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飛び込んだ依頼

颯一視点に戻ります。

 学校が終わり、バイト先であるグリーンショップ風花に入る。店長である蓬のお父さん、大地さんに挨拶をすませ、いつものエプロンを着けた。

 まず最初にやる事は切花の水切り。結構これが考え事をする時には丁度良いい。

 パチンパチンと水の中で茎を切り揃えていく。

 体に染込んだ動作を繰り返しながら、最近の状況を整理した。




 あの日、蓬がムクドリを拾ってきてからと言うもの、何かにつけて久遠寺が喫茶「風花」へやってくるようになった。

 聞けば一人暮らしで、良く真幌と一緒に夕飯を食べていたりする。

 風花の常連面子とも顔が馴染み、涼は無難に、妙子ちゃんは表向きはにこやかに接している。


 妙子ちゃんは俺と同じ様に様子を伺っているのだろう。彼女、蓬の持つ独特の雰囲気やこざっぱりとした性格に釣られて近づいて来る奴は少なくない。

 近づきたい、あわよくば手に入れたいと安易な考えでここにくる輩は、俺や妙子ちゃんの迎撃に合う、特に妙子ちゃんだけれど……。

 勿論、蓬は超がつく鈍さもある所為で、そんな事が日々起きているとは微塵も気づいていない。


 だからある意味、ここに居つくと言う事はそれだけ図太いのか、本気なのか……別の何かがあるのか。

 久遠寺新という人物が解らない。

 教室で会った、あの初対面の時から俺の何か、第6勘的なものが警戒していた。

 今のところ平穏な日常だし、蓬の変化もない。一先ず、様子見しかない……か。


 一通り切り揃えてバケツから手を出すと、両手がすっかり冷え切っていた。まだ初夏で良いのだが、これが冬になると地味にきつい。一見華やかなグリーンショップとはいえ、毎日扱う大きい観葉植物や土はかなり重く、重労働でもある。そんな訳で、男手を必要とするグリーンショップ(こっち)に俺、蓬が喫茶「風花」(あっち)となっている。




 ―――表向きは。




 一通りの作業を終え、屈んでいて凝り固まった体を伸ばすとバキバキと言う小気味良い音。

 そこへ一台の軽トラックが店の前で止まった。


「颯一君、久しぶりだね」

「あ、神林さん。お久しぶりです」


 神林さんは造園師、言わば植木職人さんだ。

 この店の良きお得意様でもあるのだが、今日の用件は特別なようだ。彼が乗ってきた軽トラックの後ろ、荷台に低木の鉢が見える。

 小さな白と紫の花が咲いていた。


「……鉢のメンテナンスですか?」

「ああ、いつもの様にお願いしたいんだ」

「解りました。少々お待ち下さい」

「大地さん、神林さんです。メンテナンスお願いします」


 店の奥で花ガラを摘んでいた大地さんを呼ぶ。ここからは店長である、大地さんが話を聞く事になる。

 二人が挨拶を交わし、話が始まったのを見届けてから、俺は大地さんのやっていた花ガラ摘みを引き継いだ。

 神林さんがいつも運んでくる植物は彼のお客さん物が多く、しかも厄介なものばかりだ。きっと今回もそうだろう。

 15分程で話が終わり、神林さんは「宜しく」と荷台の鉢を下ろして帰っていった。

 やはり鉢を眺める大地さんの顔が渋い。俺も状況が知りたくて傍へと動いた。


「鉢どうです?」

「思わしくない。厳しいな……」


 置いていかれた鉢を見ると先ほどは見えなかった、葉枯れしていたり、色が悪かったりと痛々しい。花も辛うじて咲いているといった感じだ。


「颯、蓬呼んで来て」

「了解です」


 すぐさま喫茶店へと向かった。


 カラカラ~ン


 いつもより少し大きくなったカウベルにいち早く蓬の顔が上がる。

 それに釣られて妙子ちゃん、涼の顔がこちらを向いた。


「颯?」

「二人とも悪い。蓬借りてく」

「「ええっ!?」」


 蓬はそんな抗議に耳を貸さず、すぐにカウンターからやってきた。


「どうした?」

「神林さん。メンテ」


 傍に寄ってきた蓬の耳元に囁く。その二言で用件が解った蓬はこくっと頷き、訝しげにこちらを見ている二人に振り返った。


「妙子悪い。筑紫呼んで店番させて」

「このみさんじゃなくていいの?」

「母さん、この時間”楽しいインド映画”見てるから、邪魔すると面倒くさい」

「……了解でぇっす」


 ピシッと敬礼で返答する妙子ちゃんに「後は宜しく。隣にはいるから」と言いながら、店をでた。

 外は夕方になり、少し冷たい風が三日月川から運ばれていた。


「父さんっ」

「きたか」


 店先でまだ鉢を眺めている大地さんに走り寄る。視線で目の前の鉢を示した。

 その鉢を見た蓬の表情は硬い。ここにメンテに出される鉢は殆どが専門業者ですら見放された物ばかりだからそれも致し方ない。


「どうだ、いけそうか?」

「……多分。この子次第だと思うけど」

「そうか。持ち主のご亭主が亡くなる前に買った初めての花だそうだ」

「……」


 蓬の表情がさらに硬くなる。大事な鉢の命運を預かることに緊張したのだろう。

 俺はいつものように、指の背で蓬の頬をそっと撫でる。


「大丈夫。やるだけやってみよう、俺も手伝う」

「ん」


 一時、思慮するように閉じられていた瞳が開き、笑みが浮かぶ。

 すぅっと深く息を吸い込み、自分の頬を両手でパチンと叩いた。蓬のいつもの気合を入れだ。何もそこまで強く叩かなくともと苦笑してしまう。

 それでもそこにはもう、先ほどまでの硬くなった蓬はどこにもいなかった。


「颯。取り合えず植え替える。土と赤玉と……」

「腐葉土と燻炭……だね」

「宜しく」


 すぐに二人で取り掛かる。原因が解らないので、まず最初にやるのは土の入れ替えだ。元々の土の中に悪い細菌がいれば良くはならない。

 かといって、弱っている根をいじりすぎればそれもまた枯れる原因になってしまう。この匙加減が難しい。


 作業途中、帰宅する妙子ちゃんと涼を見送り、消毒する為に竹酢液を希釈したものを散布したりと忙しい。なんとかぎりぎり日が落ちきる前に全ての作業を終えた。


「ふ~ぅ」

「お疲れ様」

「お疲れ~。後はこれを……」

「はいはい。運ばせて頂きます」

「宜しく~♪」


 30kgはある鉢をエプロンの腰紐へ引っ掛け安定させる。これを2階の蓬の部屋のベランダへ運ぶのだ。地味にキツイ。

 日当たりの一番良い場所へと置く。


「後は蓬だね」

「頑張る」


 肩を竦めて答える蓬。

 ここからは誰も手伝う事ができない。何故ならそれが蓬がグリーンショップで働かない、働けない理由なのだから。

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