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「悪い。待たせた」

「いや、大丈夫だ」


 俺は蓬を休ませ、救急箱を片手に喫茶店へと戻った。

 新は氷を入れたグラスを手の甲に乗せていた。冷やしているつもりらしい。


「薬塗るから手を出してくれ」

「これくらいなんともないさ」

「そのままにすると俺が蓬に怒られる」

「……じゃあ……頼む」


 カウンター越しに新と向かい合い、おずおずと出された手を取る。

 火傷は思ったよりも酷くなく、大事にはいたらなそうだ。

 薬箱の中から火傷用の軟膏を取り出し、新の手の甲に塗る。


「……やかんを転がすなんて、下手すれば大火傷だ。新がカウンターの中に居てくれて助かったよ」


 視線は動かさず、節くれ立った手に軟膏を擦り込みながら話す。

 一瞬ぴくっと動いた新の手。気にせずに塗り続ける。


「たまたま……手伝うつもりで中に入った時だな」

「……そうか」


 嘘だ。

 神崎高校の生徒が良く来るこの店には暗黙のルールがある。

 それは友人をカウンター内へ入れない事。

 蓬も俺もそれを忠実に守っているからこそ、溜まり場になっても喫茶店としてなりたっているのだと思う。

 だから蓬が手伝って欲しいと新をカウンターに入れる事はない。


 軟膏を塗り終え、絆創膏の外紙を剥がす。

 ベリッと剥いたそれを新の火傷の上に被せながら、何気なく問う。


「それにしても蓬はどんな倒れ方をしたんだ?」

「え?」

「だって蓬がいたのは、カウンター奥のやかんの前だろう? 新がいた場所は蓬の左側。蓬が倒れたとして……咄嗟に蓬を支えるには右手で支えるしかない。右手で支えればその手は蓬の体に影になり、やかんのお湯は掛からない。違うか?」


 絆創膏を貼り終え、視線を新へとまっすぐ向けた。

 明らかに動揺してる表情が見て窺える。


「それは……俺も咄嗟の事で……」

「そうか……」


 途切れた会話、重い沈黙の中薬箱を閉じた音だけが響く。

 今、新の頭の中はどうこの場を切り抜けようかと思考しているのだろう。

 いくらでも誤魔化せば良い。俺の中では既に灰色が黒に確定しているのだから。


 配達中に地震が起きて、慌てて店へと戻った。

 店の中に飛び込もうとして、中を覗けば新が蓬の腕を掴んで何かしているところだった。怒り出す蓬。 振り上げられた手が新を打つ。よろめく蓬、それを支えた新。

 その一部始終を見ていたのだ。


「……俺……」


 カカリラン♪

 新が口にしかけた何かを阻止する様に特有のカウベルがなる。

 振り返れば、真幌がいつもの様に片手を挙げて入ってきた。


「……腹減った」

「いらっしゃい」

「相変わらずだな、真幌」


 俺達しかいないからだろう。いつもの定位置には座らず、新の横へと座った。

 今までの空気が壊れ、あからさまにに安堵する表情の新。

 ころころと変わる、解りやすい表情に苦笑しつつ、冷蔵庫の影に貼られている真幌専用献立表を見る。

 今日はあんかけ炒飯とスープと蚕豆らしい。

 冷蔵庫から既に用意されている材料を取り出し並べた。


「新はどうする? 食べていくのか?」

「いや、俺は今日は頼んでないから……そろそろ帰るよ」

「了解。今日はありがとう。改めて蓬からもお礼させるよ」

「いや……気にしないでくれ。じゃあな、真幌」

「ああ……また」


 そそくさと逃げるように店を出て行った新を、真幌と二人で見送った。

 姿が見えなくなってから、俺は今日の夕飯に取り掛かる。


「蓬は?」

「体調不良で寝てる」

「そうか」


 先に蚕豆とスープを真幌の前に並べる。

 礼儀正しく「頂きます」と手を合わせてから、箸が動く。

 蚕豆が皮を剥かれずに口の中へと消えていく。殻入れの立場がまるでない。 


「真幌、それは皮を剥くものだと思うのだが……」

「取れる繊維は全て食う」

「確かに食えなくはないだろうが……」


 今日一番の苦笑いをしつつ、出来上がった炒飯に餡をかけた。

 熱々の湯気が立ち上る皿を真幌の前へと出す。


「お待たせ」

「……いただきます」


 ひょい。ぱくり。もぐもぐ。ごくん。ひょい。ぱくり。もぐもぐ。ごくん。

 一定のリズムで休む事無く炒飯が消えていく。

 作る側には気持ちの良い、理想的な食べる側の人だ。


「旨かった。ご馳走様でした」

「お粗末様でした」


 食べ終わった皿を持ち、カウンターの中へと入ってくる真幌。

 そういえば彼だけは例外だったなと、次々洗われていく皿を眺めながら気づく。

 最初から洗ってくれとも、洗うとも言わず、気がついたら慣例化している。

 真幌だけは喫茶店の店長である、このみさんも黙認しているし不思議な奴だ。

 きゅっと小気味良く水道が閉まる音がして、手を拭きながらカウンターを出てくる。


「じゃ、バイト行ってくる」

「無理しない程度に頑張れ」

「ああ」


 出入口の扉に手をかけた真幌がこちらを振り返った。


「どうした? 忘れ物か?」

「……あまりいじめてやるな」

「……別にいじめてるつもりはないけどね」


 俺の返事にふっと笑いを零し、無言のまま片手を挙げて出て行った。

 どうやら先ほどのやり取りを見られていたらしい。

 水が少し切れた、真幌が洗った皿を丁寧に拭いていく。


 いじめてるつもりなんか毛頭ないさ。

 いじめとは少なくとも相手に興味がある奴がする事だろう?

 拭き終わった皿を定位置に戻し、自分の為のコーヒーを淹れる為に豆を挽き始めた。

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