩ることはしない。
所謂ベテランと呼ばれる者たちは大きな街に行き、報奨金の額も桁が違うような依頼を受けて生計を立てている。
彼等の装備も、ゴブリンやオーク、コボルトと言った小物を倒す為のものではないし、そんな小物を倒し手も整備に掛かる費用や遠征費にも満たないような依頼を受けたがらないのだ。
辺境に居るような冒険者はいずれ自分達も成功することを夢見ている。
だが、オークを殺すことだけに生き続ける者がいる。
その男の本名はだれも知らない。
オーク絶対殺すマン。
ギルドにもそう登録されている男の話を少しだけしようと思う。
# # # # # #
オーク絶対殺すマンは朝に一度ギルドを訪れる。
彼の装備はほとんどが革製だ。使い古された革装備はお世辞にも見目が麗しいとは言えない。
だが、彼はそんな装備を気にしたことはない。
彼はオークを殺す為だけに生きている。
彼の装備はオークを殺すことだけに特化している。
オークは鼻がいい。
この革製の装備はオークの革で出来ている。
仲間の臭いと混じらせる為にこの装備をしている。
自分にも臭いがつくように肌身離さず装備し続けている。
彼の剣はオークの骨製だ。金属の臭いはオークに勘づかれる可能性があるからだ。
頭にかぶる革袋もまたオークの革製である。
呼気にまで気を使った彼の姿は一言で言うと変質者だ。
新人の冒険者は彼のすがたを見てぎょっとする。
中堅の冒険者は彼の事をオークしか狩れない雑魚だと罵る。
熟練の冒険者は彼の事を狂人だと慄く。
オーク絶対殺すマンは、正直言って異常だ。
彼の放つ気配は、熟練の冒険者であれば分かる。
そう、彼はオークを殺す為に自らの気配すらオークに似せているのだ。
ギルドについた彼は受付嬢の怯えた瞳にすら頓着せずにオークを殺す為の依頼を受ける。
彼はオークを殺す為に仕事を受け、オークを殺す為に働き、オークを殺す為に装備を整える。
オーク絶対殺すマンの生活は全てがオークを殺すことに繋がっている。
「お、お探しの依頼はオークですか?」
「オークを殺す依頼を頼む」
受付嬢が確認すると『殺す』を強調される。
見た目が変質者の男に『殺す』を強調されると恐ろしい。荒れくれ者に慣れている受付嬢でもこう言った手合いは苦手なのだ。
「ええと、カミノカタ村とウノホウ村、サカタ村にシモ村でオーク討伐依頼が出ています」
「全部だ」
「ぜ、全部ですか?」
「そうだ」
「しかし……」
「オークは絶対殺す、俺の手で」
「ひっ……わ、わかりました」
オーク絶対殺すマンの恐ろしさに失禁しそうになった受付嬢は依頼の受諾を許可してしまう。
だが、オーク絶対殺すマンも一人身で全てをこなすのは時間が足りないことは分かっているのだろう。
「転移陣マーカーを渡しておく。村の何処かに置いてきてくれ」
「わ、わかりました。職員を派遣しておきます」
オークを殺す為だけに使い捨ての転移陣マーカーを3つ出す。明らかに赤字だ。
本当に大丈夫ですか? と尋ねても彼はきっとこう答えるだろう。
「オークは絶対殺す、大丈夫だ」
彼の戦闘は凄惨、の一言だ。
オークは皆殺しだ。
オーク・チャイルドもマザー・オークもオールド・オークも関係ない。
全てのオークを蹂躙する。
血も涙も無く、慈悲もない。
オークの死すらも冒涜するように死体をぐちゃぐちゃにもする。
腹を割き腸を撒き散らす。
そうして、怒り狂ったオークすらも返り討ちにし、生き残ったオークを殲滅する。
何が彼をここまで駆り立てるのだろうか。
それを尋ねても彼は答えない。
ただただ、熱の籠った言葉でこう言うのだ。
「オークは殺す、それだけだ。そこに理由は存在しない」
# # # # # #
そうして討伐を終えたオーク絶対殺すマンは一日の終わりに酒を飲む。
安酒を一人で呷る姿はやはり変質者だ。
だが、彼に救われた人間は多い。
なので、その見た目や臭気を倦厭しつつも、彼を慕う者は意外と多い。それは熟練の冒険者になればなるほどだ。
だからこそ、関わりの無い中堅以下の冒険者に嫌われることは多い。
「オーク絶対殺すマンさん、飲み過ぎですよ」
「……大丈夫だ」
「飲み過ぎは身体に毒です。明日もオークを殺すんでしょう?」
「違う、酒は体の毒を浄化してくれる。俺の身体に流れる毒をこうして酒で清めるんだ……それと二日酔いでもオークは殺す、慈悲はない」
酔ったオーク絶対殺すマンは少しだけ心の守りが緩くなる。
少しずつ少しずつ、酒の席で語られるオーク絶対殺すマンの過去を聞くと何も特別な話はない。
どこにでもある村で何処にでもあるような幸せな家庭を作ろうとした。
どこにでもあるような事件が起きて、何処にでもいるオークに村を滅ぼされた。
目の前で妻になるはずだった女を犯された。
偶々近くに居た冒険者がオークを殺したおかげでオーク絶対殺すマンだけが生き延びた。
だが、冒険者は襲ってきたオークを全て殺したわけではなく、月日を経てオークキングへと成長したオークの進撃でその命の恩人の冒険者と、事件後居候していた家族すら死んでしまった。
そうしてオーク絶対殺すマンは復讐の鬼となった。
二度と奪われないように、彼はオークを殺す為の存在になったのだ。
そんな彼はテーブルに突っ伏して眠る。
オーク絶対殺すマンはオークが絶滅するか自分が死するその時までオークを殺しつづける。
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「いやあ!」
洋服を引きちぎられ、あられもない姿にさせられる。
がっしりと四肢を掴むその腕を振りほどくことは出来ない。
人間の男の物よりも太く長く、そしておぞましいそれを晒して下卑た笑みを浮かべるオーク。
周囲を取り囲むオークたちに汚されて、オーク達の子供を孕むだけの存在になるのだろう。
「だれか……誰か助けて……」
冒険者になった時から覚悟はしていた。
それでも絶望が身を焦がす。
そんな時、四肢を抑えていたオークの頭がつぶされた。
裸体にオークの脳漿が飛び散る。
崩れ倒れたオークの背後には、革袋を被った全身革装備の変質者。
「あ、貴方は……?」
その変質者に問いかければ、こう返事が返ってくる。
さも当たり前のように、息をするように、彼は告げる。
「俺はオーク絶対殺すマン、名前は捨てた」