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お伽話の風

月のかけらを食べた姫

作者: K+

 タットフという国に、トファというお姫様がおりました。

 くるくるした茶色い髪。くりくりの青い目。つやつやの白い肌。ほっぺと唇はバラ色です。

 トファ姫は食べることが大好き。

 朝ごはんが大好き。

 朝ごはんから少しして食べる果物も大好き。

 昼ごはんも大好き。

 昼ごはんの後で、なみなみとつがれたミルクを飲むのも大好き。

 おやつも大好き。日替わりで、国のお菓子屋さんのおすすめを、いろいろと。種々様々な飲み物と一緒にいただきます。

 そしてもちろん、晩ごはんも大好き。

 晩ごはんから少しして食べる果物も大好き。

 大人になったら、塩辛いものをつまみながらお酒を飲むのが今から楽しみ。

 夜食も欠かせません。

 朝ごはん前に飲むジョッキ一杯のホットレモネードを夢見ながら、ベッドへ入ります。

 そんなトファ姫は運動が大嫌い。

 食堂へ行くのも面倒なので自分の部屋へ食事を運ばせたいのだけれど、それは国王のお父様が許してくれません。渋々、食堂までは歩きます。

 お姫様が幼い頃は、ころころして可愛らしい、と城の人達もにこにこしていました。

 今では、ごろごろして太ましいお姫様です。

 トファ姫が城の廊下を歩く時、広いはずの廊下が急に狭くなったように見えます。他の人達は逃げないと壁に挟まれて潰されます。近くで水を入れた器などを持って歩くことはできません。震動で水がこぼれてしまいます。

 ある冬の深夜、お姫様がベッドの上で寝がえりをうったら、とうとうベッドの足が折れてしまいました。

 床に転がったはずみで轟音が城に響き渡り、王様が飛び起きる羽目になりました。

 翌朝、王様は苦い顔で、お姫様に言いました。

「トファ、もう少し食べるのをひかえなさい」

「でも、わたし、もうずいぶん我慢しています。おやつをたった二品に絞っているくらいです」

「では、もう少し運動しなさい!」

 王様が目をつり上げたので、トファ姫は言い返すのをやめました。

 けれども、これ以上食べる量を減らすのも、運動するのも嫌です。

「食べても太らない物ってないのかしら」

 城の台所へ出向いてきいてみましたが、料理人達は力なく首を振るばかり。彼らは、朝から晩までお姫様の為の料理を作り続けて、てんてこ舞い。お姫様が食べているのを見ているだけで、自分が食べた気になってしまうのです。みんな、これ以上痩せたらまずいと思っているくらいです。

 お姫様は仕方なく、台所以外の人達にもきいてまわりました。すると、書庫で働いているおじいさんがすてきなことを教えてくれました。

 昨夜の地震で棚から崩れ落ちた本の整理をしていたら、とても古い本が見つかって、その中に書いてあったそうです。

「食べたら()せる物があるようです。月のかけらと言います。冬のくっきりした白金(しろがね)の月をひとかけ、スープにして飲むようです」

 トファ姫には食べても太らない物より、食べたら痩せる物の方が良いに決まっています。

 お姫様は早速、長い長い梯子を用意させました。そうして、良く晴れて月の出た夜に、城で一番高い塔のてっぺんに置きました。

 月が食べられる物だったと知ったお姫様は、空で銀色に光っているまあるい物が、異国の特製だいふくに見えました。

 向かう先に食べ物があるならば動く気になるトファ姫は、がぜん張り切って自分で梯子を登ろうとしました。ところが、なんてことでしょう、足をかけたら段が簡単に折れてしまいました。

 代わりに、一人のひょろりとした若者が登ることになりました。

 軽々登っていく姿を下から眺め、お姫様は初めて、ほんのちょっぴり真剣に、痩せた方がいいかもしれない、と思いました。

 月に辿り着いた若者は、すみっこを恐る恐る金の匙でひとかけすくいました。ガラスの小瓶に入れ、コルク栓をしっかりはめて城に戻りました。

 かけらは待ち構えていた料理人に渡されます。埋もれていた古い本を頼りに、すぐにスープが作られました。

 テーブルに着いていたトファ姫の前に、お皿が出されます。出来たての、月のかけらのスープです。

 真っ白なお皿に入ったスープは透明でした。透き通っているけれど、時折、炭酸の泡が浮き上がったかのように、ちかちかと光ります。光ると、かすかに雪に似た冴えた香がしました。

 いつも美味しく食べているごはんの匂いとは少々違ったけれど、トファ姫は好き嫌いがありません。そっと匙ですくい、一口飲んでみます。

 いっしゅん冷たい気がした後に、ポッとあったまります。大好きなポタージュに比べるとだいぶん薄味でしたが、お姫様はせっせと匙を動かし、スープを飲み干しました。

 おかわりを期待して料理人を見たら、作れたのは一杯きりです、と言われてしまいました。

 さて、その()、今までと変わりなく食べているにも関わらず、お姫様はじわじわと痩せていきました。どうやらスープが効いたようです。

 トファ姫が廊下を歩いても地響きが起きなくなりました。広間のシャンデリアも揺れません。新しいベッドで寝がえりも余裕です。

 ほっそりとなったお姫様は、年頃ということもあって驚くほどに綺麗でした。

 王様は大満足。城の人達も、廊下で逃げ惑わずに済んで大喜びです。トファ姫も、お父様に文句を言われなくなって、気分良くごはんが進みます。

 やがて、タットフ国の麗しき月姫、と噂までされるようになりました。

 しかしながら、細い姿にみんなが慣れてきたと思ったら、お姫様はゆるゆると太り始めました。

 以前のような樽になっていく娘に、王様は残念そうに言いました。

「元に戻ってきているぞ、トファ」

「スープの効果が切れたんだわ」

 トファ姫は肩をすくめました。「もう一度、月のかけらのスープを飲みます」

 お姫様が再び梯子を用意させていたら、書庫からおじいさんがやって来ました。

「姫様、スープの効果は切れておりませんよ」

「じゃあ、なんで元に戻ってきているの」

「何故って、月は欠けたり、満ちたりするものです」

 おじいさんが指差した窓の外では、冬の夜空に、円へと近付く月がきらきらと輝いておりました。



 タットフという国では、新月が近づくと盛大な舞踏会が催され、美しい月姫にひと目会おうと、いろんな国の人が訪れます。訪れて、噂にたがわぬトファ姫を褒めそやします。熱に浮かされて結婚を申し込む王子様もいますが、お姫様はにっこりとほほ笑むだけです。

 満月が近づくと、度々城がきしみます。天井から埃が降ることもあります。時々、ばきっと何かが壊れるような音もします。家具屋さんが繁盛します。

 そのうち、トファ姫は月とともに姿が変わる、と近隣に知れ渡りました。

 いつしか呼び名が、月姫から、満ち欠け姫になっていきました。



    どすり、ずしり、おしまい

 読んでくれてありがとうございました。

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