フェイズ1
「エド! 指揮卓はそうやって座る場所ではないのよ? 一体何度言わせる気?」
「いや、広々として座りやすいしさ……」
今日も今日とてブリッジに怒れる生体ユニットの声が響いた。対して、注意を受けている青年は、眠そうに頭を掻きながら答えていた。
ちなみに指揮卓とは、艦隊指揮を執るための戦略コンソールであり、艦隊や周辺宙域の状況などを映し出すモニターにもなっている。決して座椅子ではない。
「非常時の情報モニターにもなっているのだから、その上に座っていたら見えないでしょう?! というか、そこは机であって椅子じゃあないのよっ?! 座ること自体間違いなの!」
「う~ん、じゃあ寝るよ……」
蒼龍の言葉を聞き流しながらエドは横になった。
それを見て、蒼龍は一瞬呆気にとられてしまう。
「……って、違いますよエドっ!? 指揮卓は寝床でもありませんっ!! とにかく降りなさいっ!!」
しかしエドはいきり立つ蒼龍の声を子守唄に寝息をたて始めてしまった。それを見た蒼龍は、もはや開いた口が塞がらないようだった。その様子に、付き合いの長いブリッジクルーの面々は、密かに笑いを噛み殺していた。
「……あ、あ、あなたという人はっ! なんでいつもいつも私の言うことを聞いてくれないのですかっ!」
周りの雰囲気もあってか、蒼龍は柳眉を逆立てた。
「そう! いつもそう! あの時だって、私が無理だと言うのにまったく聞き入れずに無理矢理ねじ込んでッ!」
激昂した蒼龍が話始めた内容に、ブリッジクルーらが眉をひそめ始めた。
「私が痛いって言ってるのに、そのうち馴染むからって、ゴリゴリ動かしてッ! ものすごく痛かったんですよっ?!」
蒼龍の叫びに、顔を赤らめるものが現れ始めた。
「私が泣き叫んでいるのにやめようとせずに、結局奥の奥までねじ込んで!」
とうとう若手のオペレーターがリンゴのようになりながらうつむいてしまった。
「結局最後まで聞き入れずに、自分だけが満足してッ!」
ゴトッとなにか固くて重いものが落ちる音が響く。
『き、機関長~っ?!』
『ご、五代目さんがっ?!』
『コ、コントロールパネルが血の海ですっ?!』
ブリッジ右側の機関長席から悲鳴が上がった。
「なにごとですか?」
悲鳴を聞き付けた蒼龍は、何事かとそちらを見やる。
そこには、機関長席のコンソールパネルを真っ赤な血で染め上げて突っ伏す黒髪の青年と彼を介抱する三人のオペレーターの姿があった。
「……はあ……何をしているのですか五代目は」
ポツリと漏らし、清掃チームを手配する蒼龍。しかしそれにオペレーターズが噛みついた。
「何言ってるの蒼≪あお≫ちゃん!」
「蒼ちゃんがエッチな話をし始めるから、ウブな五代目さんが倒れたんだよ?」
「五代目さん、見た目ワイルドなのにそーいう話に弱いんだから」
くちぐちに言い立てられるが、蒼龍は困惑ぎみだ。
「……エッチな話ってなんの事です? 私が話していたのは、私の船体≪からだ≫に、あのみっともない砲艦を取り付けたときの話ですよ?」
そう言って彼女はブリッジの外を指差した。
そこに広がるのは、蒼く優雅な船体構造と美しい飛行甲板を備えた左舷側と、ボロボロのジャンク同然の長い筒状の右舷側だった。
「……まったく。接続端子の規格が違うと言っているのに無理矢理ですよ? 私と船体≪からだ≫はコントロールのために感覚接合されてますから、痛くて痛くてしょうがなかったんですよ。それだけでは無く、エンジンユニットやら強襲揚陸艦やらを次々に無理矢理接続して、力業で私の船体≪からだ≫をレストアしたんです。おかげで各ブロックの微調整に難儀して困ってるんですよ。それに……」
続く蒼龍の愚痴に、まだ入社したばかりのオペレーターズは目を白黒させているが、古株の副長や航海長、戦術長といった面々はスルーし始めた。
蒼龍の愚痴などは、ここでは日常茶飯事なのだ。
「大体ですね……!?」
さらに言い募ろうとした蒼龍が、ぴくりと何かに反応し、次いでブリッジに警報が鳴り響いた。
「未確認艦をアラートレンジに四隻確認!」
蒼龍が宙空を見たまま声を上げると、全く同じ音声が艦内に響き渡った。
「ジェネレーター反応は、巡洋艦≪クルーザー≫級1、駆逐艦≪デストロイヤー≫級3! エネルギー反応はコンバットパワークラス! すでに戦闘体制に入っている模様!」
視界に投影される情報を音声にて矢継ぎ早に伝える。今の彼女の目を覗き込めば、いくつものウインドウが開いたり閉じたりしているのが見えるだろう。
船体≪ボディ≫の電子装備から得られる情報は、制御端末である彼女にいち早く伝わるのだ。
この展開に、五代目の周りに集まっていたオペレーターガール達は、あわてて自席に駆け戻る。
すでに意識が戦闘モードへ切り替わっている古株のクルー達とは違い、いまだ新人である彼女らの反応は鈍いと言わざる終えない。だからこそ代わりに蒼龍が、情報管制をしているのだが。
「第一種警戒体制発令」
指揮卓に寝転がっていたエドが、のそりと起き上がり、命令を口にした。艦長である彼の指令≪コマンド≫は、現蒼龍艦内においては最上位。
蒼龍は躊躇無く指令≪コマンド≫を実行した。
『第一種警戒体制発令! 第一種警戒体制発令! 総員戦闘配置に着け!』
彼女の中で、何百人という数の人間が行き交い、戦闘配置に着いていく。
『第一から第六主砲準備完了』
『重力制御オールグリーン』
『ECM、ECCMスタンバイ』
『敵艦ジャミングきます!』
『通告無しかい! 艦長!』
『随時戦闘体制に移行』
『随時戦闘体制に移行! 随時戦闘体制に移行!』
『“ブラックアームズ”防空隊対空戦闘準備完了!』
『“スカーレットウイング”中隊発艦準備完了!』
『随時発艦せよ!』
『碧玉鱗≪サファイアスケイル≫防御フィールド展開準備!』
『機関同期良好! 全力でブン回せるぞ!』
『“ヴァイスティーガー”隊は、白兵待機』
『了解』
『“スカーレットウイング”中隊全機発艦完了!』
『他中隊は待機を! 全力出撃なんてしたら予算が足りなくなります!』
最後に副長兼会計役の長命種≪メトセラ≫ルーセルが締めると、艦内に軽い笑いが起こった。それに対して蒼龍が苦笑いをしてから表情を引き締める。
「艦長≪カピターン≫合戦準備完了です」
「うぃうぃ」
蒼龍の報告に、エドは指揮官の威厳も欠片もなく手をヒラヒラさせながら答えると、正面を見据えた。
『あー、敵は恐らく海賊だろう。事前通告も無しにジャミング掛けてくる辺り、そうとう“アホ”な無法者のようだ。これは是非とも僕らの手で教育してやるべきだろう』
皆がエドに耳を傾ける。
『んな訳だから、戦闘開始~。怪我すんなよ~』
のんびりした調子で命ずるエドに、新人は眉を潜めたが直後に『敵艦射撃レーダー照射! こっちもやり返します!』の報告に、あわてて己の仕事に戻った。
その様子を見てから、蒼龍はエドへと近づいていく。
「……エド、本当に海賊だと思ってます?」
「いや、たぶん違うね。よしんば海賊だとしても事前通告無しでジャミングは無い。姿をさらしたままジャミングを掛けてきた時点でこれから殴るぞって大声で宣言してるようなもんだ。そんなマヌケは新人海賊か素人だけだよ」
エドは前を見据えたまま応えた。
「……ではやはり」
「……反政府軍だろうなあ。しかも一般人に毛が生えた程度の乗組員しかいない」
エドの答えに蒼龍が顔をしかめた。
「……それで主力は温存ですか。下衆な」
「……乗り組んでる連中は、捨てゴマだって気づいていないだろうね。独立の気概を利用されてる。要は愚かなんだよ」
辛辣な言葉を発する主に、蒼龍は口をつぐんだ。しかし、彼女は知っている。
普段ちゃらんぽらんだが、優しくもあるこの青年が本当はどう思っているのかを。
道化の仮面に隠しきれない苦渋をにじませる。彼はこの船を預かる身。数百人からの乗組員の命をその背に背負っている。だからこそ、“敵”に容赦するわけにはいかなかった。そんな彼に蒼龍は寄り添った。
「……エド、思い詰めないでください。私が共にいます」
「……ありがとう……蒼≪あお≫」
わずかに表情を緩めて答えたエドは、表情を戻してズームされた敵艦を見やった。