〈前半〉
この世には謎があるらしいね。
天才探偵が見抜いちゃうらしいけど、僕はノー・サンキュー。
だってアレって儲かってないじゃん?
つか、謎を解いて面白いことあるの?
達成感? よせやい。スカートの中身のほうが、よっぽど見抜く価値あるよ。
なーんて考えながら歩く、朝の歩道。
横は二車線の道路で、ビュンビュン車が行き交ってる。こんな穏やかな秋晴れの中、せわしないよね。
歩道には他にも人がいる。多くは、ウチの高校の生徒だ。
男女共、青を基調とした、セーラースタイル。
男セーラーって本場イギリスじゃメジャーだけど、日本人がやるとけっこうアレだよね。
「おはよ。あいかわらずポパーイ」
「うっせ」
先行してるショートヘアの女子が、ゴツイ男子に追いついて襟をつまみあげてる。
「からかうなよ。目立つから」
周囲の大人が、男子を見てくすくす笑ってる。
この恥ずかしい制服のせいで、男子生徒が少ないってのは、よく判った。
まあ、それはそれとして――、
チラッ――。
チラッ――チラッ――。
何をしてるかって?
判らないかなあ。君たちだってやるだろ? チラ見だよ。
さっきのショートカットの少女が、笑顔ではしゃぐあまりステップワークが激しいのね。スカートが頻繁にひるがえって、見えそうなんだよ。
ポパーイの男子が好きなんだろうよ。なんかムカつくけど、それはそれ。リア充でも、人の女でも、ぱんつはぱんつ! チラ見しないなんて男子高校生として死んでるよ!
自慢じゃないけど、僕のチラ見はバレないね。
たいていは瞳孔の動きをみられて「キモーイ」ってなるけど、そいつァ素人の失敗例だね。
プロは、〝戻りが違う〟んだよ。
僕のチラ見は、立ち止まらない。常に動くチラ見だ。
そんなんで見えるか、って?
いいかい? 人体には動体視力という魔剣が備わってる。
この切れ味を用いれば、0・00001秒の間に動く視界内で、女体ビジュアルを脳裏に焼きつけると同時に右クリックメニューを開いて『この画像に名前をつけて脳内に保存(V)』することも可能だ。
これを、プロチラ見と言う。
日本でこれが出来るのは、三人だけ。僕と、マスターオブ自衛官の人と、秩父の長老だけだ。三賢人と呼ばれてるよ。
まあ、君らも精進したまえ……、
……――さっきの女の子が、ぱんチラ!
チラッ――チラッ――チラッチラッチラッチラチラチラチラチラチラチラチラッ!
よし、一週間分のオカズ確保! チラリストでよかった!
えっと……何考えてたっけ。なんか僕が『すごい高尚な人』みたいなこと考えた気がするけど、気のせいかもしんないね!
☆
公園から五分くらい歩いて、到着。
周囲を林に囲まれた、芝と庭園のある敷地。外国風のベルつき時計台と、洋館っぽい落ち着いた雰囲気の校舎が聳えてる。
私立紺碧高校。
元々は、女子校だったらしい。
なので、女子に限ってなら、制服は可愛らしい。
青と白のセーラー。青いジョンベラはラインが一本で曲線フォルムをもつ札幌襟ってタイプ。その下に薄い水色のフリルが重ねられ、ふんわり縁取ってる。
タイはリボンとヒモリボンの組み合わせ。中心にアクアマリンのブローチがついてる。
青のプリーツスカートで、水色のフリルがここにも重なってる。
学校指定のハイソックスは、水紋迷彩だ。
「ごきげんよう」
おお! ナマごきげんよう!
いいねえ。女子校にフリーパスみたいな、うしろめたさが最高!
下駄箱まで行って、もってきた新品の下履きを出してると――、
「転校生かしら?」
声をかけてきたのは、おさげのメガネっ娘だ。
チラッ――。
胸は、至極残念Aカップ。
美人……とまではいかないけど、普通に可愛いね。とくに丸みをおびた頬のあたりは奇声を発しながらむしゃぶりつきたい。
チラッ――チラッ――。
唇ぽっちゃりなのが、チャームポイントか。あの柔らかな肉をキスして乱しまくりたい。
チラッ――。
太股は若干むっちり? そこが利点となって、水紋迷彩のハイソックスのくいこみが、たまらなくぷっくりしてて、うひょっ!
女の子はにっこり微笑む。
「わたしのクラスの下駄箱を開けたから、そうだと思って。……初めまして。わたし、クラス委員の鷺森零子って言います」
ほら、チラ見、バレてないでしょ?
僕のチラ見は絶対能力! バレることのほうが難しいね。
「僕は今日転校の……」
「もしかして飯田橋不動くん? 好きな食べ物は唐揚げとお寿司のタマゴで、趣味はプロチラ見なんだよね?」
………………――――、
……ハッ!? 白紙ごめんなさい!
「いま……、なんつった…………?」
「趣味はプロチラ見だよね?」
僕がチラリストだってバレてる!
「どうしてそのことをッ!?」
「あーっ、当たりなんだ?」
「えっ、あっ、えあ、そ、そそ。そのっ……」
「探偵新聞に書いてあったの」
そう言って鷺森さんが指さしたのは、廊下の壁に貼られた学校新聞みたいなヤツだ。
駆け寄って読んでみる。
名前、性別、生年月日を筆頭に、電話番号にメアドまで。プロフィール一覧から過去の罪状……って、好子ちゃんのたてぶえ舐めたことまで知られてる!? 目撃者はいなかったはずなのに……チラリスト協会所属幹部役員であることが書いてるし……って、もってる美少女AVGリストまで晒されてるし! ああやめてヤラシイ抱き枕の染みの件はあああああああああああああああああああああ「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッ!」
ひっぺがしてビリビリ破いて、発狂したように叫びながら踏みにじったよ!
「なんだこれ、なんなんだこれッ! ウソだウソだウソだ! これは夢だこれは夢だこれは夢だ! こんなにも僕の恥ずかしいが満載された新聞が貼ってあるはずがない。だいたい調べようもないことまで載ってたじゃないかよ!」
鷺森さんが、おそるおそる声をかけてくる、
「推理されたのよ」
「……推理?」
「そう。スリーHよ。ヤツらには気をつけて。目をつけられたら、身ぐるみ剥がされるどころか生きる希望も根こそぎ剥がされちゃう……」
そう言って、駆け去ってしまう。
周囲に人が集まってきたからだろう。
「飯田橋きたぜ?」
「やだあ。チラ見で妊娠しちゃーう」
「おー、飯田橋。『君が孕む永遠』予約限定BOXの特典ドラマCD貸してくれよ」
いやああああああ――んっ、知れ渡ってるうううう!
泣きながら全力疾走で逃げたよ!
なんだ、なんだ、なんなんだ!?
意味がわからないッ!
推理って何だ!? 家族すら知らないことまで判るはずないだろ!?
ありえない! こんなの、悪い夢だ……そうに決まってる。
そのうち、目が覚めるに違いない……。
☆
目なんか、覚めやしないよ。
とりあえず、地獄だね。
なに地獄、って?
生き地獄……だろうね。
先生に連れられてクラス入りした途端、ぷっぷくすくすがスタート。
黒板に名前を書く途中で、先生がぽき、ってチョークを折って。
その瞬間に、大声で笑いだした男子がいて、つられ笑いで三人ほど爆笑。
だんだん伝染してって。
中年で強面なんで真面目かと思ってた先生も――、
「よせ、もまえら。俺までワロス……」
「2ch語かよッ! しかも古っ」
ツッコんだら、爆笑。
「遂に変態飯田橋キタアアアアア――っ」
「チラ見される! みんなスカート押さえて!」
「たてぶえペロペロ、って考えるけど、最終的に実行しないよな!」
「チラリスト協会ってなんだ!?」
机を叩いて、幼顔の女子が叫ぶ。
「まくらの染みってなあにッ? 男子が内緒しててわかんないの! おしえて」
さらに爆笑拡大!
死にたい! これは死にたい!
「飯田橋不動くん……だ、ぶふっ、仲良くする……ように……先生も歓迎の意味をこめて飯田橋ネタで6スレ立てた……」
「立てるなよッッッ! 個人情報の漏洩だろ! つか、岩のような体格の体育教師で、木刀常備で真面目そうなツラして何てヤツだ! あんた、それでも教師か! その顔に生まれたら熱血しろッッッ!」
「まて、それカキコする」
「むせび笑いしながらスマホ出すなよッ! 授業中だろ! 席はッ!? ああもう、キーボードまで出して本格的に打つなって! ちっくしょう、勝手に座るからな!」
開いてる席は………………あそこか。
窓際、後ろの角から一個前。良い席なのに、何で空いてんのかな?
下駄箱で会った鷺森さんが、真っ青な顔でぶるんぶるん首をふってる。
……何…………?
空いてる席をよく確認する。
まずはサイド。
女子がいる。ポニーテールの女子だ。
レベルは相当高い。なんつーか、顔の作りが他とは違うのね。
和のテイストを残しつつも、すこし欧風のくっきりフェイスも取り入れた感じの、ガチ正統派美人。頬の輪郭はすらっと優しく流れ、顎のところで鮮やかに折り返す。
可愛らしい大きさの唇に、牙みたいな八重歯が居座ってる。
ボディラインの話をしようか。
最高。スマート体系――チラッ――Dカップ円錐型――チラッ――スマートなのにくびれあり――チラッ――お尻は生意気、ヒップアップ系――。
とってもイヤだけど、この美少女ちゃんのヤバイ方面を描写しようか。
まずポニーテールを束ねるのは手錠だ。なんでそんなことすんだろうね。
太股には拳銃入ったレッグ・ホルスターも見えるね。なんで銃刀法犯すんだろうね。
きな臭さが漂ってきたよ……?
僕を見てる。獲物を狙う目で。
座るのヤダなぁ。
けど、前と後ろが、マトモなら……、
そう思って僕の席の前の女子をみたけど、
――もっとひどい。
わかめみたいにゆらゆら波打つストレートヘアが、ロングすぎて地面に届いてる。
そうめんみたいに床に散らばった黒髪。
髪長姫か! そうツッコミたかったけど、声が出ない。
人はあまりの惨状を見ると、ツッコミすら忘れてしまうようだ。
前髪も長くて、右に流してる。左目しか見えないね。
その左目は、病んでると判る虚ろアイ。赤目になってて、眼光鋭くて魔物みたい。
色白、というか青ざめた病弱肌。
この二つの要素だけでも、お人形さんみたいに整った美しい顔立ちが台無しだ。
おまけに爪は真っ赤なマニキュアで、爪の先がケダモノみたいに尖ってる。
ルージュもひいてある。冗談のように青すぎるブルーだ。
なぜだか知らないけど、彼女だけ黒いゴスロリのドレス。
制服と同じ構造になってる。ゴスロリ・アレンジされてる、って言ったほうが良いかも。
で。小脇に人形を抱えてるんだけど。
カスタムドールってヤツかな。
最近のカスタムは凄いね。
人骨のドールがあるんだね。
いやいやッ! いくらカスタムだからって、そこまで出来ませんよね!? メーカーだって、そっち方面にこだわらないと思うし!
最悪だ。
これに勝てるヤツなんか居ないだろうと思ってたら、後ろの席が一番ヤバかった。
幼女だ。
歯抜けの、アホっぽく「あー」って口開けた幼女。
よだれも、ちょっとぽったりしてる。
机から頭半分しか出ない幼女が、だぶだぶダルンダルンのセーラー服を着て、肩丸出しで座ってる。
手には、槍をもってる。
ジャパンのじゃなくて、鳥の羽とかガイコツとかついた、アマゾンの秘境でナニナニ族の戦士がもってるようなヤツね。
そういえば、日本人にあるまじき日焼けした肌だね。過酷な土地で育ったんだろうと思われる、鉄壁の小麦色だよ。
頭はシニヨン・ヘアー。いわゆるおだんご髪だね。サイドで二つ丸くなってて……。
アレ……?
おだんご、じゃない。
両サイドとも、サボテンだね……。
トゲが五センチくらいあって、とても痛そうだ。
なんだろ……ローリング・ヘッドバット攻撃にでも用いる気なんだろうか? 横に立たれたら、とても不安になるヘアスタイルだよ。
彼女は椅子に座ってない。
パンダに座ってるんだ。
普通のパンダじゃない。ユニコーンみたいな角が生えた、メイド・イン・チャイナですらないようなパンダだ。
総合的に考えてみよう。
――――――ヤバすぎるよ。
こいつら、絶対アンタッチャブル。
「先生! 今日転校してきたばかりですけど、転校したいです!」
「ぶふっ――、まってカキコタイム」
「真面目に話を聞いて!」
クラスが笑いに包まれる。
「またまたァ」
「大丈夫、大丈夫!」
「無責任に煽らないでクラスメイト! これ、絶対トラップだよね!?」
「んなことあるか! スリーHに謝れ!」
「こいつらかァアアアアアアア――ッ! こいつらが、スリーHかああ!」
鷺森さんが避けろって言うわけだよ!
ギッ、と椅子をひく音。
ふりかえると、いつのまにか髪長姫が座って、こっちを見てる。
血も凍るような笑みを送ってくる。
「うああああああああああァァ――っ!」
「……座りなザい」
不気味な声に従って、悲鳴を挙げながらも座るよ!
声が少女の口じゃなくて、人骨人形から聞こえた気がするけど気のせいだよね!
顔を伏せて、頭を抱える。
しん、と教室が静まり返る。ギッと椅子の軋む音がしたから、スリーHの誰かが動いたんだろう。
「――あたし、円光寺春風」
ポニーテールの手錠ちゃんから、軽くジャブだ。
「はい……」
「名探偵よ」
「左様になりますか……」
――――銃声!
のけぞるあまりコケた!
ガラスに銃痕! くりかえすガラスに銃痕だ!
「もっと驚きなさいッ!」
まだ撃ってくる! 狙いつけずに適当に乱射してる!
実弾だこいつ実弾もって教室にいやがる!
つか、クラスメイト大爆笑ってどーゆーことッ!? 通報はしないの!?
チラッ――チラッ。
あああああ、コケたのをいいことに、春風のしまぱんをチラ見する僕!
死の瀬戸際だってのに、なんて業が深いんだ! 自分で自分に軽く引いたよ!
「メガワロス銃弾でたし」
「先生は、教育する気が1ミクロンもないの!?」
春風は床に向けて乱射開始。
「この見窄らしいゾウリムシッ、踊れ踊れッ! 陽気に死になさい!」
「気軽に撃たないでッ!」
弾が尽きてようやく席について、カートリッジを抜いて弾込してる。
「そっちの髪の長いのが、墓子よ。で、後ろのちっこいのが、光里」
春風、墓子、光里。
アルファベットにすると頭がHになる。で、スリーHかよ。
「三人で探偵をやってる。学校の様々な犯罪を暴きだし、罪を裁く正義のヒーローなのよ」
「……ええと。探偵の部活ってこと?」
「じゃあ、探偵部ってことで」
「ぷっ、顧問犯りモウス」
「先生は立候補する前に、やらなきゃイケナイこと、イッパイあるよねッ!」
「そうだった。出席とりモウス」
「してなかったんかい!」
「うぇっwww全員いる?」
「「「「「「「「「「ハイ」」」」」」」」」」
「おk」
「ちょッ、適当!」
チャイムが鳴ったね! あれ? 先生でてかないぞ?
時間割、時間割っと……ええと最初は……、
「……って、一時間目からLHRッ!?」
――寒気ッ!
ギン、とクラスメイトたちが猛禽みたいな目で僕を見据えてる。
「ようやく気づいたか、飯田橋」
「まあ、遅いけどね……うふふふ」
「外れくじを引いてもらう――それだけのことだ」
「……ちょっと待ってよ! 転校生にありがちな、『どんなところから来たの?』『どんな娘がタイプ?』みたいなお決まりのやりとりもなしに、血も涙もないレイプ顔をそろって向けてくるなんて!」
ガタ、と椅子を鳴らして席を立った者がいる。
おそるおそる、後ろの席を見るよ。
パンダにのった歯抜け幼女が、接近中。
逃げなきゃダメかもね。動けないね。膝が笑ってて立てないのかもしんないよね。
「…………」
僕の横で止まったぞ。
「――ノーガード屋さんを始めまちぇんか!」
……、
…………………………ノーガード屋さん?
こりゃまた、相当に痛い子が寄ってきちゃったよッ!?
どうするの、僕!?
このトワイライトな発言にのっかるの!?
のっかって大丈夫なの!?
あるいは、お断りする!?
断ったあと生きてる保証はあるの!?
「……あの、ノーガードって…………?」
「正々堂々、殺しゃれるこちょを誓います?」
「なにゆえ最後が疑問形……?」
指くわえてる。しゃぶってる。あのー、よだれ垂れてますよ?
「ちゅべての攻撃は甘んじてくらいまちょう」
「攻撃なんかされたくないですけど」
「甘えないにょ、バカ!」
「説教されたッ!?」
「ノーガード屋さんに入にゃにゃにゃ?」
「噛みすぎだねッ!」
「はにゃにょのりょ?」
「原型ないねッ!」
うる、と光里の瞳がうるむ。
「入らにゃ…………のォ……?」
「えっ……あっ……その、」
「入らにゃ……ぅぅ」
泣いてる、泣いてる!
「あああッ、判ったよ! 入るよ、ノーガード屋さん!」
そう言った途端。
にぱー…………。
って、太陽みたいに輝かしい、歯抜けの笑顔で笑ってる。
「逝ったか」
「いい人だったのに」
「――ちょっ? なぜ故人を見るような目で僕を見ますか!」
「ノーガード屋さんは、きひょん的に、ガードしらちぇん」
「ノーガードだからね! バカじゃないから、そこまでは判るよ!」
「回避もしらちぇん!」
「サンドバッグじゃないんだから、棒立ちはムリだね!」
「えいっ」
ぽん、と股間に何かつけられた。
角? 牛の角…………?
え。股間に角?
コレってまさか……ッ!
「これ、コテカだよねッ!? うあああああっなにコレ!? 取れないけど!? つか、なんでズボンの布地を貫いて肌にくいこんでるの!?」
「ガードできちゅ、よけられじゅ、痛みが一七倍になりなちゅ! でも、トロル並みの治癒力をえまちゅ」
「ちょッッ、痛覚の話してる!? つか、トロル並みってそれ安心してぶん殴れるようにつけたした設定だよね!?」
春風が意地悪そうに笑ってる。
「やったわね、毎日がハードSMよ」
「嬉しくないよッ! チャレンジ精神に溢れた年頃ゆえに興味が無いわけでもないけど、君が思うほどハイスペックのMじゃないから!」
「似合うわよ。むしろ産まれたときから、コテカ橋みたいな」
「――ねえよッ! そんなんで産まれたら出産してもママンぜんぜん感動できねえよ!」
「飯田橋さん、男の子ですよ! って看護婦さん言って……ぶぷっ」
「言ってる途中で自分が笑っちゃうのは、一番ダメなパターンだからね!」
「落ち着けよコテカ橋」
「そうよ、コテカ橋くん」
「定着させないでッ、クラスメイト!」
「ツッコミのボリュームおっきすぎよ!」
あっ。
……後ろに春風が来て蹴りのモーション入ってる。ツッコミをキックで入れる魂胆――?
いいがかりに近いツッコミなのに、空気が唸るほどの全力で――?
よけなきゃ……、
あっ、あっ。
なに、よけられない……?
スパオンッ!
ケツキック…………され……だだだだだだだだだだだだだだだだイダダダダ、あはああヒフーヒフヒフッ!
ぴょんぴょんしてホヒホヒ呼吸してたら、クラス中が大爆笑!
「いじめだ! コレいじめだよねッ?」
「この目を見て! ほら、秘めた哀しみが宿ってる! あなたの為を想って蹴ったから、心が痛……ぶぷっ!」
「途中で笑うのは一番ダメなパターン、つッたろこのアマ!」
「ごめんなさい。必ず犯人をみつけだすわ!」
「おまえだよッッッ!」
「目撃者によると、犯人は局部にコテカをつけてるのが特徴……」
「コイツ、被害者を犯人にする気だよッ!」
……ん? なんか女子グループが騒がしい。
「いま、コテカ橋くんチラ見してるの判った!」
「えっ、ウソォッ?」
「ずーっと目だけ見てたから、一瞬だけ黒目がブレたの判った! すごいスピードで、だからこそ百倍キモかった!」
「プロチラ見ってヤツ? 最悪!」
「やだーっ、変態!」
「待ってよ、豪雨のように教科書投げつけないで女子! 普通はバレないんだってば! スリ歴三〇年の大ベテランだって、みんなに注目される中でスリを成功させられないでしょッ? イタッ、イダダダダ――軽い攻撃でもめっちゃ痛い! ……って、アレ?」
急に、攻撃が止んだよ。
クラスメイトが静まり返ってる。
視線は、僕の背後――。
「……ねえ。どうしたの……?」
誰も答えないね……。
なにか、居る。
後ろに、居る。
背中のあたりがピリピリするのは、決して静電気のせいじゃないだろう。
邪気的な何かとてつもない、触れてはならぬのじゃ成分を含んだオーラっぽいものが、僕の横から放射されてるね……。
「罪は償うべギでヅ」
カタカタカタカタと何かが鳴ってる。
骨っぽいね。骨かな。人骨じゃないといいなあ……。
足音が、まず違うのね。
ヒタ……。
ぽたっ。
ヒタ……。
ぴちょ……。
ヒタ……。
つか、時折混じる水音はなんだよ!
ふりむく。
やっぱり、というか当然のように墓子。
いま墓暴きの帰りです、って顔して近づいてくるね。
わかめロングヘアーの間から、危険そうな赤目が光ってる。
抱いてる白骨人形が、動かしてもいないのにカタカタ笑ってる。
「刑なら、わたヅが執行いたしまズ」
風も無いのに、黒ゴスロリのスカートがゆらゆら揺れてる。
「いや、そもそも罪は犯してないはずです!」
「チラ見が罪ではないのでズか……?」
…………。
……んー……ちょっと待ってね。そこ難しいトコだわ。
春風がニヤってしたぞ!
「――罪ねッ!」
「えええっ!?」
「視姦は軽犯罪法違反!」
「やめろォ! 灰色のボーダーラインに黒い線ひくな!」
壊れた人形みたいな表情で――、ヒヒ、って不気味に笑う墓子!
ケダモノのように尖った爪を僕に向けてくる。
逃げようとしたら、床から腐った腕が生えてきて、つかまれたああああ!
「ひいいぃぃ――マドハンド実在シタ! つか、ぶっといオスのマドハンドが僕のデンジャラス・ポイントをこねくり回してるんだけど、あっあ、そこはらめぇ! て、え、やややや、ちょ。はははは……はひひひ、へへへ……くすぐられてる!」
「くすぐりの刑でヅ」
「ギャハハやめめひひな、なななな、なんかすげえくすぐったい! 一七倍くらい! ノーガード屋さんのせいだなッ……クソひはははははははギャハハハひいいいいいひひひ」
くすぐりまくられ灰になって、ようやく解放されたところでチャイム。
ああああ…………なにこれ。ものすごく無意味にLHRが過ぎたぞ。
ニッポンの教育は死んだのか。
「やれやれ、一時間目消化でこの有様か」
「期待の新人もまだまだだな」
「次のLHRを突破できるのかしら」
ガバッ、って起き上がったよ!
「ちょ、いまなんつったクラスメイト! まだ地獄がオープニングですよ的発言に聞こえたんだけど、気のせいなのかなッ!?」
「ようやく気づいたか、飯田橋」
「まあ、遅いけどね……うふふふ」
救いを求めて鷺森さんを見るけど、クラスメイトから封筒を受け取ってて、中の札束を数えてるトコだった。
「ごめんなさい。いいだ……コテカ橋くん」
「味方は一人も居ないのか!」
春風が邪心たっぷりに微笑む。
「世界が敵に回っても、わたしだけは味方よ……」
「あんただけは間違いなく、世界中の誰よりも敵だよッ!」
☆
授業開始のチャイムと共に、先生が笑ったよ。
「二時間目は教室移動するナリw」
「LHRなのにッ!?」
ガコ、って床がスライドして――――「あああああああ、滑り台になって椅子ごと滑っていくううううう! 超ロングウェイ! 先が見えないじゃん! 下の教室は無いことになってないっ!? なななななななにこれっ、助けておがああちゃあああ――ん!」
MAXスピードに達した椅子カートは、カーブとか崖とかもあって、椅子を傾けハングオンして曲がらないと激突して死んでしまうようだね。クラスメイトが一人コースアウトして血糊をぶちまけながら転がった。真剣にハングオンしてほっぺを路面でチリチリこすりながら曲がりきってジャンプ台に乗ったよ!
「ぐじょおおお――っ、負けるモンか! 僕は強い子なんだ! このサプライズな苦境だって乗り越えてみせる!」
うわ、コースに?マークのついたボックスが置いてあるぞ……イヤな予感。
「ふっふっふ」
春風が先行してる。
つか、ピンクのドレスきてティアラつけてる。
いつの間に着替えたんだよ。
「死ね!」
肩越しにふりかえってきて、バナナの皮を投げつけてくる。
よけたけど、後方のクラスメイトがスピンしてコーナーに叩きつけられたよ!
「なにすんだ! やめろッ」
「そーゆーゲームだもの」
「ゲームなんかじゃない! 僕らは弱く、あきれるほど生身で、激突すればコースに生温かい血が流れるんだぞ!」
「テーマが深そうになった!」
「浅いよッ!」
「甲羅」
墓子が何か投げてきた! リアル・スッポンだ! コテカが光ってノーガード!
くらう方向にハンドル切っちゃったよッ!
「うぎゃああああああ指が指が指が指が指が指が指が指が指がいでえいでえいでえええええええ――っ、なにが甲羅だ! 甲羅のダメージじゃねえよ! 完全に噛まれてるじゃないか!」
腕ブンブンしてスッポン外したら、ゴールが見えてきたよ。
ゴールラインを通過したら二位って出た。
クソ、〝文句言いつつも本気でやった子〟みたいで悔しい!
校舎のトンネルみたいなコースを出たら、校庭だった。
一般的なクレイのトラックだよ。芝に草とか生えちゃってるね。
で、そのトラックの真ん中にあるわけさ。
ジャンボジェット。
さすがに、絶句したわ……。
滑走路が無いと思ったら、大軍のブルドーザーが周辺住宅を解体して、地の果てまで平地にしてる。
「なんで……ジェット?」
「皆の衆ジェットに乗るナリ」
「ハァ!?」
春風が腕組みしながら言う。
「移動教室よ」
「教室じゃねえし、ちょっ、クラスメイト、僕の両腕をガッチリロックしないで!」
「大丈夫よ!」
春風に、優しく肩を叩かれたよ。
「パラシュートは無いわ」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ――ッ! あ、光里さん! おしり槍で突かないでえ――イダ! イダイってば! そこは拡がっちゃうから!」
連行されて、座席に腰をおろす。
普通の大型旅客機で、小綺麗な機内だ。スチュワーデスさんもいるね。超美人だと思ったら、ツインテールにして伊達メガネかけた春風だったよ! クソ、なんか悔しい!
学校を飛び立ってしまった。
世界中どこ探しても、LHRでテイクオフした生徒は僕らだけだと思う。
機内アナウンスが聞こえてくる。
『当機は気流に入ります。これよりすこし揺れますのでお気をつけください……』
シートベルトをお閉めください、と客室乗務員の案内がある。従ってベルトをつけた途端、機が揺れ始める。
「おぉー……気流こわぁ」
『ナーンチャッテ! ホントは操縦桿カクカクやっちゃいました! テヘ』
半笑いな声でアナウンスしてる。
………………。
静まり返る機内。
横に座ってる先生にタメ口で訊く。
「なんで誰も怒らないんだよ? つか、LHRはどうした!」
「副担任の登場待ちwうえっ、うぇ」
「副担任……?」
機首のほうのドアから誰か飛びでてきて、両腕をふりあげて一回転。
歯を見せてスマイル。
「ハーイッ、機長です! 来ちゃった☆」
…………ッッ、
「来ちゃったじゃねえよ、操縦はッ!?」
「操縦は副長が……」
奥からもう一人でてくる。
「ハーイッ、副長です! 来ちゃった☆」
「来ちゃったじゃねェエエ、っつってんだろがッ! ちゃんと操縦しろ!」
「だってオートパイロットで退屈なんだもん。大丈夫、後藤さんに操縦桿握っててもらってるから」
「誰だ、そいつ」
「今日の日直?」
「生徒に操縦桿にぎらせてんじゃねえええ――っ!」
機長が急に、大真面目な顔になる。
「実はわたし、機長ではありません……」
「なんだってッ!? まさかっ、あんたが……」
顔の皮をぺりって剥ぐ。
下は――――――――――、同じ顔だ。
「中の人がいると思ったか? 残念、機長だよ! ハッハッハ」
イエーイ、って副長とハイタッチしてるのでシャトルブローかましてやったよ!
「ざけんなコラ……」
「コテカ橋」
春風が通路に立ってる。俺から目をそらしながら……告げる。
「実はあたし、スチュワーデスではないの……」
「知ってるけどッ!?」
「その正体は……」
顔の皮をぺりって剥ぐ。
服もズバッと剥ぐ。
カツラもヌバッと剥ぐ。
「あたし、でしたッ!」
ひらひらのいっぱいある黒のレオタードに前あきスカートつけた小悪魔コスチュームで、背中にコウモリの翼がついてる。
黒髪をサイドテールに束ねてて……てかさ。春風じゃん。
「……春風だろ?」
「三〇年前に生き別れになった妹だよっ」
「ええええ――っ! マジでッ!?」
「ウソだよっ」
ドズン。……って、腹パン。
「ぉぉおおおおぉっおえぽぷ……がはっ……パンチ重っ」
「ナイスジョーク」
「外人風に手をひらってやって、受け流すなッ!」
「「ナイスジョーク」」
機長と副長まで参加してるので、ぶん殴って黙らせたよ!
怪盗が手をふりあげて、ポーズをキメる。
「それではご紹介します!」
「何で怪盗が紹介すんのッ!?」
「一〇、九、八……」
機内にいる全員がカウントダウンを始める。
「……えっ? ええ? なんのカウントだ?」
ローザンヌがマイクを調整してる。スタッフが入ってきてスポットライトやスピーカーの配置を始める。
「七、六、五……」
「えっ、おい、ちょっと……」
「あーあー、マイクのテスト中」
「何が始まるんだ……?」
「四、三、二、一……ゼロ!」
「――なるりんが――――、始まるよ!」
ドーンとピンク色の爆発が起こる。
「機内で爆発!?」
「なーるーりん! なーるーりん! なーるーりん! なーるーりん!」
「全員ノリノリ!?」
音楽が鳴り、照明がスポットライトに切り替わり、床が割れて――、
誰かがせりあがってくる。
かっこよくポーズをキメてる。
「――なるりんだと思ったかッ? 残念、機長さ!」
蹴り飛ばしてやった。
「なーるーりん! なーるーりん! なーるーりん! なーるーりん!」
『ハーイ♪』
機内放送で、なるりんの声が!
いきなり、客席の天井が割れ、スペースシャトルみたいに開いて――、
「うぉあああァ――!?」
ブワッって風圧きて、四、五人吹き飛ばされる。僕は必死に掴まりながら耐えてる。
「なんだこりゃあああ! 意味判んね!」
機長が答えるよ。
「オープンカー感覚で気軽につけました」
「カーじゃないよ! プレインだよ! こんなんつけたら落ちるだろが!」
「風を感じたい日曜日」
「バイクのキャッチコピーみたいなの、いらないからッ! そして今日は金曜日!」
『なるなる・なるりん♪ なるなるりん☆』
大音響スピーカーで歌いながら何か飛んでくる。ピンクに塗ったF22ラプター戦闘機だ。なぜか、アキバ風のイラストで二次元化した美少年の顔がペイントされてる痛機だ。
キャノピーの向こうの黒人パイロットが、ヘルメットも被らずハチマキ巻いて、コックピットでノリノリのオタ芸してる。
口があんぐりして……戻らない。
「なるりんきたああああ!」
わっと歓声が挙がる。
どこ? って思ったら、戦闘機の翼下パイロンに爆弾よろしく人間がつり下げられてる。
なるりん、投下!
「あああああ、落ちるし!」
なるりん、ブースター点火!
「ええええッ?」
なるりんはロケットパックで飛行して――、
「おおお! すごい……これなら来られそう……」
次の瞬間、異変が起こったんだ。
ロケットパックのエンジンが、バチッと青い電光を放ったかと思うと――、
なるりん、空中爆発!
「………………………………事故……?」
空気が凍る。
さすがに客も、スタッフさんも、機長も副長もローザンヌも、口をあんぐりして、青い顔で固まって……、
「えっとぉ…………アレは……?」
ローザンヌが死相っぽく青ざめたまま、手をひらっとやる。
「ナイスジョーク……」
「ジョークになってない!」
「死んだのは影武者だ」
副長が、顔の皮をぺりって剥ぐ。
下は――――――――――、
まつげの長い、オスカルみたいな長い金髪の、超絶美少年だ!
ライトを浴びると肌の周りに薄い光の膜みたいなヤツが入るほど、すっごい美白肌!
輪郭もシャープで掘りが深く、スレンダーで筋肉質ではあるけど、かつ中性的という凄まじい美貌だ。
ひらひらフリルのタイツみたいな赤い服を着てるけど、胸のボタンが外れてて全開だ。
「機長と思ったか? 残念、副担任のなるりんだよ! ハッハッハ」
「だったらあの演出、全部意味ねえじゃん! 死者だして、なにやってんの!」
「法律面で手は打ってあるよ」
「安全面で手を打てよッ」
なるりんはのけぞるようなポーズ。
「こんなに美しく生まれた僕が憎いよ、ハニー」
「帰れ! そして、教師をやめろ! つか担任どころか、メインヒロインよりキャラ濃いってどーゆーこった!」
「黙らないのはこの唇かい?」
「キスしようとすんなッ!」
よけようとしたら……、
「ウラーっ!」
光里がアマゾネスの槍をふりあげた! コテカが光って――、
「――えっ、このタイミングでノーガードって、まさかッ!? あ……」
ぶっちゅうううううううううううううううううう(れろくちゅ)ぶちゅうううううううううううう(ぬちゅりぬちゅり)ぶちゅうううううううううううう――――――ぽん。
…………、
申し訳ありませんが、しばらく空白で、お送りいたします。
「…………あ……………………天国のママン、僕……穢さ…………れ…………」
がくん、と崩れ落ちたよ。
灰になったね。
春風とローザンヌが、打ち合わせしてたかのように同じポーズを同時にキメる。
「「ファーストキス、ゲットだぜ!」」
「がああああああぎゃあああああファーストキスなのにファーストキスなのにファーストキスなのにファーストキスなのに! 初めては巨乳と、って決めてたのにィイイイッ!」
「儚い望みね……」
「君は、僕の心をザクザク斬りすぎてるねッ!」
「――はっはっは、さあLHRを始めるよ。席についておくれよ、マイスウィート・スチューデンツ」
「人の心は、そんなパッパと切り替えられるように出来てないよ!」
「子猫ちゃんには後で婚姻届を書いてもらうから、そ・れ・ま・で・ネ♪」
「ネ、じゃねーよッ! 同性は婚姻できねーよ!」
みんなシートについたので、僕も諦めて腰をおろす。
なるりんがローザンヌと並んで立ってる。なんか打ち合わせしてるっぽい。
あっ、ローザンヌがマイクのスイッチONにしたぞ!
『――あー……おまちかねッ☆ ただいまより、殺人事件を開始します!』
WAAAAA――っ、て歓声MAXなクラスメイト――って、えええええッ!?
「まてまて! 殺されるの誰なのぉおおお!」
『そりゃあ……、』
「みなまで言うなッ! というか、言わないでください!」
『誰かが死なないと事件にならないの! 事件が起こらないと、探偵が活躍できないの。それぐらい判るでしょ! 高校生なんでしょ、空気読んで』
「空気があるからって、とりあえず従っちゃうのは、日本人の悪いところだよ!」
「これからが本番に決まってるじゃない」
「ここからなのっ? じゃあ、いままでは何だったのッ?」
「オープニング」
「長いよッ!」
「転校生に転校を楽しんでいただこうと、贅をこらしたイベントを……」
「まったく楽しめてないよッ! むしろ苦しんでるよ!」
「内心悦んでるくせに」
「ツンデレ香ってるみたいな『またまたぁ』顔やめてッッ!」
『あっと、本題に入る前に校長先生のお話……』
「省けよッッッ!」
なるりんが手を広げてくるり回って、シャツをズバッってやって上半身露出して「コーチョーでッす!」って叫びながら頬を紅潮させてる!
その紅潮じゃない、ってツッコもうとしたら、真横の春風からハリセンで「キョートーかッ」って意味わからんツッコミ入れられて、ノーガード17倍くらって絶叫したよ!
「今のツッコミは許さないぞ! ツッコミにも作法と礼儀があるんだ! そんなズレまくったツッコミを芸人さんに入れたら、明日の仕事なくなるんだぞ!」
「ジャ○ーズ入れば問題ないじゃない」
「たしかにアソコなら事務所パワーでお笑い界程度ねじふせられるけど、全員入れはしないよね! 見てよ、僕の顔!」
軽く言ったのに――、
「「「「「「「「「「「「「「「「気の毒すぎる!」」」」」」」」」」」」」」」」
全員、本気の顔。同情たっぷりの目。
目の前って……、
真っ暗に……、
なるんですね……。
「………………ヒドイよ……そこまでじゃないと、思って……生きてきた……のに……」
「じゃあその残念顔に免じて、殺人事件はカンベンします! お兄ちゃん、嬉しい?」
「嬉しくないよッ! ハートブレイクまっさかりだよ」
「さあ、本日の事件の発表でーす!」
照明がスポットライトとミラーボールに切り替わる。
音楽隊の皆さんが入ってきてドロドロドロとドラムロールが鳴り、緊張感を煽ってるね。
「栄えある事件に選ばれたのは……」
ジャーンとシンバルが鳴り――、
「エントリーナンバー23、秋山志奈子ちゃんのスポーツブラが無くなった事件です!」
「きゃあ! やったああ」
志奈子ちゃんらしきおさげの娘が、スポットライトを浴びながら跳び上がって喜んでるよ! うっすら涙まで浮かべて、何が嬉しいんだか……。
「記念品のスーパー開運壺が贈呈されます。盛大な拍手をお願いします」
「この壺のおかげで、妹の癌が治ります。ありがとう」
「欺されてるよオオオオオオォォォ――ッ!」
僕のツッコミなど意に介さず、ローザンヌ春風は司会を続けてる。
「まずはどんな状況で無くなったのか、VTRキュー♪」
席の上に設置されてる液晶モニタに、学校の廊下が表示される。
ドアがあるね。テニス部って書いてあるから部室のドアかな。
動画みたいだね。
あれ? はしっこの方に、丸坊主でスネオ顔した男子が映ってるね。コソコソ忍び足してるけど、彼……なんか見覚えあるよ?
あ、いたいた。前列の通路側席に座ってる。
坊主スネオ、青い顔して、すんごい汗かいてる。
青い布で汗を拭いてるね。
動画の中で、小悪魔怪盗・人呼んで黒き疾風のローザンヌ・アイスウインドが現場レポしてる。
『ここが犯行現場のテニス部部室です! おっと、床に足跡がありますよ! これは……下駄の足跡でしょうか』
ん? 坊主スネオ、なぜだか下駄を履いてるね。偶然ってスゴイ。
動画のレポーターが部室に入ってく。
『犯行現場です。内側から鍵がかかってるみたいですね。密室です』
「いやいや! 後ろ後ろ! よく見てローザンヌちゃん! 廊下側の上窓がブレイクして、窓枠に血がついてるよ! 犯人そこから逃走してるじゃないか」
よく見ると、坊主スネオの右手に包帯巻いてあるね。偶然ってスゴイ。
レポーターローザンヌちゃんはパネルをだして、カメラに映したよ。
『盗まれたスポーツブラの色は青。Bカップです』
よく見ると、坊主スネオが汗ふいてる布が同じ色で、同じ素材で、同じような形してるね。偶然ってスゴイ――……、
「って、ンなわけあるかああああああ――ッ!」
さすがに立ち上がって坊主スネオを指さしたよ!
「どう考えても犯人コイツだよねッ!? 逃げる姿がカメラに写ってるし、窓壊した際の負傷も残ってるし、下駄だし、ブラっぽい何かで汗拭いてるし!」
「サルワタリくんがそんなことするわけないでしょ!」
「良いヤツなんだよ!」
「あ……、すいません」
しょんぼり座るよ。
そっか、サルワタリくん人気あるんだね……。
副担任が腰をスッポンスッポン前後させながら司会進行するよ!
「まずは告白ターイム! ブラを盗んだ犯人は正直に名乗りでなさぁい」
しん。
お通夜みたいになってる。
そりゃそっか。ブラを盗みました、なんて名乗り出るヤツいないよな。
ん……?
「ちょッ、サルワタリくんがめっちゃブルってるんだけどッ!? 青ざめて足がガックンガックンして汗だくなんだけど、これってやっぱりッ……」
「いじめてんじゃないわよ」
「あ……、すいません」
しょんぼり座るよ。
『名乗りでないようなら、センセェにも考えがありまーす! それはぁ……もちろんアイツらだ!』
うあ。スリーHが居なくなってるよ。
『さあ、みんなで呼ぼう!』
なるりんが腰をくねくねさせながら、『せーのッ』ってやると、クラスメイトが手を振りあげて――、
「「「「「「「「「ビューティ推理ガールズ」」」」」」」」」
イヤな予感がして伏せたよ! 案の定、ピンクの爆発が起こって、ガラスが割れて何人かが機外にもってかれちゃったね!
人柱なクラスメイトたちが穴に自ら貼りつき、壁をふさいだよ!
そんな地味な犠牲をスルーして、盛り上がってるね。
『ぷりぷりビューティイ推理ガールズうううう♪』
三人集まって、指を拳銃にするポーズをしながら――、
『世界の変態は、わたしたちが推理っちゃう……ゾ☆』
ばぎゅーんとやって、フィニッシュ!
僕のハートが、甘い銃弾に貫かれちゃったね!
ん? 世界の変態ってフレーズおかしくなかった? ま、いっか。
『さあーて、推理始めるわよ! みんな、準備はいい?』
WAAAAAAA――、って再び盛り上がる。
「いっくよぉおお――♪」
春風がマジカルっぽいステッキを背中から抜いて、リリカルなポーズでミラクルポーズをキメて――、
ステッキが光り出したぞ!
「ビューティー・推理・マジック、この事件のトリックを解き明かしちゃえ」
ステッキがフラッシュして、春風のパイプから、ピンク色のハートマーク煙がぽわんと上がる。
「――事件は見えたわ!」
「うわー……。頭脳つかってねー……」
「この中に犯人がいます!」
ざわっ…………と、クラスメイトたちがざわめくよ。
当然、犯人のサルワタリくんは真っ青になって汗だらだら。震えながらおもらししちゃってるね!
「……まずは、トリックを解き明かしましょう」
春風は墓子にステッキを向ける。
「ビューティー・ゴシック・マジック……めんどくザいから部室もってギテ」
そう言って、ドクロなステッキをふりあげる。足元に光の魔法陣が発生して、風が起こってスカートがひるがえ――チラッ――チラッ――チラッチラッチラッチラッ!
って、チラ見の途中でひっくり返ったよ!
ズゴオンッ、って部室が! 部室が瞬間転移してきて、壁が飛行機の床と天井にくいこんだんだ!
「ちょッ、おまあああ、飛行機に部室召還すんな!」
機体揺れまくってるのに、機長と副長がドアから出てきて「「来ちゃった!」」って言ってるから、ドロップキックかましてやったよッ!
「わたしが着目したのは、部室の床に残された、この染みよ!」
「えっ……明らかに普通の汚れだけど」
「愚かな凡人にはそう見えるでしょうね! でも、この染みは――ある者にとって、最悪な意味をもつのよ」
「……だ、だれ?」
「それは――――貴方よ! 機長!」
ステッキを突きつけられた機長の顔が、一瞬で青ざめる。
「……な、なぜそれをッ!」
「まさかの超展開キタアアアアアアアアアアアァァ――ッ!」
「彼は機長を装ってはいるけど、本当は……」
「本当は……?」
「やめろォオオ! 言うなあ!」
「世にもおぞましい、『ハイソックスの少女に、ナマ絞りの熱い練乳をぶっかけて体温を測らせた上で平熱平熱ハァハァと言いながら脇汗をナメたいフェチ』をもつ教頭先生なのよ!」
…………。
……機長(教頭)が、真っ白になって膝から崩れ落ちたよ。
「平熱ハァハァって何次元までいけば認識できるの……?」
「ハイクラスだ! 女子は近づくな! 臭い嗅いだだけで妊娠するぞッ」
「どこに出しても恥ずかしくない変態って初めてみた!」
「変態警報発令――っ」
スピーカーから警鐘がカンカン鳴り始める。
みんなスゴイ早さで機長から逃げてったよ!
僕も逃げたら、とめられて盾にされたよ!
「コテカはえんがちょシールドだ!」
「うわあああああ――っ、やめてよクラスメイト! モノホンの変態さんは僕だって怖いってばああ!」
「コテカなら仲間入りできる!」
「ちがうよクラスメイト! ほんのりフレンドリーシップは感じたものの、まだその境地には至れない半人前な僕だよ!」
ステッキを剣のようにかまえて、春風が厳しく言う。
「あなたのトリックは見抜いたわ! 狙いはブラじゃなかった……最初から秋山志奈子ちゃんのハイソックスに目をつけてた。だから、騒ぎを囮につかって……ロッカーのハイソックスにコッソリ練乳をぶっかけて……だけど、一つだけミスがあった」
シャ、シュピン、スパーンと、ガールズは何やら無暗にカッコイイポーズをキメて――、
ビューティー推理Wooo♪と、ジングル入りました!
「――それは、練乳チューブのおしりが、ちょっと破れてたことよ! そのために、アツアツの練乳がちょっとだけ床に垂れちゃったわけ!」
ジャンプの入った躍動感のあるポーズをキメる!
「「「完全犯罪・ブレイク☆」」」
「ぐはァ――ッ!」
教頭が血を吐いて転がったよ!
どうやら見破れるたびに、ダメージをうけるシステムみたいだね!
「あなたは思ったはず……ブラが無くなれば、そのショックで秋山志奈子ちゃんはハイソックスをよく調べず履くと……そしてあなたはなにくわぬ顔で保健室へ行き、『秋山志奈子ちゃん熱あるみたいですよお?』って保健の先生に言った。これで完全犯罪が成立するはずだった。でもね。神様が許しても、ビューティ推理ガールズが許さないわ」
シャ、シュピン、スパーンと、ポーズをキメて――、
ビューティー推理Wooo♪と、ジングル入りました!
「秋山志奈子ちゃんのハイソックスは、用務員の田邊平三さん(48)に洗濯してもらっちゃいました!」
「なッ、なんだってえええええ! そんなバカな、あの体温計は確かに、確かに平熱だったんだ! あれは少女に練乳が染みこんだときの聖なる平熱のはず……その証拠に、体温計だってナメたら爽やかなレモンの味がして……」
「その体温計は、用務員の生田部さん(48)のすっぱい臭いのする脇で計ったものよ!」
ジャンプの入った躍動感のあるポーズをキメる!
「「「完全犯罪・ブレイク☆」」」
「ぐはァ――ッ!」
教頭が血を吐いて転がったよ!
いや、吐くよね。生田部さん登校時に見たけど、すっごい汚いおっさんだもの。
「クソッ! この秘密の性癖が知られてしまったからには仕方ない! ガールズには死んでもらうぞ!」
教頭であるところの機長がナイフ抜いたよ! ――って、ナニもってんだあああ! 機長がハイジャック法にひっかかってどうすんだよ!
光里が、マジカル槍(……?)をふりあげて、ポーズをキメるよ!
「ビューティー・シャーマン・マジック……部族にょテキをちぇんめつせよ!」
パンダが――、
口から波動砲、吐いた!
「オォォオオ――イ、アレなんだよ!」
「パンダだゆ」
「絶対ちがうだろ! 攻撃後、満足そうに『パンパーン』って鳴いたけど、パンダはパンパン鳴かないからねッ!」
「……無念」
教頭は動かなくなったよ。そりゃ、波動砲は痛いよな。
「おまえら容赦ないなー……まあ。でも、これでようやく解決……」
「誰が解決した、なんて言ったのよ?」
「……――――え」
その場が、静まり返ってる。
ゆっくりと……ふりかえったよ。
春風は静かに目を閉じてる。
そして、クワッと見開き――ステッキをビシッと突きつけ――叫んだ!
「教頭先生――――犯人は、おまえじゃないッ!」
ただいま『ぽかーん』としておりますので、しばらくお待ちください。
「……えっと。なに言ってんの?」
「ナニって、そのままよ?」
「だって自分で推理して教頭先生 兼 機長のおっそろしい性癖を暴いておいて、さらに犯人捜し続けようっての……? あ。そっか、ここでサルワタリくんが怪しいってなるのか! そっかそっか!」
「ちがうわ! スポーツブラは、最初からそこに無かったのよ」
「……へ?」
「そうよね? 秋山志奈子ちゃん……いえ、志奈子ちゃんじゃない……」
みんなの注目が志奈子ちゃんに集まると――、
「クックック……ようやく気づいたようだな」
「し、志奈子ちゃんっ!?」
「いつから、俺が志奈子だと錯覚してた――?」
「――なッ、」
ズバォン、と空気が唸り、志奈子ちゃんが旋風に包まれる!
「うわ、なんだ、この風は!?」
「さすがだな、ビューティー推理ガールズ。それでは終わりの序曲を奏で始めようではないか」
風が収まると、そこに立ってるのはもはや志奈子ちゃんでは無かった!
「……――へ? ええええええええええええええええええええっ――、坊主ヘアーにスネオ・フェイスのサルワタリくんじゃないかッ!? じゃあ、こっちのサルワタリくんは?」
元のサルワタリくんをみたら、顔の変装をぺりっと剥いでるとこだったよ!
「コテカ釣れまくりメガワロスww」
「担任だったああああああああああああああああああッッッ――……」
あまりの脱力感に両膝つきまくりだよ!
つか、変装スキルみんな持ちすぎじゃねッ?
「あなたは『練習終えた女子が、シャツやブラを着替えたとき広がる発汗の匂いに、制汗消臭スプレーが混じった芳香に、三ヶ月以上洗わない自分の下着の汚臭をミックスして、しかも女装して嗅がないとハァハァできないフェチ』――」
「ちょッ、なにそのニッチな変態! 部室のロッカールームに忍びこんだってのに、興味あるのはそんなトコ!? 裸は見ないのッ?」
「ハッ、裸だと? 笑わせるな。そんなの見て興奮するのは、盛りのついた青二才だけだ!」
「高校生は青二才で良いと思うよ!」
「重ねがけ匂い女装こそが、性の到達点だ。他は滅んでしまえ」
「変態警報発令――っ」
スピーカーから警鐘がカンカン鳴り始める。
クラスメイトが撤退を始めてるね。
「マズいぞ! こいつ到達者だ!」
「変態オーラがプレッシャーとなって襲いかかってる! 女子は退避しろ、長く浴びると妊娠するぞ!」
僕も逃げようとしたら、また突き飛ばされたよ!
「えんがちょシールドだ、つったろ!」
「うわあああああ――っ、やめてよクラスメイト! こんな変態さんの近くにいたら、男の子だけど妊娠しちゃう!」
「コテカなら仲間入りできる!」
「ムリだってば! 背伸びをしたい生意気な年頃の僕だとは言っても、女体をスルーしてまで一瞬の香りに命は捧げられないよッ!」
春風がサルワタリくんに詰め寄り始めたね!
「志奈子ちゃんを装い、ロッカールームに出入りしたまではよかった……そしてスポーツブラが無くなったと触れ回ることで周りの警戒も解いて部室に潜入できた……存在しないスポーツブラを、ね。でも、終わりよ。サルワタリくん」
「それはどうかな?」
サルワタリくんは、不敵な笑みを浮かべたよ。
……ん?
なんで、サルワタリくん、僕をみたん?
えっ――……なんで片膝ついて、こうべを垂れるん?
「――変態番付《横綱》様、ご指示を」
「えっ……えっ…………えええっ? ちょ、なに言ってんの、サルワタリくん!」
クラスメイトが僕から離れていくね!
「よ……よこづな……まさかあの、伝説の番付のトップに君臨し続けるという……?」
「すべての変態を凌駕し、オーラだけで屈服させるという……?」
「横綱が通った足音だけで、女子が妊娠したという……?」
「そんなヤツがこの学校に転校してきただなんて……」
「待ってクラスメイト! 僕、そんなんじゃないから! 変態界に名が知れるような行為は、まったく身に覚えがないね!」
ビューティ推理ガールズが、静かに僕の前に立つよ。
「春風さん! ビューティ推理マジックですべてを見抜いてらっしゃいますよねっ? だったら僕が横綱じゃないことも……」
春風はニヤリとイヤな笑みを浮かべると、サルワタリくんにステッキを向けるよ!
「サルワタリくん――――犯人は、おまえじゃないッ!」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええちょちょちょちょちょちょ、ちょ、ちょッ、そりゃないでしょッ! なにこれッ!? 犯人捜しがどうのとかじゃなくて、最初からこうなる予定なんだろッ? ハッハッハ、段取り通りかよっ! よーし、判ったぞ! こっちも考えあるからな! よく聞けよ……、」
僕は、ビシッと僕を指さすよ!
「飯田橋――――犯人は、おまえじゃないッ!」
…………。
ノーリアクション。
わかりにくかったかな、って思って――もっかい、やったよ。
「コテカ橋――――犯人は、おまえじゃないッ!」
ウケないね……。
くすっともしないね。
「ちょおおおおおっとおお! ちょっとはウケてよ、クラスメイト! でないと、いまから推理ガールズにボコボコにされる流れになっちゃうじゃん!」
春風が、拳銃をかまえたよ!
墓子が、呪いのワラ人形をだしたよ!
光里が、アマゾネスな槍をかまえたよ!
「――そっかああ、犯人は僕だった! って流れでオチをしめくくるんだね! よく考えられた演出だよ! 悪いけどね、こっちだってバカじゃないんだ! くらうまえに逃げさせてもらうよ……って、足が動かないね! そうか、僕をノーガード屋さんにしたときから、この流れになることは決まってたんだなッッッ!? ああああああああやめやめてくだ……がふっ、撃ちやがった! ゴム弾だから大丈夫だ? どどこがだだだいじょうぶ……いだだだ腕をヘンな方向にねじらないで! 人形じゃ曲がる? 連動してヘンな方向に曲がろうとしてる僕の関節もちゃんと見て! ぎゃっ、やめ、やめてパンダさん、ああああ波動砲ためちゃ、らめぇええええええええええ――……‥」
‥……――ハイ。
ここからは、ふっとんでお星さまとなった僕がお送りします。
☆
気がついたら、屋上に寝かされてたね。
ケガの手当もしないで、完全放置だね。パラシュートついてるから、きっと旅客機から蹴落とされて、うまいこと学校に着地したんだろうね。
空は夕闇に染まってて、寒さが身に染みて涙がこぼれちゃったよ。
いやー……なんだろうね。
転校ってスゴイね。
生き地獄なんだね。
知らなかったよ。
今度から転校って話がでたら、自分の首に包丁つきつけて泣き叫びながら全力でお断りしよう。
教室に戻って鞄をもって、さあ下校しよっと……。
いろいろあったけどさ。僕にはまだ、最後の1ライフが残ってるのね。
温かい……家庭さ。
傷心をかかえたこんな僕でも、迎えてくれる家族がいるのさ。
ホント、家族ってありがたいね。
こんなときに優しくしてもらえる誰かがいることで、人は生きていけるんだ……。
住宅街を抜けた、畑の広がる場所の一軒家。
郊外だからひっそりしてるね。
木造二階建ての瓦屋根。
まだ引っ越してきたばかりでよくわからなかったけど、元農家の家みたいだね。ポンプ井戸とか柿の木があって、懐かしい感じのする和の住宅だね。
灯りが点ってるよ。
それだけで、なんだかホロッときちゃうね。
ガラスサッシの扉をガラガラ開くよ。
「……ただいまあ」
…………。
え。
なんだろう。玄関に靴がいっぱいあるのだけど。
しかも女物だね。学校指定の青い靴だよ……?
「――不動、はやく入って来なさい」
パパンの声がする。
すごすごと靴を脱いで、死刑執行される直前の人みたいに絶望的にうつむいて、ゆっくりとダイニングに向かうよ。
テーブルの一番奥の席には、パパンが座ってるね。
筋骨隆々になるあまり、四メートルくらいあるように見えちゃってるね。天井に頭めりこんでるけど、錯覚だよね?
パパンの横に、誰か座ってるね。笹食ってるし、「パンパーン」って言ってるね。
「見ての通りだ。父さん、再婚することになった」
「えっと、結婚相手の方が見当たりませんが」
パパンはあごをしゃくって、パンダを示したよ。
「彼女は円光寺華織子さんだ。とある事情でアマゾンの奥地でヤドクヅノ・パンダモドキに変わってしまわれたが、彼女は正真正銘、人間だ」
「待ってよパパン! 色々ツッコミたいのですが、円光寺って苗字に聞き覚えがあるのは、 どーゆーことッッ!?」
「こーゆーことよ」
廊下のすだれをジャラジャラ言わせて入ってきたのは――、
パジャマ姿の春風じゃありませんか。
「今日から宜しくね、お兄ちゃん」
オー・マイ・ガー…………。
天国にいるほうのママ、聞いてください。
僕の死亡フラグが、今日――――立ちました。