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第三話 騎士の憂鬱

本日二回目の更新です。

 アランがヴァレリーの執務室に戻ると、ヴァレリーは一人で書類にペンを走らせていた。クラリスの姿が既にないところを見ると、どうやら入れ違いになったようだ。

 問われるままにアランが一通り村の状態を報告すると、ヴァレリーは大きく溜め息をつき、椅子の背に身体を預けた。

「ご苦労だったな。皆、無事だったようで何よりだ」

「聖女様のお力があったからですよ、一人の死者も出なかったのは。村自体は半壊しています」

 アランが言うと、ヴァレリーは複雑な表情でもう一度溜め息をついた。

「ああ。マユラには感謝してもし切れないな」

 ヴァレリーがそう言うのも無理はない。この二年間、国民からのオルブライト王家に対する支持や信用が、明らかに高まっているのだ。その理由が、王家に保護されている麻由良が、聖女として人々に治癒の力を施してくれていることにあるのは明らかだった。

 今回のような自然災害で、麻由良が一気に大勢の人々を助けたのは、アランの覚えている限り、今回が三回目である。逆に言えば、麻由良が居なければ大勢の命が失われていたということでもある。

 麻由良の力は稀有なものだ。だが、どうも彼女は自分の負担を顧みないところがある。

 アランは、それが心配だった。ヴァレリーもアランと同様に、麻由良のことを心配しているだろう。上に立つ者として、麻由良一人に負担がかかってしまっていることに、歯痒さを覚えているのは間違いなかった。

「こちらからも一つ伝えておかねばならないことがある。隣国の間者が、新たに数名、王都に来ているらしい。目的は『聖女』だそうだ」

 ヴァレリーの言葉に、アランは眉根を寄せた。

 近隣諸国へ間者を放つのは、それぞれの国が政を円滑に進めるためによく採られる手段である。相手の弱みや強み、望んでいることや、されると嫌なことを知ることで、外交を有利に進めることができるのだ。この王都にも複数の国の間者が入れ替わり立ち替わりしながら潜んでいることは、アランもよく知っていた。

 それが今回、新たな間者が王都に来たという。しかも目的は『聖女』。連れ去るつもりなのか、ただ単にその力を見極めに来たのか、詳細はわからないが、警戒するに越したことはない。

 国内の貴族たちでさえ、聖女に取り入ろうと機会を狙っている者が大勢いるのだ。ヴァレリーとアランがそういった目から麻由良を守ってはいるが、一度麻由良を夜会へ参加させたときは酷い有様となった。自国ですらそんな状態なのだ。他国が麻由良に興味を示しても何ら不思議はない。

「まぁ、マユラがそなたと居る限り危険はないだろうが、一応伝えておく」

 アランはヴァレリーに「承知しました」と答えた。

 報告を終えてアランが部屋を辞そうとしたとき、ヴァレリーに呼び止められた。

「あぁ、忘れるところだった。アラン。そなたが出掛けている間に、クリフォード伯爵がそなたを訪ねてきたぞ」

「父上がですか?」

「不在だと伝えたら文を置いて行った」

 ヴァレリーがそう言いながら、アランに封書を差し出す。王太子を伝言役に使うとは酷い父だと呆れながら受け取り、封を破って便箋に目を通した。

 そこには予想していた通りのことが書かれていた。自然と眉間に皺が寄る。

「どうした?」

「見合いです」ヴァレリーの質問に、アランは短く答えた。「明日とは急過ぎる……。結婚など、せずともよいものを」

 手紙をくしゃりと手で握る。ヴァレリーが苦笑した。

「三十二歳になったというのに、お前が相手を決めようとしないからクリフォード伯爵は心配しているのだろう」

「伯爵家は兄上が継ぐんですよ? もう子供も二人いる。今さらわたしが婚姻を結ばなくても問題はないはずです」

「親としては、自分の子供には結婚して欲しいんだろう」

 そんなこと、言われなくてもわかっている。アランは手の中でぐしゃぐしゃになった手紙に目を落とし、嘆息した。一度、父ときちんと話さなければならないようだ。

 アランとヴァレリーは、主従の関係であるが、それ以前に幼馴染でもある。同じ年齢だということも幸いし、無二の親友と呼べるほどの仲となった。二人きりのときであれば、お互いに言いたいことを言える間柄なのだ。

 だからこそ、どこか面白がっている様子のヴァレリーに一矢報いたいと、アランはヴァレリーの事情へと話題を変えた。

「そういうヴァレリー様こそどうなんです?」

 先程ヴァレリーはまるで他人事であるかのように言っていたが、彼自身も未だ独り身である。

 顔を上げたヴァレリーがアランを軽く睨んだ。

「確かに私は未だ未婚だが、私には許嫁がいるからな?」

「知っていますよ、ヴァレリー様がクラリス嬢とご婚約なさっていることくらい。わたしが言いたいのは、いい加減にクラリス嬢と結婚なさってはいかがです? ということです」

「──わかっている」

 そう言いながら、ヴァレリーはアランから目を逸らした。アランは大袈裟に溜め息を付く。

「クラリス嬢のことがお好きなんでしょう? 幸いなことにクラリス嬢はヴァレリー様の許嫁です。何を迷う必要があるんです?

 クラリス嬢とお逢いできる時間を増やしたくて、聖女様の世話係をお任せになった……ということくらい、わたしが見抜けないとでも?」

「そ、れは……」

 誰の目にも明らかな程に狼狽えたヴァレリーを見て、アランは満足気ににっこりと微笑んだ。

「ヴァレリー様の思惑くらいすぐわかりますよ。何年の付き合いだと思ってるんですか。……まぁ、クラリス嬢は気が付いていないようですが」

 渋い表情でアランを睨むヴァレリーに、アランは追い打ちをかけた。

「逃げられても知りませんよ」


   * * *


 翌朝、小鳥の囀りが聞こえてきて、麻由良は目を覚ました。

 重い瞼を開けると、まず目に入ったのは大きな窓だった。どっしりとしたカーテンは既に開けられ、レースのカーテンだけがひらひらと風に舞っている。その向こうには、青空が広がっていた。

 あれから眠ってしまったらしい。だるくて動かすのも億劫だった手足は、また動かせる程度に回復している。寝返りを打った麻由良は、自分の寝る天蓋付ベッドの傍らに、クラリスがいるのに気が付いた。

「マユラ様。おはようございます」

 涼やかな声でクラリスが言い、鳶色の瞳を細めた。

「クラリス……」


 クラリス・ファリントン。それが彼女の名だ。ファリントン侯爵家の長女で、ヴァレリーの婚約者だ。

 ここに住み始めるのと同時に、元の世界とこの世界とで生活習慣に様々な違いがあるだろうからと、ヴァレリーが世話役として寄越してくれた女性でもある。

 クラリスは侯爵令嬢の名に恥じぬ美しい娘だ。賢く博識で、品がある。貴族社会における礼儀も作法も知らない麻由良を温かく迎え、あれこれと世話をしてくれている。

 最初こそ住む世界の違いに近寄り難く思っていたのだが、今ではすっかり打ち解け、親友のように思っている。

 麻由良の一つ年下で二十四歳とのことだったが、信じられない程に大人びていて、麻由良よりも年上にすら見える。

 麻由良はクラリスの年齢を聞いて驚いたが、それはクラリスも同じだったらしい。

「もっとお若いだろうとお見受けしていました」

 と呆然とした表情で言われてしまったときには、憮然としたものだ。

 実際、麻由良が自分の年齢を告げるまで、クラリスだけでなく、同じ三十二歳同士だと聞いたアランとヴァレリーも、どうやら麻由良のことを十七、八歳くらいの少女と見ていたようだ。三人がやたらと過保護なのは、そのせいだろうと麻由良は思っていた。


「また、力を使い過ぎたそうですね」クラリスはそう言いながら小さく嘆息した。「もう少し、自分を大切になさってください。マユラ様の癒しの力は、マユラ様ご自身には使えないんでしょう」


 クラリスの言う通り、麻由良の治癒の力は、麻由良自身に対しては発動しなかった。

 この城で暮らし始めてすぐ、まずはこの力の使い方を知ろうと、わざと指先をナイフで切ってみたことがあるのだが、どうやっても治癒の力は発動しなかったのだ。その後部屋へとやってきたクラリスが、指からポタポタと血を流す麻由良を見て悲鳴を上げたのは言うまでもない。

 力を使うことのできる機会は限られていたが、それでも、何度か使う内にいろいろとわかってきた。

 まず、亡くなってしまった命を取り戻すのはできないこと。力を使うには、それなりに集中しなければならないこと。怪我や病気の程度によって疲労の度合が変わり、重い症状であればあるほど疲労感が大きいこと。そして、気を失う程に気力を使い果たしてしまった場合、意識を取り戻してからもしばらく満足に動けなくなってしまうこと。


「ごめんね、心配かけて。でも、私、この世界に来て本当にみんなに良くして貰ってるから、少しでも恩返しがしたいのよ。私にできることなんて、この治癒の力を使うことくらいだから」

 麻由良は身体を起こすとそう言った。

 クラリスは未だ心配そうな表情をしていたが、麻由良が着替えたいと伝えると「では、ドレスをお持ちしますね」とクローゼットへ向かった。

 麻由良に与えられた部屋は、麻由良の基準では相当に広い。この世界に来る前に住んでいた、1Kの賃貸アパートがそのままそっくり三戸分は入ってしまいそうだ。天蓋付ベッドと大きなクローゼットは、その部屋の隅に置かれている。残りの広いスペースには、ソファーとテーブル、書き物机、書棚、ドレッサー、などが置かれていた。それでも全く狭いと感じることはない。

 クラリスが持ってきてくれたドレスに袖を通す。クローゼットの中はすべて、クラリスが見立ててくれたものである。どれもが麻由良の身体に合わせて作られた、いわゆるオートクチュールの品だ。ドレスとは言っても、そのどれもがコルセットを使わずに着ることのできる、町娘が着るようなデザインのものばかりである。動きやすいものにして欲しいという麻由良の希望をクラリスは叶えてくれていた。

 麻由良が着替え終わり、クラリスが麻由良の長い黒髪を簡単に結ってくれたところで、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。

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