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久遠寺の縁 side新

久遠寺新の視点です。

 梅雨に入った頃、ようやっと新しい学校にも慣れた。

 今のところ、大きな問題もなく過ごしてると思う。

 最初の頃は周りと少し感覚がずれている様でクラスメイトに笑われもしたが、他に個性的な人もいるおかげであまり浮いてない。はず。


 うっとうしい雨の中、川沿いを下校する。

 比較的、風が少ないおかげで雨と言っても、気にならない程度だ。

 特に親しい友人もいないので、日により一人で下校する事になる。

 こんな日は少しほっとしてしまうのは、まだこの環境になれないからだろうか。

 だから思い切って今日は普段歩かない方へと足を向けた。


 昨日の雨は強かった所為で、川面は荒れている。こんな日に近づく人影はない。

 草々は露を纏い、重く垂れ下がっている。

 そんな風景を眺めながら、ゆっくりと川を下るように歩いた。


 一体感のある自然な風景。その中にぽつんと見える不自然な色。

 合成された深い緑の傘。

 一度気づくとそこに釘付けのまま歩いた。

 その傘の主が何をやっているのか、酷く気になる。

 大きな木の前で、近づいてみればしゃがみ込んでいる。

 傘だけの後ろ姿では何も想像できなかった。

 気がつけば川沿いの道から、河川敷へ続いている道へと進む。


 近づくにつれ、その主の全体が見えてくる。あのチェックのスカート、うちの学校の制服だ。

 じゃりと歩く音が聞こえたのだろうか。傘の主がこちらを向いた。


「……久遠寺?」

「……北山、だよな」


 まさか振り向いた人物がクラスメイトだとは夢にも思わなかった。

 向こうもそうだろう。少し大きめに開いた眼が物語っている。

 戸惑いながらも、そこから動こうとしない彼女が気になった。


「どうしたんだ、こんな所で……」

「あ、うん。こいつをここで見つけちゃってさ」


 誘導された視線の先には両手程の鳥、鳩よりも小さい、野鳥だった

 その姿はすっかり濡れぼそり、どこか動きもぎこちない。どこか傷めているのだろう。

「どうしたものかと……」


 視線を鳥に戻した北山が困ったように呟く。

 野鳥が落ちていても、拾わない飼わないのは鉄則だがこんな雨の中で見つけてしまったのも何かの縁なのだろう。その気持ちは解らなくもない。

 俺もその横にしゃがみこんだ。


「どれ」

「久遠寺、詳しいの?」

「いや、まったく」

「……そぅ」


 期待を含んだ問いに、即答で否定。そんなあからさまにがっかりしなくとも。

 苦笑いをしながらその鳥へと手を伸ばした。

 少し抵抗するも大人しい。羽は変な方へ曲がってはいなそうだから、折れてはいないだろう。きっとこの雨で冷え、体力が落ちているんではないだろうか。そう彼女に説明した。


「うち、ここからすぐだから連れて帰るよ」

「じゃあ、俺が連れて行くよ」

「さんきゅ。助かる」


 彼女が俺の鞄と傘を持ち、俺は少しでも温まるように両手で優しく包み込み、胸に抱え込んだ。


「俺は良いよ。北山だけ差して」

「嫌だ」


 遠慮のない拒否。女性にしては珍しい程のきっぱりとした態度に驚きを隠せない。

 1本の傘で移動し始めたが、10cm以上ある身長差では彼女の腕が辛そうだ。

 だからそう告げたのだが、彼女は決して譲らなかった。鳥もこれ以上濡れてしまうと言われれば、大人しく北山の好意を受け取るしかない。


 元々話すのは得意ではないので、道中は交わす言葉もなく無言だった。

 彼女の横顔を見れば、まっすぐと進行方向しか見ていなかった。

 そのまっすぐな視線が綺麗だった。釘付けになった。

 見惚れていたと言われれば否定はできない。ふいにその視線がこちらと合わさる。


「あそこ。あのレンガの家」

「喫茶店?花屋?」

「両方。父がグリーンショップ経営して、母が喫茶を経営してる」


 くすりと彼女が笑う。

 今時、レンガ仕立ての建物は珍しい。でも決して嫌味っぽくなく、良い具合に蔦も絡んでいる。

 喫茶とグリーンショップ?の間にある玄関の軒下に入り、傘を閉じた彼女は「ちょっと待ってて」と告げ、グリーンショップの中へと入っていった。声だけのやり取りが聞こえる。


『颯~? いる?』

『いるよ。お帰り』

『ただいま。真幌がきたら部屋にあげて欲しいんだけど』

『真幌? なんでまた……』

『奴の器用貧乏に用事があってさ。とにかくお願いね』

『解った』


 ショップの中から出てきた彼女の後ろには、見知った顔の男がいた。

 確か、藍田……なんだっけ、颯?って言ってたのは聞こえた。

 向こうも少し驚いたような顔で俺の名前を呟いた。


「久遠寺、お待たせ」

「ああ。……藍田がなんでここに?」

「それは俺の台詞なんだけどね。蓬と俺は幼馴染」

「蓬?ああ、北山の事か。珍しい名前だよな」

「うっさい。ほっといて」

「良い名前だな」

「……珍しいのは久遠寺の方だと思う。それより早くそいつ暖めなきゃ」

「後でタオルと飲み物持って行くよ」


 この話は終わりと切る様に玄関を開けた彼女に、藍田が声をかける。

 その一言で、彼等の仲が伺える。幼馴染と言うのはそういうものなんだろうか?

 俺には経験のない関係が少し羨ましくも思える。


玄関を入り、そのまま2階へ。


「適当に座ってて。今、箱探してくる」


返事を聞く前にさっさと行ってしまった。

どこに座れば良いのだろうかと、居場所を探すべく部屋を見回す。

初めて入る女性の部屋。窓際には観葉植物が並んでいる。机にベッド、白とグリーンで統一されている部屋は、想像していた”女の子の部屋”ではなかった。きっと彼女の性格なんだろう。

おかげで居た堪れなさはなく、むしろ居心地の良さそうな雰囲気だった。

ベッドに座るわけにも行かず、鳥を抱えたまま絨毯の上へと腰を下ろす。


「お待たせ。これで大丈夫かな?」


小さな30cm程のダンボールと何枚かの使い古されたタオルを持ってきてくれたようだ。

手際よくそれを中に敷き詰めてくれたところへ、俺がそっと鳥を入れた。

ギュルギュルと小さく鳴くものの、抵抗して箱からでる様子はない。

一先ず、落ち着きそうなので安堵した。次にする事と言えばこれからの事なのだが……。

「これからどうするんだ?」

「取り合えず、真幌待ちかな」

「真幌?」

「ああ、そうか。久遠寺は知らないか。うちの学年名物、勤労学生。またの名を歩く器用貧乏、歩く胃袋の(ひいらぎ)真幌(まほろ)


「……ずいぶんな言われようだな」


後ろからかかった、聞きなれない声に驚き振り返る。

そこにいたのは制服の男と藍田。

制服の男は長身、ロン毛のポニーテール!? 彼が柊なのだろう。

その容姿にも驚いたが、声がかかるまでまったく気づかなかった。

いつからそこにいたのだろうか。


「あながち間違ってはないと思うけど?」

「……黙秘する」


少しも悪びれた感じを見せない北山。表情を読めない柊がこの話は終わりとばかり、部屋に入り、そのまま箱の中の鳥の前に膝をついた。優しくそっと持ち上げ、足を引っ張り、羽を確かめ、体を手早く調べてまた箱へ戻した。


「ムクドリ。打撲だ。昨日風が強かったから、どこかにぶつけたんだろう。このまま暖めてやれば落ち着くはずだ」

「良かった。さんきゅ」

「……詳しいな」

「野鳥園でバイトしてた事があるからな」

「なるほど」

「ほら、二人とも早く拭かないと風邪をひくよ」


話は後でと言われ、藍田から渡されたタオルで頭や体を拭く。その間に暖かいお茶が用意された。まるで自分の家のようだなと手際の良さに感心した。

幼馴染とはそういうものなのだろうか?と思ったが、自分の幼馴染を思い出してみれば、そんな事はないとすぐ否定された。




お茶が程よく体に染み渡り、皆が落ち着いたのを見計らい、柊が口を開いた。


「こいつどうするんだ?」

「拾ったからには面倒は見るつもり」

「……」

「やっぱまずい?」

「基本は保護しない。それが自然の摂理だからな。でももう保護してしまっているし、それは言っても始まらない」

「ん」


小さく返事を返す彼女。やはり気まずいのだろう。それを助けるように藍田が口を挟んだ。


「真幌のツテでどうにかならない?」

「……なる」


「早く言えっ!」と北山が突っ込みを入れて、膨れっ面になる。

まぁまぁと藍田が彼女の頭を撫でれば、自然と顔が元に戻る。

見ていて仲の良さそうな二人なのだが、何故か面白くない。

それを断ち切る様にしゃべった。


「なんとかなるなら良かったじゃないか。えっと、柊? 俺は久遠寺。久遠寺新。この春から神崎に入ったんだ。宜しく」

「柊……真幌、よろしく」


お茶をがぶっとやった真幌が、再び、唐突に口を開いた。


「ふむ……久遠寺新。身長182cm 体重67.5kg。やや痩せ型。血液型はO型。誕生日は9月16日。星座はおとめ座。彼女はなし」


さらさらっと出される個人情報に皆、二の句が告げない。寧ろ、言われてる本人の俺ですら、そんなにすぐには出てこない事までさらっとばらされた。


「真幌、なんでそんなに詳しいの?」

「この前、昼飯と引き換えに健康診断のデータ整理したからな」

「……もしかして、私のも?」

「……スリーサイズ、上から……」


ガツッ!!

柊の口からその数値が漏れる前に、北山がその脳天に拳を下ろした。


「真幌。忘れろ。いますぐ」

「それは難しい」

「でないと金輪際、喫茶『風花』(うち)は出入り禁止にするっっ!!」

「忘れた」

「「「はやっ」」」


それから暫く会話が弾んだ。

柊がここで毎日食事をしている事や、ここの喫茶店、風花が神崎の生徒のたまり場になっている事、柊が器用貧乏なのは色んなアルバイトを掛け持ちしているから等など。

普段の日常からはこんなイベントは起きない。だからこそ、こんな偶然が起した縁が嬉しくなる。


だからこそ、ここでは決して悟られてはいけない。漸くできたこの縁を壊さないようにと俺は祈るばかりだ。

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